テレビアニメ「クレヨンしんちゃん」は1992年4月からテレビ朝日系列で毎週放映されている長寿番組で、原作コミックは「漫画アクション」(双葉社)に連載の臼井儀人(1958-2009)の成人向けギャグ漫画ですが、テレビでは児童向けアニメとして製作・放映され爆発的な反響を呼んだあとテレビ版独自の演出でファミリー向け作品として定着するとともに毎年1作のオリジナル原作による劇場版映画化も高い人気を得て、テレビ放映から数年の「子どもに見せたくない低俗番組」から現在は主人公一家が住む埼玉県春日部市の市民登録されるほど地域アピールに貢献した作品と目されています。原作者の臼井氏は2009年に不慮の事故で亡くなりましたが著作権継承者によって故人のアシスタント・出版社チームによる「クレヨンしんちゃん」の連載は続いており、テレビアニメ版・劇場版も現在でも一部の主要キャストの交替を経ながら続いています。「クレヨンしんちゃん」がファミリー向け作品として人気作品になったのはテレビアニメ版の認知度が高く、またオリジナル原作による劇場版映画化が「クレヨンしんちゃん」の枠を広げて高い評価を得たのが大きく、テレビ版と同じシンエイ動画が製作している劇場版シリーズはやはりシンエイ動画製作の人気シリーズであるテレビ版「ドラえもん」「映画ドラえもん」と双璧をなすシリーズになっており、テレビ版では日常編、劇場版では大胆な長編アドヴェンチャー・ファンタジー作品になったのももともと映画好きだった原作者が劇場版映画化用長編原作を描き下ろしていた『映画ドラえもん』の前例があったからですが、テレビ版の放映がもっと早かった「ちびまる子ちゃん」(1990年放映開始)が劇場版シリーズの製作が定着しなかったのに対して劇場版「クレヨンしんちゃん」は「ドラえもん」「それいけ!アンパンマン」に次ぐテレビアニメの劇場版映画の長寿シリーズとなっており(劇場版「名探偵コナン」「ポケットモンスター」「プリキュア」より5年以上長い)、ホームドラマ・コメディ作品のファミリー向けアニメとしては随一です。'90年代後半にはスタジオ・ジブリ作品と匹敵するかそれ以上と指摘する評者も増えており、さすがに25年以上続くと比較的低調な時期もありますが、シンエイ動画の丁寧な製作姿勢は一貫しておりアニメーション作家間での評価も非常に高いシリーズです。今年2019年4月19日には昨年の劇場版の公開直後に主人公のしんのすけ役の声優・矢島晶子さんの降板と小林由美子さんへの交替があり、今年2019年4月19日公開の第27作『映画クレヨンしんちゃん 新婚旅行ハリケーン~失われたひろし~』は小林由美子さんのクレヨンしんちゃんの劇場版初映画になりますが、今月は2017年に劇場版25周年を記念して2016年の第24作『映画クレヨンしんちゃん 爆睡!ユメミーワールド大突撃』までをまとめた『映画クレヨンしんちゃん DVD-BOX 1993-2016』収録の24作を観直し、感想文を書いておこうと思います。継続的に製作されている大手映画社のプログラム・ピクチャーは現在アニメーション作品以外にはなく、その中でもシンエイ動画製作・東宝配給の『映画ドラえもん』『映画クレヨンしんちゃん』の2シリーズは突出して高い水準の作品を送り出しているのはご覧の方はご周知の通りで、観ていない・敬遠されている方ほど軽んじになる傾向があるのも『映画ドラえもん』と『映画クレヨンしんちゃん』、ことに『映画クレヨンしんちゃん』です。どちらのシリーズにも日本の最近30年間の長編アニメーション映画の最高の作品が何作もあります。敬意を表して感想文をしたためる次第です。なお各作品内容の紹介文はDVDボックスの作品紹介を引用させていただきました。
●4月1日(月)
『映画クレヨンしんちゃん アクション仮面VSハイグレ魔王』(監督=本郷みつる、シンエイ動画=ASATSU=テレビ朝日/東宝'1993.7.24)*93min, Color Animation
◎チョコビを買ってアクション仮面カードを当てたしんのすけ。ある日家族で海へ行くと"アクション仮面アトラクションランド"が出現!カードを使って入場した野原一家は時空移動マシンに乗せられて、異次元世界へ……。アクション仮面をお助けして、ハイグレ魔王をやっつけることができるのか!?
記念すべき劇場版第1作はテレビアニメ版の放映の翌年の夏休み映画として製作・公開されました。配給は東宝・東映・松竹の3社からオファーがあったそうですが、テレビ朝日・シンエイ動画とも『映画ドラえもん』で提携していた東宝に決定したとのことで、この第1作が興行収入22億円と長編アニメーション映画としては特大ヒットになったことからクレヨンしんちゃん映画のシリーズ化が始まりました。シリーズでの本作の興行収入は2015年の第23作『オラの引っ越し物語~サボテン大襲撃~』まで破られなかったほどですが、本作の特大ヒットはどちらかと言えば流行語・社会現象化するほどのテレビアニメ版の初映画化の話題性によるもので、本作の面白さで第2作以降は劇場版ならではの観客がつき、作品内容もよりテレビ版の延長にとどまらない作風になっていったのが初期のシリーズ作を観直すとわかります。劇場版第1作~3作目までは映画に連動して原作者の臼井氏のコミック『クレヨンしんちゃん』でも長編作品が発表されており、劇場版第1作はコミック『クレヨンしんちゃん』第6巻、第2作はコミック第8巻、第3作はコミック第11巻に収録されています。第1作~第3作も原作者と映画スタッフとの共同原案でしたが、原作者の意見と同意のもとに映画スタッフからの劇場版オリジナル原作が立てられるようになったのは第4作からで、以降の劇場版もコミカライズされていますが臼井氏の原作による他の漫画家が臼井氏の『クレヨンしんちゃん』の巻とは別に長編コミックを手がけるようになりました。本作はテレビ版「クレヨンしんちゃん」とはまだ内容上は地続きで、映画冒頭からアクション仮面の危機が描かれ、本編では平行してしんのすけの日常のホームドラマがコメディ・タッチで描かれますが、実は特撮番組のヒーローのアクション仮面(玄田哲章)は本当のスーパーヒーローで、世界征服にハイグレ魔王が現れて変身能力を奪われており、しんのすけがパラレルワールドのアクション仮面を救出することでこちらの世界のアクション仮面も変身能力を取り戻しハイグレ魔王(野沢那智)を撃退する、というアドヴェンチャー・ファンタジーに展開するのは映画の中盤以降です。それまでの前半は5歳児の野原しんのすけ(矢島晶子)、しんのすけの両親のひろし(藤原啓治)とみさえ(ならはしみき)、愛犬シロ(真柴摩利)の野原一家にふたば幼稚園(原作コミックではアクション幼稚園)の「かすかべ防衛隊」仲間のクラスメイト風間くん(真柴摩利)、ネネちゃん(林玉緒)、マサオくん(現・一柳斉貞友、'98年まで鈴木みえ名義)、ボーちゃん(佐藤智恵)、ひまわり組のよしなが先生(高田由美、のち七瀬はるひ=2010年~)、ばら組のまつざか先生(富沢美智恵)、園長先生(納谷六朗、のち森田順平=2015年~)を中心とするホームドラマ・コメディです。しんのすけの0歳児の妹ひまわり(こおろぎさとみ)はテレビ版では'96年9月放映から登場、劇場版では'97年の第5作が初登場となります。四半世紀以上も続くとメインキャストの交替もあり、藤原啓治さんが演じてきたひろしも2016年8月末から森川智之さんに交替し、しんのすけも2018年7月から小林由美子さんに交替しましたが、声質・演技とも従来のキャラクターを引き継ぐ方向で交替しており、矢島さんや藤原さんの降板を惜しむ声は多いものの人気は非常に高いアニメなので、シリーズ存続は喜ばれています。
のちの『映画クレヨンしんちゃん』シリーズを観慣れた現在本作を観直すと、後半への伏線こそあれ前半はあまりテレビ版の日常ホームドラマ・コメディ「クレヨンしんちゃん」と変わらないではないか、と意外なほど劇場版第1作は慎重な作りだったのは少し拍子抜けがする。また劇場版第1作は単発作品だったので意図的にテレビ版のファンを前半でまず楽しませ、後半で劇場版ならではの展開にする作りだったと考えられます。テレビ版のアンソロジーDVDを観ると面白いですが、矢島晶子さんのあのしんちゃん独特の発声法はテレビ版の当初ではまったくその後定着したしんちゃんとは異なっていて、放映1年あまりをかけて築き上げたスタイルです。本作はテレビ版開始から2年目の夏の公開作品なので劇場版第1作にはしんちゃんスタイルの声が出来上がっている。一方キャラクターデザインはまだ初期の丸顔に近いしんちゃんで、しんちゃんの友だちの幼稚園児たちもそうです。翌年4月公開の劇場版第2作ではしんちゃんの顔はもっと偏平になっており、第3作、第4作の頃にはしんちゃん始め幼稚園児たちの顔もよりスタイリッシュなデフォルメの利いた、その後定着する「クレヨンしんちゃん」キャラクターの顔が確立していく。この絵柄の変化はアニメ版と原作コミックで相互影響しあって生じたようで、テレビ版の放映ペースは原作コミックの発表ペースより速いですからテレビアニメ版オリジナル原作回も増え、それを原作コミック側でも取りこむという具合に発展した。劇場版第4作以降は映画スタッフのオリジナル原案に原作者がアイディアを加える作りになり、より長編アニメーション作品らしい凝った内容になっていったのがこのシリーズで、原作者急逝後にもコミック、テレビ版、劇場版が続いているのも「クレヨンしんちゃん」の設定・キャラクターでどれだけ豊富なヴァリエーションが作れるか製作者側の創造の余地があったからになるでしょう。原作者の臼井氏が長編原作コミックを手がけた最初の3作にもすでにその後のシリーズ作品で多くのヴァリエーションを生む要素があって、本作は日常コメディと突拍子もない変態キャラクターが右往左往する巨悪退治のメタフィクション構造の荒唐無稽アドヴェンチャー・ファンタジーという基本アイディアがすでに始まっています。テレビ版の最初のメイン監督、本郷みつる監督は劇場版初期4作を手がけますが、1作ごとに前作を乗り越える勢いがあります。第1作の本作の場合、それはテレビ版でできる以上のものをという意欲だったのが伝わってきます。
●4月2日(火)
『映画クレヨンしんちゃん ブリブリ王国の秘宝』(監督=本郷みつる、シンエイ動画=ASATSU=テレビ朝日/東宝'1994.4.23)*93min, Color Animation
◎福引きで"ブリブリ王国"への海外旅行を当てて大喜びの野原一家。しかし、それは"ホワイトスネーク団"という悪いヤツらの罠だった!変なオカマに誘拐されそうになったり、サルの群れに助けられたりしながらジャングルをさまよう野原一家は、しんのすけを「王子」と呼ぶ女性に出会って……!?
第1作がフィクション世界内のフィクション「アクション仮面」がフィクション世界内ではフィクションではなく実在もしている、しかもパラレルワールドの「アクション仮面」とも対応関係にあると説明するとややこしいメタフィクション構造を持っていたように、本作も南洋の王国「ブリブリ王国」の5歳のスンノケシ王子が埼玉県「春我部」(本作ではこう表記されており、第6作以降では春日部市と表記されていることでも当初は下品な低俗アニメと批判が多かった「クレヨンしんちゃん」の社会的認知の変化が感じられます)のしんのすけと瓜二つ、しかもスンノケシ王子が持つ豚の鼻のレリーフがしんのすけがジャングルの猿から授かったレリーフと対になっていてブリブリ王国の秘宝の鍵となる、という照応関係は「変装」とともに以降もクレヨンしんちゃん映画の基本アイディアになるもので、昔30年ほど前に'70年代~'80年代のほとんどの日本文学の話題作は「対称」関係のモチーフばかりではないか、と指摘した『小説から遠く離れて』という長編批評がありましたが、対称と非対称を問題にしたそうした観点とはまったく無関係に出来上がっているのがクレヨンしんちゃんの世界で、デザイン用直線・曲線定規で描かれたようなキャラクターたちを一見しただけでもしんちゃんアニメのリアリティは一般のアニメのリアリティ水準ともまったく異なるものです。ジブリ作品や「ドラえもん」と較べても違うしんちゃんアニメのメタフィクション性はポップ・アート系列の性格によるもので、それがホラー/犯罪サスペンス・ドラマやSFバトル・アクション、異世界ファンタジーなどではなくホームドラマ・コメディで行われている。もちろんメタフィクション構造やポップ・アート感覚だから偉いというのではなく、今でこそとっくに昔からあるように観られているテレビ版・劇場版の「クレヨンしんちゃん」は当初ちっとも当たり前ではなくて、それが劇場版9作目を迎える2001年までには劇場版映画作品の評価も高まり、その後は春日部市のイメージキャラクターとして採用(2003年~)、市制50周年記念事業の一環で野原しんのすけ一家の住民登録実施(架空の番地「春日部市双葉町904」・2004年~)、「彩の国まごころ国体(2004年埼玉国体)」「彩夏到来08埼玉総体(2008年埼玉高校総体)」イメージキャラクター起用、子育て応援団特別団員キャラクターに採用(2009年~)、春日部市「まちの案内人」PRキャラクター(2010年~)、 2春日部市立春日部第1児童センター「エンゼル・ドーム」敷地内にしんのすけ・ひまわり・シロ・かすかべ防衛隊(風間くん・ネネちゃん・マサオくん・ボーちゃん)のモニュメントが設置(2013年~)と浸透するにいたったので、三世代同居の「サザエさん」や「ちびまる子ちゃん」の家族像よりも乳幼児のいる核家族のしんのすけ一家の方が現代的なファミリー像として現実に迎えられた、という事情もあります。おそらく成人向けギャグ漫画の原作コミックだけではこの現象は起こらなかったので、テレビ版の反響に連動した原作コミックの変化、劇場版長編映画のシリーズ化の定着が「クレヨンしんちゃん」を非常に間口の広い作品に広げたので、作風の幅に限界のある日常ホームドラマの「ちびまる子ちゃん」ではそうはいかなかった。また同じシンエイ動画製作作品でも『映画ドラえもん』は原作者逝去まで長編書き下ろしコミックの原作があり、原作者逝去から間もなく高齢化した主要キャストの総入れ替えがあり『映画ドラえもん』を第1作から新キャストでリメイクしていく手段が取られました。「ドラえもん」「ちびまる子ちゃん」よりもアニメ版「クレヨンしんちゃん」はアニメ製作スタッフの自由度が高く、アニメーションももちろん一般映画と同じく監督の作品でもありますが一般映画がそうであるように集団製作によって成り立ちます。映画作品として批評の対象になりやすいのはアニメ監督の作家性の強いオリジナル原作作品ですが、『映画クレヨンしんちゃん』がそうした面でも独自性の強いシリーズであることに批評家や観客が気づき始めたのもテレビ版の二代目メイン監督・原恵一監督が劇場版を引き継いだ第5作目からなので、初代監督の第4作までの本郷みつる作品は振り返ってみて本郷監督ならではの個性を認められるのは初代監督の分の悪さでもあれば名誉でもあるでしょう。
劇場版第2作である本作は以降の全作品のオープニング主題歌のタイトルバックを飾る石田卓也のねんどアニメが最初に使われた作品であり、しんちゃんだけでなく野原一家全員が巻き込まれる冒険、神秘の秘宝(本作では2体のブリブリ魔人を目覚めさせる鍵)を狙う悪の秘密結社、オカマのキャラクター(前作でもマッチョの変態、悪のホステスのキャラクターは登場していましたが)、強い「おねいさん」のヒロイン、旬の芸能人の実名ゲスト出演(本作ではテレビ朝日の小宮悦子アナウンサー)とさらに『映画クレヨンしんちゃん』シリーズの典型的設定が揃います。また本作はまだテレビ版の話題性の高い時期の作品だったので前作に次ぐ興行収入20億6,000万円の大ヒット作となり、次作で興行収入は14億2,000万円と低下しますが再び興行収入が20億円台に上がるのは2015年の第23作、翌年の第24作なので、劇場版の観客動員数はおおむね10億円台前半で安定していくことになります。第2作は早くからシリーズ化を予定して原案が立てられており('93年7月公開の第1作から本作は9か月後の'94年4月公開です)、『インディ・ジョーンズ』風のジェットコースター的冒険アクションという提案は原作者の臼井氏により、また前作ではシンエイ動画のスタッフのもとひら了氏が脚本担当でしたが本作では監督の本郷みつるとチーフ助監督(演出)の原恵一の共同脚本と、原作者自身の監修・コミカライズを前提としながらより映画オリジナルらしいものになっており、王子護衛官のヒロインが秘密結社の刺客と一騎打ちするリアルなアクションシーンも本作以降の特色です。初期4作は本郷みつる監督に演出(第2~4作は本郷監督と共同脚本)である原恵一がチーフ助監督、第5~10作は監督・脚本が原恵一で演出(チーフ助監督)が水島努(継いで水島努が監督、その次はムトウユージ監督が勤めます)と、これで面白い長編アニメーション映画にならないわけはないのは後からわかったことですが、初期作品は1年遅れで新作公開にあわせてテレビ放映されるのを漠然と観てテレビシリーズとはずいぶん違うな、と思っていた方も多いのではないでしょうか。また前作は日常コメディが前半を占めながらも幼稚園の場面は夏休み前日の半日登園だけなので、テレビ版での登場人物がドラマに絡んでくるのは第4作以降で、本作や第3作ではまだ野原一家以外のレギュラー登場人物は点景程度の登場です。原作者自身による原案・監修・コミカライズが行われた第3作まではテレビ版のスピンオフ的な位置づけで、意図的に(または無理せず)日常コメディの人物はドラマに絡ませなかったのかもしれません。また初期作品で劇場版の作風に観客が馴れてきてからようやく春日部市まるごと巻きこむ規模の内容が作れるようになったとも言えるので、最初の3作(また、まだ最強の0歳児の赤ちゃんヒロインひまわりの登場しない第4作)は各作品の完成度は高いけれどまだシリーズ序盤ならではの試行錯誤もある、まだまだ手堅い感じがする。これはもっとあとの作品を観ているからこその欲目なので、未見の方には文句なしに楽しめる1時間半を与えてくれる作品です。
●4月3日(水)
『映画クレヨンしんちゃん 雲黒斉の野望』(監督=本郷みつる、シンエイ動画=ASATSU=テレビ朝日/東宝'1995.4.15)*96min, Color Animation
◎「シロがしゃべった……!」30世紀から現れたタイムパトロール隊員がシロの体を借りて、過去を変えようと企む"雲黒斉"をやっつけてほしいと頼んできた。野原一家は戦国時代にタイムトラベルし、人類の未来のために戦うことに!"タスケテケスタ"の呪文でしんのすけが大変身!
1作ごとに確実に面白くなっていく『映画クレヨンしんちゃん』シリーズを実感させてくれる第3作は、戦国時代にタイムトラベルした野原一家が活躍するシリーズ初の時代劇作品でもあり、今年2019年の第27作までに時代劇作品は他に2002年の第10作『嵐を呼ぶアッパレ!戦国大合戦』だけです(テレビ版の番外編では多々あり)。その第10作は時代考証の深さと正確さ、その見事な映像化と演出、戦国時代の人々のキャラクターの彫りの深さと説得力、タイムトラベルものとしての整合性と意外性のある抜群のオリジナル脚本で日本のアニメーション映画史に残る名作になり、全クレヨンしんちゃん映画でも屈指の人気作品ですから、同作以降にはテレビ版のパロディ的時代劇以外クレヨンしんちゃん映画の時代劇は作れなくなったのですが、同作もタイムトラベル時代劇としては第3作とは違うものをというのが課題になったはずで、本作では春日城を滅ぼし城主となって歴史を改変した雲黒斉は実は30世紀の未来人で、戦国時代で時間流に戻した雲黒斉はさらに20世紀の日本も大統領ヒエール・ジョコマン(富山敬)になって支配する、と二段構えの構成になっています。ちなみに前作の悪の首領アナコンダ伯爵役は富田耕生で、富田氏は80代の今なお現役ですが富山敬氏は本作公開の半年後に病没(膵臓癌)しています。体調の急変で入院するまで病気が判明していなかったそうで、本作以降も3本の劇場アニメーションの収録を済ませていたそうですから享年56歳、まだ現役で、富山氏より2歳年長の富田氏とともにテレビアニメ黎明期からの声優でした。長らく園長先生役だった納谷六朗氏、早く亡くなったぶりぶりざえもん役(他にオカマ役など)の塩沢兼人氏とともに、テレビ版開始から28年目、年1作の劇場版も今年で27作ともなると引退・逝去されたキャストのかたがたも多く、そうしたかたがたの往年の名演が聞けるのも長寿シリーズならではの楽しみなので、本作では芸能人の実名出演はありませんが、前作の感想文で書き落とした突然のミュージカル演出のギャグなどを見るとゴダールの『女は女である』や『気狂いピエロ』の趣向を連想しないではいられない。本郷みつる監督にはクレヨンしんちゃん降板直後に異色のダーク・ファンタジー作品のOVA『シャーマニックプリンセス』'96-'98がありますし、演出=チーフ助監督の原恵一、原氏に次ぐ助監督の水島努(ともに二代目、三代目監督に昇進)らはもともと映画好きからアニメーションの製作に入ったスタッフで、クレヨンしんちゃんの世界で実写映画の趣向を採り入れるだけでもまずパロディ・コメディになる。本作は30世紀のタイムパトロール隊員のヒロイン、リング・スノーストーム(佐久間レイ)が時間犯罪者の追跡中時間流の中で敵に追撃されてしまい、野原一家の庭の地下に故障したタイムマシンごと生き埋めになってしまうのが発端で、通信端末をつけた先が庭の犬小屋にいた犬のシロだったのでシロを通して野原一家に協力をあおぎ、緊急用小型補助タイムマシンですし詰めになって戦国時代に向かう流れになります。このタイムマシンや時間流はいかにもチープにそれっぽく描かれており、対して出発した「1995年」現在に帰還するためには時間犯罪者の歴史干渉犯罪を阻止しなければならないと話はシビアなのもギャグなのでひろしもみさえも「聞いてないよー!」「だまされたあ!」と悲鳴を上げる。そして着いた戦国時代では春日城は雲黒斉に滅ぼされて占領されており、実は男装の麗人だったのが判明する春日城主の遺児の吹雪丸(浦和めぐみ)とともに雲黒斉の刺客、マッチョのフリードキン球死朗(玄田哲章)・悪の剣豪またたび猫ノ進(戸谷公次)・幻術使いダイアナお銀(萩森侚子)を倒し、雲黒斉を時間流に突き落とすと春日城は雲黒斉が攻める以前に復活し、無事に修正された未来からタイムパトロール隊員のヒロインが野原一家を迎えに来ます。
映画はまだここまでで2/3で、野原一家が1995年に戻ると日本は雲黒斉の正体である未来人ヒエール・ジョコマンに支配されている。タイムパトロール隊員がジョコマンを連行して現代を修正するためにクライマックスは巨大ロボット戦になります。この後半1/3は第1作の宇宙人ハイグレ魔王支配下の日本と似た趣向なので、戦国時代編・現代編と二段構えで意外性を狙い壮大な規模の展開にしたとしても戦国時代編の方が面白く一旦話も大団円を迎えているのでなくもがな、という感じがしないでもない。二段構えの構成は次作では無理のない展開で成功しますし、以降の作品でも採り入れられますが、本作では前半・後半でムードがまるで違い、またヒロインもタイムパトロールのスノーストーム隊員と女装の麗人・吹雪丸に割れてしまったために焦点が散漫になってしまっています。タイムトラベルものにつきもののタイムパラドックスの回避はよく辻褄あわせしてありますが、そのために後半を現代編にする必要があったとしても、同じ悪人退治をくり返すのはちょっとくどいし後半は始まってすぐ先が読めてしまう。本作は当初シンプルなタイムトラベルものにする構想が凝った構成にふくらんだものらしく、全体的には前作よりもさらに面白く充実しているのですが強引な詰め込み感もある難点があります。前作の興行収入20億6,000万円の大ヒットが本作で14億2,000万円と低下したのはアニメ版「クレヨンしんちゃん」の話題性が沈静化しつつあったからでしょうが、劇場アニメシリーズとしてはまだまだ一定の観客動員数が見込め、また次作の第4作からはコミック原作者は原案監修程度にまわり劇場アニメはオリジナル脚本に任せる、という具合にほぼ完全に劇場アニメ・オリジナル作品になったのは本作の内容からもうなずけるもので、そういう意味では前2作よりも各段に原作コミック・テレビアニメ版とは別に劇場版『映画クレヨンしんちゃん』ならではの内容に一気に規模を拡大した作品とも言えます。本郷みつる監督らしい奔放な荒唐無稽さがいよいよ発揮されてきたと本作なりの人気も高く、次作『ヘンダーランドの大冒険』が思い切ったダーク・ファンタジーの怪作にして本郷みつる監督時代のしんちゃん映画の傑作となるステップになった作品です。