西洋現代詩最小の全詩集はT.E.ヒューム(1883-1917)の「全詩集」1912(エズラ・パウンド編、後に遺稿集「ヒュマニズムと芸術の哲学」に収録)だという。全5篇で総計50行もない。
だが日本文学には「堀辰雄詩集」1940(立原道造編)がある。全3篇、総計49行。昭和2年に同人誌発表されたもの。全集には他に13篇の詩が採録されているが、いずれも大正期のものなので割愛されたとおぼしい。三好達治と共に同人詩誌「四季」の親分だったこの高名な小説家(1904-1953,「聖家族」「風立ちぬ」「菜穂子」)の詩は、いったいどんなものだったか?乾直惠詩集『肋骨と蝶』とも関連させて読むこともできるだろう。
『堀辰雄詩集』
1. (天使たちが…)
天使たちが
僕の朝飯のために
自転車で運んで来る
パンとスウプと
花を
すると僕は
その花を毟って
スウプにふりかけ
パンに付け
そうしてささやかな食事をする
★
この村はどこへ行ってもいい匂がする
僕の胸に
新鮮な薔薇が挿してあるように
そのせいか この村には どこへ行っても犬が居る
★
西洋人は向日葵より背が高い
★
ホテルは鸚鵡
鸚鵡の耳からジュリエットが顔をだす
しかしロミオは居りません
ロミオはテニスをしているのでしょう
鸚鵡が口をあけたら
黒ん坊がまる見えになった
〔軽井沢にて〕
2. (僕は歩いていた)
僕は歩いていた
風のなかを
風は僕の皮膚にしみこむ
この皮膚の下には
骨のヴァイオリンがあるというのに
風が不意にそれを
鳴らしはせぬか
★
硝子の破れている窓
僕の蝕歯よ
夜になるとお前のなかに
洋燈がともり
じっと聞いていると
皿やナイフの音がしてくる
3. (僕の骨にとまっている)
僕の骨にとまっている
小鳥よ 肺結核よ
おまえが嘴で突つくから
僕の痰には血がまじる
おまえが羽ばたくと
僕は咳をする
おまえを眠らせるために
僕は吸入器をかけよう
★
苦痛をごまかすために
僕は死にからかう
犬にからかうように
死は僕に噛みついて
彼の頭文字を入墨しようと
歯を僕の前にむき出す
(昭和15年・山本書店)