ロバート・ワイアット(Robert Wyatt)というミュージシャンは筆者がロック音楽を聴き始めた70年代後半にはイギリスのロック界では神格化された存在、日本では仙人のようなイメージで聴かれていました。ピンク・フロイドの永遠のライヴァル、ソフト・マシーンの元メンバーという以上に、転落事故で半身不随になってからはヴォーカリストとして独自の世界を築き上げ、少し聴いただけでもこの人とわかるサウンド。1944年生れですからマシーンのデヴューは24歳、転落事故は29歳、翌年には早くも生涯の大傑作というべき「ロック・ボトム」1974(画像1)を発表、30にして仙人と呼ばれたわけです。
「ロック・ボトム」の代表曲は冒頭の『シー・ソング』ですが、ワイアットで他に有名な曲は、というと、カヴァー曲が並びます。
『アイム・ア・ビリーヴァー』(モンキーズ)
『アット・ラスト・アイ・アム・フリー』(シック)
『シップスビルディング』(エルヴィス・コステロ)
など。これらはYouTubeでいい動画があります。フォークランド戦争への反戦歌「シップスビルディング」など感動的なテレビ出演映像でした。
ぼくはなにごとも邪悪か無垢かはっきりしている方が好きですが、「天使の声」と呼ばれるワイアットが邪悪か無垢かはともかく、一声かければたいがいのミュージシャンは手弁当で駆けつけるというカリスマ。なにか弱味でも握っているのかという人です。アルバム発売記念ライヴもワイアットの一声で9人の精鋭ミュージシャンが全員車椅子で演奏しました(CD化「ドルリー・レーン劇場のロバート・ワイアット」)。次作「ルース・イズ・ストレンジャー・ザン・リチャード」(画像2)も順調に75年発表、温もりとクールさの配合が絶妙なジャズ・ロックでした。
それから5年の沈黙があり、共産党員となったワイアットは(現在は離党)世界の反戦歌集「ナッシング・キャン・ストップ・アス」1980(画像3)で復帰します。元々自作曲にはこだわらない人でした。このアルバムは反戦メッセージを超えてスピリチュアルな感動を与える名作としてファンの幅を広げました。
以降ワイアットは2、3年に1作のペースで安定した音楽活動をしています。作風はここに挙げた3作の延長にあります。ジャケットもこの3作を含めワイアット夫人の絵画で一貫しています。