人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

2017年映画日記5月11日~5月13日/ フリッツ・ラング(1890-1976)のサイレント時代(5)

 さて、フリッツ・ラングのサイレント時代の監督作品も今回で(現存作品は)全作品を観直したことになります。ラングのサイレント作品の中で突出した人気を誇る『メトロポリス』も含まれています。本文で触れますが、現在決定ヴァージョンとされている『メトロポリス』は21世紀になってからレストア修復されたもので、つい15年前までは60年以上もの間ズタズタの不完全版でしか観られかったのです。それでも伝説的な人気作品だったのですから、映画というメディアのうさんくささと映画に潔癖症的に純正なヴァージョンを求めることの根拠のなさがわかります。ひと口にフリッツ・ラングの映画と言ってもそれは純粋に一人の作者の作品ではなく、提供されるごとに変化するのです。むしろ観客(視聴者)一人ひとりに異なる体験として訪れるからこそ映画の水物的面白さがあると言ってもいいでしょう。ではサイレント時代のフリッツ・ラング作品の最終回、楽しんでお届けいたします。

●5月11日(木)
メトロポリス』Metropolis (独ウーファ'27/Re.2002)*124mins, B/W, Silent with Music : https://youtu.be/HNsDTS4hmzY (Re.2010/150min Version)

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・ドイツ本国でのプレミア公開時は3時間半あまりの大作だったという。一般公開では2時間半に再編集され、さらにアメリカ公開版が2時間弱に再編集されてドイツ公開版より好成績を上げたためドイツでも2時間以下の再編集版に差し替えられて、1980年代のビデオ・ソフトでは90分まで短縮されたヴァージョンが使われていた。2002年に現存する最良のプリントと欠落部分の字幕説明を加えた画期的な最長レストア版が発売、映画誌の年間最優秀レストア賞に輝く。2008年にポルトガルで発見された民生用16mmプリントには2002年版には欠けていたシーンがあったので2010年にさらに長い150分の再レストア版が製作されたが元々の追加プリント部分の画質があまりに悪くマニア向けの評価にとどまる。追加部分は脇役のスパイや回想シーンなどで2002年版では字幕で補われており、今回観直したのは124分の2002年レストア版です。さて舞台は近未来、金ピカの摩天楼が林立しハイウェイとヘリコプターが地面と空中をめぐる大都市メトロポリスで支配者フレーダーセン(アルフレート・アーベル)の御曹司フレーダー(グスタフ・フレーリッヒ)は今日も遊園地でガールフレンドたちといちゃついているといきなりエレベーターが開き、幼い子供たちを大勢連れた若い美人の保母さんが「みんなお友達よ(英訳では「Brothers !」)」と微笑みかけてきた。一目惚れしたバカ息子フレーダーは出入りを禁じられたエレベーターの地下に降りていき、無数の労働者の機械的な労働の様子を初めて知ってショックを受ける。地上には資本主義社会の富裕層、地下には労働者というのがメトロポリスの構造だったのだ。フレーダーは夜に開かれる労働者の集会に潜り込み、さっきの保母さんマリア(ブリギッテ・ヘルム)がバベルの塔の伝説を例に「頭脳と働く腕の間には仲立ちとなるもの、つまり心が必要です」と授業するのを聞いて直接マリアに会いに行く。マリアは地上の遊園地でフレーダーが地上世界のボンボンだと知っているので「僕が心になれるかな」「あなたならなれるわ」と簡単に意気投合する。バカ息子にスパイ(124分版では字幕で入り、150分版ではちょっと出てくる)をつけている父フレーダーセンには事情は筒抜け、ヒトラースターリンの手口を知っている現代人なら息子を通じてマリアにつけ込み労働者支配を強化できる絶好の機会だと思うが時代はまだ1927年、労働者マリアに息子が洗脳されては一大事と科学者ロートヴァング(ルドルフ・クラウス=ロッゲ)が開発した人間型ロボットをマリアにすり替えて労働者を煽動し団結運動を壊滅させようと図る。科学者役がマブゼ博士のクラウス=ロッゲなのもこの手の映画に欠かせない復讐心に燃えたマッド・サイエンティストだからで、昔フレーダーセンと女を取り合ってフレーダーの夭逝した母がマリア似のその女性だった、と124分版では字幕で入る(150分版ではちょっと出てくる)。つまりフレーダーの恋もマザコン混じりだったわけだが、ロートヴァングはさっそくマリアを誘拐する。地下街でサーチライトにマリアが追い詰められるストーカー・シーンが悪趣味丸出しに延々長い。ロボットをマリアのレプリカにするには、昏睡させたマリアの全身各所に電極をつけてロボットにつなぐ。するとロボットの表面がそのままマリアの生き写しになる、という仕組みで電極を着けられ悶える実験台上のマリアがエロい。フレーダーセンの司令を受けた偽マリアはすぐさま地下世界の労働者バーで半脱ぎ姿で卑猥なダンスを踊りまくる。沸き立つ労働者たちはますます興奮して、仕事が何だ、中枢機械をぶっこわせというマリアの煽動にあっけなく乗って地下世界のメイン・エンジンの破壊に殺到する。エキストラの数がすごいとともにこの映画の労働者とはあまりにも低脳下品に描かれているのにはあきれる。偽マリアの正体を見抜いた(こういう時だけ突然賢い)フレーダーはマリアの行方を突き止めて連れ返って来たが、メトロポリス地下はメイン・エンジンが破壊されて大洪水が起きていた。フレーダーの協力で子供たちを救出して回るマリア。一方労働者たちは激昂して偽マリアを柱に縛って火あぶりにすると、表面が焼け落ちて金色のロボットの姿に戻って愕然とする労働者たち。マリアとフレーダーが子供たちを助けて連れて来たので一安心と思いきやロートヴァングがマリアをさらって尖塔に登る(『ノートルダムのせむし男』1923のパクりで『キング・コング』1933の先例)。追うフレーダー。駆けつけて息子の身を案じるフレーダーセン。結局ロートヴァングは転落死し、マリアが見守る中で隊列を組んだ労働者の代表とフレーダーセンをフレーダーが握手させて「頭脳と働く手を結ぶのは心です」とくり返されて終わる。右翼からは左翼的、左翼からは迎合的と批判されたがアメリカ公開版はラストシーンをロートヴァングの転落死で切っていたのでかえって資本家と労働者の歩み寄りの実現をカットしたヴァージョンになっていたらしい。本作はレストア版の日本盤DVD/Blu-rayが定価5000円~6000円、パブリック・ドメイン版が500円の廉価盤DVDで買えるマニアからライトユーザーまでポピュラーな作品でSF映画の古典だが『メトロポリス』にしかない魅力は絶大にせよ作品としては図式的すぎて『死滅の谷』『ドクトル・マブゼ』『ニーベルンゲン』にはかなわない。しかしロボットのマリア(本当に女優ヘルムが全裸にスーツを着用した)のイメージだけで作品の人気は半永久的なものだろうと感心する。

●5月12日(金)
『スピオーネ』Spione (独フリッツ・ラング・フィルム/ウーファ'28/Re.2004)*150mins, B/W, Silent with Music : https://youtu.be/izkyf5TLVdg

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・スピオーネとはドイツ語のスパイの複数形で本作は表の顔は大銀行頭取、裏社会では秘密犯罪スパイ組織の首領ハギ(クラウス=ロッゲ)を主人公にハギの悪行三昧とハギを追い詰めるイギリス警察の敏腕スパイ326号との闘いを描いた『ドクトル・マブゼ』の焼き直しのような作品だが、よりスピーディーにスマートなスタイルで上乗な仕上がりになっており、『マブゼ』よりこちらを取るという評者も少なくない。大銀行頭取で下半身不随の車椅子のハギは金と女にえげつないマブゼ博士とは目的が違って貴族脅迫や国家機密の横流しで積極的に秩序紊乱を重ねており、ついでに警察の二重スパイとして見世物小屋で道化師もやっている。国家機密を盗む手口は例によって女スパイによる色仕掛けだが、バルカン半島の大佐は女と金で落として自殺に追い込み、お堅い日本人外交官マツモトには道端で虐待されている可憐な少女スパイ・キティ(もちろん猿芝居)に哀れをかけさせ家に入れさせてまんまと日ソ条約の機密文書を盗ませる。1時間41分目からの5分間がマツモトの切腹シーンで『ハラキリ』では一瞬で済ませたが今回はスプラッタにはならないとはいえじっくり作法を描いている。その頃イギリス警察の敏腕スパイ326号はハギの正体を突き止めつつあったがハギが色仕掛けで放ったロシア系女スパイ・ソニアは326号に恋してしまい役に立たない。そこで326号の搭乗した汽車を転覆させて暗殺を図り、ソニアが事故現場に駆けつけると326号は腕だけ出して瓦礫の中に埋まっていた。ハギの手下が裏切り者ソニアを捕縛しようとすると手下の足首をつかんで瓦礫を押しのけて出てくる326号(笑)。乱闘はあっという間に終わり警官隊が道化師の舞台を勤める見世物小屋に駆けつける。最初は下半身不随らしい座芸ばかりを披露していた道化師はヤケクソで立ち上がって踊り出し、観客に紛れた警官隊が見守る前で短銃で頭を打ち抜いて果てる。サイレント時代のラング作品の例に漏れず本作も冒頭いきなり銃撃、夜の街、疾走するバイク、電波塔の瞬きと何が何だかわからないがとにかくいきなり犯罪映画なのだけははっきりしたインパクト勝負のアヴァンで迫る。さすがに埋もれた326号が簡単に瓦礫の中から出てきたのには失笑するが『マブゼ』のような超能力は出てこない。荒唐無稽スパイ・アクションの始祖的作品で高く買う人の気持もわかるが、やはり先に『マブゼ』があると分が悪い観は否めない。

●5月13日(土)
『月世界の女』Frau im Mond (独フリッツ・ラング・フィルム/ウーファ'29/Re.2006)*169mins, B/W, Silent with Music : https://youtu.be/aHcazI9PgNg

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・『メトロポリス』は製作費をかけすぎてヒットしても黒字にならなかったので『スピオーネ』と本作はフリッツ・ラング・プロダクションとウーファ社の合同製作作品になった。半分はラング側が製作費を出したので『スピオーネ』と本作が明快なエンタテインメント作品で、犯罪映画とSF映画なのもヒット狙いだろうがその分練れた作品になっている。長いのは欠点だが見せ場が盛り沢山なので、特に本作はロケット発射シーンだけで10分以上かけているが、有人ロケットの科学的考証込みの発射シーンは映画史上初めてだったので(カウントダウンも本作が映画史上初らしい)見世物映画の本道ではある。本作はタイトルだけだと月に行ったら女の宇宙人がいた、みたいな話か竹取物語みたいなファンタジーかと思いきや意外とまともな科学SF作品で、映画は老博士のボロ屋に主人公の飛行士が訪ねてくる所から始まる。回想シーンで老博士は1898年に月の形成と状態・条件から大規模な金鉱がある可能性を学会発表して学会追放の目にあったのが語られる。飛行士は友人の技師とロケット開発を進めており科学者に協力を頼んで帰宅するとアメリカ人実業家が手下に月世界往復計画の書類を盗ませていて、裏社会の実業家5人組がパトロンにつく代わりに金鉱の利権を渡すよう脅迫される。技師は結婚したばかり(相手は飛行士の学友の女性天文学者)で難色を示すが実業家は飛行士の住むビルディングの街路前で爆弾を爆破、ロケット計画を実行しないと市街各地を無差別爆破すると脅してくる。技師の妻も夫と学友に同行すると志願して飛行士、技師、技師の妻、老博士、実業家の5人で月ロケットに乗り込む。長いロケット発射シーン。重力圏を突破して惰性推進に切り替わりようやくロケット内を移動できるようになると中学生の少年が密航しているのが判明する。食料や酸素も少年くらいなら問題ないかとそのまま月面に着くが、老博士が先に宇宙服で船外を確かめると地球と同じ程度の大気があるのがわかる。博士は金鉱を発見するが追跡してきた実業家と揉み合って断崖に転落死する。金塊をロケットに持ち帰る実業家と入れ違いに飛行士と少年は博士の落下跡を確認するが、ロケットでは技師夫妻を船外に縛りつけて実業家が自分だけ金塊を地球に持ち帰ろうとしていた。間一髪で戻った飛行士と実業家はピストルの撃ち合いになり実業家は死亡するが、流れ弾が酸素貯蔵庫を破損させて帰還には大人一人分の酸素が不足すると判明、女子供は優先するとして飛行士か技師のどちらかが残ることになる。くじ引きすると技師が負ける。夫人は私も残ると言い出すが技師はそれなら自分が帰りたいと言う。飛行士は技師と月面に小屋を作るとロケット内で技師夫妻に睡眠薬を混ぜたコーヒーを飲ませ、少年に発進方法を教えて後は技師が起きたら委せるようにと手紙を書き置きしロケットの発射を見送る。肩を落として小屋に向かうと夫に愛想をつかした技師夫人が発射前にロケットから出て飛行士を待っていた。これがタイトルの由来かと落とした所で映画は終わる。本作がフリッツ・ラングの最後のサイレント映画で次作『M』1931からはトーキー作品になる。陰惨極まりない少女無差別連続殺害犯をめぐるマス・ヒステリーをシニカルかつ冷酷に描いた社会派リアリズム犯罪映画の大傑作『M』の前作がこれでは作風の違いに愕然とするが、『メトロポリス』で手をつけたSF路線にもう一作浮かんだアイディアをやりきっておきたかった作品だったのだろうと思わせる。映画の中とはいえ有人ロケットを月面着陸までさせたのだからサイレント映画としてはやるだけやった。2時間49分はさすがに長くて盛り込みすぎだが、音声つき映画のリアリティの次元では当時ここまで大胆には描けなかったのだし、次作はもう主流になりつつあったトーキーしかないとなると華のある作品で一段落したかったのではないか。
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