人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

謎のサイケデリック・ロッカー、ビッグ・ボーイ・ピート

ビッグ・ボーイ・ピート - マイ・ラヴ・イズ・ライク・ア・スペースシップ (Camp/Polydor, 1968)f:id:hawkrose:20231010234112j:image

Big Boy Pete - My Love Is Like A Spaceship (Peter Miller) (Single B-Side. Camp/Polydor, 1968) - 2:43 : https://youtu.be/y-0jkwIucWI?si=vKBhyNsQJ0T6A-cE
Big Boy Pete - Cold Turkey (Peter Miller) (Single A-Side. Camp/Polydor, 1968) - 2:33 : https://youtu.be/tiXLAXaQm8M?si=QF-j5JKIFv-JsFNJ
Big Boy Pete - Cold Turkey (TV Broadcast, 1968) - 2:33 : https://youtu.be/CTRufq7a9UA?si=v9y5CeCKkFGzokUL
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Big Boy Pete - My Love Is Like A Spaceship (from the album "The Margetson Demos", Gear Fab Records, 2002) - 4:13 : https://youtu.be/CPbmCxErjqw?si=pTVHbtQo5zd9wUVb
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 このロックンローラーにしてシンガーソングライター、ビッグ・ボーイ・ピートことピーター・ミラーについてはディスコグラフィー以外ほとんど情報がありません。判明しているのはピート自身の作詞作曲・プロデュースでイギリスのキャンプ・レーベル、ドイツのポリドール・レコーズから1968年にリリースされたシングル「Cold Turkey c/w My Love Is Like A Spaceship」がデビュー曲、また1966年~1969年録音とされるセカンド・シングル「Me c/w Nasty Nazi」(3 Acre Floor, 1997)がデビュー・シングルから30年あまり経ってアメリカのインディー・レーベルから出ており、年齢も不詳なら国籍も不詳、おそらくイギリスでデビューしてアメリカに渡ったと推測できるだけで、しかもマルチ・プレイヤーだったらしくシングル2作はピート自身の多重録音だったようです。筆者は「My Love Is Like A Spaceship」1曲を'60年代泡沫アーティストによるサイケデリック・ロック海賊盤コンピレーション『Visions Of The Past *2』(no label, late '80s?)で聴き、国別編集の『Visions Of The Past』は1~4まで確認できて『*2』はイギリス編と推定できましたが、ビッグ・ボーイ・ピートの他のシングル曲や単独アルバムはまだパソコン通信すら普及していない当時まったく知り得ませんでした。せいぜい推定できたのは作者のピーター・ミラーがビッグ・ボーイ・ピートの本名なんだろうな、バンド作ではなくソロ・シングルなんだろうなというくらいでした。「My Love Is Like A Spaceship」はドノヴァンの「Mellow Yellow」(1966年10月、UK#8, US#2)に似た曲調の楽曲ですが、A面曲「Cold Turkey」よりもこちらの方をシングルA面にすべきだったと思えます。
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 ところが現在ディスコグラフィー・サイトのdiscogs.comでビッグ・ボーイ・ピートを調べてみると、写真の他に一切プロフィールは載っておらず(生年、国籍も不詳)、掲載の公式サイトも現在は「not found」になっていますが、なんと13作もアルバムをリリースしているではありませんか。うち4作はコンピレーション・アルバムとされていますが、単独シングルは前記の2枚しか確認されていないとなるとコンピレーション・アルバムもオリジナル・アルバムと同じです。誰得かわかりませんが、ビッグ・ボーイ・ピートについての記事など今後書く機会はないでしょうからdiscogs.comの記載から整理して、シングル&アルバム・ディスコグラフィーを載せておきましょう。
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[ Big Boy Pete Discography ]
◎Singles
1. Cold Turkey c/w My Love Is Like A Spaceship (UK/Germany, Polydor, 1968)
2. Me c/w Nasty Nazi (US, from the album "Return To Catatonia", 3 Acre Floor, 1997)
◎Albums
1. Homage To Catatonia (LP, UK, Tenth Planet. 1996)
2. Return To Catatonia (LP, UK, Tenth Planet. 1998)
3. Psycho-Relics (CD, US, Compilation, Bacchus Archives, 1999)
4. World War IV - A Symphonic Poem (LP, Italy, Comet Records Europe, 2000)
5. The Margetson Demos (CD, US, Gear Fab Records, 2002)
6. The Perennial Enigma (CD, Europe, Angel Air Records, 2006)
7. The Squires Of The Subterrain and Big Boy Pete - Rock It Racket (CD, Worldwide, Rocket Racket Records, 2007)
8. Big Boy Pete And Hilton Valentine - Merry Skifflemas! (CD, US, 22 Records, 2011)
9. Cold Turkey (CD, US, Compilation, Gear Fab Records, 2012)
10. Big Boy Pete And The Squire -
Hitmen (CD, US, Rocket Racket Records, 2012)
11. Through The Back Door (CD, US, 22 Records, 2013)
12. The Cosmic Genius Of Big Boy Pete 1965-1977 (LP, France, Compilation, Mono-Tone Records, 2021)
13. The Cosmic Genius Of Big Boy Pete 1966-1979 - Volume 2 (LP, France, Compilation, Mono-Tone Records, 2021)
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 以上、共作3作(7、8、10)、コンピレーション4作(3、9、12、13)を含んで13作のアルバムがあるのですが、デビュー・シングルが1968年、初のアルバムが28年後の1996年というのが異常です。ではその間ビッグ・ボーイ・ピートは何をやっていたかというと、1965年以来のデモテープ作りを絶え間なく制作していたようで、各アルバムのインフォメーションを見ると1966年~1973年にはほぼ完成されたアルバムもあったようで、ピート一人のデモテープにセッション・ミュージシャンの演奏を差し替えて完成したアルバムがようやく1996年以降陽の目を見るとともに純粋な新作も制作されており、たとえばアルバム8は元アニマルズのギタリスト、ヒルトン・ヴァレンタイン(1943~2021)との共作のスキッフル・アルバムですが、ビッグ・ボーイ・ピートのキャリアは長く、1964年にはソロ・シンガーのロックンローラーとして活動していたようですから、ヴァレンタインとの共作は旧友再会セッションだったのでしょう。discogs.comのディスコグラフィーには前述の通りビッグ・ボーイ・ピートのプロフィールは生年・国籍、活動期間すら載っておらず、各アルバムのインフォメーションでアルバム記載のデータが転載されているだけですが、ソロのロックンローラーとしてライヴ活動を始め、1960年代唯一のシングル「Cold Turkey c/w My Love Is Like A Spaceship」でサイケデリック・ポップ・シンガーとしてひそかに聴き継がれ、'60年代後期のサイケデリック・ロック再評価とともに再び表舞台で活動再開するとともに1965年以来30年間書き溜めていた曲を次々とリテイク、またはデモテープのままアルバムにまとめていったようです。セカンド・シングル「Me c/w Nasty Nazi」(3 Acre Floor, 1997)はセカンド・アルバム『Return To Catatonia』(Tenth Planet. 1998)からの先行シングルですが、ファースト・アルバム『Homage To Catatonia』(Tenth Planet. 1996)とセカンド・アルバムは1966年初頭~1969年秋には完成していた未発表音源がアルバム化されたもので、やはり当時のイギリスのサイケデリック・ポップ色が強いものです。
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Big Boy Pete - Me (Single A-Side. 3 Acre Floor, 1997) - 2:21 : https://youtu.be/TjKRJeV9AIM?si=Rf4OjpyF18MQM3KI
Big Boy Pete - Nasty Nazi (Single A-Side. 3 Acre Floor, 1997) - 3:25 : https://youtu.be/Oar68CP-Kds?si=17uSNIOfV1MRGQnN

 活動再開後のビッグ・ボーイ・ピートは未発表音源のアルバム化とともに新作も制作していますが、インフォメーションによるとロックンロールやカントリー・ロックに回帰したアルバム内容だそうで、キャリアから言っても順当なことでしょう。ビッグ・ボーイ・ピート1964年のステージ写真を見るとボ・ディドリー風長方形ギターを構え、シングルでもジーン・ヴィンセント的ヒーカップ唱法に近いヴォーカルが聴けますから、スキッフルのアルバムを出しているように、体質的にはスキッフルを下地とした最初期のブリティッシュ・インヴェイジョンに近いロックンローラーだったと思われます。軽佻浮薄なサイケ・ポップ曲だからこそ魅力的な「My Love Is Like A Spaceship」はたまたま後世のリスナーがイメージするスウィンギング・ロンドンのムードにはまったので、それはB面曲「My Love Is Like A Spaceship」の方がA面曲「Cold Turkey」より今日ではチャーミングに聴こえることにも表れており、作曲やサウンド・プロデュースに優れていたことは確かなビッグ・ボーイ・ピートことピーター・ミラーさんは結局何をやりたかったミュージシャンかわかりません。ミラーさんは活動時期から1940年代半ば生まれと推定され、ヒルトン・ヴァレンタインと同年の1943年生まれとしたら今年で御歳80歳を迎えられたはずです。オリジナル・アルバムの新作が2013年の『Through The Back Door』、飛んで2021年にフランス盤、アナログLPのみのコンピレーション・アルバム2作『The Cosmic Genius Of Big Boy Pete 1965-1977』『The Cosmic Genius Of Big Boy Pete 1966-1979 - Volume 2』となると、現在消滅している公式サイトの閉鎖も伴い、現在は完全引退、もしくはこの10年間の間に逝去されているかもしれません。おそらく逝去されているにしても、ビッグ・ボーイ・ピートさんの訃報はマスメディアには報道されなかったでしょう。日本ではグループ・サウンズの最盛期の1968年にシングル1枚をリリースして消え、1990年代の半ばになって伝説的存在として活動した、こういうアーティストもいるのです。日本盤で1枚くらい、できればCD2枚組で、こんな珍妙なサイケ・ロッカーのアンソロジーくらい出てもいいと思います。

 

※「Beat Club」映像リンクの概要欄に英語版ウィキペディアの「Peter Miller」名義での項目からの略歴が転載されている、とご指摘をいただきました。稿を改めて再度ご紹介したいと思います。