人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

チャーリー・パーカー&チェット・ベイカー Charlie Parker and Chet Baker -バード&チェット Bird And Chet (Inglewood Jam 6-16-'52)

チャーリー・パーカーチェット・ベイカー - バード&チェット (June 16, 1952)

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チャーリー・パーカーチェット・ベイカー Charlie Parker and Chet Baker -バード&チェット Bird And Chet (Inglewood Jam 6-16-'52) Full Album : https://youtu.be/wkRKQVFNJLk
Recorded Live By Harry Babasin at The Trade Winds Club, Inglewood, Los Angeles, California, June 16, 1952
Reissued by Fresh Sound Records FSR-407, 1989

(Side 1)

A1. The Squirrel (Dameron) - 14:40
A2. Irresistible You (They Didn't Believe Me) (DePaul-Raye) - 6:11

(Side 2)

B1. Donna Lee a.k.a. Indiana (Hanley-McDonald / Parker-Davis) - 11:03
B2. Liza (Gershwin) - 9:52

[ Personnel ]

Charlie Parker- alto saxophone
Chet Baker - trumpet
Sonny Criss - alto saxophone
Al Haig - piano (expect B1)
Russ Freeman - piano (B1)
Harry Babasin - bass
Lawrence Marable - drums

(Reissued Fresh Sound "Bird and Chet" LP Liner Cover)

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 アルトサックス奏者、通称バードことチャーリー・パーカー(1920.8.29-1955.3.12)には没後膨大な発掘ライヴ音源があり、LP時代に80枚、CDにして60枚以上、収録日時と場所はその倍以上になりますが、それは正規発売のレコードだけでは飽きたらずパーカーの演奏を残しておきたい、という同時代のジャズマンやマニアの熱意があったからでした。パーカーはラジオの生中継も多く、ファンの申し出によるライヴ録音も大歓迎だったので、共演したミュージシャンやパーカーの演奏を研究する若手ジャズマン、レコードを集めつくしたマニアがパーカーのライヴを録音しては仲間うちでライヴ・テープの鑑賞会を開いていました。パーカー生前に発売された海賊盤ライヴまで出回っていました。パーカー没後は、つてをたぐるようにしてそうしたライヴ録音がレコード化されてきたのです。21世紀になってもまだ存在が知られていなかった未発表ライヴが10枚あまり発掘CD化されており、その中には初期パーカー、中期パーカー、後期パーカーの最高の名演と呼べるものが最新録音に匹敵するほど最高音質で聴けるものも含まれています。

 このカリフォルニア州イングルウッドのクラブ「トレード・ウィンズ(貿易風)」のジャム・セッションはパーカーの発掘ライヴでも早くからレコード化されてメンバーの豪華さからも人気のあるもので、チェット・ベイカー(トランペット・1929~1988)がロサンゼルス在住メンバーとパーカーのバンドに在籍した演奏は1953年11月にカリフォルニア州隣のオレゴン州でのライヴ音源も3曲ありますが、チェット・ベイカーとアルバム1枚分まるごと共演が記録されているのはこれしかありません。allmusic.comのレヴューはこうなっています。

Review by Matt Collar
 『Bird and Chet at the Trade Winds』は、1952年にカリフォルニア州イングルウッドのナイト・倶楽部「トレイド・ウィンズ」で行われた、伝説的なジャズ・サックス奏者チャーリー・「バード」・パーカーをフィーチャーしたライヴ盤である。この日にパーカーと共演したのは、当時まだ無名だった西海岸のトランペット奏者、チェット・ベイカーだった。 ベイカーは崇拝していたトランペット奏者マイルス・デイヴィスと同様、よりソフトでメロディックなアプローチでビ・バップを演奏しており、パーカーとの組み合わせは当時としては奇妙なものだった。 しかしこの期間にベイカーがパーカーと共演したことはベイカーの本格的なキャリアの開始に役立ち、バリトンサックス奏者のジェリー・マリガン・カルテットの看板奏者を経てソロ・アーティストになるベイカーの将来を予感させるものだった。 ここではベイカーはしばしばパーカーのバンドや自己のバンドで、数年前にデイヴィスが行っていたスタイルを踏襲している。 音質はロー・ファイの私家録音ながら、パーカーと共演した時期のベイカーの代表的な音源であり、それだけでもジャズのリスナーにとっては貴重なドキュメントになっている。
(allmusic.com)

 パーカーとチェットの共演ばかりが強調されていますが、まだ他にも触れることはあるでしょう。このライヴはベースのハリー・ババシンがハウス・マスターを勤めるジャム・セッションでしたから当初はハリー・ババシン名義で発売されたアルバムだったとか、録音バランスからしてステージ上手にドラムスとベース、下手にピアノ(通常ピアノは下手)、中央にホーンの3人がいるのがわかるとか、パーカーが一人だけニューヨークから連れてきていたアル・ヘイグとチェットの友人のピアニストであるラス・フリーマンの違いとか、注目すべき点がいくつもあります。何よりここには、西海岸のパーカー派黒人アルトの若手No.1のソニー・クリス(1927~1977)がいて、張り合う気持などまったくないパーカーとやる気まんまんのクリスの師弟アルトサックス対決が聴きどころになっています。そちらの方がむしろチェットとの共演より興味深いくらいですが、もうひとつallmusic.comのレヴューを見てみましょう。同じアルバムなのですが、CDの改題新装発売により別作品として再レヴューされているのです。

Review by Thom Jurek
 スペインの復刻レーベル、フレッシュ・サウンドは、あまり知られていないセッションや非公式のセッションを星の数ほど再発売している。 従来の発掘録音に新発見録音が追加されることはほとんどないが、今日では滅多に聴けないものが大半を占める。またジャム・セッション音源が多いため名義上のリーダーが必ずしもリーダーとは限らない。デトロイトのドラマー、ロイ・ブルックスの発掘音源は初めてリリースされるものになる。オーディオ的な音質の欠陥を許容できるリスナーならばこのアルバムは、アルト奏者のチャーリー・パーカー、トランペットのチェット・ベイカー、ピアニストのアル・ヘイグ、ドラマーのローレンス・マラブル、そして本作を録音し残してくれたベーシストのハリー・ババシンという稀少なメンバー編成のために貴重だろう。 ベイカーをビ・バップ奏者に数える人はほとんどいないが、この音源ではベイカーの独壇場とも言えるビ・バップ・セッションが聴ける。ベイカーのメロディックサウンドと温かみのあるトーンは、飛翔するようなバードの野性味と興味をそそる対照をなしている。 リズム・セクションはコード・チェンジを示す媒体でしかないが、それを誰が気にするだろう?バードはここでは細やかな演奏で、まだ引用フレーズや流暢なアイデアに溢れており、ベイカーは得意の抒情性を保ちながら非常に筋肉質なビ・バップを演奏している。 4曲のうち3曲(「The Squirrel」「Donna Lee」「Liza」)は10分以上あり、「Irresistible You」は6分におよぶ。 ジョージ・ガーシュインの「Liza」のコード進行では明白にベイカーによる対位法的アプローチが聴かれるのが興味深い。バードは3倍のテンポで燃え上がるようにテーマ吹奏しているが、ベイカーはその半分程度に対位法旋律を吹いており、不調和になりそうでいてかなり美しい対位法が出来あがっている。奇妙な組み合わせだが魅力的な成果を上げており、そのためにバードとベイカーのどちらかにも関心のあるリスナーにとって所有する価値のある音源だろう。
(allmusic.com)

 フレッシュ・サウンド版CDではパーカーと共演経験のあるロイ・ブルックスのリーダー録音がカップリングされている(パーカー不参加)とつけ加えてあるだけでソニー・クリスへの言及がやはりありません。日本のジャズ・リスナーがアルトサックス奏者の人気投票をしたらクリスは10位以内はともかく20位以内には入る人でしょう。1977年の逝去まで現役ミュージシャンだった人なのに、それほどクリスはアメリカ本国では人気がないようなのです。

 クリスは1947年には早くもビ・バップのアルト奏者としてレコード・デビューしましたが、ロサンゼルスのジャズマンなのでニューヨーク中心のビ・バップ運動からは孤立していました。それでもロサンゼルスにはロサンゼルスなりのビ・バップ・シーンがあったので、このライヴの時は25歳、プロになってから満5年を過ぎ上り調子の時期のクリスが聴けます。どの曲もファースト・ソロがパーカーで、トランペット、ピアノと続いてクリスのソロになりますが、ここぞとばかりの大熱演で師匠のパーカーを勢いでは圧倒しています。当時ニューヨークでは早かった分だけビ・バップの盛りが過ぎ、パーカーも自分のバンドが維持できなくなってピアノのアル・ヘイグだけを連れて西海岸巡業していたのです。一般にパーカーの盛りは1952年初頭までで、この時期は絶頂期を過ぎていたと目されています。そこに昇り調子のソニー・クリスですから、クリスのソロを聴くとパーカー不利をひしひしと感じます。しかし8バース・チェンジや4バース・チェンジ(8小節や4小節を交互に吹く)を聴くと、一聴するとそっくりな師弟なのに微妙に違うのです。

 それは次の曲でパーカーがテーマからファースト・ソロを取るとはっきりわかります。演奏に余裕と落ち着きがあり、フレーズの飛距離が長いのです。クリスの演奏はひたすら16分音符や32分音符で音数を増やしていくのですが、フレーズの飛距離は短いので、長いソロを取れば取るほど似たようなフレーズの繰り返しになってしまうのです。アドリブがフレーズ単位で行われており、フレーズ自体もアドリブの構築力もパーカーほど豊かではないからです。

 クリスも優れたジャズマンで、チェットと同じく、パーカーの演奏から学んだ初心を生涯忘れない人でした。日本やヨーロッパでの根強い人気もその一本気によります。ただしチェットは白人トランペット奏者でしたから、ビ・バップに根ざすとはいえサックスとは違う機能性の楽器でどう自分の音楽を表現するかを模索する過程を経て独自の演奏法にたどり着きましたし、ビ・バップのピアニストやベーシスト、ギタリスト、ドラマーもそうやってビバップを作ってきたのです。その点でパーカーはサックス奏者、特にアルトサックス奏者には即効性のありすぎる危険な影響源だったとも言えます。同種の楽器で演奏法そのものを真似るのがプレイヤーに良い影響を与えるとは限りません。パーカーの場合は音楽的イマジネーションの豊かさで逆算したように辻褄の合うトリッキーなフレーズ、すさまじいトルク感の効いたグルーヴを生み出すことができました。パーカー派アルト奏者の大半はパーカーの純粋音楽的な把握は上手くいかず、パーカーが慎重に排除していた情感をパーカーの技法を使って表現する、という方向に向かいました。その点でもパーカーの本質的な後継者はオーネット・コールマンエリック・ドルフィーの登場を待たなければならなかったのです。

 クリス自身は味のあるいいアルト奏者になりましたが、1952年の段階ではまだ若さに任せてブロウしまくっているだけとも言えるのです。パーカーとの共演だけにやたらと張り切った演奏なのですが、この25年後にはクリスは来日公演の直前に変死してしまいます。一時はビ・バップにコマーシャルなジャズ・ファンクを折衷したアルバムばかりをアメリカ本国のレコード会社では作らされていたクリスでしたが、年季を経たクリスの演奏は売れ線を狙って売れなかったそうしたアルバムでもリスナーの琴線に触れる円熟を示していました。正統派のパーカー派アルトサックス奏者は'60年代~'70年代に苦渋を強いられていましたが、クリスはポップスのカヴァー・アルバムなどを作っても「パーカーが長生きしていたら同じような苦労をしていたんだろうな」と思わせる、ルーツがビ・バップにある奏者ならではの風格と哀愁を漂わせていたサックス奏者でした。晩年にヨーロッパ制作のアルバムでは直球のビ・バップに回帰して日本での人気が再び高まり、それを受けての来日公演になるはずでした。それらのアルバムでは、パーカー派から発してクリスならではのビ・バップにたどり着いたサウンドが確かにありました。そうしたクリス若き日の意気込んだプレイがパーカーとの直接対決で聴けるライヴ・アルバムとして、このアルバムは私家録音の発掘盤以上に愛されてきました。ピアノの音がほとんど聴こえませんし当時の民生用レコーダーで一発録りされた音源ですから音質的には厳しい代物ですが、現行版のフレッシュ・サウンド盤CDのパーカーとチェットの並ぶステージ写真のジャケットとあいまって、ジャズの深みにはまっていくうちにだんだんと良さのわかってくるアルバムです。

(旧稿を改題・手直ししました)