人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

アル中病棟の思い出47

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前回は年末最後でもあり、まとめとまだまだ続く入院日記の全体的な解説を兼ねて、アルコール依存症の入院治療の概略を記しておこうとしたのだがうまくいかなかった。現実にアルコール依存症の治療プログラムというものは実施されているのだが、成果を上げているかというと再発率が九割を越す、という程度の効果しかない治療プログラムを略述してもおそらく参考になるところは少ないだろうと思え(説明を受けた入院前の筆者もそうだった)、医療者側からの認識と患者側からの認識の大きな落差を感じた。

すなわち、一割でも成功すれば医療としては成果があると考えたい医療者側に対して、患者側はたとえ自分が成功した一割に運良く入れたとしても自分と同時に治療を受けた九割の患者には成果があがらなかったではないか、と思えてならない。再発(スリップ)した方に自分が入っていたらなおのこと、そう思うだろう。同期入院患者のやはり九割がスリップしたか亡くなったかという知らせを人づてに聞き、痛ましい思いがしてならなかった。どうしてアルコール依存症治療はこんなに、それが切実な人ほど無力なのかと思った。

筆者の場合は一時的なアルコール逃避があったのは人間関係に問題があったからで、退院後は人間関係から生じる刺激(ストレス)を極力遠ざけることでアルコール逃避への危険性を避け、完全断酒は無理にしなかったが入院中に本格的なアルコール依存症の慢性化の怖さは叩きこまれたのでほんの少しの晩酌(本格的なアルコール依存症であれば、ほんのひと口の酒も駄目)で十分楽しめるように節酒してきた。
本当にアルコール依存症の域に達していたら、筆者も完全断酒しないとスリップしていたと思う。というより筆者は入院中の学習でようやくわかったが、一時的なアルコール耽溺はあったが、依存症には至っていなかった。だから学習すれば引き返すことができたし、なにより極力生活からアルコールに逃避するような要因を取り除く、という療養生活ならではの環境に恵まれた。だがこれは、多くの患者は入院中であればアルコールからも依存症に陥った原因からも離れていられるが、退院したとたんにアルコール依存症を招いた生活環境もアルコールもあるのでは長続きせずスリップしてしまうということでもある。それが現状の治療プログラムの限界でもある。