人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

チャーリー・パーカー Charlie Parker - アン・イヴニング・アットホーム・ウィズ・ザ・バード An Evening at Home with the Bird (Savoy, 1961)

チャーリー・パーカー - アン・イヴニング・アットホーム (Savoy, 1961)

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チャーリー・パーカー Charlie Parker - アン・イヴニング・アットホーム・ウィズ・ザ・バード An Evening at Home with the Bird (Savoy, 1961) Full Album
Recorded live at Ballroom Pershing Hotel, Chicago, Probably 1950
Released by Savoy Records MG-12152, 1961
(Production Stuff)
Paul Cady / Medallion Studios - recording & editing
Lee Morton - album design
Tom Wilson - Liner notes

(Side A)

A1. There's a small Hotel (Rogers-Hart) : https://youtu.be/h9KzF3eC7FA - 10:53
A2. These Foolish Things (Link-Strachey) : https://youtu.be/EDdHPV6dMo4 - 3:51

(Side B)

B1. Fine and Dandy (Kay) (incomplete) [ aka Keen and Peachy (R. Burns-S. Rogers) ] : https://youtu.be/e7EG6wTeVoo - 5:59
B2. Hot House (Dameron) : https://youtu.be/tQL5ZGyEC5U - 9:14

[ Personnel ]

Charlie Parker - alto saxophone
Claude McLin - tenor saxophone
George Freeman - guitar
Chris Anderson - piano
Leroy Jackson - bass
Bruz Freeman - drums

*

(Original Savoy "An Evening at Home with the Bird" LP Liner Cover & Side A Label)
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 今回ご紹介するチャーリー・パーカー(1920-1955)の発掘ライヴ音源は長らくパーカーの熱心なファンを迷わせてきた音源です。ニューヨークの黒人音楽インディー・レーベル、サヴォイ・レコーズから1961年に初めてリリースされてからもライナーノーツに信憑性がまったくないため会場、録音日時、メンバーのいずれも正確なデータが特定でませんでした。ライナーノーツでは大発見を強調して意図的に偽りのデータが記載され、アルバム内容もオリジナル・テープを改竄した編集で発売されたため、推測でデータの修正がなされて混乱に拍車をかけることになりました。さきにリンクを貼ったのがその問題のライヴ・アルバム通りの音源です。パーカーはサヴォイ・レコーズに1945年~1948年にかけて26曲をレコーディングしており、これらはジャズのリスナーやミュージシャンにはモダン・ジャズの古典的基本アイテムとしてロングセラー商品になっていました。サヴォイは1948年~1949年のクラブ「ロイヤル・ルースト」からのライヴのラジオ生中継のエアチェック・テープも買収して販売し、好セールスと好評を上げていたため、出せるパーカー音源があれば没テイクまですべて発売していました。そういう骨までしゃぶるサヴォイですから、フリーランスのプロデューサーのトム・ウィルソン(1931-1978)が持ちこんできたライヴ・テープが無条件にパーカーの新作として発売されることになったのです。アメリカの音楽ビジネスでプロデューサーになる資格は並みのミュージシャン以上に高い音楽的才能と知識(総譜の作成や編曲ができて当然)があるか、著作権の登録や最大限アーティストとレコード会社に利益をもたらす契約を合法的に成立させる法律の専門家であるかのどちらかですが、トム・ウィルソンはハーヴァード大学法学部卒のエリート黒人で、弁護士資格からプロデューサーになった人でした。

 ウィルソンは1955年に短命に終わりながら画期的なインディー・レーベルだったトランジション・レコーズを個人運営していた経歴がありました。トランジションからはドナルド・バード(デトロイト)の『バード・ジャズ』(ユゼフ・ラティーフ参加)、セシル・テイラー(ボストン)の『ジャズ・アドヴァンス』、サン・ラ(シカゴ)の『ジャズ・バイ・サン・ラ』など時代を先取りしすぎたアルバムを出しており、しかも各アーティストにとって初アルバムに当たりますからウィルソンはリスクを怖れないタイプのプロデューサーでした。トランジション閉鎖後も未発表に終わったサン・ラのアルバムを他の黒人インディー・レーベルに売りつけ、セシル・テイラーの新作契約を次々と大手レーベルに取りつけた手腕もありました。ウィルソンはアーティストに有利な条件を確保すると音楽はアーティストの自発性に任せるタイプで、'60年代はフォークとロックのプロデューサーになり、「ライク・ア・ローリング・ストーン」までのボブ・ディラン、「サウンド・オブ・サイレンス」までのサイモン&ガーファンクル、『アニマリスムス』『ウィンド・オブ・チェンジ』の中期アニマルズ、初期のフランク・ザッパマザーズ・オブ・インヴェンジョン、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドのデビュー作と『ホワイト・ライト・ホワイト・ヒート』などを手がけています。ウィルソンはトランジションからデビューさせるアーティストをあえて音楽ビジネスの中心地、ニューヨークやロサンゼルスではない地域から探し出しました。チャーリー・パーカーのシカゴでのライヴ音源もタレント・スカウトのついでに地元のミュージシャンから提供されたもののようです。パーカーと共演しているのは全員地元シカゴのジャズマンで、全員無名のメンバーですが、テナーサックス奏者の演奏が優れていることからクロード・マクリンというジャズマンは存在せず、正体はバド・フリーマン(ギターとドラムスがフリーマン姓のため、血縁者と推定されました)かワーデル・グレイ(1921~1955)なのではないか、という風評が1990年代半ばを過ぎても信じられていたほどです。かつて『ジャズ批評』誌のテナー奏者特集号でワーデル・グレイの代表作にこの『アン・イヴニング~』を上げ、特に「ゼアズ・ア・スモール・ホテル」のアドリブ・ソロで一度吹いたアドリブをもう一度繰り返して吹くおおらかなメロディ・センスが素晴らしい、と書いていた著名なジャズ喫茶店主の方がいたほどです。

 ウィルソンの入手したテープは録音年は1950年頃、誰かの自宅でのセッション(『アン・イヴニング・アット・ホーム』というタイトルの由来)とされていましたが、1976年に発掘された『ボールルーム(ダンス場)・パーシング・ホテル』が同一メンバーのため、以降は同一日、もしくは同月21日の録音分が『アン・イヴニング~』に相当すると推定されることになりました。
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"Charlie Parker at Ballroom Pershing Hotel, Chicago" Zim Records ZM-1003 (1976)
Recorded live on Probably October 23, 1950
A1. Indiana / A2. I Can't Get Started / A3. Anthropology / A4. Out Of Nowhere / A5. Get Happy
B1. Hot House / B2. Embraceable You / B3. Body And Soul / B4. Cool Blues / B5. Star Dust / B6. All The Things You Are / B7. Billie's Bounce / B8. Pennies From Heaven

 このパーシング・ボールルームのライヴは優れた内容でパーカーのファンの間でも人気が高い発掘ライヴになりました。1950年10月のライヴなら、クレフ=ヴァーヴ・レコーズでのスタジオ・アルバム『バード・アンド・ディズ』と『ウィズ・ストリングス』の録音を終え、スウェーデン巡業に向かう前月になります。音質は当時の客席録音としては良好で、パーカーの演奏部分以外はカットされている曲があるのもパーカーの発掘ライヴでは珍しくありません。選曲もパーカーの得意曲ばかりかアドリブ・ソロに引用しても楽曲として取り上げるのは珍しい選曲もあって、適度にリラックスした演奏になっています。この新発見分の曲目から見ていくと、冒頭の「インディアナ」はパーカーとマイルス・デイヴィスの合作オリジナル「ドナ・リー」の原曲として知られる難曲ですが、パーカーは快調に吹いています。代表曲「アンソロポロジー」では見事な構成力で完璧なソロを吹ききるパーカーが聴けます。タイトル通りの「ゲット・ハッピー」も得意の「ハイ・ソサエティー」の引用を織り込んだソロで楽しげに飛ばし、「ホット・ハウス」は最高に歯切れ良く、ハーモニクス音まで見事に決めています。「オール・ザ・シングス・ユー・アー」はパーカーによる同曲の改作「バード・オブ・パラダイス」との折衷ヴァージョンで演奏されています。さらにパーカーのデビュー曲と言えるサヴォイでの初録音曲「ビリーズ・バウンズ」では6コーラスのソロで多彩な表現を見せてくれます。

 その後この1950年10月21日・23日のシカゴのパーシング・ホテル・ボールルームのライブは、前述のZim Records「Charlie Parker at the Pershing Ballroom」(LP)、PHILOLOGY「BIRD'S EYES Vol.25」(CD)、STASH「BIRD SEED」(add. Pennies from Heaven Alt takes)を経て、一応の完全版にまとめられます。その間に進んだ研究で、ワーデル・グレイは1950年10月~11月はカウント・ベイシー楽団員としてニューヨーク公演中であり(録音も発掘されました)、パーカーのパーシング・ホテル公演への出演はあり得ないことが判明しました。クロード・マクリンは実在の人物だったのです。しかも、『アン・イヴニング~』に収められたライヴは1950年10月の連続公演ではなく、1951年2月にピッツバーグのジョニー・ブラウン・クラブでストリングス・オーケストラとの共演コンサートを終えた後にシカゴのパーシング・ホテル・ボールルーム公演に向かったという記録が見つかり、公演日も2月11日と確定されました。それに伴いZimレコードからの1976年の発掘音源は、推定されていた23日ではなく記録のある21日であった可能性が高くなりました。現時点での一応の完全版CDではこうなっています。
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"Complete Pershing Club Sets" Definitive CD DRCD11242, Spain (2003) : https://www.youtube.com/playlist?list=OLAK5uy_lMX9JTv_-7_mwSTt28aGAifOHPXwP_nGM
[ October 21, 1950 ] 1. Indiana / 2. I Cant Get Started / 3.Anthropology/ 4. Out Of Nowhere / 5. Get Happy / 6. Hot House / 7. Embraceable You / 8. Body & Soul / 9. Cool Blues / 10. Stardust / 11. All The Things You Are / 12. Billies Bounce / 13. Pennies From Heaven / 14. Pennies From Heaven tk.2
[ February 11, 1951 ] 15. Theres A Small Hotel / 16. These Foolish Things / 17. Keen & Peachy / 18. Hot House tk.2 / 19. Bird Bass & Out / 20. Goodbye

 再びサヴォイ盤の『アン・イヴニング~』に戻れば、10分におよぶA1はマクリンのテナーサックス・ソロがまるまるリピート編集、A2ではパーカーのアルトサックス・ソロがまるまるリピートされた水増し編集が疑われていましたが、実際にそうだったのもサヴォイ・レコーズのマスター・テープの調査から証明されました。LP1枚には短かすぎる素材しかなかったため、A1などは3分あまりテナーサックス・ソロのリピート編集で引き延ばされていますワーデル・グレイが気持良く二度同じソロを吹く、と賞賛した批評はとんだ勘違いだったわけです。またB1などは曲目も「Fine and Dandy」と間違えられていますが、実際は「Keen and Peachy」で作者も異なります。またこの曲は完奏しておらず、オープニング・テーマをリピートしてクロージング・テーマに用いているので、B2「Hot House」以外の3曲はどれも編集ヴァージョンばかりの偽装ヴァージョンということになります。事実上この発掘ライヴ盤を監修したプロデューサーのトム・ウィルソンは編集についてライナーノーツで一言も触れておらず、素晴らしい出来の発掘音源であることだけを強調していますから、ウィルソンの指示でエンジニアが再編集マスターを作成したのがこのサヴォイ盤になります。"recording & engineering"とクレジットされているのはこのアルバムがサヴォイ・レーベルによって正式に録音されていたように見せかけるための偽装クレジットか、または本当にポール・キャディという人物が提供したライヴ音源であっても、並記されているメダリオン・スタジオのスタッフによってアルバム用の編集作業が行われたのは確定的になりました。

 現在この音源が再発売される時は、トム・ウィルソンの指示によって行われた編集を原型に復原したヴァージョンが用いられるのが原則になっています。サヴォイでもさらに2曲が発見されると『Live in Chicago』として再発売し、その際は演奏時間を水増しする必要がなかったので「There's a Small Hotel」は6分半、「These Foolish Things」は2分強の原型に戻されています。「Keen and Peachy (Fine and Dandy)」は編集で補わないと曲の体をなさないので編集ヴァージョンが採用されています。「Hot House」も厳密には完奏テイクとは言えず、クロージング・テーマの途中からフェイド・アウトしていますが、エンディングだけですからまだしも許容範囲内でしょう。

 では『アン・イヴニング・アットホーム・ウィズ・ザ・バード』はでたらめな編集の不要なアルバムになったかというと、1992年の日本盤再発売が最後とはいえ、いかにもサヴォイ盤らしいでたらめな編集を含めて、パーカー没後に比較的早い時期から親しまれてきた発掘ライヴ盤としての風格をそなえています。トータル30分程度の短いアルバムとはいえ全4曲と、SPレコード時代のアーティストだったパーカーがスタジオ盤では残せなかった10分近い演奏(本当に無編集だったのはB2だけですが)も堪能できます。音質も当時のプライヴェート録音を元に、サヴォイとはいえ一応は老舗ジャズ・レーベルが本気で商品化するべくリマスタリングしただけあって、臨場感もあるクリアな音質に仕上がっています。「There's A Small Hotel」も『Keen and Peachy』もパーカーのヴァージョンはここでしか聴けず、テーマだけでも聴かせる「These Foolish Things」も聴きものですが、代表曲「Hot House」は数あるこの曲のパーカー・ヴァージョンでも上位の出来でしょう。シカゴの地元メンバーの演奏もニューヨークやロサンゼルスの尖ったビ・バップとは違う、アルバム・タイトル通りのリラックスしたスタイルで、パーカーのライヴ共演者はたいがいパーカーに競おうと力んでしまうか控えめになってしまうよですが、このバンドはもともとパーカー抜きでやっていたバンドでしょうから無理のない演奏をしています。いろいろ問題のあるアルバムですがこういうどさくさ紛れに出たような背景もジャズにあっては洒落のようなものなので、リピート編集してさえ30分強という収録時間の短さも、このアルバムでは親しみやすさにつながっているように思えます。