人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

萩原恭次郎『長い髪に…』

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今回ご紹介するのは萩原恭次郎『長い髪によごれたリボンを結んであそぶ彼の女』。長いタイトルだが、これもダダイズムらしい。詩人の経歴をおさらいしておこう。
萩原恭次郎(1899-1938)は群馬県生まれ、高橋新吉(1901-1987)とともに日本のダダイズム詩を代表する詩人。第一詩集「死刑宣告」1925の刊行は高橋の第一詩集「ダダイスト新吉の詩」1922以上に新しい詩の事件として迎えられ、同郷の萩原朔太郎(姻戚関係はない)にも誠実な創作態度は新進詩人中随一と激賞された。
この詩集の収録作品はほとんどタイポグラフィ(活字の多様な使用)が用いられているのだが、1割程度は普通の組版で掲載されている。前回取り上げた中央集権批判詩『日比谷』の詩人が、では恋愛詩を書くとどうなるか?

『長い髪によごれたリボンを結んであそぶ彼の女』

長い髪によごれたリボンを結んであそんだ彼の女は
夜になると部屋にくらく座ったまま動かない
疲れた心臓の尖端をヂョキヂョキ鋏で切りはじめる
--ウドンを買ってきて食べよう
--また心をはさみ切ってはいけない

昨日はアルコールにふくれた蛙が死んだよ
今日は欺瞞にみちた小さな脳髄の蛙が死んだよ
どっちもざまの悪い骸骨となった
何もない胃をがりがり食い破る鼠も死んだ
--絶壁には
白いペンギン鳥が糞だらけになって死んでいる

飢餓は歯をくろくよごしている
私は葱を噛んで晩飯にしても寝られる
煙突のように無愛想につっ立ったままでも平気だ
私はすでに私のためには苦しまないが
ヂョキ ヂョキ ヂョキ…………
そんな顔をしないで
疲労の頂点できりきりまわっている心臓をねむらせろ
--ウドンを買ってきて食べよう
--夏ミカンを買ってきて食べよう
(詩集「死刑宣告」より)

情景があざやかに浮かんでくる。おそらくこの男女は内縁関係で、女には就労できないくらいの知的障害があって一日中家にいる。おそらく料理や家事をはじめに男は女の保護者的な関係になっており、第二連で唐突に描かれる蛙やペンギンの死の幻想はそうした生活の閉塞感の暗喩だろう。
町田康氏に『ウドン妻』という詩がある。仕事をご一緒した時訊きたかったが、やめておいた。