人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

タンジェリン・ドリーム Tangerine Dream - 瞑想の河に伏して Electronic Meditation (Ohr, 1970)

タンジェリン・ドリーム - 瞑想の河に伏して Electronic Meditation (Ohr, 1970)

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タンジェリン・ドリーム Tangerine Dream - 瞑想の河に伏して Electronic Meditation (Ohr, 1970) Full Album : https://www.youtube.com/playlist?list=PLfjbsp48_oAHpzpjZohTmz2dJ_T5XxpWj
Recorded in October 1969
Released by Metronome/Ohr OMM 56004, June 1970,
All songs written and composed by Edgar Froese, Klaus Schulze, Conrad Schnitzler.

(Seite 1)

A1. Geburt (Genesis) - 6:00
A2. Reise Durch Ein Brennendes Gehirn (Journey Through A Burning Brain) - 13:25

(Seite 2)

B1. Kalter Rauch (Cold Smoke) - 11:00
B2. Asche Zu Asche (Ashes To Ashes) - 3:50
B3. Auferstehung (Resurrection) - 3:40

[ Tangerine Dream ]

Edgar Froese - guitar, organ, piano, noises(glasscherben)
Conny Schnitzler - cello, violin, guitar, noises(addiator)
Claus Schultze - drums, noises(peitsche, metallstabe, brennendes pergament)
with
Thomas Keyserling - flute (uncredited)
Jimmy Jackson - organ on A2 (uncredited)

(Original Ohr "Electronic Meditation" LP Gatefold Front/Liner Cover & Seite 1/2 Label)

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 タンジェリン・ドリームエドガー・フローゼ(1944~2015・ギター、シンセサイザー)のバンドであり、フローゼ2015年1月20日の逝去でバンドの歴史は区切りがついたと言えるでしょう。1970年のデビュー・アルバム以来45年で、スタジオ録音アルバム103枚、コンピレーション・アルバム76枚、EP13枚、シングル66枚、ヴィデオ・アルバム21枚、サウンドトラック34枚、サンプラー・アルバム4枚が公式アルバムとして残されています。以後発掘アルバムが続々と発表されることになりますが、フローゼの訃報で感慨にふけっていた当時、デイヴィッド・アレン(1938~2015・ギター、ヴォーカル)が3月13日に亡くなったのも忘れられません。ソフト・マシーン~ゴング~ソロ~ゴングと気ままな活動で2014年にも新作をリリースしており、石川淳の太田南畝評ではないが「(南畝は)70歳の没年寸前まで青春が続いた」のがフローゼやアレンにも当てはまるような気がします。アレンさんの追悼は稿を改めて書きましたが、エドガー・フローゼ=タンジェリン・ドリームといえばヴァージン移籍第1作『フェードラ(Phaedra)』1974以降が有名ですから、のちにはYMOみたいに3人組のシンセサイザー・グループというイメージが強いバンドになりました。しかしフローゼの生年から察せられるように、初めてフローゼが1965年に組んだ学生バンドはビート・グループ、つまりドイツのGSでした。ザ・ワンズと、「思い出の渚」でも演りそうなグループ名ですが、美術学生のバンドだったワンズはサルバドール・ダリの知遇を得ることになり、1967年には時流に押されて9月にタンジェリン・ドリーム(ビートルズ「ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイアモンド(Lucy In The Sky with Diamond)」の歌詞より)と改名します。スーパートランプのサックス奏者となるスティーヴ・ジョリフやヨーゼフ・ボイス門下の実験ミュージシャン、コンラート・シュニッツラーが初期メンバーでしたが、1969年3月には一旦活動停止してしまいます。

 それから数か月は後にホークウィンドの結成に参加するニック・ターナー(こんなところにも!)とセッションしていましたが、1969年9月にはフローゼ、シュニッツラー、「Psy Free」というバンド(現存音源なし)で活動していたクラウス・シュルツェが正式メンバーとなり、翌10月には新興のアンダーグラウンド・ロック・レーベルのオール(Ohr、耳)にデビュー・アルバムを録音します。それが本作で、当時はドイツの実験派ロック・グループが次々とデビューしており、前年1969年にはカン『Monster Movie』、アモン・デュール『Psychedelic Underground』、アモン・デュールII『神の鞭(Phallas Dei)』が、1970年にはタンジェリンの本作を始めとしてグル・グル『UFO』、エンブリオ『Opal』、クラフトワークKraftwerk』、クラスター(Kluster)『Klopfzeichen』、ビトウィーン『Einstieg』が、1971年にはアシュ・ラ・テンペルAsh Ra Tempel』、ファウスト『Faust』、ポボル・ヴー『猿の時代(原始帰母)(Affenstung)』、ブレインチケット『Cotton Wood Hill』、クラスター(Cluster)『Cluster』が、1972年にはアジテーション・フリー『Malesch』、ノイ!『Neu!』、そしてクラウス・シュルツェの初ソロ作『イルリヒト(Irrlicht)』と、長らく活動を続けていく実験派ロック勢が揃います。上記のアルバムは当時のドイツならではの実験派ロック作品で、英米プログレッシヴ・ロックとは相当趣きが異なりますが、ドイツからはブルース・ロックやハード・ロック、フォーク・ロック、英米風のプログレッシヴ・ロックのバンドも先に列挙したバンドに数倍してデビューしているのですが、実験性の点で上記のバンドは日本ではドイツならではのプログレッシヴ・ロックと見なされて紹介されていました。ドイツ'70年前後の実験派ロックを「Krautrock」として独自のジャンルと捉える見方は'80年代後半にようやく定着してきたものです。

 タンジェリン・ドリームがファースト・アルバムでやっていた音楽はジミ・ヘンドリックスピンク・フロイド(特に『神秘(A Soucerful of Secrets)』'68と『ウマグマ(Ummagumma)』'69)、フランク・ザッパ&ザ・マザーズ・オブ・インヴェンジョン、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの影響が強く、ジミとフロイド、ザッパ、ヴェルヴェットの影響の強さはドイツの実験派ロック全般に見られるものでした。昭和45年に本国と同年日本発売された本作は『瞑想の河に伏して』と邦題がついたように、サイケデリックな瞑想ロックとして紹介されたのですが、邦題が妥当かはともかくサイケデリック・ロックの即興ジャム・セッションの作品化として見事な完成度を誇るアルバムで、サイケデリック・ロックの'70年代版であるスペース・ロックのスタイルを開拓し、イギリスのホークウィンドやフランスのゴングへ直接に影響を与えたとされる名盤です。本作のメンバーのタンジェリンのアルバムは1作きりで、クラスター(Kluster)とかけもち参加していたコンラッド・シュニッツラーはクラスターがクラスター(Cluster)に変わる際ソロに、本作では「Claus Schultze」というスペルで参加していたクラウス・シュルツェはマニュエル・ゲッチング(ギター)とハルトムート・エンケ(ベース)のアシュ・ラ・テンペルの創設メンバーを経てソロになりましたが、タンジェリンの牙城はフローゼが守り、世界的成功を収めます。第2作『ケンタウルス座のアルファ星(Alfa Centauri)』'71は本作の延長線上にありますが、2枚組大作の第3作『Zeit』'71で'77年までの黄金トリオ(フローゼ、クリス・フランケ、ペーター・バウマン)が揃い、バウマンやフランケ脱退後も新メンバーを加えて活動します。フローゼは1974年~83年に7枚、2004年に1枚のソロ名義のアルバムも出していますが、タンジェリン・ドリームで45年間に238枚のアルバム(サントラ34枚はもちろん、コンピ76枚も多くは別ミックス、別テイク、再録音を含むバンド公認作)があるほどです。1974年以降のタンジェリンだけでも234枚という膨大な作品数になります。'90年代に5枚組のボックス・セットが出た時も1枚はまるまる未発表スタジオ録音、後の4枚もこれまでの代表曲のボックス・セット用の最新再録音でした。タンジェリンは2014年の第146作『Mala Kunia』を遺作に2015年1月フローゼ逝去後も、最終メンバーがフローゼの遺志を継いで活動中で、発掘音源を含めて2018年までに第158作まで発表しています。

 '70年代後半以降のタンジェリンはだんだん同じようなアルバムばかりになりましたが、1975年のライヴ盤『リコシェ(Ricochet)』までは名盤ぞろいでした。『リコシェ』まで全部聴ければ1980年の『タングラム(Tangram)』までは何とか聴けます。さらに『タングラム』まで聴ければ後は気分次第でいけそうな気がするが、やはり別格なアルバムはオールからの本作『瞑想の河に伏して(現行邦題=エレクトロニック・メディテーション)』、『ケンタウルス座のアルファ星(現行邦題=アルファ・ケンタウリ)』1971、『ツァイト』1972、『アテム(Atem)』1973で、英ヴァージンに移籍して『フェードラ』1974、『ルビコン(Rubycon)』1975、そして『リコシェ』と、ここまでの7枚はドイツのロックの金字塔と言える名盤揃いです。このデビュー作や次作ではまだピンク・フロイドの『神秘』の影響が強く、このアルバムのA2や『ケンタウルス座~』のタイトル曲など無限転調のオルガンのたなびきなど『神秘』タイトル曲そっくりなのですが、本作ではアルバム・タイトルは『エレクトロニック・メディテーション』なのにエレクトロニック楽器は電気オルガンやエレクトリック・ギターにとどまり、電子キーボードやシンセサイザー類はまだ使われずこのサウンドを実現したのも特筆すべきでしょう。アルバム冒頭から続くノイジーなドローンはチェロによるもので、このアルバムはフローゼのエレクトリック・ギター、シュニッツラーのチェロ、シュルツェのドラムスに、ゲストのフルート(トーマス・ケイサリング)、オルガン(ジミー・ジャクソン)を迎えた室内楽的編成で制作されています。おそらくスタジオ・ライヴを編集してアルバムにまとめたものでしょうが、エフェクトと録音とミキシングと編集で楽器編成の制約を超えたスペイシーなサウンドを作り上げたアイディアと力量には感服します。次作『ケンタウルス座~』ではフローゼもシンセサイザーを兼用するようになり、クリス・フランケ(ドラムス、シンセサイザー)、スティーヴ・シュローダー(オルガン)のトリオ(+フルート、キーボードのゲスト)による制作です。第3作で2枚組全4曲の大作『ツァイト』でフローゼ、フランケ、ペーター・バウマン(キーボード、シンセサイザー)の黄金トリオになり、『ツァイト』ではポポル・ヴーのフローリアン・フリッケ(シンセサイザー)やチェロのゲスト参加がありましたが、この2枚組で初期の作風を総決算したタンジェリンは、第4作『アテム』からはいよいよ変則シンセサイザー・トリオ(本来ギター、キーボード、ドラムスのトリオ)のみのサウンド作りになり、ヴォイスとパーカッションの導入でヴァージン移籍以降のサウンドの雛型に到達します。

 本作では一応ドラムス・パーカッション類は判別がつきやすいとはいえ、シンバルすらジェット・マシーンを通しているほどで、本作がフルート、ギター、チェロ、オルガン、ドラムスの編成で演奏されている音楽とはサウンドを流して聴いているだけだと、まずわからないでしょう。フローゼのギターはA面ではアルペジオ主体、B1からようやくギンギンのリードギターが聴けますが、タンジェリンのサウンドではフローゼがジミ・ヘンドリックス直系のフリーキーなリードギターを弾いてもエレクトリック・ギターの音だと気がつかないように響いています。セカンドではシュニッツラーとシュルツェの脱退のみならずゲスト・ミュージシャンがも交替しますが、黒人オルガニストのジミー・ジャクソン(アモン・デュールII、エンブリオ)のプレイも、フルートの導入も効いています。当時は現代音楽、ジャズ、ロックのミクスチャーが盛んに行われていましたが、西ドイツのバンドのミクスチャー・スタイルは特に極端で、それが「ジャーマン・ロック」というより「クラウトロック」と呼ばれる実験的流派を形成していました。タンジェリン・ドリームはカンやアモン・デュールIIより少し遅かったとはいえ、クラフトワークとともに最大の国際的成功をおさめた西ドイツ出身のロック・グループでした。タンジェリンもクラフトワーク英米ロックの基準ではロック・バンドと言って良いかわからない存在です。世界的に知られたドイツ出身のバンドというと、タンジェリン、クラフトワークスコーピオンズの3組になるのが妥当でしょう。タンジェリンの『フェードラ』、クラフトワークの『人間解体(Man Machine)』、スコーピオンズ(クラウス&ルドルフはドイツのジャガー&リチャーズだろう)の『復讐の蠍団(Virgin Killer)』の3枚を「これがドイツのロックです」と言われれば、確かにかなりイメージはつかめます。カンの諸作はアモン・デュールIIとともに早くから英米で認知されていましたし、ワレンシュタイン『コズミック・センチュリー(Cosmic Century)』、ヘルダーリン『詩人ヘルダーリンの夢(Hoelderlins Traum)』、クラウス・シュルツェ『イルリヒト』、ポポル・ヴー『ホシアナ・マントラ(Hosianna Mantra)』あたりがそれに次ぐでしょう。ジャズのビッグバンドが創設メンバーがいなくても続き(グレン・ミラー楽団などミラーは第二次世界大戦従軍中に亡くなっています)、ロック・バンドでもヴェンチャーズがオリジナル・メンバーが全員逝去しても続いているように、KISSなどメンバーが逝去したら新メンバーが入って100年後でも続けると豪語していたように、タンジェリン・ドリームの場合もフローゼ生前の最終メンバーがタンジェリンを継承していくことになりました。'90年代にはフローゼの子息がメンバーに入っていたこともありましたから、意外ではありません。タンジェリンのような存在はバンドというよりコンセプトですから、フローゼの愛弟子格のメンバーがタンジェリンを継続しても何ら問題なく受け入れられる下地はありました。筆者はヴァージン・レーベル最終作の第19作『Hyperborea』'83以降は単発的にしか聴いていないので、タンジェリンについてはもっと詳細にご存知の方にお譲りしたいと思います。

(旧稿を改題・手直ししました)