第七章。
ムーミン谷にレストランができたそうだよ、とムーミンパパが新聞から顔を上げると、言いました。今朝のムーミン家の居間には、
・今ここにいる人
・ここにいない人
―のどちらもいません。いつもならムーミン谷の住民はあれやこれやの口実をたずさえて、ムーミンママのもてなしを目当てに朝から晩までひっきりなしに出入りしているのですが、今のムーミン家の居間にはあのニョロニョロすら生える気配はありませんでした。
ムーミンパパが口をつぐむと再び居間は死の沈黙に包まれました。ムーミンパパはなかなか火の通らないパイプを詰め直すと、自問自答するかのように言葉をつぎました。
そうだ、わが家は食事のふりならずっとしてきたが、それは家庭という雰囲気の演出のためであって実際に食事をしたことはない。そうだねママ?
そうですよ、と答えてくれるはずのムーミンママはいません。ムーミンパパは意に介さず、
私がパイプをくゆらせ安楽椅子で新聞を読んでいるのもそうだ。魁新報ムーミン谷版は半年に一度しか出ない。半年に一度の紙面を新聞と呼べるだろうか。ムーミン谷にはタウン誌すらないのだ。
パパ、新聞にレストランができたって載ってたの?と訊いてくるはずのムーミンもいません。その頃ムーミンは全身を拘束され、地下の穴蔵に幽閉されていました。かなり冷え込み、また拘束のストレスも強い環境ですが、トロールなのでただ動けないだけです。不条理に拉致監禁されるのはムーミンのような童話のプリンスにはよくあることですから、それに耐え得る神経の太さはムーミンには最初から備わっていました。
レストランに行くの?とムーミンパパはムーミンの声真似をしてみました。そこだよ問題は、とムーミンパパは自答し、それにはあらかじめいくつかの条件がある。まず正当な連れがいること、これは問題はない。ムーミン一家だからな。正当な連れとは変な組み合わせでレストランに行ったら変だということだ。たとえばママがヘムル署長たちとレストランに行ったら変態の餌食に見えるだろう?
沈黙。―なら問題を簡単に言おう。私たちトロールは食欲はあるが食事する必要はないのだ。だがレストランでは実際に料理を食べなければならないのだぞ。
その頃ムーミン一家は夜のレストランにいました。ムーミンパパだけが、レストランと今でも朝のままの居間の両方にいたのです。