『秋の夜の会話』
さむいね
ああさむいね
虫がないてるね
ああ虫がないてるね
もうすぐ土の中だね
土の中はいやだね
痩せたね
君もずいぶん痩せたね
どこがこんなに切ないんだろうね
腹だろうかね
腹とったら死ぬだろうね
死にたくはないね
さむいね
ああ虫がないてるね
(詩集「第百階級」1928より)
草野心平の詩の世界では、蛙と人間はそれほど違いはない。中原中也の没後1年にポロッと、こんな詩がある。
『空間』
中原よ。
地球は冬で寒くて暗い。
じゃ。
さようなら。
(詩集「絶景」1940より)
第一詩集には、おそらく世界でいちばん短い詩として知られるこんな作品もある。
『冬眠』
●
(詩集「第百階級」より)
一方で草野は自然を詠った詩らしい詩も書く人だった。74歳(1977年)の名作。
『紅梅』
どうして紅の花が咲きどうして。
ふくいくとした香りをわかせるのだろう。どうして。
肌寒いごつごつの幹から。
若若しい枝がのび。
点点点点。点点。
紅の花がひらく。
けれどもどうして。
どうして紅の花がひらくのか。
どうしてその花花は匂うのか。
梅にも生年月日があり。
それがあの緻密な年輪の渦のはじまりである筈だがどうしてそれは生まれるのか。
そのいのちから点点点点の花花たち。
(……)
けれどもどうしてこのごつごつの生命のはてに。
ひらく花花が紅なのかどうしてそれは匂うのか。
(詩集「原音」より)