人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

金井克子『他人の関係』(CBS・ソニーレコード, 1973)

金井克子『他人の関係』(CBSソニーレコード, 1973)

f:id:hawkrose:20200403235347j:plain
金井克子『他人の関係』(CBSソニーレコード, 1973) Full Album : https://www.youtube.com/playlist?list=OLAK5uy_liH_ybuY61aRp8z35u6lek-MHA9Z8C3F4 (YouTube Music Premium Only)
Originally Released by CBSソニーレコード, SOLJ-81, September 21, 1973
All Arranged by 川口真
Narration by 野沢那智 (B6)

(Side A)

A1. 他人の関係 (作詩・有馬三重子/作曲・編曲・川口真) (TV Broadcast, 1992-94?) : https://youtu.be/twnNUXbMnLQ : https://youtu.be/xSTiSyjVLAA - 3:48(Original Version)
A2. 粋に愛して (作詩・有馬三重子/作曲・編曲・川口真) - 2:45
A3. ああ無情 (作詩・有馬三重子/作曲・編曲・川口真) - 3:28
A4. 蜜の誘惑 (作詩・有馬三重子/作曲・編曲・川口真) - 3:01
A5. あなたしだい (作詩・有馬三重子/作曲・編曲・川口真) - 2:40
A6. 人間模様 (作詩・有馬三重子/作曲・編曲・川口真) - 2:59

(Side B)

B1. やさしく歌って (Norman Gimbel作詩・増田直子日本語詩/Charles Fox作曲・川口真編曲) - 4:03
B2. アローン・アゲイン (Raymond O'Sullivan作詩作曲・山路路夫日本語詩/川口真編曲) - 3:20
B3. 愛の休日 (B. Dabadie作詩・柴田未知日本語詩/Michel Polnareff作曲・川口真編曲) - 2:54
B4. レット・イット・ビー・ミー (Pierre Delance作詩・島津ゆうこ日本語詩/Gilbert Becaud作曲・川口真編曲) - 2:31
B5. うつろな愛 (Carly Simon作詩作曲・安井かずみ日本語詩/川口真編曲) - 4:04
B6. あまい囁き (L. Chiosso, G. Daire作詩・杉紀彦日本語詩/Gianniferrio作曲・川口真編曲) - 3:42

(Original CBS Sonny "他人の関係" LP Liner Cover & Inner Sleeve)

f:id:hawkrose:20200403235455j:plain
f:id:hawkrose:20200403235515j:plain
 金井克子(1945-)さんといえば花王石鹸提供のバラエティー番組「レ・ガールズ」(日本テレビ系列局・1967年8月4日~1968年7月12日)で西野バレエ団四人娘(金井克子、原田糸子、由美かおる、奈美悦子)または五人娘(江美早苗)として1960年代のアイドルだった人で、今では歌う少女アイドル・ダンサー・グループのアイドルは当たり前ですが、歌手は歌手、ダンサーはダンサーという当時は画期的な存在でした。レ・ガールズにしても歌手グループというよりエレキ・グループやグループ・サウンズに乗って踊るGSダンサー・ガールズ・グループというイメージでした。金井克子さんは最新洋楽ポップスの日本語カヴァー歌手としては1962年から活動しており、「レ・ガールズ」としても番組主題歌「ミニ・ミニ・ガール」をソロ・シングルとしてリリースする(1967年8月)と西野バレエ団の代表的アイドルだったわけです。
金井克子+ブルー・ビーツ「ミニ・ミニ・ガール」(日本コロムビア, 1967) : https://youtu.be/LpvdAW_Bdj8
金井克子「小っちゃな恋の歌」(日本コロムビア, 1967) : https://youtu.be/1W1GOemFL68
f:id:hawkrose:20200403235550j:plain
f:id:hawkrose:20200403235616j:plain
 西野バレエ団五人娘は1964年からNHK「歌のグランド・ショー」に出演し、1965年には金井克子さんのシングル「ノーチェ デ・東京」が初ヒット、同曲が第7回日本レコード大賞編曲賞を受賞し、1966年にはNHK紅白歌合戦に「ラバーズ・コンチェルト」で初出場を果たします。バックダンサーは西野バレエ団のチームメイトが勤め、紅白史上初めて「出場歌手のパンツが見えた」と話題を呼びました。翌1967年には「ラ・バンバ」で紅白に連続出場し、翌1968年からは歌手としてではないものの応援合戦で由美かおる、奈美悦子らとともにレ・ガールズとして、また1969年の紅白歌合戦でもソロでダンスを披露し、4年連続してNHK紅白歌合戦に出場しました。日本コロムビアからCBSソニーへの移籍を経て、1973年3月21日発売のシングル「他人の関係」は振りつけが話題を呼んで金井克子さん初のオリコン・シングルチャートのトップ10入りヒット(最高位7位)になり、公称100万枚突破のロングセラーを記録、同年の日本レコード大賞企画賞を受賞し、NHK紅白歌合戦にも出場します。1982年8月の「愛さまざま」以降の新曲発売はありませんが、1993年には「他人の関係」がパールライスのCMに本人出演とともに使用され、テレビ出演も増えるとともにCBSソニーでの代表作アルバム『他人の関係』が初CD化されました。今回ご紹介するアルバムが同作で、全曲をいずみたく門下生で'60年代~'80年代の歌謡ポップスを西郷輝彦、川口真、鈴木邦彦、都倉俊一らとともにリードした川口真(1937-)が編曲し、アルバムA面6曲は川口真作・編曲、有馬三重子(1935-2019)作詞のオリジナル曲、B面6曲は1973年当時の最新洋楽ポップスの日本語カヴァーという、当時の歌謡ポップスのアルバムとしては標準的な作りになっています。川口真氏の業績は言うまでもありませんが、有馬三重子さんは伊東ゆかり「小指の想い出」、南沙織「17才」、 布施明「積木の部屋」などのヒット曲を持つ作詞家ですからA面のオリジナル曲も粒ぞろいですし、B面の最新洋楽ポップス日本語カヴァーも「他人の関係」の和製フレンチ・ポップス風味に統一された、完成度の高い女性歌手ポップスのアルバムに仕上がっています。

 「他人の関係」は中森明菜のカヴァー(アルバム『ムード歌謡 〜歌姫昭和名曲集』2009年)や一青窈の2度におよぶカヴァー(2012年・2014年)でも知られ、特に一青窈版の2014年のシングル・ヴァージョンはフジテレビ系ドラマ「昼顔〜平日午後3時の恋人たち〜」主題歌に使われて再ヒットしました。オリジナルの金井克子ヴァージョンはヴィブラフォンにフルート、エレクトリック・ピアノに女性スキャットとシンプルなアレンジが光るサウンドで、ぜひオリジナル・ヴァージョンを聴いていただきたいのですが、CBSソニーは「他人の関係」を含めアルバム全曲の無料アップロードをブロックしています。ダウンロード販売と新編集CDのベスト・アルバムによるか、YouTubeでもMusic Premiumでしか試聴できません。YouTube上では1990年代以降のテレビ出演映像でしか聴けないのですが、1990年代まではJASRACの協定でテレビ出演でのオリジナル・カラオケ歌唱は禁じられており、オーケストラまたはビッグバンド・アレンジされたヴァージョンでしか聴けません。この曲のオリジナル・ヴァージョンのキーはB♭なのですが、1990年代の金井克子さんは半音下げたAのキーのアレンジで歌っており、さらに2010年代以降はさらに半音下げたA♭になっています。簡素な楽器編成と女性スキャット(おそらく伊集加代子さんのヴォーカリーズ・グループによるもの)、さらにB♭のキーでダブル・トラックの気だるいヴォーカルのヴァージョンとはテレビ出演のスタジオ・ライヴではムードが一変しており、フレンチ・ポップス的なオリジナル・ヴァージョンに較べソウル風のヴォーカル、アレンジになっているのがもどかしいところです。リンクを引いたテレビ出演映像は比較的オリジナル・ヴァージョンに近い、ダルで頽廃的なムードを残したアレンジとヴォーカルです。アルバムA面6曲は歌詞・曲とも「他人の関係」の延長上の背徳的なムードのラヴ・ソングで占められており、有馬三重子さんの作詞と川口真氏の作曲・編曲の才気と、曲ごとにヴォーカル・スタイルを曲想に合った発声に変える金井克子さんの表現力が光ります。

 さらにB面の最新洋楽カヴァー6曲は選曲・訳詞ともにサービス満点で、日本人好みの楽曲がずらりと並びます。
「やさしく歌って」(ロバータ・フラック)
アローン・アゲイン」(ギルバート・オサリヴァン)
「愛の休日(ホリデイ)」(ミシェル・ポルナレフ)
「レット・イット・ビー・ミー」(ジルベール・ベコーエヴァリー・ブラザース→ロバータ・フラック)
「うつろな愛」(カーリー・サイモン)
「あまい囁き(パローレ)」(ダリダ&アラン・ドロン)
 と、曲目だけでも恐ろしくなるものですが、「やさしく歌って」はおそらく深町純さんをリーダーとした日本の第一線スタジオ・ミュージシャンのジャズマンと伊集加代子グループがバックアップしており、「うつろな愛」は原曲のミック・ジャガーによる男性コーラス・パートを加藤和らしい声が歌っていることからもサディスティック・ミカ・バンドが演奏しており、ここで聴けるギター・ソロは同年(1973年)最大のヒット・アルバム、井上陽水の『氷の世界』(日本録音とロンドン録音が半々)で聴ける高中正義のリード・ギターとそっくりです。ミカ・バンドは東芝との契約上正式クレジットできなかったのでしょう。B面は深町純グループ&伊集加代子グループとサディスティック・ミカ・バンドの混成グループによる演奏と思われ、川口真編曲名義ですが実質的なサウンド・プロデュースは深町純加藤和彦が分けあっていると考えられます。ストリングス・アレンジも深町純によるものとしたら、「アローン・アゲイン」や「愛の休日」、とりわけ「うつろな愛」などはサディスティック・ミカ・バンド深町純のストリングスというとんでもない贅沢なバックアップによるものです。また、アラン・ドロンの吹き替え声優・野沢那智さん本人がアラン・ドロン役になりきって金井克子さんの歌うイタリア系女性歌手ダリダのパートと男女の助平なかけ合いを再現するアルバム・ラスト曲のポルノ歌謡「あまい囁き(パローレ)」など、「うつろな愛」からの流れで聴くとあまりの破壊力に意識が飛びます。

 当時はまだミカ・バンドは存続中で加藤和彦さんの夫人はミカさん、当然加藤さんと安井かずみさんは結婚前ですから、安井かずみ訳詞・加藤和彦コーラスの「うつろな愛」は取り合わせとしても早く、また安井かずみさん唯一のアルバム『ZUZU』(1970年)は全12曲中5曲が川口真氏ですから、和製フレンチ・ポップスの先駆的アルバムと再評価の高い『ZUZU』から本作への流れもあるでしょう。有馬三重子作詞のA面はまるで加賀まりこさんの演じてきた『月曜日のユカ』や『乾いた花』『悦楽』の不道徳で純真なヒロインのモノローグのようですが、安井かずみさんは加賀まりこさんの親友でしたし、有馬三重子さんも安井さんや加賀さんと同世代の女性でした。「レ・ガールズ」の放映と西野バレエ団の人気はちょうど加藤和彦さんのザ・フォーク・クルセダーズがシングル「帰ってきたヨッパライ」とアルバム『紀元弐千年』で大ブレイクしていた真っ最中です。1967~68年に蓄積されていたものが5年経って熟成したのがアルバム『他人の関係』とも言えるので、かつて『悦楽』1965を撮り、1968年に『無理心中日本の夏』『絞死刑』『帰ってきたヨッパライ』を撮った大島渚は『愛のコリーダ』1976の製作準備にかかっていました。1962年にはハイティーン歌手としてデビューした金井克子さんもアルバム『他人の関係』ではくらくらするような悶絶官能ポップスの世界にたどり着いたので、10年ほどの間にもっとも平俗な歌謡ポップスの世界ですら、世間に受け入れられる女性像もそれほど激変したのを明かす、見方によっては歴史的証言ともいえるアルバムです。1994年の初CD化は1,500円の廉価盤で、廃盤になった今でも中古市場でも簡単に見つけられますから、昭和日本の歌謡ポップス、洋楽の日本語カヴァーにご興味をお持ちのかたなら今聴いてこそ面白く、興味のつきない背景のあるアルバムです。金井克子さんは70代半ばの現在でもなお現役で、昨年2019年の有馬三重子さん追悼コンサート番組での「他人の関係」映像を最後に上げておきましょう。先に引いた'90年代のスタジオ・ライヴよりさらに半音下げたA♭のキーで歌っていらっしゃるのもわかります。ぜひオリジナル盤のB♭キーのヴァージョンもお聴き較べていただきたいのですが、50年近くを経てB♭→A→A♭と半音下げてでも歌い続けてきた金井さんにとってこの曲はライフワークにもなった、そのニュアンスをくんでいただければと思います。肝心なアルバム本体をお聴かせできず無念ですが、ダウンロード販売YouTube Music Premiumなどと言わずCBSソニーも廉価盤CDを追加プレスしてほしいものです。
金井克子「他人の関係」(2019年11月「作詞家・有馬三重子さんの世界」より) : https://youtu.be/BJEC3rjJaKo