今回のハワード・ホークス作品はマリリン・モンロー(1926-1962)の出演作品2作です。マリリンがハリウッドのメジャー作品に出演するようになったのはマルクス兄弟映画の最終作『ラヴ・ハッピー』'49で、グルーチョ演じるいんちき弁護士の依頼人の一人の端役のワンポイント出演でした。翌'50年のヒューストン『アスファルト・ジャングル』では悪党の情婦役、マンキウィッツの『イヴの総て』では駆け出し女優役でいずれもワンシーン出演ですが、どちらも傑作でマリリンの出演場面も効果的で、翌'51年は特筆すべき作品はありませんが'52年にはフリッツ・ラング『熱い夜の疼き』で主要キャスト4人の中の一人、エドマンド・グールディングの『結婚協奏曲』の6組の夫婦の中の一人、オムニバス映画『人生模様』第1話「警官と賛美歌」のヒロイン、ホークスの『モンキー・ビジネス』の社長秘書役で映画のお色気担当、初の主演作品『ノックは無用』(ロイ・W・ベイカー)で『人生模様』では第2話に出演していたリチャード・ウィドマークとともに初主演し、翌'53年はヘンリー・ハサウェイの『ナイアガラ』では『人生模様』第3話に出演していたジーン・ピータースとWヒロインで初のモンロー・ウォークを披露、ホークスの『紳士は金髪がお好き』ではブルネットのグラマー女優ジェーン・ラッセルとグラマー共演、ジーン・ネグレスコの『百万長者と結婚する方法』にローレン・バコール、ベティ・グレイブルに次ぐ3番目ながら役柄上では同等のヒロインと、'52年~'53年の間で人気を高めます。『ナイアガラ』のヒットにより『紳士は金髪がお好き』さらに『百万長者と結婚する方法』が製作されたのですが、『紳士~』は元々ラッセルとベティ・グレイブルを起用する予定の企画が『ナイアガラ』でモンロー人気が高まったのと、グレイブルの出演料が1作15万ドルだったのに対し当時マリリンの出演料は1作1万5千ドルだったのでお鉢が回ってきた、ということだそうです。ホークスがマリリンを使ったのも助演の年('52年)と複数ヒロイン競演の年('53年)で、'54年の『帰らざる河』『ショウほど素敵な商売はない』以降の一枚看板の張れるマリリンではありませんが、助演格ならではの気楽なお色気係と先輩女優に胸を借りて華の部分を引き受けた楽しいマリリンが観られます。本人の実力で勝ち取ったキャリアとはいえ、端役から助演、競演、スター女優と着実にステップアップしていった'50年代前半のマリリンはさすが伝説的女優になっただけあり、10年後には急逝してしまうのですから広く取れば主役級の女優になった頃にはすでに晩年が始まっていたと思うと、つくづく不思議な生涯を送った人とため息が出るのです。
●10月22日(日)
『モンキー・ビジネス』Monkey Business (フォックス'52)*97mins, B/W; 日本劇場未公開(テレビ放映・映像ソフト化)
(キネマ旬報「映画作品紹介」より)
ジャンル コメディ
配給 20世紀 フォックス ホーム エンターテイメント ジャパン
[ 解説 ] M.モンローの代表作をDVD化。研究所のチンパンジーが偶然若返りの薬を発明、科学者(ケイリー・グラント)とその妻(ジンジャー・ロジャース)が誤って飲んでしまい…。モンローのキュートなコメディエンヌぶりが楽しい。監督は『紳士は金髪がお好き』のH・ホークス。【スタッフ&キャスト】監督 : ハワード・ホークス 製作 : ソル・C・シーゲル 原作:ハリー・セガール 脚本 : ベン・ヘクト 出演 : ケイリー・グラント/ジンジャー・ロジャース/マリリン・モンロー/ヒュー・マーロウ
(ウィキペディア日本語版より)
バーナビー・フルトン博士(ケーリー・グラント)は、ある化学薬品会社で若返りの薬を研究している化学者。ある日、実験用の猿が檻から抜け出し、好き勝手に調合した薬を飲料水のタンクに入れてしまう。そうとは知らないフルトン博士は、自分で調合した薬を試しに飲んでみるが、あまりの苦さにそのタンクの水を飲んでしまう。すると急に10代の若者のような言動を取るようになったことから、フルトン博士とオクスレイ社長(チャールズ・コバーン)は、水を飲む前に口にした薬に若返りの効果があると勘違いする。薬の効果が切れて元に戻ったフルトン博士が追実験を行なおうとすると、そこに同席していた妻エドウィナ(ジンジャー・ロジャース)が自分が実験台になったほうが良いと提案。実際に薬を飲んでみるが、あまりの苦さにやはりタンクの水を飲んでしまう。するとエドウィナも、フルトン博士の場合と同様、10代の少女のような言動を取り始める。しかし、エドウィナのあまりに突飛な言動にフルトン博士は振り回され、散々な目に遭ってしまう。
原題通りの『モンキー・ビジネス』とはマルクス兄弟の同名映画が邦題『いんちき商売』'31なのでもニュアンスがわかるでしょう。ものすごくよく効く回春剤、若返りの薬の発明をめぐるコメディで、ホークス自身が「突飛すぎて受けなかった」と懐述する作品です。1952年のホークスは先住民族との交易を描いた西部劇の佳作『果てしなき蒼空』に続き『人生模様』第4話、さらに本作と勢いに乗って『~蒼空』以外の2作は滑り気味になってしまったようです。ジンジャー・ロジャースはアステアとのコンビ解消後12年を経ていますが踊らない役でも身のこなしのしなやかさは大したもので、本作でもアドリブ半分の芸(夫役のグラントが素面で背を向けて実験台を調べているうちに、薬が効いてきたロジャースが水の入ったコップを額に載せリンボー・ダンスを行うのがカット割りなしの長回しで撮られる、など)が観られます。「笑いとは抑圧を跳ねのけた時に生まれる、というのが『モンキー・ビジネス』のテーマで、それはあの映画では回春剤による若返り現象で描いたし、よくできた話なのだが観客にはやりすぎに見えたようだ。つまり『僕は戦争花嫁』や『赤ちゃん教育』のようには楽しめない。やりすぎで、風変わりすぎて、滑稽すぎたわけだ」('56年2月、「カイエ・デュ・シネマ」誌インタビュー、カイエ誌編『作家主義』収録・訳文一部省略)とホークスにしては珍しく誤算を認める発言をしており(開き直っているとも取れますが)、マリリンは製薬会社社長オクスレイ(Oxley、オクスリーとも読めますが「お薬」の駄洒落ではなく、日本語の名字なら「牛田」か。70代の名優チャールズ・コバーンが真面目に馬鹿馬鹿しいコメディ出演しているのが素晴らしい)の秘書嬢役で、経営会議の席にマリリンが所用でやってきて去ると重役たちが全員黙ってマリリンのヒップのラインを凝視する無言のギャグが典型的なように、ヒロインは化学者グラントの夫人役のロジャースですが本作のお色気担当はマリリンで、回春剤で若返った(精神年齢まで退行する!)グラントが仕事をさぼって連れまわす相手役という映画のおふざけ部分担当でもあります。このチンパンジーがいつの間にか作った超回春剤は半日猛烈に効くとスタミナ切れで眠くなって、眠って起きると戻っているのですが、たまたま会社の隣の敷地から赤ん坊がハイハイしてきて眠りから覚めたロジャースに若返りすぎたグラントと間違えられるくだりは『僕は戦争花嫁』同様戦後のホークスのコメディの古びたギャグの使い方が残念ですが赤ん坊は名演で、そもそもグラントの薬の調合を檻の中から見ていたチンパンジーが鍵のかかっていない間に数本の試験管から薬を調合するシーンは斜め横からの長回しと正面からの2カットだけで撮影されており、調教にもOKテイクまでにも手間がかかったでしょうが驚嘆するしかないチンパンジーの名演が観られ、それを言えばクレジット・タイトルの最中にグラントが何度も登場しようとしてその都度中断するオープニングからしてとにかく本作はプロットの進行上必要とはいえ無駄に凝ったシーンばかりで出来上がった映画でもあって、『特急二十世紀』'34から始まるホークスのスクリューボール・コメディ路線も相当息切れしてきたというか、本作が珍しく未公開のホークス作品になったのも試写で観て「つまらない。受けない」という日本の配給会社判断でしょう。マリリンのブレイク後にモンロー出演作で売るには出演場面は全編の1/4程度ですし(映像ソフトではマリリン出演が売りになっていますが)。グラントはこの頃俳優引退を考えていたそうで、『赤ちゃん教育』や『ヒズ・ガール・フライデー』の切れの良い演技は『僕は戦争花嫁』から『モンキー・ビジネス』ではさらに見劣りするものになっていて、グラント本人の調子もあるでしょうが戦前のスクリューボール作品が毎回ホークスの全力を出していたのに較べて『~戦争花嫁』や本作ではホークスにはコメディは本格的な力作の合間の軽い作品という意識に変わっていたことに原因があるように思えます。翌'53年のマリリンの3作の出世作でも製作順にハサウェイの『ナイアガラ』、ホークスの『紳士は金髪がお好き』、ネグレスコ『百万長者と結婚する方法』ではホークス作品はあえて監督自身が軽く流した小品のように見えるのです。
●10月23日(月)
『紳士は金髪がお好き』Gentlemen Prefer Blondes (フォックス'53)*91min, Technicolor; 日本公開昭和28年(1953年)8月
(キネマ旬報「近着外国映画紹介」より)
ジャンル ミュージカル / コメディ
製作会社 20世紀フォックス映画
配給 20世紀フォックス極東
[ 解説 ] 「栄光何するものぞ」のソル・C・シーゲルが製作したテクニカラーのミュージカル・コメディ、1953年作品。1928年に映画化されたアニタ・ルーズの原作小説より、ルーズとジョセフ・フィールズが舞台用に書いた台本を「死の接吻」のチャールズ・レデラーが脚色し、「果てしなき蒼空」のハワード・ホークスが監督した。撮影は「腰抜け 二挺拳銃の息子」のハリー・J・ワイルド、音楽監督は「ナイアガラ」のライオネル・ニューマンの担当。主演は「人生模様」のマリリン・モンローと「ならず者」のジェーン・ラッセルで、チャールズ・コバーン「パラダイン夫人の恋」、エリオット・リード、トミー・ヌーナン、ジョージ・ウィンスロウ、マルセル・ダリオらが助演する。
[ あらすじ ] ローレライ(マリリン・モンロー)とドロシイ(ジェーン・ラッセル)はニューヨークのナイトクラブに出ている仲の良い芸人同士だった。ローレライはなかなかのチャッカリ娘で、金持ち息子ガス(トミー・ヌーナン)の心をとらえ、パリへ渡って結婚することになったが、出発間際ガスの父(テイラー・ホームズ)が病気でとりやめになった。余った切符でドロシイがローレライと一緒にパリへ行くことになった。船にはローレライの素行を調べるためガスの父が私立探偵のアーニイ(エリオット・リード)を乗り込ませた。ローレライは船客名簿からヘンリイ・スポウォード三世(ジョージ・ウィンスロウ)という金持ちらしい名前を選び、会ってみると6歳の少年だった。次いで彼女はダイヤモンド鉱山主フランシス・ビークマン卿(チャールズ・コバーン)を狙った。彼の夫人(ノーマ・ヴァーデン)が持っているダイヤの髪飾りが欲しかったのだ。その間、アーニイはドロシイに言い寄った。ある日、ビークマン卿とローレライが会っている現場をアーニイがこっそり撮影した。それを見つけたドロシイは、ローレライと協力してフィルムを奪い、ビークマン卿の目の前で焼き捨てた。これを喜んだ卿は、ローレライに夫人の髪飾りを秘かに贈った。パリに着いて髪飾りがなくなったことに気づいた卿夫人は、ローレライに嫌疑をかけた。ローレライとドロシイはある料理店に出演したが、そこへ突然、ニューヨークからガスがやって来て、髪飾りの一件でローレライを責めた。ローレライは髪飾りを返そうと思ったが、いつの間にか紛失していた。ドロシイは自ら髪飾り紛失の罪を着て、ローレライになりすまし、法廷に立ってあれこれ急場を切り抜けた。そのうち、ビークマン卿が髪飾りを取り返していたことが分かり、ドロシイは無事釈放。ドロシイをローレライだと思い込んだガスの父親は結婚はまかりならぬといきり立ったが、本物のローレライを見てたちまち気に入ってしまった。こうしてローレライとガス、ドロシイとアーニイの2組がめでたく結ばれた。
ミュージカル・シーンのマリリンの歌い踊る「ダイアモンドは女の親友 (Diamonds Are a Girl's Best Friend)」1曲のシークエンスで本作は不滅の名作ですが、逆に言えば同曲抜きには『モンキー・ビジネス』に続くチャールズ・コバーンと、一見合わなそうで楽屋裏でも親しかったというジェーン・ラッセル(ラッセルの彼氏役になったエリオット・リードの魅力のなさが残念)との息のあった掛け合い以外はマリリンの存在感がすべてのような映画です。前出のカイエ・デュ・シネマ誌のロング・インタビュー(聞き手=ジャック・ベッケル、エリック・ロメール、ジャック・リヴェット)では『モンキー・ビジネス』に続いて本作についての質問がなされます。『作家主義』'72(翻訳・'85年リブロポート刊・奥村昭夫訳)からその箇所を引用して感想文に代えさせていただきます。「ああ、あれは……ちょっとした冗談のようなものだ。ほかの映画ではふつう、町にくり出すのは男たちだ。男たちがかわいい娘たちを見つけて気晴らしをするというわけだ。ところがわれわれは、その逆のことを想像した。二人の娘に町にくり出させ、男たちと気晴らしをさせようというわけだ。あれは完全に現代的な物語で、ぼくはあの物語が大いに気に入っている。あれはじつにおかしな物語だ。それに、ジェーン・ラッセルとマリリン・モンローという二人の娘の息がじつによく合っていて、ぼくはどういう場面をつくればいいかわからなくなると、そのたびに、二人にあちこちをただ歩かせたものだ。そして人々はそれに見とれていた。あの二人のかわいい娘が歩くのを、少しもあきずに見つめていた。ぼくは彼女たちがのぼったり降りたりできる階段をつくらせたんだが、彼女たちがじつにすらりとした体つきをしていて……人々はああしたたぐいの映画を見た夜は、どんな心配事もかかえずに気持よく眠ることができる。それに、ああしたミュージカルの場面やダンスや、そのほかのすべてのものを撮るのには、五、六週もあれば十分なんだ」。これがロング・インタビュー中『紳士は金髪がお好き』について語った全文です。助平親父が若い娘を舐めまわすような楽しみで撮った映画、それで十分ではありませんか。マリリンの'53年度作品では『ナイアガラ』と『百万長者と結婚する方法』の方が工夫を凝らした映画ですが、マリリンはブレイク後には『紳士は~』のように一筆描きのような小品の出演はなくなります。ラッセルとマリリンの会話「なんで金持ちの男じゃなきゃ駄目なの?」「貧乏じゃ恋もできないじゃない」、ラストで富豪の恋人のパパとの会話「君はお金と結婚したいのかね」「不細工な女と美人ならどっちが息子さんのお嫁さんに欲しいの?」そういう内容を凝縮した珠玉の現実主義的ミュージカル曲、全米映画協会(AFI)の2007年度選出「映画史上の楽曲ベスト100」で「映画史上の12大映画楽曲」にランク・インした「ダイアモンドは女の親友」をお楽しみください。また、本作は『ヒット・パレード』'48に続くホークス2作目のカラー作品で、本作以降のホークス作品はすべてテクニカラーになるのです。