人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

岩田宏『神田神保町』

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今回も岩田宏(1932-)の第二詩集「いやな唄」から都会風景詩をご紹介する。かなりの長詩なので第二連を省略しないと収まらなかった。追い込みで少し引用する。
「神保町の/事務所の二階の/曇りガラスのなかで/四五歳の社長が/五四歳の高利貸と/せわしなく話している/(…)やがてどちらも辟易したとき/平気をよそおい社長がささやく/教えて下さい クビ切りの秘訣を(…)」

神田神保町

神保町の
交差点の北五百メートル
五二階の階段を
二五歳の失業者が
思い出の重みにひかれて
ゆるゆる降りて行く
風はタバコの火の粉をとばし
いちどきにオーバーの襟を焼く
風や恋の思い出に目がくらみ
手をひろげて失業者はつぶやく
ここ 九段まで見えるこの石段で
魔法を待ちわび 魔法はこわれた
あのひとはこなごなにころげおち
街いっぱいに散らばったかけらを調べに
おれは降りて行く

(…)

神保町の
横町の昼やすみ
二〇人の従業員が
二つしかないラケットで
バドミントンをやっている
羽根はとんびのように飛びあがり
みんな腕組みして目玉だけ動かす
とんびも知らない雲だらけの空から
ボーナスみたいにすくない陽の光が
ぼろぼろこぼれてふりかかる
縄でくくった本の束の
背よりも高い山のかげから
草そっくりの少女がすりぬけてくる
ほそい指でまぶしい光をはじきとばし
ふらっとわらってハンケチを洗う
アルミニュームの箱のなかの
しろいおこめとしろいつくだに

(…)

神保町の
交差点のたそがれに
頸までおぼれて
二五歳の若い失業者の
目がおもむろに見えなくなる
やさしい人はおしなべてうつむき
信じる人は魔法使のさびしい目つき
おれはこの街をこわしたいと思い
こわれたのはあのひとの心だった
あのひとのからだを抱きしめて
この街を抱きしめたつもりだった
五二ヵ月昔なら
あのひとは聖橋から一ツ橋まで
巨大なからだを横たえていたのに
頸のうしろで茶色のレコードが廻りだす
あんなにのろく
あんなに涙声
知ってる ありゃあ死んだ女の声だ
ふりむけば
誰も見えやしねえんだ
(前記詩集より)