人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

ピーナッツ畑でつかまえて(43)

 またもやスヌーピーはにやにやしながら後ろ手(前肢)を組み、腰を落としてチャーリーの周りを一周しました。正面まで戻ってきて立ち止まりウッシッシと笑うと、またチャーリーの周りを一周してウッシッシ笑いをし、またチャーリーの周りを一周と見せかけて真後ろで立ち止まり、右足(後肢)で飼い主の少年のおケツを思い切り蹴り上げました。
 痛たたった!何をするんだスヌーピー、そんなに蹴飛ばすなんてないじゃないか、とチャーリー・ブラウンはだらしなく前に倒れたまま、失意というよりは諦めの調子で呟きました。スヌーピーは相変わらず腕組みしながらせせら笑っているようにも見えますが、その本心はチャーリーからは理解し難いことで、飼い犬に手を噛まれるというのはこういうものか、とチャーリーは痛切な思いで考えていました。
 スヌーピーは相変わらずにやにやしていましたが、先ほどからの様子を見るとまたいつ攻撃に転じてくるかもわからず、ひょっとしたらやはり佯狂なのかもしれないぞ、と思いながら、ならばなぜスヌーピーはそんな芝居じみたことを仕掛けてくるのだろうか、とチャーリーの困惑は深まるばかりでした。
 思い当たるとしたら、とチャーリーは無防備のまま、のろのろと立ち上がりながら考えました。この犬はずっとぼくたちの間で甘やかされてきた。ぼくらは彼をペット視し、次にアイドル視し、ついには英雄視すらするようになった。それはぼくたち人気商売の宿命で(とチャーリーは苦々しく思いました)、最初彼は単にぼくのペットであるに過ぎなかった。だが次第に彼は存在感を増し、それはぼくらパインクレスト校の小学生たちを圧するほどで、今ではぼくたちは彼ぬきにはぼくらの集団の存続を維持できないほどになっている。それはひとつの約束ごとだが、破られない保証のある約束はない。信頼だけは他人に強制できない。誰もが望むものを手に入れられるとは限らない。
 それにまた、とチャーリーは坊主頭に冷たい風を感じながら、ぼくらの間には最初から対等という概念は存在しなかった。あったのは主従関係だけだった。主従関係はバランスを崩すことはあっても、決して対等な立場に変化はしない。どちらかが主、また従であるだけだ。
 そして今こいつはそれを主張しようとしている、とチャーリーはかつての愛犬と向かい合いながら思いました。そんな勝負はチャーリーはまったく望んでいませんでした。