草野心平(1903-1988)は福島県生まれの詩人。数十種類の職(自営。一番有名なのはヤキトリ屋)を渡りながら、持ち前の親分肌と世話焼きの良さで、主宰する同人誌「学校」→「歴程」からつぎつぎと不遇詩人を世に出した功績も詩作品におとらず大きい。宮沢賢治、中原中也を生前から評価して同人仲間にしたのも眼力の確かさを感じさせる。草野自身の詩は宮沢賢治の影響が強く、広義のダダイズム詩であり、その点でも中原と共通する。ただし作風はもっとも平易で、蛙をテーマにした一連の作品は童話的な雰囲気すらある。第一詩集はすべて蛙の詩ばかりを選んで編纂された。序文は巨匠なのに「歴程」同人に参加した高村光太郎。巻頭の一篇を引く。
『秋の夜の会話』
さむいね
ああさむいね
虫がないてるね
ああ虫がないてるね
もうすぐ土の中だね
土の中はいやだね
痩せたね
君もずいぶん痩せたね
どこがこんなに切ないんだろうね
腹だろうかね
腹とったら死ぬだろうね
死にたくはないね
さむいね
ああ虫がないてるね
(詩集「第百階級」1928より)
草野心平の詩の世界では、蛙と人間はそれほど違いはない。中原中也の没後1年にポロッと、こんな詩がある。
『空間』
中原よ。
地球は冬で寒くて暗い。
じゃ。
さようなら。
(詩集「絶景」1940より)
第一詩集には、おそらく世界でいちばん短い詩として知られるこんな作品もある。
『冬眠』
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(詩集「第百階級」より)
一方で草野は自然を詠った詩らしい詩も書く人だった。74歳(1977年)の名作。
『紅梅』
どうして紅の花が咲きどうして。
ふくいくとした香りをわかせるのだろう。どうして。
肌寒いごつごつの幹から。
若若しい枝がのび。
点点点点。点点。
紅の花がひらく。
けれどもどうして。
どうして紅の花がひらくのか。
どうしてその花花は匂うのか。
梅にも生年月日があり。
それがあの緻密な年輪の渦のはじまりである筈だがどうしてそれは生まれるのか。
そのいのちから点点点点の花花たち。
(……)
けれどもどうしてこのごつごつの生命のはてに。
ひらく花花が紅なのかどうしてそれは匂うのか。
(詩集「原音」より)