『イエスタデイズ』では、ヴォーカル・ヴァージョンはビリー・ホリデイの「奇妙な果実」収録(同名アルバムが二種あり、39年版と52年版がある)が基本で、聴くたびにジャズ史上最高の大歌手だったな、と染み入る。声質や技巧ではおそらくエラ・フィッツジェラルドを越えるジャズ歌手はいないのだが、エラの歌唱力は一種の化け物なので、ビリーのような等身大の感動ではない。ひとりの女性が確かに息づいており、この世の汚れも清らかさもすべて知りぬいており、優しく微笑みかけてくれる。これまでどれだけの人が、ビリーの歌に慰められてきたことか。
白人女性ジャズ・ヴォーカルではヘレン・メリルのデビュー・アルバム(画像2)がいいだろう。54年12月録音で、アレンジ担当のクインシー・ジョーンズ(!)が実質的な音楽プロデュースを手がけている。器楽ソロイストは夭逝の天才、クリフォード・ブラウンで、あまりに彼のトランペットが冴えているためアルバムの邦題は「ヘレン・メリル・ウィズ・クリフォード・ブラウン」となっている。感情移入過多のウェットな歌唱だが、ブラウンのソロがヘレンの湿っぽさを風通しよく中和する。
器楽ジャズでは前回、エピソードを紹介したマイルスがリー・コニッツのサイドマンとして51年3月に、自己のリーダー作ではブルーノート社に52年5月に録音している他に、ウェイン・ショーターやハービー・ハンコックを擁した65年12月のライヴ録音も残している(「プラグド・ニッケルVol.2」)。マイルス以外全員トリスターノ派白人ジャズマンのコニッツ版はコニッツとのクールなブレンドが絶妙。ブルーノート版はJ.J.ジョンソンのトロンボーン、マクリーンのアルトとの三管で、これも名演。プラグド・ニッケル版は完全にフリー・ジャズを消化したプレイと、同じアレンジはひとつもない。
ぼくとKは、ポール・チェンバース版も含め既製のどのヴァージョンも参照せずアルトとベースのデュオで『イエスタデイズ』を練っていた。バンドとしてのレパートリーにしようとは思いもしなかったのが不思議だが、この静謐な曲には、デュオこそ相応しく思えたのだ。
ところが、ぼくとKにとって最高のアイドル、リー・コニッツとチャーリー・ヘイデンのデュオ・アルバム(画像3)が出て愕然とした-まるでわれわれのように『イエスタデイズ』を演奏していたからだった。