人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

偽ムーミン谷のレストラン(73)

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二人のフローレンは向かい合って手のひらを合わせ、同期を完了させ記憶を共有すると、話し合いは簡単に終りました。
・レストランごと爆破
―それしかない、というのが二人の一致した意見でした。ですがその前に、二人のフローレンの存在に多少簡略でも言及しておいた方がいいでしょう。
久しぶりね、と顔をあわせるとF.フローレンとフローレンA.は女性トイレの片隅に次元断層を作り、秘密の会話をするために不可視・不可触なその空間に自分たちを情報化して転送しました。これはトロールには誰しも潜在的に備わっている能力ですが、トロールの普遍的属性にはぼんくらでうすのろという美徳も伴うため、普通のトロールは死期を迎えるまでそれに気づかないのです。
ですから、生きているトロールには死とは消滅であるか、または滅多にないことですが肉体の完全な活動停止として誤認されることもあります。これは正確には活動を停止した肉体ではなくて、情報化不完全な転送の残滓にすぎません。
ムーミン谷でこの能力に覚醒しながら生活しているのは元ノンノンことフローレンだけでした。谷の辺境に位置するらしい巨大ソープランド―辺境は確かだが場所は一定しないらしい、温泉の魔女が支配するその施設に徴発され、ノンノンと呼ばれて強制労働させられているうちにフローレンには自分をF.フローレンとフローレンA.に分離も統合もできる能力が芽生えたのでした。これはどういうことかというと、二倍働くことも可能なら交互に休むことも可能ということでした。F.とA.というのも二人が直観的に一方をfictionalでもう一方をaltarnativeと理解したのにすぎません。女のカンに理屈はないのはトロールでも同じらしいので、フローレンとは実は一人のようで二人いる、それは誰も知らない彼女だけの秘密でした。
あるいはフローレンは強制労働下で何らかの理由で落命した、そこで落命の記憶を持たない新たな二人のフローレンが生まれた、とも考えられます。ならば今はフローレンは死後の世界を生きているわけですが、世界の連続性は記憶の中にしかないのです。ムーミン谷で他人をあてにするほどあてにならないことはない。ですが彼女の危機察知能力は今、レストランの出現に激しく反応していました。爆破しなければ、あのレストランを。