衰逝去(88歳)。ご紹介する作品は帰国直後(大正15年)に発表されながら「近代の寓話」に採録されるまで詩集未収録だった連作。全35篇を5回分載でご紹介する。
『体裁のいい景色(人間時代の遺留品)』
(1)
やっぱり脳髄は淋しい
実に進歩しない物品である
(2)
湖畔になるべく簡単な時計を据付けてから
おれはおれのパナマ帽子の下で
盛んに饒舌ってみても
割合に面白くない
(3)
郵便集配人がひとり公園を通過する
いずこへ行くのか
何等の反響もない
(4)
青いマンゴウの果実が冷静な空気を破り
ねむたき鉛筆を脅迫する
赤道地方は大体においてテキパキしていない
(5)
快活なる杉の樹は
どうにも手がつけられん
実にむずかしい
(6)
鈴蘭の如き一名の愛妻を膝にして
メートルグラスの中にジン酒を高くかざして
盛んに幸福を祝う暴落は
三色版なれども我が哀れなる膏薬の如き
壁に垂れたること久し
青黒き滑稽なる我が生命は
鳳仙花のようにかなり貧弱に笑う
(7)
結婚をした女の人が沢山歩いている
気の弱い人は皆な驚く
(「三田文学」1926年11月)