人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

(31a)ウェイン・ショーター(ts)

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Wayne Shorter(1933-,tenor sax)。もはやこの人の項目なしには済まないだろう。60年代前半はメッセンジャー音楽監督を勤め、60年代後半はブルー・ノートから自己名義の名作を発表しつつマイルス・クインテットで活躍。70年代はジョー・ザヴィヌルとの双頭グループ、ウェザー・リポートでポップ・チャートにも進出し、ロック・リスナーにも支持される現代ジャズのトップ・グループの座を80年代の解散まで保ち続け、ウェザー解散後は現役最重要ジャズ・ミュージシャンとなる。

ショーターのブルー・ノート第1作には、この連載で既に触れている。
「ショーターもモーガンと同時期にメッセンジャーズを退団。モーガンフリーランスに、ショーターはハービー・ハンコック(ピアノ)とロン・カーター(ベース)、トニー・ウィリアムズ(ドラムス)を擁するマイルス・クインテットに入団したが、彼らはリーダー作はブルー・ノートから発表し、当時は「ブルー・ノート派」、後に「新主流派」と呼ばれた。ショーターのブルー・ノート第一作「ナイト・ドリーマー」1964(画像1)はモーガン参加、リズム隊はコルトレーンから、という混成チームだが、メッセンジャーズでもコルトレーンでもない、ショーター加入後のマイルス・クインテットを予告する音楽になっている」

さて、ついに「新主流派」という問題になってしまった。ウィントン・マルサリスが根幹にし、以降も現代ジャズの美学的基準になっているのが新主流派で、元々はエリック・ドルフィーの遺作をめぐる長編評論でフランスの批評家が初めて指摘したのが、ブルー・ノートからの近作に目立って出てきた伝統尊重的な保守的改革で、これはブルー・ノート以外でもポール・ブレイ「フットルーズ」、チャールズ・ロイド「フォレスト・フラワー」、ジョン・ハンディ「ライヴ」にも共通する現象だった。おそらく発端は新人を多数発掘したマクリーン「ワン・ステップ・ビヨンド」63.4で、ドルフィー「アウト・トゥ・ランチ」64.2、ハンコック「エンピリアン・アイルズ」64.6が続き、ショーターの「ジュジュ」64.8(画像2)と「スピーク・ノー・イーヴル」64.12(画像3)、ハンコック「処女航海」65.5で絶頂に達する。既にショーターは最重要人物だった。