人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

映画日記2019年4月13日~15日/一気観!『映画クレヨンしんちゃん』シリーズ!(5)

 前2作の水島努監督時代を経てしんちゃん映画は、2004年からテレビ版シリーズのメイン監督を2代目メイン監督の原恵一から継いでいた3代目のテレビ版メイン監督、ムトウユージ監督による3作が続きます。シリーズ通算第13作『ブリブリ3分ポッキリ大進撃』2005は興行収入13億円、第14作『踊れ!アミーゴ!』は興行収入14億円、そして第15作『嵐を呼ぶ歌うケツだけ爆弾!』は、第1作(22億円)・第2作(20億円)のビッグ・ヒット以来9億円(第7作『温泉わくわく大決戦』)~15億円(第9作『オトナ帝国~』)の間で推移していたしんちゃん映画でも、当時シリーズ歴代3位になる興行収入15億5,000万円の大ヒット作になりました。これまで興行収入の上で低迷していたのはテレビ版の話題作が落ち着きを見せたシリーズ第3作~第7作の間で、第8作『嵐を呼ぶジャングル』以降からは上昇して興行収入も安定していたので、原恵一監督時代の最後の2作『オトナ帝国~』『戦国大合戦』の大胆な実験が評価・興行収入ともにしんちゃん映画への注目度を大きく挽回してからは水島努監督の2作、ムトウユージ監督の3作とも高い前評判を持って迎えられ、観客の期待に応えるだけの作品になった時期とも言えます。ムトウ監督作品は『3分ポッキリ~』が快作、『ケツだけ爆弾』が会心の出来で中間の『踊れ!アミーゴ!』は水準作にとどまると思えますがムトウ作品3作はいずれも原監督の『戦国大合戦』や水島監督の『~ヤキニクロード』以上のヒット作になっており、明快なエンタテインメント性では歴代監督中でもすっきりしたジェットコースター・アクションコメディ作品に徹しているのが3作いずれも肩肘張らない楽しさが好ましく、また特撮マニアというムトウ監督の嗜好がうまく反映して(怪獣映画を意識した原監督の『温泉わくわく~』は意欲的失敗作でしたが)歴代監督の長所をムトウ監督流に上手く特撮ガジェット趣向でエンタテインメントにまとめたものになっている。また本郷・原・水島監督のように自作脚本にこだわらないのも良い結果になっています。またムトウ監督は2004年以降現在までテレビ版シリーズを手がけている最長期テレビ版メイン監督なので、劇場版長編はムトウ監督3作以降2作単位・各作単位で持ち回り制になりますが、シンエイ動画スタッフの人材の厚さも感じられます。またムトウ監督作3作のエンタテインメント路線が以降のしんちゃん映画の主流になったとも言えそうです。なお各作品内容の紹介文はDVDボックスの作品紹介を引用させていただきました。

●4月13日(土)
『映画クレヨンしんちゃん 伝説を呼ぶブリブリ3分ポッキリ大進撃』(監督=ムトウユージシンエイ動画=ASATSU=テレビ朝日/東宝'2005.4.16)*92min, Color Animation
◎時空調整員"ミライマン"から「3分後の未来に行ってその怪獣を倒さないと現実に怪獣が現れる!」と知らされ、地球防衛という大役を任されたしんのすけたち。ミライマンの力で変身できるようになるが、倒しても倒しても現れるうえに、どんどん強くなっていく怪獣たちに野原一家は疲弊していく……。

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 テレビ版「クレヨンしんちゃん」の初代メイン監督は本郷みつる(1992年4月~1996年9月)、2代目メイン監督は原恵一(1996年10月~2004年6月)で、3代目のムトウユージ監督は2004年7月以来現在でもテレビ版メイン監督を勤めており、テレビ版シリーズの最長メイン監督になっています。劇場版3代目の監督となった水島努監督の2作は原恵一がテレビ版メイン監督の最後の2年に製作・公開されており、テレビ版のメイン監督の引き継ぎも検討されたでしょうが水島監督の方でテレビ版のメイン監督は不向きと辞退し、劇場版2作のあとはシンエイ動画を辞めてフリーになる意向があったようです。ムトウ監督のアニメ「クレヨンしんちゃん」への参加は立ち上げ時からの本郷・原監督、劇場版第2作からの水島監督よりずっと遅く'98年からですが、水島監督より3歳年長でアニメーターのキャリアも長く、本郷・原・水島監督ともしんちゃん映画が劇場版長編アニメーション映画の第1作になったのに対して『ぼのぼの』'93他すでに劇場版長編を手がけていたヴェテランでした。「シティハンター」や「うちのタマ知りませんか?」など手がけてきた作品の幅も広く、本作はきむらひでふみムトウユージのオリジナル共同脚本ですが、DVDボックス解説書では本作についてムトウ監督は「しんのすけが怪獣と戦うのって面白いよね、というのが基本。ストーリーはシンプルというか、『話がなくたっていいや』という気持ちでした。この作品で新しい5歳児のお客さんを開拓したかったですね」とコメントを寄せており、一見安直に見えながら理想的なかたちで実現するのは非常に困難な課題をしっかり面白い作品に仕上げているのがムトウ監督の腕前と抱負を感じさせます。本作は演出クレジットがないのでムトウ監督自身がアニメでは助監督に当たる演出も兼ねていると思われ、その代わり自作脚本・絵コンテで通していた歴代の本郷・原・水島監督作品と違い監督自身以外に榎本明広、増井壮一きむらひでふみ原恵一が絵コンテを分担しています。増井氏はのち第19作・20作の監督になり、また原恵一氏がしんちゃん映画に関わるのは本作が最後になります。水島監督('65年生まれ)より年長で、本郷・原監督(59年生まれ)より若いムトウ監督('62年生まれ)はさすが前年2004年からテレビ版しんちゃんの3代目メイン監督に就き、現在まで16年に渡ってメイン監督を続けているように本郷=原監督時代、原=水島監督時代のテレビ版しんちゃん、劇場版しんちゃん映画を知り尽くしていて、テレビ版で話題になった番外編的恐怖シリーズ「ネネちゃんと殴られウサギ」もメイン監督がムトウ監督に代わってからの異色作でした。ブラックな味は本郷監督や水島監督にもありましたがムトウ監督はさらに突き放したセンスが鋭く、映画全体は盛りだくさんに歴代監督の長所を折衷したような印象なのに展開がスピーディーで観客の集中力を逸らさない明快さがあり、見応えもあってすっきりもしている具合に余裕の力量を感じます。しんちゃん映画の名作というとムトウ監督の3作はつい忘れられがちですがそれもプログラム・ピクチャー的な作品性によると思われますし、逆にムトウ監督の3作ほど吹っ切れた作品は本郷・原・水島の歴代監督にはなかったとも言えるので、まとめてシリーズ作品を観直すとムトウ監督の3作が実は監督ごとの作家性の強かったそれまでのしんちゃん映画を、その後のシリーズの臨機応変に自由な展開に方向転換させる働きがあったのがわかる。水島監督による第12作『夕陽のカスカベボーイズ』に続けて本作を観ると、しんちゃん映画にあるポップ・アート性にもこれだけの振り幅が作れるのかと舌を巻きます。
 ある夜、しんのすけ(矢島晶子)は春日部に謎の巨大怪獣が現れ、野原家を跡形もなく壊していく夢を、ソフビ怪獣・シリマルダシを抱きながら見ます。今度はアクション仮面のソフビ人形に持ち替えて寝直したしんのすけアクション仮面(玄田哲章)と力を合わせて怪人軍団を倒してミミ子(小桜エツ子)を助け出し、アクション仮面から正義の心得を教わる夢を見ます。朝、いつも通りに野原一家の朝食は騒がしく、しんのすけは幼稚園のお迎えのバスに乗り遅れてしまい、みさえ(ならはしみき)は慌てて自転車でしんのすけを幼稚園に送ります。帰宅したみさえは朝食にカップラーメンを用意しますが、疲れてそのままうたた寝をしてしまいます。そこに、掛け軸の裏から光を放ちながら宙を舞う物体が現れます。発光体はカップ麺の匂いにつられ、そばに転がっていた怪獣シリマルダシ人形に憑りついてカップ麺をすすります。起き出したみさえは仰天し、怪獣人形に憑りついた物体は仕方なくみさえに、未来からやって来た時空調整員・ミライマン(村井国夫)と自己紹介します。本来は野原家に来る予定ではなく、空腹に負けてカップ麺の匂いに誘われ来てしまったとミライマンは後悔します。帰宅したしんのすけ、ひろし(藤原啓治)ともども野原一家はミライマンに掛け軸の裏を通じて3分後の世界へ連れて行かれます。そこは東京タワー近くのビルの屋上に通じており、東京タワー上空には繭のようなものが浮かび、怪獣が街を襲っています。ミライマンは時空の乱れが原因で怪獣が次々に出現しており、3分後の未来へ行って怪獣を倒さないと危機が現実になってしまうと告げ、一家に協力を依頼します。一家は怪獣退治のために、ミライマンが宿っているシリマルダシの人形を媒介にミライマンの力と正義の心で自由自在に変身する能力を得て怪獣に立ち向かっていきます。しかしやがて、自分たちが世界を守っているのだと有頂天になったひろしとみさえは怪獣退治に没頭して生活習慣は怠惰になり、しんのすけが両親に代わってひまわり(こおろぎさとみ)の面倒をみる羽目になります。そんなある日の朝、いつものようにしんのすけを迎えにやってきた幼稚園の先生たちは野原家の様子がおかしい事に気づき、ひまわりを背負って登園して来たしんのすけから事情を訊きだそうとします。その時、春日部のデパートが一部崩壊し、風間くん(真柴摩利)のママが巻き込まれて負傷した知らせが入ってきます。同時に東京タワー上空には暗雲が立ちこめ、3分後の世界にいるはずの怪獣の繭が現れます。もしやと思い家に急いで帰ったしんのすけは傷ついたひろしとみさえの姿を見て、3分以内では倒せないほどの強力な怪獣が現れ、その戦いのせいで現在の世界に被害が出てしまったと知ります。直後にさらに強力な怪獣が出現、もう勝てないと諦めるひろしとみさえに、しんのすけが「ひま(ひまわり)が女子大生になったら素敵なおにいさまって友だちに紹介してもらう」ために立ち上がります。
 ――ストーリーを追えばシンプルに見えますが、本作の見どころは無茶なくらいのスピード感にあるので、野原一家が交代しながら変身して怪獣と戦うシチュエーションが最初は丁寧に、次第に徐々に省略化されて、遂には戦闘シーンの細切れになるほど無数の怪獣と野原一家が交替で戦う(しんのすけ、ひまわり、シロも変身して戦う)のは怪獣特撮もの、ヒーローもののパロディがこれでもかと盛りこまれ、エンディングクレジットは本作に登場する怪獣図鑑になっています。冒頭からしばらくはみさえ視点で進行し、最初に美少女戦士プリティミサエスに変身して登場しひろしとしんのすけ、ひまわりをあ然とさせるのはみさえなので、美少女戦士は声優も福圓美里さんに変えてある凝り方です。変身手段は本人の想像力によるとなっているのでひろしが変身する野原ひろしマンは2段階変身程度ですし、しんのすけは2頭身のウルトラマン風コスチューム姿、ひまわりやシロは巨大化(シロは多少ドーベルマン体型)するだけですが、みさえは変身願望豊かな主婦なので悩殺戦士セクシーミサエックス、人魚姫戦士マーメイドミサエリアスとヴァリエーション豊富なのもギャグなら、繭から発生するエネルギー体の具現化という怪獣たちも特撮マニアの中年男が酒場で冗談で考えたようなどこかの特撮もので登場したのを姿形・ネーミングとも駄洒落でミックスしたような怪獣が連発され、当時一発芸で当てたギター侍(波田陽区)もギター侍の姿形そのまま(声やネタ「切腹!」も本人)巨大怪獣として登場し、またテレビリポーター役で坂井真紀が本人役出演し怪獣登場と野原一家の戦いを報道する、ラスボス戦ではやはり巨大な偽しんのすけマンが登場する、としんちゃん映画ならではの楽しい趣向があります。一方、怪獣退治に夢中になってみさえは家事を、ひろしは休職して仕事や赤ん坊のひまわりの世話まで放り出し、怪獣退治以外はスナック菓子やカップ麺だけ食べて3分後の世界が開く床の間がある部屋でゴロゴロして野原家がゴミ屋敷になっていく過程はギャグでは済まない毒が効いており、よしなが先生(高田由美)や園長先生(納谷六朗)がひまわりを背負って登園してきたしんのすけに事情を訊き、しんのすけがとーちゃんもかーちゃんも怪獣退治ばかりしてるんだゾ、と訴えても「そういうゲームにはまってるの?」としか理解してもらえない。ミライマンと脳波で会話し変身できるのは「到着時に座標を固定してしまった」野原一家だけで、しかも一旦固定してしまった以上ミライマンはこの時空座標に出現する怪獣の繭を倒し切らないと別の時空座標に移れず、怪獣の繭を倒し切らなければそのまま世界は滅亡することになっています。作中で経過する日数はほぼ2週間程度だと思われますが、日常のホームコメディと荒唐無稽でガジェット的なSF風設定を両立させてアクションとギャグを満載できる要素がたっぷりあり、しかも冒頭以降野原一家がほぼ家の中だけで過ごしているだけで進行するドラマはしんちゃん映画でも先にも後にもない設定で、一見ありふれた特撮怪獣もの・ヒーローもののパロディから始まったような発想でありながら脚本・演出手腕で実はとんでもない実験的手法がさり気なく長編アニメのコメディ映画のエンタテインメント作品にすっきりまとまっている。歴代監督のシリーズ作品の蓄積から良い所だけを巧みに抽出したような作品に見えて実際は本作は相当高いハードルを据えて軽々と飛び越えてしまった会心作であり、ムトウ監督の力量を示してあまりある作品です。

●4月14日(日)
『映画クレヨンしんちゃん 伝説を呼ぶ踊れ!アミーゴ!』(監督=ムトウユージシンエイ動画=ASATSU=テレビ朝日/東宝'2006.4.15)*92min, Color Animation
◎"そっくり人間"が現れるという噂が広がっていたある日、迷子になったしんのすけに、いつになく優しいみさえが近づいてくる。果たしてそっくり人間の謎と陰謀とは一体!?"ホンモノの家族"と春日部を守るため、おケツに渾身の力を込めるしんのすけ。今、情熱のダンス・バトルが始まる!

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 ムトウユージ監督については前作の感想文で長々触れたので、本作は家業のためアニメ界を退いていた元シンエイ動画スタッフ、もとひら了氏がしんちゃん映画第1作『アクション仮面VSハイグレ魔王』'93以来13年ぶりにしんちゃん映画のオリジナル脚本を担当した作品なのを特記しておきます。ただし作品内容はムトウ監督の意をくんで舞台は春日部市内のみ、よって劇場版では異例なほどテレビ版のレギュラー人物たちが重要な役で出演場面も多く、本作が下敷きにしているのは日本公開ではドン・シーゲル監督作『ボディ・スナッチャー/恐怖の街』'56、フィリップ・カウフマン監督作『SFボディ・スナッチャー』'78を含め4度映画化されたアメリカのSF小説の古典、ジャック・フィニーの『盗まれた街』で、怪現象を追う国際秘密組織SRIの捜査官のヒロイン(渡辺明乃)も小説の作者の名前をもじってジャッキーというコードネームです。本作は野原一家が住む春日部市で人々が次々と姿形は同じなのに偽者に入れ代わっている都市伝説が広がり、そこに行くとそっくり人間がいるという新しく出来た大型スーパーに行った一家は自分たちの偽者を目撃します。偽者のみさえに連れ去られそうになったしんのすけは「ツンデレ」とプリントしたジャージ姿の女性・ジャッキーに救われます。翌日、ふたば幼稚園の職員・園児たちがまつざか先生(富沢美智恵)としんのすけ(矢島晶子)たちかすかべ防衛隊の5人以外偽者に入れ代わっているのが判明してまつざか先生が体を張ってしんのすけたちを逃がすまでがまつざか先生の視点から描かれます。一方大人側ではひろし(藤原啓治)が部下の川口(中村大樹)が偽者に入れ代わっているのに気づき(偽人間は痛覚がなく、ひろしがうっかり弾き飛ばした定規が頭に突き刺さっても平然としています)、急いで帰宅しますが、すでに偽者のひろしが一家に入り込んでおり、格闘の末にキンタマを蹴られても痛がらない偽者が判明します。しかし突然シロがしんのすけに吠えだし、しんのすけもまた偽者にすり替わっておりひろしとみさえは仰天します。その頃かすかべ防衛隊の5人は公園で大人たちも入れ代わっていたらどうしよう、と不安に駆られながら親たちの様子がおかしければもう一度公園に集まる約束して解散するまでが風間くん(真柴摩利)の視点から描かれて、風間くんは偽者に入れ代わっていたママに偽者の風間くんと入れ代えられてしまいます。野原家は偽者の川口に再び見つかり家に篭城しようとしますが、偽者のひろしと偽者の川口に阻止されてしまいます。絶体絶命のそのとき、本物のしんのすけと、以前しんのすけを助けたジャッキーが乗った1台の車が野原宅に突っ込んできて野原一家を助けます。ジャッキーはSRI(Sambano Rhythm Iine「サンバのリズムいいネェ~」の略称)という国際捜査組織の特捜員で、偽人間の謎を追っている。野原一家は車に乗り込み、公園で偽者の風間くんや謎の偽人間たちに捕まりそうになっていたネネちゃん(林玉緒)、マサオくん(一龍斎貞友)、ボーちゃん(佐藤智恵)を間一髪で助け出しますが、ジャッキーの分析では野原一家とネネ・マサオ・ボーちゃん以外の春日部の住人はすでに全員偽人間にすり替わっていると判明します。さらに偽人間たちはしんのすけやジャッキーが乗ったSRIの車を狙ってきます。そこで一同は春日部を脱出して隣町に逃げ込もうとかすかべ山の山道を通って脱出を図りますが、その途中でヨシリン(阪口大助)やミッチー(大本眞基子)たちの偽者に襲われ、ついに捕まってしまいます。近くの小屋に連行されたしんのすけたちは、そこがコンニャク工場で、ここで生産されているコンニャクこそがバイオテクノロジーの権威・アミーガスズキ(田島令子)が作り出した「コンニャクローン」技術が生み出したコンニャクが素材のクローン人間の原料で正体だったのを知ります。行方不明になっていた本物の春日部市民はアミーガスズキの命令でコンニャクローンたちに捕まっていました。果たしてアミーゴスズキが偽人間を作り出す目的とは、偽人間がサンバを踊る理由とは何か。そしてアミーガスズキとは一体何者なのか、追ってくる偽人間たちを倒してしんのすけとジャッキーはアミーガスズキとのクライマックスのサンバ対決に向かいます。
 ムトウ監督は「どうせなら子どもも大人も怖がるものを」という意図は成功しており、ムトウ監督がテレビ版しんちゃんのメイン監督になってからは「ネネちゃんと殴られウサギ」や「呪いの人形」シリーズなど番外編的な異色の恐怖シリーズが話題作になっていました。テレビ版は短編ですからわかりやすくオカルト的な恐怖ものですが、しんちゃん世界のあのコメディ絵柄で描かれるホラーものは絵柄がコミカルなだけに話はますますブラックで怖く、これもこれまでのしんちゃん映画では本郷みつる監督の傑作『ヘンダーランドの大冒険』'96や、あとには今のところ第23作『オラの引っ越し物語~サボテン大襲撃~』2015、前作の歴代シリーズ1位の大ヒットを受けた第24作『爆睡!ユメミーワールド大突撃』2016くらいしかないホラー路線です。テレビアニメ「学校の怪談」が2000年、やはりテレビアニメ「妖怪ウォッチ」が2014年ですから2006年の本作はその中間にあり、子どもの間での日常ホラーの流行の周期性を見るようです。国際捜査組織SRI(これはもちろん特撮シリーズ「怪奇大作戦」のSRI=Science Research Instituteをもじったギャグです)のジャッキーが「最初に事件が起こったのはアメリカ・カリフォルニア州のサンタモナカ。次はメキシコ、カナダ……春日部シティは6番目の町」と説明するように、この先はネタバレになりますが、アミーガスズキの「世界サンバ化」計画はサンバ大会が開催予定の町を開催に先立って次々とクローン人間に代えて誘拐し、強制労働としてサンバを猛特訓させるというもので、最後はしんのすけとジャッキーを相手にしたサンバ対決で敗北してサンバは楽しく踊るものだ、アミーガスズキの正体のサンバをこよなく愛するジャッキーの父アミーゴスズキ(池田秀一)が改心して事件は解決しますが、ムトウ監督の3作では前作の『3分ポッキリ~』が会心作、次作の『ケツだけ爆弾』が抜群の秀作で本作が水準作にとどまると思えるのは、恐怖演出や脚本構成が冴えわたる前半2/3とクローン人間の正体とアミーガスズキの世界サンバ化計画が明らかになるクライマックスの後半1/3が伏線こそそれなりに張ってあり後半も十分面白いのですが、世界中でサンバ大会を開いて先立って町の住人を全員クローン人間に入れ替え住人たちを秘密工場の強制労働でサンバを猛特訓させる、というのがどうしても木に竹を継いだような、本来別の映画になるようなアイディアを強引につないだような拍子抜けの感じがぬぐえない。春日部中の住人を洗脳するプロットは『オトナ帝国~』以来ですし、映画館に迷いこんだ春日部の住人を映画の世界に取りこんでしまうのは『夕陽のカスカベボーイズ』でありましたが、どちらも洗脳または誘拐する手段や過程に見当たった解決がありました。本作の場合クローン人間による町ごとの人間の誘拐とその目的が「強制労働によるサンバの猛特訓」というのが組み合わせとして無理があり、解決手段も悪役の改心ではありますがクライマックス以前にクローン人間による町の乗っ取りはSRIによるクローン人間分解液の開発で解決しており、SFホラー設定のホラー展開と「サンバ」の結びつきがどうしても弱く見えるので、見終わったあと面白かったけど散漫な印象が残る。しかし本作は前作『3分ポッキリ』以上のヒット作になっており、当時筆者は児童・幼児の子育て中だったので覚えていますが、第11作『栄光のヤキニクロード』2003あたりからは保育園や小学校でしんちゃん映画は新作ごとに子どもたちの間で口コミで話題になり、教職員からも子どもたちが観ているからとよく観られて話題にされており、子ども同士が友だちの家族が誘いあって観に行くファミリー映画に定着しており、本作も観客を大いに楽しませた作品には違いありません。また次作『歌うケツだけ爆弾!』はムトウ監督時代のしんちゃん映画で随一の秀作になりますから、本作はホラー作品としての趣向だけで満足できる異色作でしょう。

●4月15日(月)
『映画クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ歌うケツだけ爆弾!』(監督=ムトウユージシンエイ動画=双葉社=ASATSU=テレビ朝日/東宝'2007.4.21)*103min, Color Animation
◎爆弾がシロのお尻にくっついちゃった!たいして気にも留めない野原一家だったが、それはケツだけ星人が地球に落としていった爆弾であった!その爆弾の回収に動き出す宇宙監視センター"UNTI(ウンツィ)"や美人テロ集団"ひなげし歌劇団"から追われるシロ。果たして、しんのすけはシロを救うことができるのか!?

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 本作から双葉社がスポンサー・製作に参入、初の100分を超える長さになった本作は15億5,000万円の興行収入を記録し、テレビ版が大反響を呼んでいた時期の第1作・第2作に次ぐヒット作(以後更新されますが)になりました。これまでの作品でシロは本郷みつる監督時代はあまり活躍せず、原監督時代はかなり活躍しましたが『戦国大合戦』や水島監督の『夕陽のカスカベボーイズ』では留守番だったりもするものの、テレビ版ではひまわり登場以前はしんのすけの相棒は一にシロでしたし、少年と犬ほど焦点の決まるコンビはないので、全人類を危機にさらすことになっても愛犬を守って逃亡する少年、とはしんのすけとシロでも、またしんのすけとシロだからこそ感動を誘われずにはいられません。本作は設定やプロットはシンプルなのですがそれをいかに曲折に富んでハラハラドキドキさせ、しかもピンチを何度も重ねて遂に絶体絶命まで持って行った挙げ句無事に納得できるハッピーエンドに着地するまでが観客の注意を一瞬も逸らさない密度と集中力で緊迫感を持続させており、しんちゃん映画シリーズ中最高の1作のひとつになっています。ただし最初に観るよりは普段の野原家のシロの姿に馴染んでいた方がいいのでテレビ版なりシリーズ中の他作品のシロを知っているとなお感動的、とは言えます。本作は銀河系より遠くの宇宙空間を航行していたケツだけ星人(尻からキノコのように小さく伸びた頭部と触手程度の手足が生えており、のちの第25作『襲来!!宇宙人シリリ』2017のケツだけ宇宙人ナースパディ星人とは違うデザインです)の宇宙船が、軌道先に巨大隕石を探知して円盤型の吸着型爆弾を大量に隕石に放って爆破する場面から始まります。ところが爆弾のひとつは吸着前に巨大隕石が爆発してしまったため行き場を失い、地球に向かって不時着することになります。爆弾はちょうどひろし(藤原啓治)の勤続15年報奨で沖縄旅行を楽しんでいた野原一家の遊ぶビーチに落ち、遊んでいる最中のしんのすけ(矢島晶子)とシロ(真柴摩利)は謎の小型円盤を見つけて不思議がります。しんのすけが円盤を投げて遊ぼうとすると、円盤は突然動き出してしんのすけのお尻に飛びつこうとします。危険を察知したシロがしんのすけを突き飛ばすと、円盤はオムツのような形になり、シロのお尻にはまってしまいます。円盤の正体が爆発せずに地球に落ちていったケツだけ星人の特殊爆弾なのをいち早く察知した宇宙監視センター「Unidentified Nature Team Inspection(通称UNTI=ウンツィ)」は爆弾を回収するために動き出し、沖縄から帰る途中の野原一家を追跡しますが、そこに同じくUNTIに忍びこませたスパイのたんぽぽ(今井優)から特殊爆弾の存在を知って爆弾を手に入れ世界を征服しようとする美人女性テロ集団・通称「ひなげし歌劇団」が現れてUNTIを妨害します。ひなげし歌劇団の団長・お駒夫人(戸田恵子)はしんのすけにシロを渡すよう詰め寄りますが、野原一家は何とか逃げて帰宅します。そして野原一家は、家に勝手に上がって待っていたUNTIの長官・時雨院時常(京本政樹)からシロのお尻についた物体は地球を丸ごと破壊してしまうほど強力な爆弾と聞かされます。野原家は爆弾を外すと言われて一旦シロをUNTIに預けますが、爆弾はシロから分離する事は地球の科学では不可能と判明し、UNTIはシロもろとも爆弾をロケットに乗せ爆発圏外の宇宙空間に打ち上げて処理する、つまり地球を救うためにシロを犠牲にすることを決定します。ひろしとみさえ(ならはしみき)はとまどいますが、しんのすけだけはUNTIの要求を断固拒否して、シロを連れて家を飛び出します。65億人対子ども一人と犬一匹。事実上、全人類を相手に、しんのすけとシロは逃亡劇を繰り広げることになります。UNTIの追っ手のゴリラ(松山鷹志)やカバ(西村朋紘)、ひなげし歌劇団三人衆のうらら(ゆかな)・くらら(折井あゆみ)・さらら(大島麻衣)との三つ巴の逃走のすえにしんのすけとシロはUNTIに捕らわれの身となり、ついにロケット発射の直前になおも爆弾を奪おうと乗りこんできたひなげし歌劇団総帥お駒夫人としんのすけは強引にロケットに乗りこみ、とうとうロケットは発射されてしまいます……。
 シンプルな設定とプロットのために本作では野原家とヒーロー(またはヒロイン)対敵役という対立ではなく、またひろしとみさえは事情が事情だけにシロ奪還を諦めていますし、UNTIは地球保安のためですから悪意の組織ではなく、ひなげし歌劇団は爆弾を入手して世界征服の座に就くためとわかりやすい悪役ですが女性ばかりの過激テロ集団とコミカルな邪魔者ですが、しんのすけにとってはシロを自分から引き離そうとする相手なのでどちらも敵役で、三つ巴の抗争はしんちゃん映画では初めての趣向になります。ちなみにケツだけ星人は冒頭以外本編には絡んできません。本作がしんちゃん映画では初の100分を超える大作になったのはお駒夫人がミュージカル場面で世界征服の野望を歌う場面が多いからですが、内容はシビアな本作をコミカルでカラフルにもし、適度な息抜きにもなっているのはひなげし歌劇団の登場があるからですし、また最後まで爆弾(シロ)争奪に執着するお駒夫人は絶体絶命の結末から映画をハッピーエンドにする意外な重要な役割を果たすので、シンプルな設定とプロットの賑やかしのためにひなげし歌劇団を絡めたな、と見ていると人物配置の見事な生かし方に終わりまで観てハッとすることになります。ひろしやみさえも傍観者ばかりでなく冷徹であることを誇る傲慢で嫌なUNTIのボスの長官・時雨院時常にちゃんと結末で一泡吹かす見せ場がありますし、傲慢な長官役の京本政樹氏も役に徹して実に嫌な人物を演じています。地球保安組織のUNTI隊員たちも実はしんのすけやシロ、野原一家をいたわる心優しい職員たちなのが随所で描写されているのでハッピーエンドをともに喜び、きちんと野原一家を春日部まで送ってくれます。ムトウ監督は本作のあと劇場版の監督はせずテレビ版しんちゃんのメイン監督に専念しますが、ムトウ監督の3作が以降の劇場版シリーズの作風や好調を支えた功績は大きく、実際は次作以降数作しんちゃん映画はやや興行収入が低下しマンネリ化も囁かれますが、2010年代後半にはシリーズ歴代興行収入を塗り替えるヒット作が連続するほど回復しますし、マンネリ化が囁かれた時期の作品も内容の低下はないのでシリーズの人気自体やタイミングもあるでしょう。DVDボックス収録の24作を観直し、その後のやはり好調な2作(ひろし役は森川智之氏に交代)も観た印象からの感想(今年4月19日公開の第27作『新婚旅行ハリケーン~失われたひろし~』はまだ未見ですが)ではそう思います。