といっても今話題のアカデミー賞受賞作の話ではない。どうせ「ペーパームーン」1973や「グッドモーニング・バビロン」1987のような'狙った'映画だと思っている。その証拠にサイレントはおろかろくろく映画史を知らない人が安易に絶賛している。サイレント時代だけでも黙って見ておく作品が200本はある。そういう人が絶賛するならまだしもだ。
サイレントの長篇時代はイタリア史劇からグリフィスを通ってトーキーの台頭まで約20年続き、ヨーロッパ映画もハリウッドに押されていなかったから年間10本としても20年で200本は大げさではない。サイレント期の映画は文学のはるか先を行っていたと言っていい。
それにしても今更まったく未知の才能に出くわすとは思わなかった。これまで読んだどの文献にもなかったし、上映の記憶もない。日本ではどんな形でも未紹介のままだと思われる。
・Mnilmontant(Fr.1926)
監督はDimitri Kirsanoff(1899-1957)、主演はNadia Sibirskaa(監督夫人だそうだ)。タイトルは「隣人」の意味という。YouTubeで偶然発見した38分のサイレント・B/W作品で、解説によるとフランス・サイレント末期の印象主義に属する実験映画作家。この作品が代表作で、一切字幕を使わず当時考えられる映像技法を駆使した作品、と実験性を強調している。
まず画質の良さに驚嘆。DVD起こしだが、新作といって通る鮮明なB/W映像なのだ(上)。
誰も知らない・誰も見ない映画にネタバレもひったくれもないですよね?いきなり田舎の家で男(息子らしい)が老人夫婦を手斧でぶっ殺す。男が去った後妙齢の姉妹が帰ってくる。それから姉妹の都会生活が始まる。姉妹とも同じ男に引っ掛かり、妹は拒むが姉は私生児を生む。妹が赤ん坊を抱き橋の上をさ迷うシーンはハラハラする。結末、姉妹は男と縁を切る。男は喧嘩の巻き添えで死に、河に捨てられる。
ヌーヴェル・ヴァーグは60年代ばかりじゃないんだな、と感覚の斬新さ、鋭さに感心する。他に図版が見つからなかったので参考図版(下)にフランス同期の「アンダルシアの犬」1928(ブニュエル)を載せたが、むしろ比較にはドイツ表現主義のムルナウ「サンライズ」1927やスタンバーグ(米)、イタリアの情痴メロドラマが適当かもしれない。