人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

ポポル・ヴー Popol Vuh - ホシアナ・マントラ Hosianna Mantra (Pilz, 1972)

ポポル・ヴー - ホシアナ・マントラ (Pilz, 1972)

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ポポル・ヴー Popol Vuh - ホシアナ・マントラ Hosianna Mantra (Pilz, 1972) Full Album : https://youtu.be/UjPd9y_EWdE?f:id:hawkrose:20200319174706j:plainlist=OLAK5uy_l3O8ZfnyLjl3EwLVIJEeC1A-ZA9Af94Mc
Released by Pilz Disk Pilz 20 29143-1, 1972
All Lyrics and Composed by Popol Vuh
Texte Translated by Martin Buber
(Seite 1)
A1. アー!Ah! - 4:43
A2. キリエ Kyrie - 5:20
A3. ホシアナ・マントラ Hosianna-Mantra - 10:15
(Seite 2) モーゼの書 Das 5. Buch Mose
B1. 別離 Abschied - 3:10
B2. 祝福 Segnung - 6:00
B3. 礼拝Andacht - 0:40
B4. 天はそこに Nicht Hoch Im Himmel - 6:17
B5. 礼拝 Andacht - 0:35
(Bonus Track)
tk. アヴェ・マリア Maria (Ave Maria) - 4:38

[ Popol Vuh ]

Popol Vuh (Florian Fricke/1944-2001) - piano, harpsichord
Conny Veit - electric Guitar, twelve-string Guitar
Djong Yun - soprano vocals
Fritz Sonnleitner - violin
Robert Eliscu - oboe
Klaus Wiese - tambura

(Original Pilz "Hosianna Mantra" LP Liner Cover & Seite 1/2 Label)

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 元西ドイツ、ミュンヘン出身のピアニスト、フローリアン・フリッケ(1944-2001)が主宰した音楽プロジェクト、ポポル・ヴーの第3作にしてドイツ1970年代のロックを代表する異色の(とはいえ、ドイツのロックは異色作揃いですが)名作と名高いのが本作『ホシアナ・マントラ』です。ポポル・ヴーはリーダーのフリッケ以外は固定メンバーではなく(アルバム数作ごとにレギュラー参加した常連メンバーはいましたが)、アモン・デュールIIやエンブリオ、ギラなど交流のあったバンドのメンバーがアルバムごとに参加するファミリー的なプロジェクトでした。ライヴもせず、アルバムのヒットもないのにフリッケの逝去まで30年あまりの活動が可能だったのは、フリッケが富裕階級の名家出身であり、また同世代のドイツ・ニューシネマの代表的映画監督ヴェルナー・ヘルツォーク(1942-)と肝胆照らす仲で、ヘルツォーク映画の専属映画音楽家でもあったからです。ポポル・ヴーのアルバムは日本ではLP時代には中期以降の数作が日本盤でもリリースされたきりで、前回ご紹介したヘルダーリンの『詩人ヘルダーリンの夢』同様に本作は1990年代初頭にようやく日本盤初CD化によって入手が容易になりました。しかしこのアルバムは素晴らしい内容とジャケットの良さから、日本盤CDの発売以前からヨーロッパ圏のロック愛好家には輸入盤LPで長く愛聴されてきたロングセラー・アルバムです。ヘルダーリン同様粗略にご紹介するのがもったいなくこれまで機会を逃してきましたが、ロックに分類されている音楽でこれほど美しいものはない、天上の教会音楽とはこういうものかと言えるものです。またリマスターCDのボーナス・トラック「アヴェ・マリア」はヴォーカルのディオン・ユンのソロ名義でシングル発売された本作のアウトテイクで、アルバムの価値をさらにいや増す素晴らしい追加曲です。

 ポポル・ヴーは当初ドイツ初のムーグ・シンセサイザーを使用した電子音楽プロジェクトとしてアルバム2作をリリースしました。まだテクノ・ロックというジャンルが生まれていない頃です。カンやタンジェリン・ドリームクラスターやクラフトワークといったバンドがオルガンやエフェクト、テープ編集やミキシングでのちのテクノ・ロック的手法に踏み組んでいましたが、ポポル・ヴーはムーグ・シンセサイザーを使いながらむしろ自然界の音響を再現するようなアンビエントな音楽を作っていました。のちもヘルツォーク映画の映画音楽にはシンセサイザーを使い続けることになりますが、ムーグ・シンセサイザーを友人のクラウス・シュルツェ(1947-)に譲り、エレクトリック・ギター以外は完全なアコースティック編成で作り上げられたのが本作『ホシアナ・マントラ』です。題材と歌詞を聖書学者マルティン・ブーバー(1878-1965)訳の聖書に採り、韓国出身の現代クラシック作曲家の巨匠・尹伊桑(ユン・イサン、1917-1995)の令嬢、ディオン・ユンがヴォーカルに招かれた本作は、同じピルツ・ディスクのレーベル仲間の『ブリューゼルマシーン』(1971年)やヘルダーリンの『ヘルダーリンの夢』やエムティディの『芽生えの時』、ヴァレンシュテインの『マザー・ユニヴァース』(いずれも1972年)らドイツの伝統的ロマン主義を継承するアコースティック・ロック作品の中でも抜きん出たアルバムになりました。マヤ文明創世神話書「Popol Vuh」をプロジェクトの名義にし、またユダヤ教の「Hosianna」をヒンズー教の「Mantra」と合わせた通り、ポポル・ヴーは宗教音楽的でも近代ドイツのキリスト教プロテスタント信仰を汎神論に混合させており、それは一神教否定的・神秘主義的なドイツ・ロマン主義を極端に押し進めた発想でした。ドイツ人ほど敬虔なキリスト教徒はいないのにドイツ文学に神はいないのは、キリスト教発生以前の汎神論的自然信仰がロマン主義以降のドイツ文学の根底にあるからですが、シンセサイザーを排してアコースティックなアンサンブルにポポル・ヴーが向かったのもそうした考えからによるものでしょう。

 初期2作で使用されたムーグ・シンセサイザーが自然音を模していたように、本作『ホシアナ・マントラ』のアコースティック楽器によるアンサンブルは、ほとんど自然界の音響を再現しているように響きます。ピアノとハープシコード、ギター、オーボエ、ヴァイオリン、タンブラ(リュートの一種でマンドリンの原型)とおよそロック・バンドの編成とはほど遠いばかりか、クラシックの室内楽でもこんな変な編成は類を見ません。フローリアン・フリッケによるピアノ、ハープシコードに合わせた器楽アンサンブルとヴォーカルは、リハーサルは十分に積んだでしょうが(ポポル・ヴーのアルバムはすべてフリッケの自宅の館のスタジオで制作されています)演奏はおそらく楽譜指定のない自然発生的で即興性の高いもので、エレクトリック・ギターの音色もほとんどロックでは例がない、透明でサスティーンの効いた音色に限られています。サウンド面でもっとも近いのはレニー・トリスターノ1940年代後期のクール・ジャズ・アンサンブルですが、トリスターノのようにジャズの即興性の楽理的追求の結果に生まれた音楽的抽象性とははっきり異なります。ポポル・ヴーがライヴ活動はせずアルバム制作だけのプロジェクトだったのは、レコードに定着したサウンドをライヴで再現する目的が初めからなかったからでしょう。これはクラシックやジャズとも違って、ライヴによる演奏性そのものすら目的としていない音楽です。その代わりポポル・ヴーは同じ楽曲をアルバムで積極的にリメイクしています。本作の次作『聖なる賛美(山上の教訓)』(フリッケ自身がヴォーカルを担当)や一作おいた次々作『雅歌』(ディオン・ユン再参加)は本作の直接的なヴァリエーション、リメイクと言える内容です。

 最後にデビュー作からフローリアン・フリッケ逝去までのポポル・ヴーの全アルバム・リストを掲載しておきます。ポポル・ヴーのアルバムはリマスター盤CDがフリッケ逝去後にほぼ全作品が一斉再発売されたので、輸入盤では容易に、邦題がついているものは日本盤で手に入ります。ポポル・ヴーはデビュー作から70年代作品、特に1976年の『最後の日、最後の夜』か1978年の『影の兄弟、光の子供達』まではいずれもお勧めできる優れたアルバムです。1975年の『アギーレ/神の怒り』は1970年~1971年のムーグ・シンセサイザー使用時代に録音されていた音源を編集したアルバムで、1976年の『Yoga』はフリッケが演奏に参加していない、インド人ミュージシャンだけによるアルバムです。ジュリアン・コープによるドイツのロック研究書『Krautrocksampler』1995にはドイツのロックのベスト・アルバム50選に『Affenstunde』『In Den Garten Pharaos』『Einsjager & Siebenjager』『Hosianna Mantra』(この順)が上げられています。また『アギーレ/神の怒り』『ガラスの心』『ノスフェラトゥ』『Fitzcarraldo』『コブラ・ヴェルデ』はそれぞれ同年のヴェルナー・ヘルツォークの同名映画のサウンドトラック盤です。

[ Popol Vuh Album Discography ]

1.『猿の時代』(旧邦題『原始帰母』)Affenstunde (1970)
2.『ファラオの庭にて』In den Garten Pharaos (1971)
3.『ホシアナ・マントラ』Hosianna Mantra (1972)
4.『聖なる賛美(山上の教訓)』Seligpreisung (1973)
5.『一人の狩人と七人の狩人』Einsjager und Siebenjager (1974)
6.『雅歌』Das Hohelied Salomos (1975)
7.『アギーレ/神の怒り』Aguirre (1975)
8.『最後の日、最後の夜』Letzte Tage - Letzte Nachte (1976)
9.『Yoga』(1976)
10.『ガラスの心』Herz aus Glas (1977)
11.『影の兄弟、光の子供達』Bruder des Schattens - Sohne des Lichts (1978)
12.『ノスフェラトゥ』Nosferatu (1978)
13.『魂の夜(タントラの歌)』Die Nacht der Seele (1979)
14.『静謐の時』Sei still, wisse ICH BIN (1981)
15.『Fitzcarraldo』(1982)
16.『アガペー・神の愛』Agape - Agape (1983)
17.『スピリット・オブ・ピース』Spirit of Peace (1985)
18.『コブラ・ヴェルデ』Cobra Verde (1987)
19.『フォー・ユー・アンド・ミー』For You and Me (1991)
20.『シティ・ラーガ』City Raga (1995)
22.『羊飼いの交響曲』Shepherd's Symphony - Hirtensymphonie (1997)
23.『オルフェオのミサ』Messa di Orfeo (1999)