人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

小説の絶対零度(2)セリーヌ

ベケットに続いてフランス作家ルイ=フェルディナン・セリーヌ(1894-1961)をご紹介したい。医師を本業とした彼は、処女作「夜の果ての旅」32でセンセーションを巻き起こし、第2作の「なしくずしの死」36はさらに露悪的な題材で悪評を高めた。第二次世界大戦セリーヌユダヤ人排斥パンフレットの出版、親独派右翼新聞への寄稿、対独協力者の集会参加にも積極的で、ドイツの敗戦とともに戦犯告発を恐れて国外逃亡するがデンマークで投獄され、帰国した51年からの晩年10年間は憎悪されて過ごした。再評価され、20世紀フランスの最重要作家と見倣されるようになるのは没後10年を経てからだった。晩年の三部作の冒頭部分をご紹介する。
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正直な話、ここだけの話、私の人生の終りときたら初めよりずっとひどくてね…そりゃ初めだってぱっとしたもんじゃなかった…生れたのは、くどいようだが、セーヌ県のクールブヴォア…こう繰り返すのは千回目…さんざん行ったり来たりした挙げ句、本当に最低の終り方…年だろうってかね…そりゃそうさ!…わかりきってる!…六三歳ちょいだもの、またやり直すってのはそれこそ骨だ…患者を集め直すってのは…あっちこっちから!…患者は良心と知識があれば来るってもんじゃない…肝心なのは個人的魅力…六〇過ぎて個人的魅力だって?…
(「城から城」57)
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そりゃそうさ、もうすぐ片づく、何もかも…やれやれだ!…うんざり見てきた…六五歳ちょいだぜ、どうってことない、凶悪最強爆弾H(水素)…Z…Y…そよ風さ!…迫力ゼロさ!せつないだけさ、時を無為に過ごしたってのが、アル中、コル中、卑屈で卑劣、ホモどものための努力、尽力、無尽に重ね…惨めも惨め、ねえ、奥さん!…「怨みつらみを売り物にして、黙ったら」!…ふん、わかってるよ!…その気はあるさ、でもいったい誰に?…
(「北」60)
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ブーレが私を相手にしなくなったのは明白だ…死刑判決を受けたロベール・ブーレのことだ…あいつはもう自分の記事で私に触れなくなった…以前は私を偉大なるとか比類なきとか呼んでいた…今では思い出したように侮蔑の一言がせいぜいだ。なぜなのかは承知している、口論したからだ…あいつが今でも遠回しに当てつけを言うから私もむかむかしてきたんだ…あんたは信念から神の御許に戻らないと言うが、確かかね?
(「リゴドン」69・死後発表)