人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

トレイシー・ソーン Tracy Thorn - 遠い渚~ディスタント・ショア A Distant Shore (Cherry Red, 1982)

トレイシー・ソーン- 遠い渚~ディスタント・ショア (Cherry Red, 1982)

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トレイシー・ソーン Tracy Thorn - 遠い渚~ディスタント・ショア A Distant Shore (Cherry Red, 1982) Full Album : https://www.youtube.com/playlist?list=PL46459FE0A04B1448
Released by Cherry Red Records M RED 35, 1982
Recorded by Pat Bermingham
Cover Drawing by Jane Fox
Handwriting by Richard Stilwell
All tracks are written by Tracey Thorn, except "Femme Fatale" by Lou Reed.
(Side One)
A1. スモール・タウン・ガール Small Town Girl - 3:55
A2. シンプリー・クドゥント・ケア Simply Couldn't Care - 2:46
A3. シースケイプ Seascape - 2:36
A4. ファム・ファタル~宿命の女 Femme Fatale - 2:39
(Side Two)
B1. ドリーミー Dreamy - 2:54
B2. プレーン・セイリング Plain Sailing - 2:05
B3. ニュー・オープンド・アイズ New Opened Eyes - 2:56
B4. トゥー・ハッピー Too Happy - 3:10

[ Personnel ]

Tracey Thorn - vocals, acoustic guitar, electric guitar

(Original Cherry Red "A Distant Shore" LP Liner Cover & Side One Label)

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 なんと初々しく瑞々しくい。トレイシー・ソーン(1962-)はハル大学の同級生で同じチェリー・レッド・レコーズからデビューしていたベン・ワット(1962-)と組んでエヴリシング・バット・ザ・ガールとして1984年~1999年に10枚ものアルバムを発表し'80~'90年代のヒット・チャートの常連アーティストになりましたが、この最初のソロ・アルバムの時点では弱冠20歳、前年にインディー・レーベルのフェイズ・レコーズから女の子3人のバンド、マリン・ガールズでカセット・アルバム『Beach Party』1981(英インディー・チャート29位)を出したばかりでした。マリン・ガールズはセカンド・アルバム『Lazy Ways』1983を最後に解散し、ロバート・ワイアットとの共作ミニアルバム『Summer Into Winter』1982と初のソロ・アルバム『ノース・マリン・ドライヴ(North Marine Drive)』1983を出して好評だったベン・ワットとのエヴリシング・バット・ザ・ガールに専念するのですが、この男女デュオで素晴らしい成果を上げたのは間違いないにしても、トレイシー・ソーン、ベン・ワットそれぞれのギター弾き語りの処女作は格別のものです。二人は1998年に双子の娘、2001年に長男をもうけたのをきっかけにエヴリシング・バット・ザ・ガールの活動を休止しましたが2008年にようやく入籍、ソーンは2007年に25年ぶりのソロ・アルバム以来4作、ベン・ワットは2014年の32年ぶりのソロ・アルバム以来3作を発表しており、夫婦ともに著作もベストセラーになり文筆家としても名をなしていますが、原点は常に『遠い渚~ディスタント・ショア』と『ノース・マリン・ドライヴ』にあるように思えます。

 制作費188ポンド(約5万円)で録音されたという本作は淡い水彩のジャケット・イラスト、手書きのクレジットともカジュアルでシンプルな体裁で、ソーンのギターの弾き語りにヴェルヴェット・アンダーグラウンドのカヴァー1曲(A4)を含み全8曲トータル23分と、内容も簡素きわまりないものです。それも本作では虚飾のない魅力になっており、サウンドも最小限のダビングが施されただけですが、素晴らしい奥行きを感じさせる録音と自然なミキシングで物足りなさはまったくありません。古びる要素のない、純粋で美しい音楽です。ベン・ワットのアルバム同様、一見すると素朴なアコースティック・フォークのような本作も、ポスト・パンク下のオルタナティヴ・ロックの混濁した潮流の中から生まれたものですが、本作が全英インディー・チャート1位を記録し、ヨーロッパ圏でインディー盤としては画期的な10万枚を売り上げたのは記憶されていいことで、ベン・ワットの『ノース・マリン・ドライヴ』とともにイギリスのロックが生んだギター弾き語りのシンガー・ソングライター・アルバムでは、バート・ヤンシュの『自由と魂(It Don't Bother Me)』1965やシド・バレットの『帽子が笑う、不気味に(The Madcap Laughs)』1970、ヴァシュティ・バニヤンの『Just Another Diamond Day』、サイモン・フィンの『Pass The Distance』1970、ニック・ドレイクの『Pink Moon』1972などの古典的作品と並ぶものでしょう。アルバム巻頭曲の歌詞を引いておきます。

[ Small Town Girl ]

This is all too much for such a small town girl
Though I see more than you think
This world, very little did I like
And when I did it was not mine

I never have believed in pure coincidence
And your distinctions proved such a subtle difference
And subtlety was always lost on me, yeah

Evening can go to your head (some things are better left unsaid)
Feelings can get left behind
So keep your love and I'll keep mine
Keep your love and I'll keep mine

Still trying to get over my small town ways
But still so much a part of me is my past disgrace
And you might say you don't care
But how can you when you weren't even there?

And this is all too much for such a small town girl
I can only stand still but your world
And everything I see just brings confusion to me
Don't know where I am today but I wish you wouldn't look that way

Go straight to my head some things are better left unsaid
Feelings can get left behind
So keep your, your love, keep your love and I'll keep mine

[ スモール・タウン・ガール ]

これは小さな町の娘には手におえないこと
それはあなたよりはわかっているけれど
世界で好きなことなんて少ししかなかった
あってもそれはわたしのじゃなかった

完全な偶然なんて絶対信じてなかった
だけどあなたの見方とはちょっとずれていた
でもそれがわたしにはいつもわからなかった、ああ

夜があなたの頭に訪れる
ことばにしない方がいいこともある
気持はうつろいやすいものだから
あなたはあなたの愛を守って、わたしもわたしの愛を守るから
あなたはあなたの愛を守って、わたしもわたしの愛を守るから

それでも小さな町の娘以上でいようとするけれど
それはわたしの中にある見苦しい過去
あなたは気にしないと言うかもしれないけれど
いもしなかったあなたにどうしてそんなことが言えるの?

だからこれは小さな町の娘には手におえないこと
わたしにできるのはじっとしているだけ
あなたが見せてくれる世界はわたしを混乱させるだけ
今日わたしはどこにいるかわからないけれど
あなたにはそんなふうにしてほしくない

わたしに直接それを伝えて
ことばにしない方がいいこともある
気持はうつろいやすいものだから
あなたはあなたの愛を守って、わたしもわたしの愛を守るから
あなたはあなたの愛を守って、わたしもわたしの愛を守るから