人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

富永太郎『秋の悲歎』

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

富永太郎(1901-1925・東京生れ)の存在は大岡昇平の評伝「中原中也」で知った読者が多いと思われる。中原が上京するきっかけをつくり、小林秀雄河上徹太郎を巻き込み富永の死まで壮絶な友情を結んだ。
富永は晩年1年間、人妻との不倫の断念から後年の梶井基次郎を思わせる内省的な散文詩を残した。

『秋の悲歎』

私は透明な秋の薄暮の中に墜ちる。戦慄は去った。道路のあらゆる直線が甦る。あれらのこんもりとした貪婪な樹々さえも闇を招いてはいない。
私はただ微かに煙を挙げる私のパイプによってのみ生きる。あのほっそりした白陶土製のかの女の頸に、私は千の静かな接吻をも惜しみはしない。今はあの銅(あかがね)色の空を覆う公孫樹(いちょう)の葉の、光沢のない非道な存在をも赦そう。オールドローズのおかっばさんは埃も立てずに土塀に沿って行くのだが、もうそんな後姿も要りはしない。風よ、街上に光るあの白痰を掻き乱してくれるな。
私は炊煙の立ち騰(のぼ)る都会を夢見はしない。-土瀝青(チャン)色の疲れた空に炊煙の立ち騰る都会などを、今年はみんな松茸を食ったかしら、私は知らない。多分柿くらいは食えたのだろうか、それも知らない。黒猫と共に残る残虐が常に私の習いであった…
夕暮、私は立ち去ったかの女の残像と友である。天の方に立ち騰るかの女の胸の襞を、夢のように萎れたかの女の肩の襞を、私は昔のようにいとおしむ。だが、かの女の紙の中に挿し入った私の指は昔私の心の支えであった、あの全能の暗黒の粘状体に触れることがない。私たちは煙になってしまったのだろうか?私はあまりに硬い、あまりに透明な秋の空気を憎もうか?
繁みの中に座ろう。枝々の鋭角の黒みから生れ出る、かの「虚無」の性相(フィジオグノミー)をさえ点検しないで済む怖ろしい怠惰が、今私には許されてある。今は降り行くべき時だ…金属や蜘蛛の巣や瞳孔の栄える、あらゆる悲惨の市にまで、私に舵は要らない。街灯に薄光るあの粘芝生の硬い斜面に身を委せよう。それといつも変わらぬ角度を保つ錫箔のような池の水面を愛しよう…
私は私自身を救助しよう。
(「富永太郎詩集」1927年刊より・1924年10月執筆)

生前に36篇、60ページほど。それがこの詩人の全作品になる。「あの全能の暗黒の粘状体」は女性性器の暗喩。古めかしい象徴主義手法の残滓が奥ゆかしい。