人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

モーツァルトの死因について

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(図版掲載図書は近年のモーツァルト本のヒット作です。本文とは関係ありません)

10年ほど前にNHKの記録映像シリーズで、思わず慄然とするようなニュース映像を見た。それは小学生の集団予防接種の光景で、肩から上は見えない構図で小学生たちが一定のペースで次々と行進してくるのを、手前の医師(背中を向けている)が注射していくのだが、信じがたいことに同じ注射器と注射針で数人ずつ打ち、空になると薬液を看護婦に充填してもらっていた。昭和25年くらいの映像だったと思う。今では校内での集団予防接種自体が行われていない(ぼく-昭和39年生まれ-の時代にはまだ行われていた)。誰の顔も映らないその映像はたやすくアウシュビッツを連想させ、そしてそのしばらく前に読んだモーツァルトの評伝の、どの伝記でも問題になる謎の死因を思い起こさせた。

モーツァルト(1756-1791・ウィーン)は職業音楽家としては旅芸人に近い身分で、それまでの宮廷音楽家や教会音楽家中心の音楽界に世俗の穴を開けた人だった。依頼されれば何でも引き受け、35歳の急逝までに600曲以上の作品を書いた。その死はあまりに唐突でさまざまな憶測を呼び、映画「アマデウス」で題材になった毒殺説はもっとも極端なものだ。
各種辞典類には文献上の診断結果から肝臓・腎臓・膵臓などの疾患のいずれかが直接の死因となったとされている。だがぼくの読んだ評伝は簡潔で明瞭な説を打ち出している。すなわちモーツァルトは当時の医学に殺された。まず日常的な過労があり、医師を呼んで症状を訴えると、医師は患部からカテーテルで血液を吸い出す。瀉血療法とも採血療法とも呼ばれ、具合の悪い患部から悪い血液を吸い出すという、現代でも民間医療で行われている原始的な治療法だ。
バスツールやコッホの細菌学は19世紀だから、器物(再使用の注射針)から感染症が起こる可能性など当時はだれも疑わない。カテーテルは煮沸どころか水洗いもされず、布でぬぐって乾かすだけ。今日の常識からは考えられないが、年中過労で苦しんでいたモーツァルトは自分の意志で危険な治療(とも知らず)を受け、各種の感染症でほぼすべての内臓をやられた。
毎日のように腰や肩、首を不潔な注射針で穴だらけにされ、たっぶり血液を吸引されるモーツァルト!笑い事じゃない。今でもきっと似たようなことが続いているに違いない。