人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

新・NAGISAの国のアリス(7)

 昔アリスという女の子がお姉さんのロリーナ、妹のエディスと川辺にピクニックに来ていると、とドジソン先生は語り始めました、川の向こうに大きな樹がそびえ、その緑陰で3人のお婆さんがさっきからずっとひそひそ話をしているのに気づきました。
 アリスは気になってロリーナとエディスにも知らせようとしましたが、姉も妹もドジソン先生にきびしく命令されているので気づきません。どんな命令ですか?とロリーナ。もちろん何もしないでアリスのキャラを立てろ、という命令です。
 ブーイングするエディス。
 仕方なくアリスは自分ひとりで探りをいれに行こうと考えました。でもこの川は穏やかな小川に見えて、実はけっこう深いのです。アリスはとりあえず木の棒を野原から拾ってくると、これで水深を測りながら渡って行けるかな、と思いました。アリスが裸足になったつま先を伸ばした、その時です。
 バカだなあ、そんなことで渡れるわけないじゃないか、という声にアリスが振り向くと、ジャージの上下を着たウサギが立っていました。左手首にはピカピカ光って不似合いな高級腕時計をつけています。
 あ、今お前、時計が不似合いだと思っただろ?とウサギ。確かにこのロレックスは2,500万円するからな。おれだっていつもは夜会服が普段着だが、今日はたまたまそうしてもいられない事情があるのだ。
 どういう事情?とアリス。
 教えなーい、とウサギ。ところでウサギさん……。イナバって呼べ、とウサギ。イナバさん、とアリス、この川を渡るには、いったいどうしたらいいかしら。
 それをあんたに教えて、おれさまに何か得があるのか?アリスは当惑して黙り込みました。メルヘンの世界ではたかが相談は損得抜きだと思っていたからです。
 ただし得がないでもないな、とイナバさんは言いました。お前ちょっと、足を水につけてみろ。アリスは言われた通りにしました。するとたちまち上流下流対岸から、水面がワニだらけになりました。きゃあ、とアリスはあわてて川から飛び退きました。
 なかなかいいぞ、とウサギ。今の要領で川の水面がワニだらけになったら、すかさずワニの背中を飛び移って向こう岸に渡るんだ。ちょうどおれも渡る用があった。それじゃもう一度頼むよ。もう一度?
 それが私に何の得があるかしら、とアリスはイナバさんを川に突き落とすと、時計だけは惜しかったかも、と思いながら押し寄せるワニの背中を跳び渡りました。