人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

(補a)ティナ・ブルックス(ts)

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Tina Brooks(1932-1974,tenor sax)。
マルクス兄弟グルーチョのギャグにこんなのがある。アメリカ人はこれで大爆笑するという。「私を会員にするようなクラブになど入ってたまるか!」
それになぞらえるのは失礼だが、ティナ・ブルックスを「ジャズの巨人」扱いしたジャズ本など見たことがない。せいぜい「隠れた名盤」として「トゥルー・ブルー」が紹介されるか、ジミー・スミス「ザ・サーモン」、フレディ・ハバード「オープン・セサミ」、そしてジャッキー・マクリーンの「ジャッキーズ・バッグ」が参加作として挙げられるにすぎない。むしろそれらの方が有名アルバムなので、筆者がブルックスの名を知ったのもサイドマン作の方が先行する。

ブルーノート社専属だったブルックスのサイドマン・デビューは、
Jimmy Smith:House Party(画像1)58.2.25
-:The Sermon(画像2)58.2.25
-で、同日録音でも推察できるように前者ではチャーリー・パーカー曲'Au Privave'15分、後者はスミス自作ブルースのタイトル曲20分の3管ジャム・セッションに参加。各アルバムの残り半分は別メンバーの3管セッション(57.8.25録音)と組み合わされた。
メンバーがすごい。リー・モーガン(トランペット)、ルー・ドナルドソン(アルトサックス)、ケニー・バレル(ギター)、アート・ブレイキー(ドラムス)にスミスのオルガンなのだ。これではブルックスはいちばん下っ端なのだが、全然負けていない。ドナルドソンがアルトでも軽い音色ということもあって、重いテナーで存在感を示した。

そこでさっそく初リーダー作が制作される。メンバーもモーガン、ブレイキーにソニー・クラーク(ピアノ)とダグ・ワトキンズ(ベース)という一流処で堅め、ブルックス自作オリジナル2曲・スタンダード3曲の典型的なハードバップ・セッションだった。出来もいい。だがこの、
Minor Move(画像3)58.3.16
-はあっけなくお蔵入りになる。日本でのみ80年代初頭にLP化されたが、アメリカでは80年代半ばにボックスセット発売、単独CD化されたのは2000年(画像4)になった。現在でこそ豪華メンバーと言えるが、当時この顔ぶれで知名度があるのはブレイキーくらいのものだった。