人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

修正版『偽ムーミン谷のレストラン』第二章

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 第二章。
 従者は伝令の役目を果たして引き上げて行きました。戸口まで見送ったのは好奇心旺盛なくせに気取り屋なので谷の陰口を一身に集めているスノークで、ぼんくら揃いでは例外ない谷の住人であるからにはスノークもまたぼんくらのひとりでしたが、だからこそ回避できている住人同士の衝突もあるものです。ムーミン谷は幸か不幸か絶対主(いわゆる神)の概念からは自由でしたが、それには思わぬ利点もあって誰もがぼんくらならばぼんくらの上にぼんくらはなく、ぼんくらの下にもぼんくらはない、という無関心に支えられた平等主義でしたから、スノークが出すぎた真似をしたところでそれは谷にとって不利益を招く心配もなければ、もし利益をもたらすとしても決してスノークの手柄ではなく誰がしても結果は同じだったでしょうから、このムーミン谷の市民道徳はあながち衆愚主義とは言えない美点があったのです。そして今ムーミン家の居間には、いる人もいない人も含めて主要なムーミン谷住民ほぼ全員が顔を揃えていました。すなわち、
ムーミンパパ、ムーミンママ、偽ムーミン(偽核家族)
スノーク、偽フローレン(偽兄妹)
・ヘムレンさん、ジャコウネズミ博士(学者、哲学者)
・ヘムル署長、スティンキー(警官と泥棒)
ミムラ、ミイ、他総勢35名(多産系兄弟姉妹)
ミムラ夫人(その母、かつ放浪者スナフキンの母)
・ヨクサル(放浪者スナフキンの父)
・ロッドユール、ソースユール、スニフ(ムーミン家友人の冒険家夫妻とその息子)
・フレドリクソン(ロッドユール叔父、発明家)
・3人の魔女
 その一、トゥーティッキ。気のいい世話好きな魔女トロール
 その二、モラン。すべてを凍らせる冷たい灰色の魔女トロール
 その三、フィリフヨンカ。きれい好きで神経質で気が小さい魔女トロール
・ガフサ(フィリフヨンカ友人)
・エンマ(フィリフヨンカ叔母、劇場掃除婦)
・グリムラルンさん(小言爺さん)
・トフスランとビフスラン(双生児夫婦)
・ホムサたち(谷のガキども)
・ニンニ(影の薄い少女)
ティーティウー(自我を探す這い虫)
・ニョロニョロ(群棲担子菌類)
・ご先祖様(暖炉の裏に住む老ムーミン)
・その他大勢
 ――だいたいそんなところです。いないのはムーミン、フローレン、スナフキンくらいのものでした。しかし観客がいなくても芝居の上演はできるように、ムーミンたちの不在も谷には何ら影響はなかったのです。


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 スナフキンの遺体は濡れた新聞紙を何重にも重ねて隙間なく包まれていました。乾いた新聞紙は意外なほどに丈夫で破れにくいものですが、濡れた新聞紙ほど破れやすい包み紙はないことからも遺体はまず乾いた新聞紙で包まれて、その後にまんべんなく水浸しにされたものと思われました。新聞紙の表面には水ににじんだために読み取れないのか、もともとこの状況で予想される発見者には読めない種類の言語なのか、あるいは言語ですらなく単に新聞紙らしき体裁のためだけに雑多な記号を組み合わせてあるだけかも確実には判別できない印刷がほどこされていました。ただしもしこの新聞紙が新聞紙を模したダミーだとすれば、何も伝えない新聞を新聞とは呼べないことからも、そもそも新聞紙ですらない可能性すら浮かんできます。その場合この遺体を包んでいるものは新聞紙でないのならば印刷された紙の様子をした屍衣にすぎず、スナフキンは新聞紙で包まれた遺体ではないことになります。
 まずいな、とスナフキンは思いました、心臓が破裂しそうだ。
 ホットケーキの発祥は古代エジプトと言われ(要出典)、小麦粉に玉子と砂糖を加えて混ぜたものをバターで焼いたものがそれに当たるといいます。現在市販されているホットケーキ粉は70年ほど前に発売され、当初はまんじゅうを作る粉としても使えるようにするため砂糖は含まれずなかなか広まりませんでした。やがて砂糖を加えたミックス粉が発売されホットケーキは家庭料理菓子として普及しますが、これをホットケーキと呼ぶのは150年程度前に伝播したごく一部の国で、ホットケーキに先だってパンケーキ(フライパンで焼くケーキ)が材料・調理法とも大部分の国では行われています。バターを乗せはちみつをかけて食べるのも同じです。パンケーキとホットケーキの違いは生地を薄く焼くのがパンケーキ、厚く焼くのがホットケーキと言うだけにすぎません。ちなみに厚く焼くこつは円周状に重ねて生地を足すとたっぷりした厚さに仕上がります。
 スナフキンの遺体を包んだ新聞紙の家庭欄にはそうした記事が掲載されていました--もしそれが新聞紙であれば、です。ですがもしその新聞に家庭欄がなかったら、またはその記事の部分だけがていねいに切り抜かれているとしたら、あるいは辛子マヨネーズを塗って食べるものとされていたらどうでしょうか。
 それは考えられないことでした。あまりに無理がありました。


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 ムーミンは退屈になってきたので考えごとでもしてヒマつぶししようと思いつきました。たとえば国勢調査などの統計調査で、回答者が年齢や生まれ年を、キリのいい数字(典型的には下1桁が0や5である数字)や、文化的に好まれる思える数字(よくある例ではサバを読んだりその逆だったり、縁起の良い年生まれとしたり)で不正確に報告することがあります。ウィップル指数とは人口統計学で用いられる指標で、そういった統計が年齢や生まれ年を不正確に報告する傾向を測る方法のひとつとして知られます。それは人口ピラミッドなどの年齢統計で0または5で終わる年齢が特に値が突出して多くなるという、エイジ・ヒーピングと呼ばれる現象に基づいています。それは自分の年齢を正確に知らない人が自分の年齢を回答する場合、自分の年齢に近いと思われる、切りの良い数字で回答することが主な原因となります。この現象は発展途上国の統計に多く見られますが、発展途上国の場合でも十二支が社会的習慣として浸透している国では必ずしもそうとは限りません。エイジ・ヒーピング(10進法とその中間値としての0、5)が診られる統計結果では末尾が0または5の回答を全人口に平均化すれば完全値に近い精度が求められる、というのがウィップル指数の考えで、これが完全値との偏差の大きい統計ほど回答の平均値を許容値の中心とすると、非常に不良、不良から、比較的正確、非常に正確まで信憑性・精度を判定できるとするのがウィップル指数の応用による人口統計学の基本になっています……。
 ああ喉が乾いた、とムーミンは(思っただけですが)思いました。思いついた飲み物はマヨネーズでした。マヨネーズ、とムーミンは声に出してみました。まあ言うだけはタダですから。でもパンの耳につければマヨネーズはサンドイッチのスプレッドになる、つまり飲み物じゃなくて食べ物になるわけだ……。
 ウィップル指数が統計情報の分析に使えるのは一部の哺乳動物だけで、動物一般にはぜんぜん役に立たないのも自明のことです。では応答反応が観測できる生物ならば、バクスター効果が得られる植物であってもウィップル指数による統計分析が可能ではないか。マヨネーズが飲み物にも食べ物にも分類できるように、また概念の実体化であるムーミントロールの谷にも樹木や草花があるように、メタフィジックとフィジカルが両立するシステム環境が観測できるのではないか……。


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 案外手間はかからなかったようだな、とムーミンパパはレストランのドアの前に立ち、ムーミンムーミンママを振りかえりました。ムーミン、実は偽ムーミンムーミン家の居間の会話中、危険を察してトイレに立ち、本物のムーミンと入れ替わっていたのです。
ムーミンが抱いた疑惑とは主に、
・情報源があやしい
・謎のレストランという設定がやばい
・特上の料理が出る
・挙句に食材にされる
 その根拠としては、半年に一度の新聞が今朝届いたとは思えませんし、ムーミンパパの頭はどうも不思議な電波を拾っているらしい。顧客を肥らせ食材にする話はいくつか知っている。偽ムーミンムーミン谷の公立図書館に隠れて勝手に住んでおり、女性司書とも肉体関係があるので耳年増なのです。ムーミン谷の識字率は小数点を越えてマイナス値に達していますので当然利用者も皆無に近く、これほど偽ムーミンに好都合な施設はありません。
 さらに、
ムーミン谷には通貨がない
 ――というのも偽ムーミンの抱いた疑惑の根拠でした。正確には現在は通貨がないが、過去には1ムーミン2ムーミンという単位が存在していたらしい。だがこれはかつて貨幣経済が行われていた、というよりも人身売買経済がムーミン谷の制度だったのではないか、と半ばタブーになっています。おそらくそれはムーミン族が高次意識体たるトロールに到達する前で、食事や運動、買い物、排泄、性交、入浴などはトロール化以前の生活習慣の名残ではないか、と偽ムーミンは性交中に女性司書から教わりました。そんなの学校じゃ習わなかったよ。学校で教わることなんてみんなウソなのよ(笑)。
 ただし偽ムーミンはおいしいところはいただくつもりでしたので、注文が済んだらトイレに立つようにムーミンを脅してありました。トイレで入れ替わり、食事が済んだら食後のコーヒー中にまたムーミンと入れ替わる。そうすればお勘定は1.25ムーミンでございますという事態にも居合わせずに済む。家族三人の片足・片腕ずつでいいかね?それでは勘定に合いません。パパどうするの?何ならいいのかね?臓器などはいかがでしょうか?
 それに若い臓器ほど高くお引き取りいただけます、と偽ムーミンは想像し、親友の不運に憐憫を禁じ得ませんでした。
 その頃ムーミンパパはメニューを開いて給仕に尋ねていました。このけったいな模様は何かね?はい、と給仕、それはロールシャッハ・テストと申します。


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 さて、今ムーミン谷のレストランには、いる人もいない人も含めて主要なムーミン谷住民ほぼ全員が顔を揃えていました。すなわち、
 ムーミンパパ、ムーミンママ、ムーミン/スノーク、フローレン/ヘムレンさん、ジャコウネズミ博士/ヘムル署長、スティンキー/ミムラ、ミイ、ミムラ族35兄弟姉妹/ミムラ族とスナフキンの母ミムラ夫人/スナフキンの父ヨクサル/冒険家ロッドユールとソースユール夫妻と息子スニフ/発明家フレドリクソン/3人の魔女トロール・トゥーティッキ、モラン、フィリフヨンカ/フィリフヨンカの叔母エンマ、女友だちガフサ/小言じじいグリムラルンさん/双子夫婦トフスランとビフスラン/谷のガキどもホムサたち/見えない少女ニンニ/迷い這い虫ティーティウー/群棲担子菌類ニョロニョロ/ご先祖様(暖炉の裏に住む老ムーミン)
 その他ここにいない人たちです。上に挙げた人たちでも必ずしも今レストランにいるわけではなく、たとえばムーミントロールのなれの果てとはいえもはやムーミンでもトロールでもないようなご先祖様をいかにして暖炉の裏から引っ張り出せるというのでしょうか。
 ご先祖様はムーミンをミイラにしたような身体に全身から長い毛を生やした姿をしていました。誰もその毛を触ってみた者はおらず、抜け毛らしいものも見当たりませんでしたが、山はりねずみのように毛を立てることができるのか、または静電気を帯びて膨らんでいるのか、毛の立った状態では亀の子だわしのように膨らんでいるので本体はしわくちゃに痩せ細ったわら人形というか、そのものずばりミイラ化したムーミンであることは先に教えられていなければ惑わされてしまうかもしれません。このような不気味な新種の、または未知のトロールがいるのかと腰がひけるだけです。では幽霊の正体見たり枯れ尾花でわかってしまえば何も言うことはないかというと、このご先祖様の存在ほどムーミン谷の人びとにとって頭の痛い懸案はありませんでした。
 つまり谷の誰もがこのご先祖様がいつから存在しているのか、ひょっとすると谷よりも古くから存在していたのかもわかりませんでした。この物体は知られた時にはすでに対話は不可能なほど老化していました。そしてもしもいつか将来、今いる谷の住民がすべて存在を失ってしまっても、ご先祖様だけは暖かな、または誰も火を灯すことのない暖炉の裏でじっとうずくまっているかもしれないのです。


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 さて、今ムーミン谷のレストランには、いる人もいない人も含めて主要なムーミン谷住民ほぼ全員が顔を揃えていました。すなわち、
 ムーミンパパ、ムーミンママ、ムーミン/スノーク、フローレン/ヘムレンさん、ジャコウネズミ博士/ヘムル署長、スティンキー/ミムラ、ミイ、ミムラ族35兄弟姉妹/ミムラ族とスナフキンの母ミムラ夫人/スナフキンの父ヨクサル/冒険家ロッドユールとソースユール夫妻と息子スニフ/発明家フレドリクソン/3人の魔女トロール・トゥーティッキ、モラン、フィリフヨンカ/フィリフヨンカの叔母エンマ、女友だちガフサ/小言じじいグリムラルンさん/双子夫婦トフスランとビフスラン/谷のガキどもホムサたち/見えない少女ニンニ/迷い這い虫ティーティウー/群棲担子菌類ニョロニョロ/ご先祖様(暖炉の裏に住む老ムーミン)
 その他ここにいない人たちです。ところでこれらのトロールたちは(ニョロニョロもトロールと呼べればですが)何のためレストランに大挙して押しかけていたかというと、早い話が習性としか呼びようのないものでした。習性というと生態学的で客観的に過ぎるならば、野次馬根性と言えばどうでしょうか。
 生死の境界がはっきりしないトロールにとっても死は厳粛な儀式であるはずでした。しかしトロールたちはといえば、些細な習俗の変化でさえも見逃さないのですから死ほどの一大イヴェントを逃すわけはなく、どこからともなく集まれば飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎになるのは責めても仕方のないことです。トロールたちの習慣では生命活動の停止が観測されてから一昼夜かけて蘇生しないかを確認しつつ集会する、これをお通夜と呼び、そののち故人と行政にとってもっとも望ましいとされる方法で遺体の処分を行う際にまた集会を開いて執り行う、これを葬儀と呼びます。
 もちろん概念の実体化でしかないトロールにはこれらはまったく意味を持たない習俗ですが、習俗自体が本来意味を必要としますでしょうか。ないない、ことトロールに限って言えば、あー、あり、ありえん、あーりえないことですから多くを期待したら負けです。そんなの負けたって悔しくないやと思わせてしまうのがトロール効果というべきで、尊厳においてトロール以下であることがどれほど恐ろしいことかを知っていればいるほど語るべきことと語らざるべきことをわきまえているはずでしょう。そこに谷の深淵が開いていました。


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 つけ焼き刃ではありますがまずは僭越ながらひと言、とスノーク、良い作法は身だしなみやお行儀の良さと同じように、大切なこととわきまえていなければいけません。不幸にして、いろいろなもの事の標準が混乱している昨今、作法がないがしろにされがちであることは嘆かわしいことと言わずにはおれません。特に食卓での作法、いわゆるテーブル・マナーについては、とりわけその感を深く覚えます。
 どうしたのかねキミの兄さんは、とムーミンパパ、家でもいつもこんな調子なのかね、いつからだい?
 昔からです、と偽フローレンは真顔で答えました、頭に虫が涌く病気なんです。困った虫で、1匹見かけると30匹いると言います。耳や鼻孔にティッシュを詰めて予防もせずに昼寝したりすると、頭の中に潜り込んで繁殖するといいます。
 そのスノークが続けました。高級な陶器、ガラス器、銀器が美しく並べられている食卓に深い関心を注がずにはいられない美術品愛好家の私は、食卓での良い作法も趣味の良い食器と同様、大切であると痛感いたします。
 ああ言ってますけど本当はもう痛みも感じなくなっているんです、と偽フローレン、だって痛みを感じようにも神経中枢を虫に喰われているんですから。それは恐ろしい、とムーミンパパはスノークの所作を凝視しました。確かにそれはどこか不自然に引きつったところがありました。
 しかし行儀作法は大げさだったり、わざとらしかったり、作為的だったりしてはなりません。したがって家庭内ではある様式の作法に従うか、または全然無作法な習慣から、それがゆえに外で食事する時にうかつに別の様式の作法によることは、場合によっては危険を伴うことすらあります。つまり後年、食卓での作法に惑いを生じることになりかねません。
 危険なのは兄の方です、と偽フローレン、今だって意識を虫に支配された状態かもしれないのに、本人はそれに気づきません。
 このような理由で、食卓での作法は幼少の頃からしつけ始め、自然に身につくように教えなければなりません。そこで、私が知る限りで良いとされるテーブル・マナーを皆さんと検討したいと思います。もちろん他の様式もありますし、その是非について競いあうつもりはありませんが、これから開陳する様式は優雅で、魅力があり、そして何より自然であると信じております。
 まばらな拍手。一瞬おいて、スノークに四方八方から浴びせられるリンゴの集中砲火。


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 というのは、スノークには時たま熱弁をふるう癖があり、それは彼にとって相手に対する精一杯の誠意だったはずなのですが一向空回りするばかりで、誰の心にもさっぱり響かないのは何故だろう、としばしば悩みになって跳ね返ってくるばかりなのでした。これがたいへん精神衛生上良くないのは言うまでもないことで、どこかでこの負のスパイラルを断ち切る必要があるのは明白でした。
 要するにスノークの長広舌は雄弁な割に内容がなくつまらないので嫌われているのです。認めてしまえばそれだけのことですがこれは、もしスノークが認めてしまえば自分で自分の首を絞めるようなもので、損にせよ得(悪目立ち、というのも得のうちに数えるなら)にせよそれがスノークのキャラクターであるからにはどうしようもないことだったのです。
 だから君が悪いというわけではないのだ、とジャコウネズミ博士が言葉をかけると、ヘムレンさんもウンウンとうなずき、まあ口を閉じておくにしくはないがね、とつけ加えました。しゃべればしゃべるほど馬鹿に見えるのは気の毒だが、君とて大学を出ているほどの間抜けなのだから気づかないでもあるまい。
 しかし谷の方がたには啓蒙が必要です、とスノーク、それを怠っているのはこの谷きっての賢者であるあなた方ではないですか。文献によればわれわれトロールにも高度な文明が発達していた時代があったと言います……強制収容所とか原子力発電所とか。しかしトロールの歴史はそうした文明の成果をなんとなく手離してきてしまった。たぶん必要がないからという理由で、しかし必要を生むのもまた文明というものではないでしょうか?
 私か?反対だな、とムーミンパパは言いました。食前酒というからにはそれはツマミなしでイケる酒であるべきだ。さらにそれは私の美意識からしてもナイスミドルの風格を備えたものでなければならない。断固として黒ビールだ。もし黒ビールがあればだが。
 お前のメニューは私が選ぶからな、と左手首がスティンキーの右手首で手錠でつながったヘムル署長が言いました。なら署長さんのメニューはあっしが選んでいいんですかい、とスティンキー、法の下では人権は誰にでも等しくあるんですぜ。むむ、とヘムル署長、それはそうだが、お前さんに言われたくはないな。
 誰も私の苦悩を理解しない、とスノークは選ばれし者のような苦悩と恍惚にうっとりしました。それはそれで、いいかもしれない。


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 前回の続き。
 気のいいトゥーティッキさんは氷のようなモラン、気の弱いフィリフヨンカと相席させられて話題に困っていました。3人は魔女という属性だけが共通点ですが、もしパーティを組んだら足を引っ張りあって即全滅なのではないかと思われました。いや、すでに相席させられた時点でパーティになったようなもので、この先は絶望一直線ではありませんか。
 そう考えていたのはミムラ姉さんだけではありません。たまたま隣のテーブルだったので、総勢35名の兄弟姉妹たちみんなが何かテーブルを移る口実を探していました。しかし35名が一度に移れるテーブルなど他に見当たらないとすれば、兄弟姉妹にできるのはやばくなったら逃げることくらいしかありません。そういう場合も食い逃げなのかしら、とミイは小首をかしげました。だって身の安全が第1、命がかかっているかもしれないじゃない。
 いや、この谷では命ほど安いものはありませんからね、と缶詰泥棒のスティンキーが言いました、命なんぞはコンビーフ1缶ほどの値打ちもありません。コンビーフは下ごしらえなしでサンドイッチにもサラダにもできますが、死んだトロールなんて煮ても焼いても食えたもんじゃないですからね。もっとも死んだトロールに遺骸が残るとすればの話で。
 ぶっそうな話になってきたな、とジャコウネズミ博士はメニューをためつすがめつ吟味しながら、それはメニューに何かしかけがあったりしたら見抜けなかった自分に腹が立つからですが、一見するとこれは注文のためのメニューに見えるが違うのかもしれんぞ。どういうことかね、とヘムレンさん。つまりさ、とジャコウネズミ博士はメニューを閉じると縦に持ち、角をコツコツとテーブルの上に打ちつけて、げっそりした表情を浮かべました。
 こういうことさ、これで注文は済んでしまった気がしないかね?そして代金サービス料込み100億万ムーミン、ローンも可という伝票とともに運ばれてくるのだ、つまりテーブルに打ちつけたメニューの発信済み注文がさ。それは君、考えすぎだと思うよ、とヘムレンさん。そんな陰謀めいたことが行われているレストランなど、レストランというよりは他の名前で呼ぶべき施設になってしまいやしないかね。
 そうか、外側から魚用ナイフ、肉用ナイフ、護身用ナイフと並んでいるのだな、とムーミンパパはマナーブックを参照していました。なかなかぶっそうで、面白いではないか。


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 前回抹消。
 気のいいトゥーティッキさんは氷のようなモラン、気の弱いフィリフヨンカと相席して話に花を咲かせていました。3人は魔女という属性が共通点なだけに、もしパーティを組んだら魔力に特化した無敵のチームなのではないかと思われました。いや、すでに相席した時点でパーティになったようなもので、店の誰もがびくびくものなのではないか。
 そう考えたのはミムラ姉さんくらいのもので、たまたま総勢35名の兄弟姉妹たちみんながテーブルを移る口実を探していたのはそのテーブルの隣だったのとは関係ないことでした。しかも35名が一度に移れるテーブルのどれもが等間隔に並んでいるとすれば、ミムラ兄弟姉妹にはことさら席を移る意味などありません。これって食い逃げ防止のためなのかしら、とミイは小首をかしげました。でも最初から私たちお金なんて持ってやいないじゃない。
 まあ、この谷では金より現物がルールですからね、と缶詰泥棒のスティンキーが言いました、札束なんぞはコンビーフ1缶ほどの値打ちもありません。コンビーフは下ごしらえなしでサンドイッチにもサラダにもできますが、ただの札束なんて煮ても焼いても食えたもんじゃないですからね。もっともわれわれが売り買いの習慣を覚えればわかりませんが。
 私は経済学は専門外だが、とジャコウネズミ博士はメニューをためつすがめつ吟味しながら、それはメニューから何かしらの法則性を見抜けなければ自分に腹が立つからですが、一見するとこれはメニューに見えるが違うのかもしれんぞ。どういうことかね、とヘムレンさん。つまりさ、とジャコウネズミ博士はメニューを閉じると縦に持ち、腕ごと垂直に振り上げると一気にテーブルに振り下ろしました。テーブルの木目にピシッと亀裂が走りました。
 こういうことさ、これでどうなると思うかね?きっとテーブル代金サービス料込み100億万ムーミン、ローンも可という伝票が運ばれてくるのだ。つまりテーブルを破壊したメニューに仕組まれたのはそんな仕掛けさ。それは君、考えすぎだと思うよ、とヘムレンさん。そんな陰謀めいたことが行われているレストランなど、レストランというよりは他の名前で呼ぶべき施設になってしまいやしないかね。
 そうか、外側から魚用、肉用、護身用ナイフと並んでいるのだな、とムーミンパパはマナーブックと見較べていました。なかなかぶっそうで、面白いではないか。
 第二章未完。


(五部作『偽ムーミン谷のレストラン』第一部改作版・既出2016年6月~2017年7月、全八章・80回完結予定=未完)
(お借りした画像と本文は全然関係ありません)