人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

黒田三郎『数える』

詩集「ふるさと」1974よりもう一編ご紹介したい。黒田は80年に逝去するから逆算すれば晩年の始まりなのだが、前詩集「羊の歩み」から詩人が円熟期に入ったことを感じさせる点で、この作品は代表作のひとつといえるだろう。短歌や俳句くらい凝縮された詩型の基準から見れば、最終連は「動く」(別の内容でもいい)だろうが、これは一編を終らせるための独立した最終連なので、眼目はそこにはない。
具体的にあげられた事例それ自体が面白い。スーパーの買物リストは74年のオイルショックを反映した当時の物価で、こんなことは誰でも書けるが、そこから詩を汲み上げることは誰もができることではない。

『数える』黒田三郎

小学校で
僕が一番よくできたのは
数学
今でも
スーパーで買物する時は
何となく暗算しているのに
気がつく

買うものと言えば
鶏卵十個一三九円 油揚げ四枚二八円 マヨネーズ一本一二八円 スープの素一箱四三円 紅しょうが一袋三五円 バナナ一房一四〇円 キャベツ一個六〇円 レタス一個五〇円
そんなふうである
適当に切り上げ切り下げて
合計すると十円とは違わない

だから間違いがあれば
さっと気がついてしまう
売子が暗算を間違えるのは
しょっちゅうだし
レジが計算の単位を間違えることも
ままある
でも僕は
途中で考え事をしたりして
せっかくの暗算を
ふっと忘れてしまうことも多い

何でもつい数えるくせが
僕にはあるというだけのことだ
公団サイズの風呂の湯をかきまぜる
一回二回といつの間にか弾みをつけている
電車の中でぼんやり
降りるまであといくつと
駅の数を数えたりしている

小学一年生の時
担任の先生がしばらく病気で休み
クラスは半分ずつ
他のクラスに預けられたことがある
最初の日
いきなり暗算をやらされた
暗算なんて
それまで教わったことがなく
全くできなかった
先生の顔も名前も忘れ
元禄袖の着物を着た
同級の女の子達の顔も名前も忘れ
いまでは
スーパーで買物する僕のなかに
暗算だけが
気まぐれに残っている

小学四年生の息子が肩を叩く時
ひとつふたつと息子は数を数えている
肩叩きの単価は
息子の気まぐれで
しょっちゅう変っている
(詩集「ふるさと」より)