北園克衛(1902-1988)は三重県生まれの詩人。生涯を独自の実験詩運動に打ち込み、戦後は主宰する「VOU」誌で総合的なアートを志向し一部の詩人たちにとってのカリスマになった。
実は北園は長年、悪しき前衛の標本として評判が悪かった。それは第一詩集の次のような作品による。
『記号説』
*
白い食器
花
スプーン
春の午後3時
白い
白い
赤い
*
プリズム建築
白い動物
空間
*
青い旗
林檎と貴婦人
白い風景
*
花と楽器
白い窓
風
*
青い空
なにも見えない
なにも見えない
白い家
*
白い遠景
淡い桃色の旗
絶望
*
夜会服
夜会服
夜会服
面白くない
(詩集「白のアルバム」1929より)
北園には第二、第三の路線もあり、
『レセプシオン』
葡萄色のピアノの前で/睫毛の長いマダムが悪魔の砂糖のように笑う/際限もなく喝采せよ/曖昧な/かん高い孤独よ/コップの中に/優柔な冬が暮れのこる
(詩集「火の菫」1939より)
『花』
雨の音とともに/黄梅が匂ってきた
風さえつのり/夜がふけていった
ひとり/詩集をひらき
友の詩を/すこし読み
菫さく野をおもい/遠く山河をおもった
そして疲れ/おもいも尽きた暗い部屋にゆき/風のように眠った
(詩集「風土」1943より)
しかし今日、北園の実験でもっとも評価が高いのは戦後の詩集で、わけても代表的な一篇に次の詩をを挙げる人は多い。
『夜の要素』
骨
その絶望
の
砂
の
取手
穴
のある
石
の胸
あるいは穴
のある
石
の胸
偶像
の
夜
にささえられ
た孤独
の口
の
骨
ひとつ
の
眼へ
の
ひとつの
亀の
智恵
あるいは
肥えた穴
のなか
の
恋
の
永遠
を拒絶
する
恋へ
の
図形
憂愁
の
泥
の
夢
をやぶる
恋人
の
陰毛
の
夜
の
環
その
暗黒
の
幻影
の
火
の
繭
その
幻影
の
死
の
陶酔
の
黒い砂
あるいは
その
黒い陶酔
の
骨の取手
(詩集「黒い火」1951より)