人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

修正版『偽ムーミン谷のレストラン』第六章

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 第六章。あけましておめでとうございます。
 ヘムル署長はぽかんと口を開けました。うわ驚いた。これはいったいどういうことかね?確か昨年の10月上旬に(50)第五章、おしまい。と話は終わっていたはずではないか。この2か月間の落とし前をどう着けるというのだ。私なんぞは一旦家に帰って風呂に入り、晩酌していた矢先に呼び出しを食らったのだぞ。それもすっかり出番は終わったと思っていたからこそなのだ。油断も隙もあったものではないが、困惑しているのは私だけではあるまい?
 終わっていたとは言えまいな、と親戚のヘムレンさんは言いました。責任はわれわれ平等にあろうが、あれこれ揉めているうちに藪から棒に打ち切りになっていたと諦めるしかないのだろう。再開してしまったからにはおそらく何と言おうとも、われわれには及ばない力が働いているからこそムーミン谷も存在する。さもなくば、未だにわれわれが揃ってムーミン谷の小道具に甘んじているわけはなかろう。たぶんわれわれは都合の良い時に召喚されてくる存在なので、ムーミン谷ある限り今われわれが直面しているような事態は続くのだ。
 それならなぜ?とジャコウネズミ博士。終わったものを再開する必要がどこにあるのだ?それとも何か?われわれは困った時の埋め草か?ダンボール箱の隙間を埋めるくしゃくしゃにした古新聞か何か程度の役割でしかないのか?こんな眠い扱いをされて黙って従っているしかないのか。それというのもそもそもの問題は、ムーミン谷に素姓の知れない者が二人いる。ムーミンパパとスナフキンの二人だ。ムーミンパパの存在とはムーミン谷の内側であり、スナフキンの存在とはムーミン谷に外側があることを示すものであろう。だが彼らの素姓が信用するに足りないとしたら私たちには身の置き場がない。現在直面している問題とはそういう次元のものではないか。
 点呼をとりましょうよ、とおずおずとミムラねいさんが言いました。なにしろミムラ家の兄弟姉妹はねいさんを頭に30人前後もいますから、何かにつけて揉めた時にはまず点呼と決まっているのです。数が合わない時もありますが、大事なのは正確さではありません。
 具体的な提案が出たな、と偽ムーミンは誰にも気づかれないように、こっそり家具の陰に隠れました。もともとムーミントロールは冬に、ストーヴの陰に隠れる習性を持つのです。そしてムーミン谷は一年中、所によって冬でした。


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 点呼は済んだ、とムーミンパパは一服しようとふところのパイプを探りました。しかしムーミン谷にこんな所があるとはな。北東と北西に山、南東に無邊の平原、南西に海、中央には川と大体の地勢は構えた谷だが、生まれ育ってこの歳まで知らない場所がまだあろうとは思わなかったぞ。百聞は一見に如かずとは昔の人はよく言ったものだ。
 私もです、とスノーク、ただしその格言は使い方が違うと思いますが。こんな所は地図にもありませんし、ムーミン谷の大きさならば誰かがとっくに見つけていたはずです。地図の改訂版が必要だ。どの辺ですかここは?
 唐突でわからん、とヘムル署長。さっきまでいたのが30年前の先代ムーミンパパの屋敷だからその庭先なのかもしれん。なぜか全員こんなものを持っているということは、これからこれで遊ばねばならんのだろう。そのことの方がよほど不思議だが、多分何かのイヴェントが発生して、これを済ませなければ先には行けない仕組みになっているとしか思えない。子どもたちは勝手に始めているから、幸い大人は見ているだけでも良さそうだ。
 ムーミン谷の子どもたちが大騒ぎして始めていたのは凧上げでした。河原にはびゅーびゅー手頃な風が吹いていました。ムーミンパパはふところからお目当てのパイプを探していましたが、出てきたのはキセルでした。納得いかないものはありましたが、人ならぬトロールであってもそこにあるもので納得しなければならないことは多々あります。ムーミンパパは凧上げしている子どもたちの他にもしゃがんで小石を積んでいる子どもがあちこちにいるのに気づきました。凧上げは正月だからとして、とムーミンパパ、あの子どもたちは?
 そういう河原だってことでしょうよ、とスティンキー。てえことは、ここはムーミン谷でありながらこの世のムーミン谷ではないのかもしれませんね。小石積みをしている子どもたちは、どこか姿が透けて見えやしませんか。
 向こうにしてみれば、われわれの方が透けて見えているかもしれんがね、とヘムレンさん。これは結構危険な状況かもしれん、とジャコウネズミ博士。のんびり見ていないでせっせと凧上げしなければ、われわれもこの河原から抜け出せなくなるかもしれないぞ。
 地図にするにはデータ不足ですが事情が事情では仕方ないですね、とスノーク、ところでニョロニョロはどうします?
 余計なことを、とスノークは皆にボコボコにされました。


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 こういうことがたびたび起こるから定期的な測量が大切なのだ、とヘムル署長は主張しました。しかし谷には測量を学んだ者がいない。だから以前にも測量士を谷の外から呼んだことが数回あるし、今も到着を待っている最中だ。なのに依頼した測量士がどいつもこいつも一向にやってこないのはどうしたことだろうか。仕事の前から報酬を踏み倒されるとでも思っているのだろうか。けしからん。
 それはこういうことじゃないでしょうか、とボコボコにされたばかりでふらつきながらスノークが口を挟みました。もしヘムル署長が谷と外界との境い目近くにいます。すると谷の外からやって来た他所者がムーミン谷に入りこもうとしているのが見えました。さて、署長はいかがなされますか?
 決まっとる、とヘムル署長。谷の外から入りこむ他所者はそこら辺の衆を集めてボコボコにして追い返すのだ。それがムーミン谷の掟だからな。だからどうした?
 もしそれが、とスノーク、谷の依頼した測量士だったらどうします?
 掟に例外はない、とヘムル署長。測量士だろうとイワシの頭だろうと追い返す。なぜならここはムーミン谷だからな。どんな者にもムーミン谷の掟は守らねばならん。
 私が思うに、とジャコウネズミ博士、もちろん私はペシミストだーらその任に堪えないが、ムーミン谷に市長を置くというのはどうかな。つまり超法規的役職はすべて市長に一任し、測量士との交渉は丸投げにすればよい。
 市長って君、とヘムレンさん、ここは谷だよ(では谷長だ、とジャコウネズミ博士)、いやそうではなく、君の提案通りにしても、いったい誰がどうすればその超法規的役職が務まるというのかね?
 まず最初の谷長に旗を持たせる。
 最初の谷長?
 次に谷の外郭に沿って円周状に東西南北から旗を振る谷長を観察する。旗の見えるギリギリの距離に第2、第3の谷長を置いて彼らにも旗を持たせる。彼らの旗が見える限界まで離してさらに谷長を置き、最終的に谷の外郭をぐるりと谷長たちが囲むまで市長の数を揃える。
 ほお。
 これでムーミン谷はほぼ完全に谷長たちによって外来者から守られることができる。
 それは壮大な、とムーミンパパ。しかしそれではムーミン谷が官費で財政破綻しやしませんかな?それよりもまず測量士を招いて、ムーミン谷の地形的な面から国防策を検討するのはどうですかね?
 その測量士たちが一人も来やせんのだ。これでは始まらんではないか。


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 スナフキンが着いたのは、夜も更けてからのことでした。谷は深い雪の中に横たわっていました。谷の両側にそびえるはずの山はまったく見えず、霧と夜の闇に包まれていました。街の中心地を示すかすかな灯りさえなく、スナフキンは長いあいだ国道らしき道から谷に通じる木の橋の上に立ちすくみ、ぼーっとなにもない空間を見上げていました。
 やがてスナフキンは泊まる場所をさがしに出かけました。宿屋はまだ開いていました。空いた部屋はありませんでしたが、宿屋の主人は突然の深夜の客に驚き、面食らって、酒場の床でよければゴザでも敷いて寝かせてあげよう、と申し出ました。それで結構、とスナフキン。農夫が数人まだビールを飲んでいましたが、スナフキンは誰とも口をきく気がしないので、屋根裏部屋から自分でゴザを下ろしてきて、ストーヴの近くに横になりました。暖かいな、とスナフキンは思いました。農夫たちは静かでした。スナフキンは疲れた目でしばらく彼らの様子をうかがっていましたが、やがて自分でも気づかぬうちに眠り込みました。
 ところが、うとうとしたかと思うとすぐにまた起されました。そこには都会的な服装で、俳優にでも向きそうな顔立ちの、目の細く鋭い、眉の濃い若い男が、宿屋の主人と並んでスナフキンのすぐそばに立っていました。農夫たちもまだ店にいて、椅子をこちらに向け、じっと成り行きを見守っている様子です。
 若い男はスナフキンを起したことを丁重にわびて、領主の執事の息子だと自己紹介したのち、告げました。この宿は、谷の領土です。ここに住む者や宿泊する者はすでに谷の中に住むか、または泊まるも同然です。それには公的入谷許可証が必ず要ります。ですがあなたは、その許可証をお持ちでない。というのが失礼になるなら、その許可証をご提示にならない。
 スナフキンは上半身を起こし、帽子をかぶり直すと、若い男と宿屋の主人を見上げて、どういうことでしょうか、と訊きました。
 申し上げた通りです、と簡潔に、若い男。
 それで、宿泊の許可が要るというのですか?とスナフキンは先ほどからのやり取りが夢ではないかと確かめるように言いました。
 そうです、この谷では、と若い男。そして、宿屋の主人や農夫に向かってあからさまにスナフキンを嘲る仕草をしました。
 この宿も谷だとおっしゃのですか?
 若い男はゆっくりと、もちろんです、と答えました。ここはムーミン谷という谷です。


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 ……………………………
 まもなくスナフキンは黒い丘のほうへ急ぎました。牧場の後ろはゆるい丘になって、その黒い平らな頂上は北斗七星の下に、ぼんやり普段よりもつらなって見えました。
 スナフキンは、もう露の降りかかった小さな林のこみちを、どんどんのぼっていきました。まっ暗な草や、いろいろなかたちに見えるやぶのしげみの間を、その小さな道がひと筋、白く星あかりに照らしだされていたのです。草むらには、ぴかぴか青びかりする小さな虫もいて、ある葉は青くすかし出され、スナフキンはまるで谷の住民たちが持ち歩く光る木の実のカンテラのようだと思いました。
 そのまっ黒な、針葉樹や落葉樹の林を越えると、にわかにがらんと空がひらけて天の川がしらじらと南から北へ渡っているのが見え、また魔女の結界の頂きも見わけられたのでした。つりがね草や野菊らの花がそこらいちめんに、夢のなかからでも薫りだしたというように咲き、鳥らしき影が一羽、丘の上を鳴きつづけながら通って行きました。
 スナフキンは魔女の結界の頂きの下に来て、火照ったそのからだを冷たい草になげました。
 谷のあかりは、闇のなかをまるで海の底の宮殿の景色のように灯り、子どもらの歌う声や口笛、きれぎれの叫び声もかすかに聞えてくるのでした。風がとおくで鳴り、丘の草もしずかにそよぎ、スナフキンの汗でぬれたシャツもつめたく冷やされました。スナフキンは谷のはずれから、とおく、黒くひろがった野原を見わたしました。
 そこから汽車の音が聞えてきました。その小さな列車の窓は一列、小さく赤く見え、そのなかにはたくさんの旅人が果実を噛ったり、笑ったり、好き放題楽しんでいると考えると、スナフキンはもう何ともいえずかなしくなり、また眼を天にあげました。

・ああ、あの白い天の帯がみんな星だというゾ

 ――ところがいくら見ていても、その天はスナフキンには天文学で教わるような、がらんとした冷たいところとは思われませんでした。それどころではなく、見れば見るほどそこは小さな林や牧場がある野原のように感じられて仕方なかったのです。そしてスナフキンは青い琴の星が三つにも四つにもなってちらちら瞬き、脚が何度も出たり引っ込んだりして、とうとう茸のように長く延びるのを見ました。また、すぐ眼の下の谷までがぼんやりした多くの星の集まりか、ひとつの大きなけむりのように見えると思えました。………………………


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ムーミン谷の二人の長老賢者の対話
 (ヘムレンさん)
 この谷の法律は誰もが知ることはできない。それは誰しも例外なく適用されるわれわれを支配する少数の議会の秘密で、それらが確実に守られているのは疑えない。とは言え知りもしない法律に支配されているのは何ともいえない苦しみだ。この谷の法律は実に古いので、その解釈には数世紀の歳月が捧げられ、解釈自体がすでに法律とも言える。議会が法律の解釈に当って個人的な利害からわれわれに不利益をもたらすいわれはない。法律はそもそもの始めから議会のために定められたもので、議会は法律の外にいる。だからこそ法律はもっぱら議会の手中に委ねられているのだ。
 (ジャコウネズミ博士)
 言うまでもなく法律の中には知恵が含まれている--誰が古い法律の知恵を疑うだろう。だがそこにはわれわれの苦しみもある。これは法律の性質上避けがたいことかもしれない。
 (ヘムレンさん)
 ……ともあれ、これらの法律らしきものは実は単に仮装かもしれない。法律が存在し、議会だけの秘密として委ねられているのは伝統だが、古い伝統、古いが故にもっともらしい伝統以上ではなく、また、そうであるはずもない。それはこの法律が厳密に厳密な上にも秘密を条件にしていることからもわかる。
 (ジャコウネズミ博士)
 けれどもわれわれが祖先の代まで遡り、議会の歴史と共に十分に研究して過去と未来に備えようとすれば、この場合、法律の全ては不確かとなり、おそらく理性の遊びに過ぎなくなるだろう。だがわれわれがここで検討するこれらの法律など存在しないかもしれないのだ。本当にこうした見解をとる小さな政党がある。この政党は、もしある法律が存立するとすれば、それは議会の行うことが法律なのだと証明しようとし、民衆の伝統を拒否する。実を言えば、この間の事情は次のような疑わしい逆説でのみ表現できるのだ。
・法律への信仰と共に議会をも排斥するような政党があれば、たちまちに全国民の支持を獲得できる。だが議会を排斥する勇気は国民の誰しも持ちあわせていないのだから、そのような政党は発生し得ない。
 (ヘムレンさん)
 その刃の上に私たちは生活している。ある作家はこれを総括して言っている。
・われわれの上に課せられている唯一であり、目に見える、疑う余地のない法律は議会そのものである。
・われわれは、われわれの持つこの唯一の法律を失おうとしてはいけないのだろうか?


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 ムーミン谷近代美術館所蔵映画全目録。『愛と死をみつめて』『赫い髪の女』『赤いハンカチ』『秋津温泉』『網走番外地』『天城越え』『嵐を呼ぶ十八人』『ある殺し屋』『生きているうちが花なのよ死んだらそれまでよ党宣言』『伊豆の踊子』『一心太助』『刺青』『いれずみ判官』『浮雲』『右門捕物帖』『駅前旅館』『おとうと』『解散式』『陽炎座』『貸し間あり』『花芯の刺青・熟れた壺』『関東無宿』『喜劇あゝ軍歌』『喜劇女は度胸』『君の名は』『巨人と玩具』『切られ与三郎』『斬り込み』『斬る』『くちづけ』『雲ながるる果てに』『狂った果実』『警視庁物語全国縦断捜査』『恋文』『木枯し紋次郎』『月曜日のユカ』『拳銃は俺のパスポート』『ゴキブリ刑事』『ゴジラ』『さらば愛しき大地』『座頭市物語』『思春の泉』『七人の侍』『しとやかな獣』『忍びの者』『勝利者』『処刑の部屋』『女囚701号・さそり』『ションベンライダー』『新幹線大爆破』『地獄』『実録阿部定』『しびれくらげ』『十三人の刺客』『十兵衛暗殺剣』『次郎長三国志・殴り込み甲州路』『仁義なき戦い』『仁義の墓場』『砂の器』『青春残酷物語』『関の弥太っぺ』『0課の女・赤い手錠』『曽根崎心中』『大幹部・無頼』『胎児が密猟する時』『太陽を盗んだ男』『たそがれ酒場』『玉割り人ゆき』『大草原の渡り鳥』『大地の子守歌』『近松物語』『血槍富士』『忠臣蔵』『妻たちの性体験・夫の眼の前で、今……』『手討』『点と線』『東海道四谷怪談』『東京流れ者』『独立愚連隊』『寅次郎恋歌』『なつかしい風来坊』『七つの顔』『南国土佐を後にして』『憎いあンちくしょう』『二十四の瞳』『ニッポン国古屋敷村』『ニッポン無責任時代』『二等兵物語』『二百三高地』『濡れた海峡』『野菊の墓』『野良猫ロック・ワイルドジャンボ』『薄桜記』『博奕打ち・総長賭博』『白昼の襲撃』『張り込み』『反逆児』『反逆のメロディー』『幕末太陽伝』『晩春』『光る女』『人斬り与太』『ひとり狼』『緋牡丹博徒』『笛吹童子』『豚と軍艦』『兵隊やくざ』『本日休診』『瞼の母』『卍』『みな殺しの霊歌』『明治侠客伝』『夫婦善哉』『最も危険な遊戯』『もどり川』『悶絶!!どんでん返し』『やくざ囃子』『野獣死すべし』『野獣の青春』『用心棒』『夜霧のブルース』『四畳半襖の裏張り』『浪人街』『わたしのSEX白書・絶頂度』。上映施設および機材・なし(死蔵)。


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 まず定義から入ると、とムーミンパパは言いました、「くじ」とは勝ち負けや順番の割り当てを、結果があらかじめわからないように選択をさせることか、またはその方法を言う。くじは参加者に見えないようにされていてもいいし、また選択後に無作為に割り当てを行ってもよい。この場合は選択後の割り当てがくじになるわけだな。わかりやすい例では宝くじや公団住宅なんかがそうだ。
 その昔サイコロの一振りは偶然には委されないと言った詩人がいたがそれは詩的パラドックスであって、通常くじ引きの確率はくじを引く順番によらず確率保存の法則により平等であることが前提とされる。宗教的に神意を問うため用いられることもあるが、通常世間で行われるくじは確率的に平等な割り当てのため用いられ、つまり平等性が原則だから、あらかじめ公な単純な確率計算以上の結果予測は行えないことが必要な条件とされる。
 もちろんくじは時にその性格からギャンブルの手段としても用いられる。というか非常に多い。この場合は娯楽性を高めるため、戦略的な選択から勝率を高める可能性を持たせることもある。何とか言わんやだな。
 ギャンブル以外のくじの機能としては、まず抽選。これはスポーツ大会の試合組みや政治家・公職者の決定などに用いる。スポーツはともかく政治家とかもかいと思うが、この分野では同点獲票も多いらしいのだ。次に吉凶の判断。いわゆるおみくじ、その他占いがそれになる。用具に石・貝殻・骨など自然物を用いる場合は、特に宿る霊力や精霊などを信じた占い的・呪術的な要素が強くなる。
 さらに資金調達ないし集客があり、これも古来からある。富くじ・富籤、LOTO、totoなどなど。これは富札を発券し利益分配を行うもので、当選者に利益分配される建て前だが結局堂本が一番儲かる仕組みで、還元率を引いた堂本の取り分をテラ銭と呼ぶ。某国では富くじの発売・取次ぎ・授受は刑法187条により処罰される。ただし個別の法律で合法化された場合もあり、一例に当せん金付証票法に基づき発行される宝くじがある。ちなみにLOTOもtotoも国際的・歴史的にこれほど還元率の低い、テラ銭率の高い富くじはないと指摘されている。
 また身近なものでは福引もくじに当たる。くじで利益分配するが富札を発券しないもの。遊戯ではビンゴなどもくじの一種になる。ところで私が当たりらしいが、これは何のくじだ?
 殺到する群集。


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 ――入りたまえ、と部屋のドアを半開きにして顔をのぞかせた男はスナフキンをうながしました。スナフキンは腰かけから立ち上がりましたが、男がドアを半開きのまま部屋の奥に戻ったのに気づいて脚をすくませました。ドアはスナフキンが通れるほどには開いておらず、男が察してドアをもっと開けてくれる様子もなかったからです。
 何してるんだ、と男は重ねて言いました、早く入りたまえ。スナフキンは仕方なくドアに向かってすり足で床を進むと、からだを割りこませるようにしてドアのすきまを広げて部屋に入ると、左右近い方の壁を見定めて左の壁を向いて直立しました。
 こちらに来て座りたまえ、と男は言いました。それからちょっと顔をしかめると顎をしゃくって、その前にまずドアを閉めてくれないか、とやんわりと命じました。
 それでようやくスナフキンはハッと気づきました。ここではずっと引率されずに建物内を移動することは許されず、建物自体が細かく区切られてすべての移動には施錠を外さねばなりませんでした。また自分自身でドアを開閉することは許されず、引率者兼鍵の管理係りがスナフキンたちを待機させて鍵を開けている間、または鍵を開けている間は、スナフキンたちは壁を向いて直立していなければなりませんでした。管理者以外の者がこの施設の規則ではドアノブに触れ得ないのです。
 また身よりのないスナフキンには外部からの訪問者は制度上つけられた手続きの代理人しかありませんでしたが、事務的な面会自体はともかく面会の仕組みが恐怖でした。まず面会室の数が少ないので自分の番までゆうに2時間は待たされますが、待機所は壁一面に並んだ木製のドアの縦型の壁戸棚でした。背丈は立てば頭がつかえるほどで、中には椅子になる高さに板が嵌めこんであります。
 この縦型の個人用棺桶にはドアの上方に小窓があるきりで、待たされるのは当たり前のように適当な小説の文庫本を渡されて中に閉じ込められ、施錠されるのでした。文庫本はいつも2、30年前のベストセラー推理小説ばかりでした。尿意または便意、または水を欲する以外にこの監禁状態から一時解放してもらう手はありませんでしたが、そう何度も使えませんし、この極端に狭い監禁から解放されても監禁された状態には変わりはありません。
 ここでは個人の尊厳と権利は管理者の側だけにあり、スナフキンは管理され尊厳も権利も剥奪された側でした。それだけです。


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 国際法に照らしてみれば、とスナフキンは抗弁しました、私は私の国の法律によって審理されるのが正当な手続きです。私はそれを要求することができる。そもそもそれ以前にそれを怠っていたあなた方の落ち度に重大な問題があります。まるで私が戦時下における敵国との交戦相手かのような――
 どよめきが起きました。つまり君は交戦国の密偵として積極的な戦意があった、ということなのかね?
 私が、ではありません、とスナフキン。あなた方が私をそうであるかのように見做している、ということです。違いませんか?
 大変違う、なぜならわれわれは君に公正な審理の機会を与えており、拷問もせず強制的な自白をさせているわけでもないからだ。
 とうてい承服できません。私が置かれているような拘置下ならばどのような発言も強制的な自白と変わるものではありません。
 では話題を変えよう。君にはお母さまはいらっしゃるかね?
 なぜまた?私の母がこの件に何の関係がありますか。
 大いにある、というか正確には関係は全然ない。関係はないのだが、君とわれわれが自分たちの母親について語るのは自白でも何でもなかろう。単なる世間話にすぎない。つまりこれは尋問でもなければ自白の強要でもないということだ。
 それでは私が自分の母の話などしたくないと言ったら?
 その場合はわれわれが自分たちの母親について延々話すことになる。もちろんこれは審理からは外れる話題である以上真実を語るとは限らないし、そもそも誰が自分の母親について真実を語ることなど出来ようか。そしてもちろん他人の母親についての話ほど退屈きわまりないものはない。それでもいいというなら、するもしないもきみ次第だよ。まさかこの程度の選択を強要とまで言いはしまいね。何なら君から別の話題を提案してくれても構わないよ。たとえば父君とか。
 気が進みませんね。
 それこそが問題ではないかね。君の非協力的な態度が物事をややこしくしているのだ。父君について打ち明け話をするほどうっとうしく面倒くさいことはないが、母堂ならまだしもというところだろう。では君の兄弟姉妹についてはどうかね?
 まだ母親について話す方がマシです、とスナフキン。私の母は変な人でした。それだけです。それだけ。
 それでは母親についての一般論にすぎんよ。誰もが自分の母親は変な人だ、もしくはだったと思っている。それとも君の母堂だけが特別なのかね?
 第六章完。


(五部作『偽ムーミン谷のレストラン』第一部改作版・既出2016年6月~2017年7月、全八章・80回完結予定=未完)
(お借りした画像と本文は全然関係ありません)