人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

ヤクラ Jacula - サバトの宴 Tardo Pede in Magiam Versus (Rogers, 1972)

ヤクラ - サバトの宴 (Rogers, 1972)

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ヤクラ Jacula - サバトの宴 Tardo Pede in Magiam Versus (Rogers, 1972) Full Album : https://youtu.be/r18D11GmJuw
Released by Discos The Rogers TRS 010001, 1972, Italy

(Lato A)

A1. U.F.D.E.M. - 8:50
A2. サバトの宴 Praesentia Domini - 10:50

(Lato B)

B1. ヤクラ・ヴァルツァー Jacula Valzer - 5:00
B2. ロング・ブラック・マジック・ナイト Long Black Magic Night - 6:21
B3. 古城にて In Old Castle - 9:36
Composition by Spiritual Seance
Produced by Anthony Bartoccetti

[ Jacula ]

Anthony Bartoccetti - Lead composition, Guitar, Words, Bass Guitar, Vocal
Charles Tiring - Organic, Harpsichord, Composition, Moog Synth, Arrangement, Vocal
Fiamma Dello Spirito - Lead Vocals, Violin, Flute
Franz Parthenzy - Medium

(Original Rogers "Tardo Pede in Magiam Versus" LP Liner Cover & Lato A Label)
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 まずはお聴きください。この『サバトの宴(タルド・ペーデ・イン・マジウム・ヴェルス)』というアルバムは1990年の再発盤リリースまで18年間伝説だった超幻盤で、もともと自主制作規模のインディーズ盤の上イタリア国内ですらほとんど流通しなかったらしく、日本に入ってきたのは10枚以下とも5枚以下とも言われ、再発売も日本の再発専門レーベルがイタリア本国の再発専門レーベルと提携して、ようやく原盤権所有者のリーダーの所在をつきとめ直々に交渉におもむいて実現したものでした。それまではヤクラといえばユーロ・ロック分野の幻の謎盤の代名詞のようなものだったのです。何しろ音を聴くにも物がありません。日本のユーロ・ロック専門誌に紹介されてきたのもコレクターから貸し出しを受けてジャケットが複写され、テープ・コピーで限られた関係者に紹介資料用に貸与されていたくらいで、日本に5枚~10枚しかないものを普通のリスナーは聴きようがありません。こんなふうにサイト上に無料公開される世の中になるとは、パソコン通信すら草始期だった当時は誰も予想できなかったのです。

 さて、データは上記に上げた通りで、リンク先の記載とはメンバー・クレジットが違っていますが、アルバムに記載されているクレジットではこうなります。リーダーのバルトチェッティはオリジナルLPでは英語名のアンソニーですが、1990年の再発盤からはイタリア名のアントニオ(Antonio)に戻されています。女性ヴォーカルのフィアマはリンク先のデータのイギリス人女性、ドリス・ノートンと同一人物かと思うと、『サバトの宴』に先立つ1969年録音のファースト・アルバムではドリスはキーボード奏者だから別人なのか判然としませんでしたが現在は同一人物とされています。リンク先にはドラムスのメンバー・クレジットがありますがアルバムには記載がなく、実際アルバムにドラムスの参加はありません。「Medium」担当メンバーがいますが、これは霊媒師のことです。そう、ヤクラはロック・バンドではなく黒魔術のグループで、リーダーのアントニオ・バルトチェッティ(1946-)が地中海の伝承黒魔術から独自に作り上げた黒魔術を広めるためのアルバムがこの『サバトの宴』なのでした。サン・ラやマグマやPファンクみたいな「設定」ではありません。あえて言えば本当に独立国家宣言をしていたフェラ・クティに近いし、もっと言えば新興宗教の音楽活動、ヤホワ13やオウム真理教の音楽と同じ意識で作られています。そうした背景が判明したのも再発売に当たって初めてバルトチェッティへのインタビューが実現したからでした。

 それまではヤクラはジャケットや曲名、クレジットからオカルト趣味のバンドと思われていたので、1970年代前半はブラック・サバス始めオカルト趣味のバンドは珍しくなく(サバスは突出していましたが)、ポピュラー文化全体に神秘主義への憧憬があり、オカルトはその一種でした。ジミー・ペイジリッチー・ブラックモアらもオカルトの流行に関心があり、彼らの場合はロック・コンサートの祭祈性に着目して演出に取り入れたものでしょう。アフロディテス・チャイルド『666』やマイク・オールドフィールド『チューブラー・ベルズ』のロングヒット、ことに後者がサウンドトラックに使用された映画『エクソシスト』の大ヒットが1973年で、模倣作品が続出しました。ヤクラもそうした時代的風潮を反映したバンドだと思われていました。それもそうで、いくらほとんど資料のない(わずかに地元ミラノの雑誌記事にライヴ告知が確認されただけでした)自主制作規模のバンドでも、まさか本当に黒魔術を目的としたグループだったとは普通は考えられません。ましてや推測で断言できる次元を超えています。うさんくさいロック・バンドはどの国にでも山ほどいますが、ヤクラは違いました。いや、十分にうさんくさい存在ではあります。先のフィオナ始めメンバーの存在もバルトチェッティがそう称しているだけです。ですがバルトチェッティ自身が自分はミュージシャンではなく黒魔術師だと宣言しているのです。さすがにチャールズ・マンソンやオウムのような存在ではなかったようですが(そもそも信者がいたのか疑問ですが)、ヤクラは『サバトの宴』再発をきっかけに復活してしまいました。ヤクラのアルバム・リストを改名バンドのアントニウス・レックスのアルバムを含めて上げると、
1. In Cauda Semper Stat Venenum (Black Widow, 2001/rec. 1969)
2. Tardo Pede In Magiam Versus (Rogers, 1972)
3. Missa Nigra (Private Press, Unreleased)
4. Neque semper arcum tendit rex (Black Widow, rec. 1974)
5. Zora (Tickle, 1977)*as Antonius Rex
6. Ralefun (Radio, 1978)*as Antonius Rex
7. Anno Demoni (Mellow Records, 1992/rec. 1979)
8. Praeternatura (Black Widow, rec.1980)*as Antonius Rex
9. Magic ritual (Black Widow, 2005)*as Antonius Rex
10. Switch on dark (Black Widow, 2006)*as Antonius Rex
11. Pre Viam (Black Widow, 2011)
12. Hystero Demonopathy (Black Widow, 2012)*as Antonius Rex
13. Mystic Voices (Black Widow, 2015)*as Antonius Rex
14. Leges Non Audit V. (Black Widow, 2015)*Official Website Information
15. In Saguine V. (Black Widow, 2018)*Official Website Information

 このうち14と15はアントニウス・レックス(活動再開後にはヤクラではなくこちらが公式名義になったようです)の公式ウェブサイトにかつて予告されたまま、2000年3月にヤクラ→アントニウス・レックスが2017年で活動終了したと発表されたからかいまだに未発売になっているようですが、ヤクラのアルバムは『サバトの宴』1作、改名バンドのアントニウス・レックスが『Zora』と『Ralefun』の2作と思われていた1990年から思うと大変なことになったものです。他に『Ralefun』の後、バルトチェッティ夫人のドリス・ノートンのソロ名義のアルバムが数作あるらしく、バルトチェッティのプロデュース作品らしいので実質的にヤクラ~アントニウス・レックスのアルバムと変わりないはずですが(未確認)、アントニウス・レックス作品としてブラック・ウィドウ・レコーズから発売されたアルバムが相当するのかもしれません。ブラック・ウィドウはあのブラック・ウィドウ(サバスと同時にデビューしたイギリスのバンド)から名前を取ったジェノヴァのインディー・レーベルで、諸外国(イタリアにとって)からイタリアの'70年代バンドの再発売の需要が高まった1990年に創設されています。ヤクラ~アントニウス・レックス作品は主要商品らしく未発表だったファースト・アルバム『In Cauda Semper Stat Venenum』も発売しており、1969年録音が本当だったら(実際まだ音楽的にはサイケデリック・ロックといえるアルバムですが)イタリアのロックでは相当な古株になります。バンドは解散したもののリーダーのバルトチェッティは現役活動中で、確認されただけでも2015年の新作『Mystic Voices』まではリリースされています。イタリアの'70年代バンドは21世紀になって嘘かよと思うようなバンドまで復活していますが(しかも全盛期の音のままで)、まさかヤクラ(アントニウス・レックス)まで復活すると想像していた人は誰もいなかったでしょう。『サバトの宴』がついにCD再発された時も、翌月には中古盤ががんがん安値で流れていたほどです。どんなに凄いアルバムかと思っていたら、実物が聴けるようになるとヤクラの株は一気に下がりました。幻のままの方が良かったというムードすらありました。それが今ではほぼ10枚(アントニウス・レックス含め)がブラック・ウィドウ盤で並び、バンドの公式ウェブサイトまであります。ヤクラのウェブサイトなど誰が、と同じ文句の繰り返しになるので、トップページをくぐると出てくる(たぶん)バルトチェッティ自身のマニフェストにはかつてこうありました(現在はトップページだけで閉鎖されています)。簡単な英文なので原文だけ掲げます。

JACULA : parabiblical mystic esoteric sound
JACULA : perseverant music - extreme spiritualism
JACULA : top collection progressive invention
JACULA : your spiritual evolution
JACULA : the sound of the gods

 実際の『サバトの宴』を聴くと音楽的なリーダーシップは、たぶんイギリス人メンバーらしい各種キーボードのチャールズ・タイリングにあるようで、A1のハープシコードなどヴァーティゴ・レーベルのオカルト系キーボード・バンド、Dr.Zを連想させます。A2、B3のチャーチ・オルガンとアルバム各所に入るムーグ・シンセサイザーの効果音も効いています。B3などはチャーチ・オルガンのソロ曲で、一応ベースらしい音も入るかな、という程度です。女性ヴォーカルのフィアマもなかなかムードがあって、ヴォーカルらしいヴォーカルはA1だけですがA2の呪文ヴォイス、B1のスキャットとフルート、B2のヴァイオリンとフルートのひとりアンサンブルとテキスト朗読で前面に出ています。リーダーのバルトチェッティはA2の呪文ヴォイスが本人でしょうが、アルバムにはギターもベースもほとんど入っていません。作曲とテキスト、プロデュースでリーダーシップはとっているとしても、演奏そのものにはメンバーの比重が高く、すると女性ヴォーカルのフィアマ以外はバンドの実態があると見せかけた架空メンバーで、バルトチェッティの多重録音なのではないかと疑われます。CD発売2001年・公称1969年録音のファースト・アルバムはバルトチェッティ、タイリング、ドリス・ノートン(キーボード、エフェクト)、フランツ・パーゼンジー(霊媒師)でイギリス録音、こちらもオルガン中心ですが音楽的にはまだサイケデリック・ロックで、ヘヴィなギターとベースも入ります。Volume Zeroとレコーディング・データのトップにありますから、やはり2001年のブラック・ウィドウ盤が初リリースの未発表作なのでしょうが、1969年イギリス録音の信憑性は怪しいもので、実際リリースに当たって相当改変されているようです。ヤクラ→アントニウス・レックスのアルバムは公称録音年と発売年が錯綜しているので、録音年に発売された『サバトの宴』以外は現行CDが公称録音年通りの内容なのか怪しいのです。

 『サバトの宴』で聴かれるヤクラのサウンドは、ドラムレスの上にベースがリズムをリードするわけでもなく、ギターがコードを刻むでもありません。ファーストでは全編の半分ほどはバス・ドラムだけですがドラム入りの曲があり(ドラムセットではなくバス・ドラムだけマレットで叩いていると思われます)、オルガンやピアノがオスティナートを弾き、ギターがヘヴィなリフを刻んでサイケデリックなソロをとる曲もあるから、ロックとして入りやすいのはファースト・アルバムの方かもしれません。女性スキャット(ウィスパー)は1曲で、ドリス・ノートンがフィアマは同一人物か別人か、現在は同一人物ということになっていますが、だとしたらファースト・アルバムではフルートもヴァイオリンも入らずフィーチャー度が少なすぎます。他のヴォーカル(ヴォイス)・パートはバルトチェッティのテキスト朗読で、悪くはないが物足りません。うさんくさいかどうかはともかく、普通のロック離れして強烈にヤクラくさいのはやはり『サバトの宴』の方で、楽曲や編成、アレンジの独創性でも軍配が上がります。もっともヤクラの音楽は演奏テクニックを云々するようなものではありませんから、名人芸的演奏で音楽の価値を計りがちなリスナーからは聴いてみたらさっさと飽きられたのでしょう。しかし通して聴いてしまうと、これがけっこう中毒性があって、一度知ってしまったらたまに一日中聴いていたいような気がしてくるのです。またファースト・アルバムだけを聴くとサイケデリック・ロックのアルバムに聴こえますが、『サバトの宴』と続けて聴くとヤクラ以外の何物でもなく聴こえます。バルトチェッティ自身はヤクラ時代は習作期でアントニウス・レックス改名後を自信作としていますが、アントニウス・レックス名義への過渡期にテスト・プレス盤のみ作られていたという『Anno Demoni』がずばり『サバトの宴』の二番煎じであり、アントニウス・レックス改名後の後続作が『Anno Demoni』をさらにポップ化してあまり創意が感じれない出来なのがわかると、やはりミュージシャンの作品ではなく新興宗教の音楽なのが痛感されます。

 ところでヤクラは英語版ウィキペディアにも載っていますが、ピンク・フロイドとジェントル・ジャイアントを指標に結成され、レ・オルメがリードしたイタリアのアンダーグラウンド・シーンから強い影響を受けたバンド、となっています。英語圏のサイトを調べるとレ・オルメを'70年代イタリアの最重要バンドとしている文献が多く、レ・オルメを学生バンド以下の演奏力しかない二流バンドと見なす日本でのイタリアン・ロックの標準的な評価とは大きく違います。地中海的な牧歌的キーボード・ロックのレ・オルメと暗黒オカルト・ロックのヤクラでは全然関係なく聴こえるのですが、英語圏の評価ではそれが定説になるようです。フランスでアンジュがいる位置にイタリアではレ・オルメがいる、という評価なのです。レ・オルメはボックス・セットで'70年代~'80年代の全アルバムを網羅した全集も出ており、毎年アメリ東海岸ツアーも定例化しているほどイタリア系アメリカ人リスナーも多いようで、日本のリスナーには盲点となりがちな大物です。ヤクラが英語圏で認知されているのもイタリア性の強さから来るようです。徹底してアンダーグラウンドでドメスティックだったものが逆転して再評価の基準になっているわけで、そのうち日本人リスナーの琴線にまったく触れないイタリアン・ロックの筆頭格とも言えるレ・オルメも(リンクが引ければ)ご紹介してみたいと思います。

(旧稿を改題・手直ししました)