人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

天才アール・アンダーザの芸術

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 ジャズがお好きな方でも60年代西海岸のアルト奏者、アール・アンダーザは偶然の機会がないとまず見逃してしまうだろう。ジャズでは珍しいことだが、この人は自己名義のデビュー作一枚きりのアルバム・リリースしかない。普通ジャズマンは先輩格のプレイヤーのアルバムで実績を試されてから本人名義のデビュー作が作られるし、また薄利多作の商売だから仲間内のアルバムにがんがん呼ばれたり押しかけたりするのが普通なので、アンダーザのように後にも先にもこれ一枚、という人は逆に恐ろしい存在なのだ。
 このアルバムを知ったのは寺島靖国氏の名著『辛口!JAZZ名盤1001』(講談社文庫・93年)で、当時の寺島氏は素晴らしい批評家だった。400ページで1001枚も紹介している本なので短文ばかりだが、この評を読んでグッとこない人はいるだろうか。

[アール・アンダーザ『アウタ・サイト』]
すばらしいスリルのアルトだ。絶対推選。内側の情熱がヒタヒタ、ビリビリ伝わってくる。楽器吹奏に賭ける熱い情念に打たれる。よく粘る。よく伸びる。よく縮む。ネバネバ粘りながら爽快でもある。本作一枚の人。そこもいい。東芝盤見つけたら即買いのこと。今なら最終盤に間に合う。今後本邦発売はまずあり得ない。

 ところが98年には未発表曲と別テイクが追加されてアメリカでCD化され、日本でも2002年に日本でも初CD化、2011年にはさらに廉価盤再発売と、現在は品切れ・廃盤扱いながら中古の入手は難しくない。2011年再発売時の資料を引用する。

天才アール・アンダーザ(アウタ・サイト)
EARL ANDERZA アール・アンダーザ
(EMIミュージック・ジャパン / JPN / CD / TOCJ50227 / JZ111109-56 / 2011年12月21日 / 1,027円(税込) [ジャズ・ベスト&モア999シリーズ第5期])
 個性ある名門レーベルに残された名盤、マニアも喜ぶレア盤を超特価でお届けするシリーズ。
 天才アルト奏者アール・アンダーザが残したワン・ホーンの快作にして唯一のリーダー作。ドルフィーにも通じる個性的なトーンで「オール・ザ・シングス・ユー・アー」の名曲をエモーショナルに演奏している。ピアノとハープシコードで参加しているジャック・ウィルソンの好演も見逃せない。(インフォより)
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アール・アンダーザ(as)
ジャック・ウィルソン(p、harpsichord)
ジョージ・モロー(b)-1、2、4-6
ジミー・ボンド(b)-3&7
ドナルド・ディーン(ds)
1962年3月録音
1. オール・ザ・シングス・ユー・アー
2. ブルース・バロック
3. ユード・ビー・ソー・ナイス・トゥ・カム・ホーム・トゥ
4. フリーウェイ
5. アウタ・サイト
6. ホワッツ・ニュー
7. ビナイン
(Bonus Tracks)
8. ロンサム・ロード
9. アイル・ビー・アラウンド
10. フリーウェイ(別テイク)
11. ビナイン(別テイク)

 アメリカ版ウィキペディアやオール・ミュージック・ガイドでもアンダーザの項目は一ページに満たない。1933年生、1982没。未発表セカンド・アルバムの録音記録があるがテープが現存しない。麻薬刑務所に50年代と60年代の服役記録があり、アルバムの録音は短い出所期間中に行われたらしい。参加アルバムが皆無なのも当然で、アンダーザのアルバムを制作したインディーズのパシフィック・ジャズも大したレーベルだろう。ピアノのジャック・ウィルソン(ハープシコード兼任)と名ベーシスト二人の好演ももちろんだが、無名の新人ドラマーがエルヴィン・ジョーンズからの影響をよく消化した清冽な演奏で、他に記憶に残る参加作がないだけに愛おしい。
 ジャズマンには青年時代に一、二枚のアルバムを残したきり消息を絶ち、20年や30年経って再発見された人が何人もいる。ジョー・オーバニーやフランク・モーガン、アンダーザと同世代ではヘンリー・グライムズ、ジュセッピ・ローガンなどは死去したとすら思われていたがカムバックして活発な活動をしている。アンダーザは29歳でアルバムを残したきり49歳で亡くなるまで他には何も残さなかった。本人にとっては不遇と挫折の楽歴だったろう。そこがいい、とばかりは言えない厳粛さがある。
 アンダーザのアルバムの以前の邦題は『アール・アンダーザの芸術』、その後『天才アール・アンダーザ』と凄いことになっているが、やはり生涯に一作しかアルバムを残さなかったトニー・フラッセラ『トランペットの詩人』のように邦題でハッタリかましてでも力になってあげたくなるアルバムなのだ。選曲はスタンダード半分、オリジナル半分でもわかる通り奇をてらったところはない。音色はジャッキー・マクリーンを思わせる硬質なトーンで、意表を突く音列はエリック・ドルフィーとの類似を感じるし、原盤オリジナル・ライナー・ノーツにも黒人アルト奏者の決定的な三人の革新者、チャーリー・パーカードルフィーオーネット・コールマンからの影響関係の指摘がある。オーネットとは親交があったそうだ。だがホリゾンタルなフレーズにエモーションを乗せていくのはアート・ペッパーにも通じる非バップ的イディオムもあり、そこでこのアルバムの録音された、1962年という時期が微妙になってくる。技巧ではなくエモーションによって、アンダーザは同世代のフリー・ジャズのアーティストに接近しているが、このアルバムはフリー・ジャズのアルバムではない。同年のアート・ペッパー『スマック・アップ』と似ていて、正統派のアルトイストがごく自然に表現主義的作風に近づいた例なのではないか。ちなみにペッパーも麻薬刑務所に出たり入ったりした人で、アンダーザとも収監中にセッションした記録があるらしい。ペッパーにはカムバック後の成熟があったが、アンダーザは二度と音楽界に復帰できなかった。
 さすがに年長者のマクリーンやドルフィー、オーネットほど強者ではないといえ、この一作を聴いただけでもアーニー・ヘンリー、マリオン・ブラウンらジャズ史に残る個性派二流アルトよりも技術・センスとも確実に上なのだが、いかんせんアルバム一作では無名の奇才でも仕方ないのかもしれない。サンプル音源をご紹介します。
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Earl Anderza-Extracts from the Album "Outa Sight"(1962)
"Outa Sight"
https://www.youtube.com/watch?v=LYKmm3tXX7I&feature=youtube_gdata_player
"All the Things You Are"
https://www.youtube.com/watch?v=p78WckRvSkE&feature=youtube_gdata_player
"What's New"
https://www.youtube.com/watch?v=aL-Jp49m1XQ&feature=youtube_gdata_player