人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

小熊秀雄『黒い洋傘』

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「…そう、日本の大詩人といえば高村光太郎萩原朔太郎金子光晴宮沢賢治、それから小熊秀雄山之口貘。この6人です。あ、中原中也もいいですがね」
小田切秀雄教授は言った。高村をはじめとする大家と同等に小熊・山之口を評価するのは決して一般的とは言えまい。そこにプロレタリア文学の正統的継承者たる先生の文学観がある。

小熊秀雄(1901-1940)は北海道生まれの詩人。複雑な家庭環境に育ち、コミュニズム弾圧下のコミュニズム詩人として困難な活動を敢えて選び、生前の二詩集「小熊秀雄詩集」「跳ぶ橇」(ともに1935)、没後出版の「流民詩集」1947で現代詩史に名をとどめる。
小熊の最高の詩は35年の2つの詩集にある。可能性は信じられ、肯定感と希望に満ちた溌剌とした作品世界があった。晩年に向けて戦争の進行、執筆への弾圧、健康悪化で詩人の詩は暗いものになっていった。その中でもかすかな光にすがるように書かれた佳作が『黒い洋傘』だろう。

争いもなく一日はすぎた
夜は雨の中を
黒いこうもり傘をさして街へ出た
路の上の水の上を
瞬き走る街の光りもなまめかしく
足元の流れの中にちらちらする、

目標もなくただ熱心に雨の街をさまよう
哀れな自分を黒い洋傘の中にみつけた
しっかりと雨にぬれまいとして肩をすぼめ
とおくに強い視線をはなしながら
暗黒から幸福を探ろうとしたとき
瞬間の雨のなんという激しさ、

心の船はまだ沈まないのか
さからうもの、私の彼方にあるもの
お前波よ、私の船をもち運ぶだけで
お前は、遂に私を沈めることはできなかった、
雨の日も、嵐の日も、晴れた日も、
私の船は、ただ熱心に漂泊する
私の心のさすらいは
いかなる相手も沈めることができない、
私の静かな呼吸よ、
地球に落ちてくる雨、
小さな心を防ぐ、大きな洋傘
豪雨の中に
しばらくは茫然とたちつくして
私は雨の糸にとりかこまれた、
あたたかい肉体、
生きるものの、さまよう場所の
なんという無限の広さだろう
暗黒の空の背後には
星を実らした樹の林があるにちがいない
それを信じることは、私のもの
黒い洋傘の中は、私のもの。
(詩集「流民詩集」より)