人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

映画日記2019年3月10日~12日/フレッド・アステア(1899-1987)のミュージカル映画(4)

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 売り上げだけが映画の価値を決めることにはならないのは当然ですが、ダンサー兼歌手というタレント性から映画俳優になったフレッド・アステアの場合、芸能人としての性格の強さからどうしても人気の推移が直接映画の興行収入に反映するのはいたしかたありません。またタレント映画が成功すると観客の期待値が上がるため次作ではさらに製作費を上げて贅沢な作品を作る必要に迫られることもあり、それが比例して興行収入の伸びにつながれば良いのですが、興行収入が横ばいまたは低下すると製作費が高騰した分だけ収益率は低下してしまいます。そこで前回までの9作のアステア出演映画の製作費・興行収入を一覧にしてみました。
カメオ出演作(ジョーン・クロフォード、クラーク・ゲイブル主演)『ダンシング・レディ』(MGM'33.Nov.24)*製作費92万ドル・興行収入240万ドル
○準主演作(ドロレス・デル・リオ、ジーン・レイモンド主演)『空中レヴュー時代』(RKO'33.Dec.29)*製作費46万ドル・興行収入155万ドル
○主演第1作『コンチネンタル』(RKO'34.Oct.12)*製作費52万ドル・興行収入180万ドル
○主演第2作『ロバータ』(RKO'35.Mar.8)*製作費61万ドル・興行収入233万ドル
○主演第3作『トップ・ハット』(RKO'35Aug.29)*製作費60万ドル・興行収入320万ドル
○主演第4作『艦隊を追って』(RKO'36.Feb.20)*製作費74万ドル、興行収入280万ドル
○主演第5作『有頂天時代』(RKO'36.Aug.27)*製作費89万ドル・興行収入260万ドル
○主演第6作『踊らん哉』(RKO'37.May.7)*製作費99万・興行収入216万ドル
○主演第7作『踊る騎士(ナイト)』(RKO'37.Nov.19)*製作費103万ドル・興行収入146万ドル
 ――と、『トップ・ハット』を頂点に『艦隊を追って』『有頂天時代』と徐々に低下し、『踊らん哉』では『ロバータ』以前、100万ドル近い製作費に対する興行収入からの純益率(さらに広告・興行費が1作40万~60万ドルかかります)は初主演作『コンチネンタル』ばかりか準主演作『空中レヴュー時代』より低下してしまったことになります。『空中レヴュー時代』から7作続いたジンジャー・ロジャースとのコンビは一旦解消し、新人女優ジョーン・フォンテインをヒロインにした『踊る騎士』はロマンティック・コメディの好作でしたが、これも人気の挽回にはつながりませんでした。今回ご紹介するのはRKO映画社の要望で再びロジャースと組んだ主演第8作『気儘時代』と主演第9作『カッスル夫妻』、主演第10作『踊るニュウ・ヨーク』ですが、『気儘時代』と『カッスル夫妻』の2作もさらに贅を凝らした製作費で作られるも『踊らん哉』で低下したアステア&ロジャース・コンビの人気回復にはいたらず、RKO映画社との専属契約から離れたアステアはMGM社での『踊るニュウ・ヨーク』以降はフリーとなってパラマウント映画社、コロンビア映画社、MGM社、古巣RKO映画社と企画ごとに会社を変え、50歳を越えて一時引退を考えるも後輩のミュージカル・スター、ジーン・ケリーの負傷から代役主演を勤めた作品の大ヒットからMGM社に専属契約して第一線に返り咲くことになります。今回ご紹介する3作も製作費・興行収入を上げておきましょう。
○主演第8作『気儘時代』(RKO'38.Sep.2)*製作費125万ドル・興行収入173万ドル
○主演第9作『カッスル夫妻』(RKO'39.Apr.28)*製作費120万ドル・興行収入182万ドル
○主演第10作『踊るニュウ・ヨーク』(MGM'40.Feb.9)*製作費・興行収入未公表
 なお今回も作品紹介はDVDケース裏の紹介文を先に掲げ、適宜日本公開時のキネマ旬報の新作紹介を引くことにしました。

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●3月10日(日)
『気儘時代』Carefree (RKO'38)*83min, B/W : アメリカ公開1938年9月2日、日本公開昭和14年9月
監督 : マーク・サンドリッチ/共演 : ジンジャー・ロジャーズ
精神科医のトニーは、恋人アマンダのことで悩む友人スティーブを助けるため、アマンダに催眠術をかけるが……。二人のダンスの見事さはもちろんのこと、ジンジャー・ロジャーズのコミカルな演技が光る!

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 ジョージ・ガーシュインが全曲を書き下ろした『踊らん哉』と『踊る騎士』が当たらなかった(!)ので『トップ・ハット』と『艦隊を追って』を成功させたアーヴィング・バーリンが再び全曲を書き下ろした本作ですが、本作では「チェンジ・パートナーズ」がハイライト曲ではあるもののスタンダードの域にまで達する名曲は生まれませんでした。今回製作費は125万ドルと一般映画3~4本分にもおよび、しかもカラー映画に作られる予定が予算超過のためB/Wのままになったというのですから、削るべき予算を削ってアステア&ロジャース初のカラー映画にした方が興行的には良かったのではないかと思われます。また本作は名手ダドリー・ニコルズが脚本を書いており、ミュージカル映画・音楽映画として観るよりもスクリューボール・コメディ作品として充実した出来で、アステアはダンサー志望だった精神科医、ロジャースは情緒不安定で婚約者であるアステアの親友の弁護士(ラルフ・ベラミー)との結婚に踏み切れない良家出身のラジオ歌手、という役柄です。クライマックス近くのハイライト曲「チェンジ・パートナーズ」くらいしか曲が目立たない、ダンス・シーンもロジャースの夢の中でアステアとスローモーションで踊る、という具合に現実場面としてはまったく踊らないのではないですが、目立たない。この夢の中のダンスの終わりで初めてアステアとロジャースのキスが映されます。立て続けに観てきたばかりなので作品違いかもしれませんが、確か『トップ・ハット』でアステアとロジャースが戸口で顔を寄せると給仕がドアを開けて入ってきて二人はドアの陰に隠れ、給仕がドアを閉めて二人を見るとアステアの唇に口紅がべっとりついている、という暗示はありましたが、キス・シーンそのものが出てきたのはコンビ8作目の本作が初めてです。ニコルズの脚本もあって本作はハワード・ホークススクリューボール・コメディを思わせるもので、本作と同年にはキャサリン・ヘップバーンがいかれた富豪令嬢に扮する『赤ちゃん教育』'38がありますが、本作で精神分析中の麻酔薬で酩酊状態になったロジャースがげらげら笑いながら無茶苦茶をやらかすシークエンスはホークスがロジャースを起用したコメディ作品『モンキー・ビジネス』'52でやはり若返り薬で幼児退行状態に陥ったロジャースが狼藉の限りをつくす場面の先取りになっており、ロジャースとアステアの演技の向上は本作でようやく歌と踊りなしでも映画俳優でいける風格が出てきています。アステアに素で演れる芸人役でなく真面目ぶった精神科医役を演らせ、ロジャースもまた婚約者がいながらアステアに恋してしまった役を大人の女らしい色気(本作当時27歳)でシリアスとコミカルの入り混じったニュアンスで演じる。歌とダンスはハイライト・シーンではあるけれど、むしろ全編ではダンスと音楽の比重を減らしたのは、レギュラー・コンビのミュージカル映画では避けられないマナリスムをコメディ映画としての充実によって乗りこえようという意図だったでしょう。映画の出来ばえはその意図では十分に満たした仕上がりを示しています。本作も日本初公開時のキネマ旬報の紹介を引いておきます。
[ 解説 ]「踊らん哉」の次ぐフレッド・アステア、ジンジャーロジャース主演映画で、マリアン・エインスリーとガイ・エンドアの原案に基づいて「赤ちゃん教育」と同じくダドリー・ニコルズヘイガー・ワイルドが協力してストーリーを書き、「踊らん哉」と同じくアラン・スコットとアーネスト・パガノが脚本を共同執筆し、「踊らん哉」「艦隊を追って」のマーク・サンドリッチが監督し、「ステージ・ドア」「偽装の女」のロバート・デ・グラスが撮影した。音楽は「艦隊を追って」「世紀の楽園」のアーヴィング・バーリンが作詞作曲し、按舞は「トップ・ハット」以来のハーメス・パンの担当である。助演は「新婚道中記」「酔いどれリズム」のラルフ・ベラミー、舞台喜劇女優ルエラ・ギーア「処女読本(1938)」のジャック・カースン、「靴を脱いだ女」のフランクリン・バングボーン等である。
[ あらすじ ] 弁護士のスティーヴ(ラルフ・ベラミー)はラジオ歌手アマンダ(ジンジャー・ロジャース)と婚約中だったが、彼女は何度も気が変ってそれを破棄したりまた和解したりするので、彼は親友の精神病医トニー(フレッド・アステア)に相談してアマンダの精神分析をしてもらうことにした。ところガトニーは彼女が室外にいるのを知らず、どうせわがままな馬鹿娘だろうと云ったので、腹を立てた彼女は中々診察を受けようとしなかった。ようやくなだめられて受けた治療は、まず彼女の見た夢を報告することだ。以外にもアマンダはトニーと甘い恋を囁く夢をみて彼を愛していることに気付いたが、前のことで腹を立てているのででたらめな報告をする。トニーは彼女の病因は精神的抑圧のためと見て、それを解いて気ままに行動せよと暗示する催眠術をかけた。ところがその暗示からさめないうちに他人から起されたので、半ば催眠状態のまま町へでたアマンダは、ガラスを割ったり放送局で勝手な熱を吹いたり警官を嘲弄したりしたのでとうとう裁判に付せられることになる。彼女はトニーに向って愛を告白したが、彼は病気のためと思って信じなかった。後で自分も彼女を恋しているのを知ってそれをスティーヴに告白する。スティーヴは2人のために身を引くと云ったが彼女の公判が開かれてトニーが主治医として呼ばれると、スティーヴは彼を悪徳医者として攻撃したので、判事(クラレンス・コルブ)はトニーとアマンダの面会を一切禁止する。そのうちにスティーヴとアマンダの結婚式が近づいてきたが、アマンダの催眠状態はまだ完全に解けていない。しかし彼女に近づくことの許されないトニーはそれをどうすることも出来ないので、結婚式場に忍び込んでアマンダへかけた暗示を解こうとしたがスティーヴに発見される。怒ったスティーヴは彼を殴ろうとして誤ってアマンダを殴り付けた。卒倒した彼女は気がついた途端に暗示から醒めて本心に帰り、直ぐさまトニーと結婚した。
 ――あらすじで「怒ったスティーヴは彼を殴ろうとして誤ってアマンダを殴り付けた」は間違いではないのですが、ロジャースを殴ってしまってハッとしたベラミーはロジャースが覚醒して本心はアステアを愛していると知り、どっちつかずだった状況に決着がついて親友のアステアと元婚約者のロジャースを祝福するので、友情と恋愛のもつれの両方が同時に解決する爽やかな結末になっています。サンドリッチの演出も非常に滑らかかつ起伏に富んでいて、申し分ないスクリューボール・コメディの秀作になっている本作ですが、まずプロダクション・ナンバーに凝ったわけでもないのにこれまでで最大規模の製作費に高騰してしまったのかがわからない。本作の製作費は『トップ・ハット』の倍以上です。本作の興行収入173万ドルも『空中レヴュー時代』の製作費46万ドル、『コンチネンタル』の製作費52万ドル、『トップ・ハット』の製作費60万ドルなら御の字が出る特大まではいかずとも大ヒットですが、製作費125万ドルで広告・興行費40万~60万ドルの付随経費までかかっているとなると250万ドル以上の興行収入がなければ純益が出ないので、本格的なコメディ路線に挑んで作品の出来は成功、商業的には『踊る騎士』よりはロジャースとのコンビ復活で興行収入では持ち直したものの、ロジャースとの前作『踊らん哉』よりさらに低迷、しかも高額予算のため赤字の際にさしかかる成果になってしまいました。サンドリッチは急逝までアステア映画の監督を手がけますし、業界内での作品評価は高かったと思われます。またアステアもロジャースも本作の達成を経てこそ長い映画俳優キャリアを続けることができたと思われ、タレント映画でなく本格的な映画で主役を張れる演技力を確かめられる作品です。『踊らん哉』の不振で一旦コンビを解消して、アステアとロジャースには本作にはレギュラー・コンビの意識はなかったと思われ、それが吹っ切れた演技にもなっていれば、観客が飽きながらも求めていたのは歌とダンスのアステア&ロジャース映画だった、というのが作品にとって裏目に出たのが残念に思えます。

●3月11日(月)
『カッスル夫妻』The Story of Vernon and Irene Castle (RKO'39)*93min, B/W : アメリカ公開1939年4月28日、日本公開昭和15年2月
監督 : ヘンリー・C・ポッター/共演 : ジンジャー・ロジャーズ
◎海で溺れかけた犬を助けたことで出会い、恋に落ちたヴァーノンとアイリーン。アイリーンはヴァーノンのダンスの才能に惹かれ……。20世紀初頭、社交ダンス界に革新をもたらしたカッスル夫妻の半生を描く。

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 前作『気儘時代』でミュージカルよりもコメディ映画としての充実を目指して観客が求めるアステア&ロジャース映画とはズレてしまったRKO映画社が次に企画したのは、『気儘時代』でもアステアよりヒロインのロジャースの成長ぶりが目立ったのに期待をかけたか、実在の社交ダンスの開祖であるヴァーノン(1887-1918)&アイリーン(1893-1962)・カッスル夫妻の伝記映画でした。'30年代~'40年代のアメリカ映画には『科学者の道』'36や『ゾラの生涯』'37、『ヨーク軍曹』'41や『打撃王』'42などの伝記映画のヒット作が多くあり、そうした映画で取り上げられるのは文化的功績を残した歴史的著名人であり、伝記的興味とともに歴史的興味、また幅広い観客層が見こめるファミリー映画として娯楽教育性があるため映画会社にとっては手堅い企画でもありました。歴史的な文化人を人気俳優が演じて評判になった例では電話の発明者ベルをドン・アメチが演じた『科学者ベル』'39が代表的で、'40年代のアメリカ俗語では電話をかけるのを「アメチする」と呼ぶようになった、という余談もあります。アメリカ庶民の社交ダンスの開祖、カッスル夫妻をアステア&ロジャースが演じるのは役柄としては実に都合が良いのですが、原作となったアイリーン未亡人の回想録は夫ヴァーノンが出兵した第一次世界大戦の訓練飛行中の事故死(享年31歳)で結ばれており、華やかなダンスで彩られた1911年の出会いから結婚を経て7年間の夫婦愛のメロドラマは悲劇的な夫の事故死で幕が下ります。製作費120万ドルと前作『気儘時代』より少しだけ製作費を抑え、興行収入182万ドルと興行収入も前作より9万ドルは上回りましたが、初めてコメディ作以外の映画になった本作はオスカー・ハマーステインII世が脚本に加わるもカッスル夫妻は歌手ではなかったためにフューチャリング曲もなく、広告・興行費などの諸経費が相殺されると映画会社には5万ドルの赤字を出した作品に終わりました。そして共演9作目にしてRKO映画社のアステア&ロジャース映画は最終作となり、次にアステアとロジャースが共演するのは10年後にMGM社の『ブロードウェイのバークレー夫妻』'49で、同作がアンコール的なアステア&ロジャース最後の共演作になります。本作も日本初公開時のキネマ旬報の紹介を引いておきます。
[ 解説 ]「気侭時代」に次ぐフレッド・アステアジンジャー・ロジャース主演映画。アイリーン・カッスルが書いたヴァーノン・キャッスルと彼女自身の伝記・追想の書2篇を骨子として「スイング」「ショウ・ボート(1929)」のオスカー・ハマースタイン2世と「世界の歌姫」のドロシー・ヨーノトとがストーリーを立て、「世紀の楽園」「四人の復讐」のリチャード・シャーマンが脚色し、「牧童と貴婦人」「市街戦」のH・C・ポタが監督に当り、「ステージ・ドア」「気侭時代」のロバート・デグラスが撮影した。助演者は「天晴れテンプル」「恋の挽歌」のエドナ・メイ・オリヴァー、「テキサス人」「牧童と貴婦人」ウォルター・ブレナン、舞台の喜劇俳優ルー・コディ、「ロイドのエジプト博士」のエチエンヌ・ジラルド、「大都会」のジャネット・ビーチャーその他。
[ あらすじ ] 1911年のこと、しがない喜劇役者のヴァーノン・カッスル(フレッド・アステア)は、海水浴場でアイリーン・フート(ジンジャー・ロジャース)という娘と知合いになり、彼女の舞踊熱と向上心に刺激され、将来舞踊家として立つ決心をする。2人は数ヵ月に渡って舞踊を研究し練習するが、それは前人未踏の新領域で、社交ダンスの形式を舞台に生かそうとする試みがあった。踊の完成した頃2人の愛情にも花が咲いて結婚する。そしてその踊をヴァーノンの属する一座の座長ルウ・フィールズ(本人出演)に見せるが、彼は頭が古いので、一顧もくれなかった。たまたま来合わせていた仏人の興行師と契約し、フート家の下男ウォルター(ウォルター・ブレナン)をマネージャーとして3人はパリへ渡ったが、期待に反して興行師は従来と同じ下等な茶番狂言を強いるので、出演を断った2人は生活に窮して惨憺たる苦心をなめるが、マギー・サットン(エドナ・メイ・オリヴァー)という慧眼な女興行師の目にとまり、パリ一流の「キャフェ・ド・パリ」で新様式の舞踊「カッスル・ウォーク」を発表した。これは一夜にしてパリ中の評判となり、夫妻は引張りだこの人気者となった。かくて2人はアメリカへ帰り、全国を巡業したが、短日月のうちにその新しい形式と魅力は全米を圧倒した。「タンゴ」「フォックス・トロット」「ポルカ」その他の踊りを、夫婦は芸術的な舞踊として紹介した。間もなく欧州大戦が勃発すると、英人たるヴァーノンは直ちに英国飛行隊に参加して戦線に立った。アイリーンは夫の留守中、映画界に入って色々な作品に主演したりしたが、アメリカが参戦するに及んで、彼女は大いに銃後の務めに努力する。2年間を戦線で送ったヴァーノンは、1917年、米軍飛行家の教官としてテキサスへ帰った。アイリーンが久し振りで面会に来る日、彼は旅館の特別室を借り、思い出の曲の演奏を頼んで飛行隊の空中分列式に参加した。その時空中で僚機が進路を誤って彼の機に近づいたので、ヴァーノンは衝突を避けるため急上昇をしたが、その結果機体に故障を起して不幸にも墜落惨死をとげた。その夕刻、旅館で彼を待ちわびているアイリーンの許へ、ウォルターが悲報をもたらした。何も知らないオーケストラは思い出の曲を次々と演奏している。アイリーンは悲しみの底にありながらも、この曲を聞くと、夫の創作した舞踊を消滅せしめてはならぬ、故人の妙技を守り伝えることが、自分の今後に残された道であろうと雄々しくも悲しい決意をかためた。
 ――性格俳優の名優ウォルター・ブレナンは3度もアカデミー賞助演男優賞を受賞し、『西部の男』'40では主演のゲーリー・クーパーを食う存在感を発揮し、後の『赤い河』'48や『リオ・ブラボー』'57での痛快なじいさん役で映画を支える大役を演じる人ですが、今回感想文を書くために観直すまでウォルター・ブレナン出演とは気がつかなかったくらい本作のブレナンは生彩がありません。普通に友情に篤い、カッスル夫妻を支えるマネージャー役を演じているだけで、十分に好演ですが別にブレナンでなくても構わない役です。いったいこの映画観たのは何度目かを思い出すとテレビで吹き替え短縮編集版を昔々に観たきりで、スクリーンで観直した記憶がない。アステア&ロジャース映画の特集上映会があってもわざわざ観直す気にならなかったか、そもそも上映リストに入っていなかったかで、全10作のアステア&ロジャース映画でもつまらないとまでは言いませんが、1回観れば十分な映画なのは本作きりでしょう。10年後のアンコール作品『ブロードウェイのバークレー夫妻』もアステア&ロジャース映画唯一のカラー作品でコメディ・ミュージカルですし、監督もMGM社の戦後ミュージカル映画の名手チャールズ・ウォルターズで見応えのある楽しい作品でした。本作もしがない三文コメディ役者のヴァーノンがお嬢さまのアイリーンとのロマンスから結婚し、「ただの夫婦のダンスのどこが面白いんだ」と興業主からは相手にされないながら観に来た観客が自分たちでも踊れそうな庶民的な社交ダンスに関心を惹かれ、その庶民的な斬新さが受けていく成功物語はそれなりに歴史的興味からも面白く観られるのですが、まだまだこれからという若さで夫ヴァーノンは徴兵され事故死してしまうので、カッスル夫妻が好景気の'20年代まで活躍していたらさらなる起伏に富んだ展開があったろうになあと惜しまれるものの、映画の方もサクセス・ストーリーの登り坂の途中でぶっつり終わってしまうことになっている。史実通りとは言え、またヴァーノン没後のアイリーンの歩みを加えると「カッスル夫妻」ではなくアイリーンのヒロイン映画になってしまうため、不燃焼感がぬぐえない仕上がりになっています。本作は原作由来でアステアよりもロジャース視点のドラマになっていますし、アステアは好演ですが女優としてのロジャースの進展はアステアよりも伸びているので、前作『気儘時代』でもロジャースの方が目立っていたのですからはっきりとヒロイン映画に描いてヴァーノン没後のアイリーンの奮起までを追って映画を描ききるべきだった。しかしアステア&ロジャース映画という制約がアステア演じるヴァーノンの急逝で映画の締めくくりにさせてしまったので、コンビの映画として作ったのが映画を再起まで描けず悲劇的結末で終わらせてしまった原因になったと言えます。RKO映画社の読み違えはそこにあったので、本作を持って'33年の『空中レヴュー時代』から7年間・9作続いたアステア&ロジャース映画は終わります。というより前作『気儘時代』でロマンティック・コメディ・ミュージカル映画のアステア&ロジャース映画は終わっていて、伝記映画の本作は惰性か蛇足になってしまった観があります。

●3月12日(火)
『踊るニュウ・ヨーク』Broadway Melody of 1940 (MGM'40)*102min, B/W : アメリカ公開1940年2月9日、日本公開昭和15年8月
監督 : ノーマン・タウログ/共演 : エリノア・パウエル、ジョージ・マーフィー
◎トップダンサーを目指すキングとジョニーのコンビ。しかしキングだけがスカウトされ……。「タップの女王」と称されたエリノア・パウエル。当時ブロードウェイで人気を博した彼女がアステアと共演した話題作である。

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 1939年にフレッド・アステアRKO映画社との専属契約を解消しフリーランスになりました。RKOで10作、主演作9本に出演してきたアステアはこの年が30代の最後でした。アステアがまず出演したのはRKOでの映画デビュー以前に唯一カメオ出演した『ダンシング・レディ』のMGM社の企画した、エレノア(エリノアは旧表記)・パウエル(1912-1982)とのミュージカル映画出演で、「タップの女王」と呼ばれたブロードウェイのダンサー出身のパウエルはMGM社ですでに『踊るブロードウェイ』'35、『踊るアメリカ艦隊』'36、『踊る不夜城』'37、『踊るホノルル』'39などのシリーズを持つスターでした。クレジット上ではアステアが先に来るものの、本作もパウエルの『踊る~』シリーズの1編にアステアを共演格の主演に迎えた作品です。アステアの相棒役で共演するジョージ・マーフィー(1902-1992)も『踊る不夜城』でパウエルと共演していたダンサー出身俳優で、アステアやパウエルと踊って見劣りしない準主演といっていい役の人気俳優です。また本作の監督ノーマン・タウログ(1899-1981、『スキピイ』'30でアカデミー賞監督賞受賞)はサイレント時代の1920年から1968年まで長い活動を続けて180本もの監督作を持つ娯楽映画のヴェテランであり、のちにはジェリー・ルイスの『底抜け~』シリーズ、エルヴィス・プレスリー出演作の最多監督にもなった人です。しがないダンス芸人コンビのアステアとマーフィーがスカウトマンの目にとまり大スターのエレノアの相手役に抜擢されるが、目にとめられたアステアはスカウトマンを借金取りと勘違いして相棒のマーフィーを行かせ、マーフィーがオーディションに合格してしまう。そこでマーフィーの大舞台デビューのコーチ兼アドヴァイザーになったアステアの存在がエレノアにバレて、もともとエレノアに恋焦がれていた相棒二人の恋のさやあてが始まる、と、もう企画としては歌とダンスの場面はふんだんに盛りこめるバックステージものですし、大スターのエレノアと相棒役マーフィーにもアステアと同格以上の華があるとなればいかにもMGMらしい保守的なスター映画の企画ですが、RKOで振付権まで契約に入れて主演してきた作品が商業的な行き詰まりになってのフリーランスへの出戻りですから手堅い企画はかえって歓迎するところだったでしょう。芸人役を演じるのでも『コンチネンタル』や『トップ・ハット』の頃とは違い、RKOでの後期作品で培ってきた演技力が身についているのでここでのアステアは素に近い芸人役のアステアではなく、しっかり芸人のキャラクターを演じているアステアです。本作は日本初公開時のキネマ旬報の紹介ではアステアのMGM移籍作としていますが、広報ではそうなっていたとしても次作『セカンド・コーラス』'40はパラマウント社作品の出演ですし、一旦引退を考えていたが後輩のミュージカル俳優のジーン・ケリーの負傷の代役で出演したら大ヒット作になった『恋愛準決勝戦』'51以降はMGM専属になりますが、それまでの40年代のアステアは1、2作ごとにパラマウント映画社、コロンビア映画社、MGM社、古巣RKO映画社と作品ごとの出演契約のフリーランスになっていたので、まだRKO専属から離れて1作目の本作の時点では話題性の上からMGM移籍、と広告されたのでしょう。そうした事情も興味深く、公開時のキネマ旬報の紹介を引いておきます。
[ 解説 ]「カッスル夫妻」「踊らん哉」のフレッド・アステアのメトロ入社第1回主演映画で、「踊るホノルル」「踊る不夜城」のエリナー・パウエルが共に主演する。ストーリーは「踊る不夜城」のジャック・マッゴワンと「少年の町」のドア・シャーリーが協力書卸し、「真珠と未亡人」のレオン・ゴードンと「群衆は叫ぶ」のジョージ・オッペンハイマーが協力脚色し、「少年の町」「アヴェ・マリア」のノーマン・タウログが監督に当り「ポルカの歌姫」のオリヴァ・T・マーシュと「3人の仲間」のジョゼフ・ラッテンバーグとが協力撮影したもの。音楽は「踊るアメリカ艦隊」と同じくコール・ポーター作詞作曲、ロジャー・イーデンス編曲、アルフレッド・ニューマン指揮に成り、ダンス振付には「踊るホノルル」のボビー・コノリーが任じている。助演者は「天晴れテンプル」「忘れがたみ」のジョージ・マーフィー、「群衆は叫ぶ」「サラトガ」のフランク・モーガン、「ロビンフッドの冒険」のアイアン・ハンター、「海の若人」のフローレンス・ライス、「花嫁は紅衣装」のリン・カーヴア、新人アン・モーリス等である。
[ あらすじ ] ジョニイ(フレッド・アステア)とキング(ジョージ・マーフィー)はニューヨークの小さな舞踏場のダンサーであったが、2人とも桧舞台に乗出す野心に燃え、認められる機会を待っていた。ある日、有名な舞踊家クレア(エリナー・パウエル)のマネージャーをしているケイシー(フランク・モーガン)がここを訪れてジョニイの踊りに感心し、彼を契約するつもりだったが、ジョニイは相手を借金取と間違えたのでキングと名乗った。そのためクレアの新しいショウには、キングが相手役に選ばれることとなった。キングは内心の喜びも隠してジョニイに同情し、ジョニイは友情に感激して自分の考案した新しい踊りも彼に譲ってやった。舞台稽古が始まると興行主のマシュウズ(イアン・ハンター)は、すっかりキングの踊りに感心してしまったので、ケイシーは人違いだったことを言い出す機会がなかった。稽古は数週間熱心に続けられ、その間もジョニイは色々とキングに力を貸してやった。クレアは何時の間にかジョニイを好きになっていた。その上彼の踊りを見て、なぜケイシーがジョニイを選ばなかったかと不審に思ったが、ジョニイは常にキングのために弁解してやった。ところがキングは次第に高慢になって、ジョニイを侮辱するような態度を見せるようになったので、さすがの彼も腹を立てて絶交した。しかし初日の夜に最後の激励の言葉を与えるため楽屋を訪れると、開幕間もないのにキングは泥酔して正体もない有様である。助け起そうとしたが到底駄目だと見たジョニイは、彼に代って最初の幕を踊り、後をキングに譲った。この真相を知ったのは一緒に踊ったクレアだけだった。初日は大成功だったが、次の日ジョニイが姿を消したことを知ったクレアは、悲しみと怒りでキングを責めた。その夜キングは再び泥酔しているので、クレアはジョニイの居所を聞き出して探しに出かけた。キングの代役として出演したジョニイとクレアの踊りは大成功を収め、閉幕間際になってキングは役を譲るために酔ったふりをしていたことが判って3人の間の誤解もとけ、フィナーレには3人が揃って華やかに踊り抜いた。
 ――本作は製作費・興行収入未公表ですが、クライマックスのプロダクション・ナンバー「ビギン・ザ・ビギン」のシークエンスだけで12万ドルがかかったと広告されたそうですから全体ではその10倍弱の製作費が推定されます。音楽担当は大御所コール・ポーターですが全曲書き下ろしではなく、「ビギン・ザ・ビギン」は1935年にミュージカル『ジュビリー』のために書かれ、レコードではアーティー・ショウ楽団が'38年にヒットさせており、本作のプロダクション・ナンバーは8曲ありますが同一曲の別ヴァージョンが1曲ですから実質7曲、うちエレノア・パウエルが歌う1曲はロジャー・イーデンス作詞作曲で、ポーターはリサイクル曲「ビギン・ザ・ビギン」を含む6曲のうち5曲を書き下ろし、「アイヴ・ガット・マイ・アイズ・オン・ユー」は中盤のアステアのソロとエンディングのアステア、エレノア、マーフィー3人揃ってのダンスの2回使われ、またアステアとエレノアのダンス・デュエットで覆面をした歌手のダグラス・マクフェイルが歌う「アイ・コンセントレイト・オン・ユー」は本作書き下ろし曲で本作からスタンダード化した曲になります。しかし本作のハイライト曲になったのは「ビギン・ザ・ビギン」ですし、「アイ・コンセントレイト・オン・ユー」は歌曲としても器楽曲としてもポーターの華麗な作風の中ではゴージャスなのに渋いという微妙な曲なので、カヴァー録音は少なくはありませんがレギュラー・レパートリーにしおおせたのはフランク・シナトラくらいでしょう。もっともこの曲はオーケストラで演ると甘美かつ豪華きわまりないムード音楽になるので映画『探偵(スルース)』や『地中海殺人事件』に使われる、などノスタルジック・ムードのBGMとしては意外に広く演奏されており、ジャズ・スタンダード以外の場所でのスタンダード曲として曲名を認知されず耳にしている人も多いのではないかと思います。ドラマに戻るとエレノア・パウエルジンジャー・ロジャースより1歳年少なのに一枚看板としての経歴が長いだけあり、ロジャースには失礼ですが美貌とスタイルの良さ、ダンスの切れなど役者が上で、当然映画俳優としても堂に入っており、アステアは本作はパウエルとマーフィーの演技のレベルで受けの演技に回って役得をしている感じもします。バディ(相棒)・ムーヴィーとしては『空中レヴュー時代』『ロバータ』『艦隊を追って』では自分も自分の恋人とともに応援役にまわり、『気儘時代』ではヒロインを勝ち得る、とRKO時代に先例のある、親友の相棒同士でヒロインをめぐり恋と友情の葛藤が生じるパターンの作劇ですが、ヒロイン役のエレノアと相棒役のマーフィーが上手いのでアステアは奥手な男、しかしダンスと歌はめっぽういける役柄を無理なくこなしていて、キャラクターがそういう引っ込み思案な奥手で親友思いの男であるためドラマティックな展開はエレノアとマーフィーが担っており、またこの二人はダンスでも歌でもアステアと張りあえるので、作品は充実した楽しく面白いバックステージものの恋愛ミュージカル映画ですが、エレノアのキャラクターからコメディ要素は少なく、アステア主演作ではあるけれどRKO時代のアステア映画のような、アステア(とロジャース)の魅力が迫ってくる映画というよりもエレノア・パウエルとジョージ・マーフィーや、スカウトマン役のとぼけて抜けた好々爺のイアン・ハンター込みのドラマあってのミュージカル映画という感じが強く、それはそれでもちろん良いのですがRKO時代のアステア映画のような独創性、映画なのにアステア映画のメイキング・ドキュメンタリーのような妙な生身が見える映画ではすっかりなくなっている。本来映画であれば本作のような仕上がりの方が真っ当なのにと思うと、RKO時代のアステア&ロジャース映画とは何だったのだろうかと考えさせられるのです。