第1回の前回はアメリカ映画史の特筆重要作品ばかりが並びましたが、非常に詳細な英語版ウィキペディアのウィリアム・A・ウェルマンの項目(各作品解説を入れれば単行本1冊の分量は裕にあるでしょう)でも「イノヴェイターとしてのキャリア」という項目が立てられているくらいウェルマンは先駆者としての業績が大きく、機を見るに敏な映画監督だったというか、流行に一歩先んじたり真っ先に流行に乗って決定版とも言えるスマッシュ・ヒットを放ったりと相当な才人でなければできない仕事を残してきました。しかし前回ついつい「これがキングやウォルシュ、フォードやヴィダー、ホークス、スタンバーグらだったら」と書いてしまったように、今上げたウェルマンの同時代の監督たちはイノヴェイターという見方などしなくても時流を超えた作品を作る力のある映画そのものを体現していたような存在で、そうした監督たちと並べるとウェルマンは創造性において弱いというか、良い意味で最上の職人にとどまる感じもします。それなりに大胆でもあれば感覚の良さもあるのに映画の出来がそつなくまとまっていて、満足感は高くそれなりに心に沁みるものの、本質的な鋭さや衝撃には達しないきらいがあるのはイノヴェイターとしての資質もまた商売人・職人的なもので、流行に先んじたり即座に対応したりする才能も創造性からというより映画人としての勘の良さなので、上記の監督たちは公開当時無視されても後世に高く再評価された作品があるのに対して、ウェルマンは現役時代に評価はほぼ出揃って後世の評価はその再確認にしかならない面が大きい。初見でとても面白く堪能できるのに観直すと案外粒が小さく見える作品がほとんどなのもそうしたウェルマン映画の職人性によるので、観直す際は忘れていれば忘れているほど楽しめる、という感じもします。安定感ならばウェルマンの映画は監督名だけで安心して観られるもので、筆者未見の作品も面白い映画ばかりでしょう。'30年代中期のウェルマン作品はDVD化が遅れているため今回の3作は時代が飛びますが、代表作については本文中で触れることにします。
●5月14日(月)
『立ち上る米国』The Conquerors (RKO'32)*86min, B/W; 日本公開昭和7年(1932年)月日不明
○解説(キネマ旬報近着外国映画紹介より)「シマロン」「空軍の覇者」のリチャード・ディックスと「林檎の頬」「心のふるさと」のアン・ハーディングが主演する映画で、「シマロン」「バワリイ」のハワード・エスタブルックが自ら書き下ろし、「餓ゆるアメリカ」のロバート・ロードが脚色し、「家なき少年群」「餓ゆるアメリカ」のウィリアム・ウェルマンが監督に当たり、「火の翼」のエドワード・クロンジェガーが撮影した。助演者は「シマロン」エドナ・メイ・オリヴァー、「一日だけの淑女」のガイ・キッピー、「世界は還る」のドナルド・クック、「麦畑を荒らすもの」のジュリー・ヘイデン、子役ウォーリー・オルブライト及びマリリン・スノウデンの面面である。
○あらすじ(同上) 1873年、銀行の取付けに会いその衝動のため父親を失ったキャロリン(アン・ハーディング)は、父親の銀行に勤めていた恋人ロジャー・スタンディッシュ(リチャード・ディックス)と結婚して多難な将来に直面した。二人は若者の情熱と愛と信頼をもって西部のネブラスカ州のフォート・アレンの町に移って新しい人生の第一歩を踏み出した。既に当時その町でも強盗団の跋扈甚だしく正義感に燃えたロジャーは遂に彼らと戦って傷ついたが病癒えて後市民の財産を保護するため小さな銀行の経営を始めた。強盗団も掃討されフォート・アレンの町は平和な繁栄を続け、キャロリンは男女の双子(ウォーリー・オルブライト、マリリン・ノールデン)を生んで一家は栄えたが、それから五年の後ロジャーの努力で始めてその町へ鉄道が引かれたとき、汽車に驚いた馬のため無惨ロジャーの息子はその若い生命を奪われ、彼ら一家の前途に一抹の暗影を投じた。軅て一人娘のフランセス(ジュリー・ヘイデン)も十八になって、ロジャーの銀行に勤めているワレン(ドナルド・クック)と結婚した。1892年、突如大恐慌が米国全土を襲った、ワレンの業務上の過失のため、ロジャーの銀行も閉鎖のやむなきにいたり、フランセスが一子ロジャーを生むと同時にワレンは自殺して果てた。その後不屈なロジャーの努力によって銀行も再興の道を辿り、若きロジャー二世(リチャード・ディックス)は欧州大戦に武勲を上げた。そして凱旋後は祖父の志を継ぎ銀行業に精励し、あらゆる困難を克服して進んでいくのだった。
本作も例によってタイトル字幕「1873」と始まり、「南北戦争後、ニューヨークはようやく景気を取り戻した」と、積み重なる硬貨の山(逆回転映像)、積もっていく紙幣(同じく)が街並みの映像に重なります。次いで居間でピアノを弾くヒロイン(アン・ハーディング)と聴き入る主人公(リチャード・ディックス)にヒロインの父親が「金目当てが。ぜったい結婚反対だ」。そして中年婦人のメイドに「絶対結婚するぞ!」と宣言するディックス。「グラント大統領の政策は大丈夫かねえ」と噂しあう実業家たちの映像に次いで死の床のヒロインの父親「私はもう駄目だ、銀行も終わりだ」「お父様!」次のシーンではもう結婚して新天地を求めボートで川を下る二人、「あれを見て、素敵よ」「よそ見してたら舵が取れないよ」しかし二人は川上で強盗にあって格闘したディックスは負傷、回復までと夫婦はその土地、ネブラスカのフォート・アレンでヒロインの父の旧友の医師ブレイク夫妻(ガイ・キッビー、エドナ・メイ・オリヴァー)の元に位置した身を寄せますが、傷が癒えた後もこの町に住みつく決意をします。ここまで15分とかかっていません。ああこれは、同じRKOピクチャーズの1880年代末~1930年までの開拓史映画の大ヒット作『シマロン(Cimarron)』'31(ウェズリー・ラッグルス監督、リチャード・ディックス、アイリーン・ダン主演/アカデミー賞最優秀作品賞・最優秀脚色賞受賞作)の改作版なんだな、とすぐにわかります。『シマロン』はオクラホマ開拓史で主人公夫婦の起業は新聞社したがこちらはネブラスカで民間銀行、実際の主役は主人公よりヒロインなのも一緒です。2時間弱あった『シマロン』と較べ本作は1時間半弱、あっという間に5年経つとヒロインは髪型と服装、メイクで立派な夫人ぶりですですが、ディックスの方は口ひげ、額をバックにし、頬に綿を含んで男の恰幅の表現は難しいものです。恐慌の到来は膨張し爆発して硬貨が弾ける麻袋、「求人なし」の貼り紙、「アメリカは終わりだ!」と絶叫する男で表され、主人公の銀行に預金の全額を下ろしに市民が殺到します。孫息子が生まれ、映画が上映されるようになった光景が映され、「1909」さすがに主人公夫婦もぐっと老けメイクですが親代わりのブレイク夫人のマチルダおばさんは初登場時からほとんど変わっていないのが妙におかしいです。大戦勃発、出征していく孫ロジャー2世を見送るシーンでは兵士姿のディックスとバルコニーから見送る祖父のディックスが二役で、ここで心臓発作を起こしたヒロインの死が暗示されます。戦時景気の上昇もつかの間終戦とともに山が崩れる映像とともにまたもや恐慌の到来、ロジャー2世はディックス本人ですがさすがに祖父ロジャー役は似た老人の代役を使っているようで、ロジャー2世が経営を引き継ぐと祖父に告げて同意を得て去り、老ロジャーが冒頭の若き日のヒロインのピアノに聴き入る光景を思い浮かべて映画は終わります。本作と同年('32年)のウェルマン作品には1932年『母』(キネマ旬報ベストテン10位、バーバラ・スタンウィック主演)、『天晴れウォング』(E・G・ロビンソン主演)があり、翌'33年には『つばさの天使』(従軍看護婦もの)、『真夜中の処女』(ロレッタ・ヤング主演)、『飢ゆるアメリカ』『フリスコ・ジェニー』『家なき少年群』(キネマ旬報ベストテン6位)、'34年には『電話新撰組』『秦西侠盗伝』、'35年は『野性の叫び』、'36年には『ロビン・フッドの復讐』『小都会の女』(ジャネット・ゲイナー主演)があり(日本公開作のみ)、未見の作品もありますが、観た限りで言えばウェルマン映画はいずれも邦題から想像されるようなものです。クラーク・ゲイブル主演のジャック・ロンドン原作作品『野性の叫び』は小学生の頃に父に「名作だから観ろ」とテレビ放映を鑑賞し、子供心に強烈な印象が残っています。
公開時ポスターも雄弁な画像資料ですから感想文にはなるべく本国版、できれば日本公開時ポスターも添えるようにしていますが、本作に限っては原題、邦題、公開年、製作会社、俳優名、監督と思いつく限りで検索しても現行の日本盤単品DVDと本作収録のDVDボックスのパッケージ・ジャケットしか見つかりませんでした。「Conqueror(征服者)」というタイトルの映画は多数引っかかるのですが本作はスチール写真1枚ない。IMDBにも英語版ウィキペディアにも本作の解説項目はあるのですが画像図版はない。どうもここに上げた日本盤DVD2点しか映像ソフトもなく、日本盤が世界初かつ他にないソフト化らしいのです。これはめったにないことで、RKOはメジャー会社ですしアメリカは世界一の映画大国ですが、それだけ隠れてしまった映画も案外あるということでしょう。本作は『人生の乞食』がそうだったような社会派映画路線のウェルマンで、それを大ヒット作『シマロン』風の若夫婦の息子・娘世代からさらに孫世代で現代になる近代アメリカ三代記の形式で描いたもので、グリフィスの『国民の創生』'15以来クルーズの『幌馬車』'23、ラッグルズの『シマロン』'31と周期的に流行る(次に『風と共に去りぬ』'39が来ます)アメリカ人大好きの年代記もので市民階級のアップ&ダウンを描いたものですが、前後作の社会派メロドラマ作品『母』『飢ゆるアメリカ』『家なき少年群』ほどには成功しなかったようです。前年の『民衆の敵』が15万ドルの低予算(まだジェームズ・キャグニーやジーン・ハーロウのギャラも安かった)で製作され大ヒットしたのに対し、本作は62万ドルの製作費に対し23万ドルの赤字になったそうですから映画とはつくづく水物で、本作だってそれなりの映画ではあります。しかし'30年代前半のウェルマンは年間5~6本のペースで長編映画を作っていたので('30年代後半は2~3本ペースになり、'40~'41年度は軍事関係の職務で劇映画の監督は一時休業しますが)、本作もいささかダイジェスト風の作品になったのは仕方がないのでしょう。ポスターがまったく現存しないようなのはRKOピクチャーズがそれだけ宣伝に力を入れなかったということでもあり、『シマロン』の柳の下で営業できればよしとしていた節があります。ウェルマン自身の実力は同時期の成功作でも明らかですし、本作も会社企画をそつなくこなしてちゃんと腹六分目くらいにはなっていて、『シマロン』同様西部劇ジャンルの市民劇として売り出したようですがやはり西部劇のファンには『シマロン』みたいな映画は『シマロン』で十分で、カウボーイも保安官も列車強盗も利権争いもインディアンも出てこない西部劇はどうもなあ、ということだったと思われます。本作自体はそこそこ良い映画なのにウェルマンの器用さが貧乏くじを引かされたようなものだったのでしょう。
●5月15日(火)
『スタア誕生』A Star Is Born (セルズニック・インターナショナル/ユナイテッド・アーティスツ'37)*111min, Technicolor; 日本公開昭和13年(1938年)4月14日・アカデミー賞作品賞/主演男優賞/主演女優賞/監督賞/脚色賞/助監督賞ノミネート、アカデミー賞原案賞受賞・キネマ旬報ベストテン5位
○解説(キネマ旬報近着外国映画紹介より)「沙漠の花園」に次いでデイヴィッド・O・セルズニックが制作したテクニカラー映画で、色彩デザインもカメラも「沙漠の花園」同様L・C・ホルデンおよびハワード・グリーンがそれぞれ担当した。主演は「四つの恋愛」「小都会の女」のジャネット・ゲイナーと「復活」「ダアク・エンゼル」のフレドリック・マーチで、「オーケストラの少女」「銀盤の女王」のアドルフ・マンジュウ、「妻と女秘書」のメイ・ロブソン、「オペラ・ハット」のライオネル・スタンダー「ビック・ゲーム」のアンディ・ディバイン、新顔のエリザベス・ジェンス等が助演している。監督は「小都会の女」「ロビンフッドの復讐」のウィリアム・A・ウェルマンで、ストーリーはウェルマンがロバート・カースンと共作し、脚本はカースンがドロシー・パーカー、アラン・キャンベルと協力して書いた。
○あらすじ(同上) 北ダコタの寒村に生まれたエスター・ブロジェット(ジャネット・ゲイナー)は夢見がちな乙女心に銀幕のスターを憧れていつも映画雑誌を手から離したことがなかった。愚鈍な田舎者の父親(エドガー・ケネディ)、腕白者の弟(A・W・スウェット)、うるさい叔母のマテイ(クララ・ブランディック)などの中で、若い頃この地方の開拓者であったレティー祖母さん(メイ・ロブソン)だけが彼女を理解し力づけてくれるのだった。そしてある時エスターは祖母さんに勇気づけられ、貯金をもらって夢の国ハリウッドへスターを志して出発した。しかしハリウッドで彼女を待っていたのは就職難だけだった。エキストラの日さえもなく持ち金も残り少なくなったころ、安宿で知合った人の良い助監督のダニイ(アンディ・デヴァイン)の世話である映画関係の宴会にお手伝いとして雇われた。その席で彼女は大スターのノーマン・メイン(フレドリック・マーチ)に会った。この有名なスターは飲酒癖のため名声を落とそうとしているので、プロデューサーのナイルス(アドルフ・マンジュウ)はいろいろと心配しているがききめはなかった。ノーマンは美しいエスターを見ると、同伴していたアニタ(エリザベス・ジェンス)の嫉妬も構わず彼女を家まで送ってやった。そしてエスターの夢が実現するときがきた。ノーマンの紹介でテストを受けた彼女は、ビッキィ・レスターの芸名で華々しく映画界に登場した。次いでノーマンと彼女の結婚が披露されたが、蜜月旅行の途中から呼び戻されたほど彼女の人気は高まっていた。だがノーマンの飲酒は依然として止まず、地位も名声も次第に低まるばかりだった。その年のアカデミー演技賞がビッキィに授与される席上へ、ノーマンは酔った勢いで自暴自棄の醜態を見せるようになっていた。ついに彼は療養所へ送られて疲れた体を治すことになり、映画界からは完全に忘れられて、ただビッキィの優しい愛情とナイルスの友情に守られるのみになった。ようやく退院した彼は宣伝部長リビイ(ライオネル・スタンダー)に罵倒されたことから再び自棄を起こして警察に留置されたが、ビッキィは彼の保釈を願って優しく介抱した。彼女はノーマンの健康を盛り返すために自分は引退しようとまで決心してナイルスに相談したが、隣室で漏れ聞いたノーマンはその夕方妻に淋しい微笑を見せて海岸へ遊泳に出たままついに再び帰らなかった。身も心も打ちひしがれたビッキィは元のエスターに返って田舎に引き上げようとしたが、その時祖母レティーはハリウッドに現れて彼女を励ました。やがて華々しく返り咲いたビッキィは新作の試写会の夜、マイクを通じて全国のファンに「私はノーマン・メイン夫人です」と涙ながらにあいさつするのだった。
アカデミー賞原案賞を受賞し、ジュディ・ガーランド主演版('54年)、バーブラ・ストライザンド主演版('76年)とリメイクされただけある本作のアイディアもまたウェルマンのイノヴェイティヴな資質が生かされたものでしょう。テクニカラー作品なのも成功しています。ただし本作はジョージ・キューカー監督作のジュディ・ガーランド版の陰になってしまっており、日本同様アメリカ本国でもパブリック・ドメイン版DVD化にとどまっており、キューカー=ガーランド版のようにレストア・デジタルリマスタリング版が作られていないのが惜しまれます。1937年のテクニカラー映画というと時代的にはカラー映画はミュージカルか西部劇に限られていた頃で、また本作のような映画界の内幕もの自体がパロディ的な描写の喜劇映画を除いては異色の題材でした。筆者の今回観た版は3層(3原色分解)テクニカラーというよりも2層(2原色分解、緑と赤)テクニカラーを思わせるもので、褪色の結果かもしれませんが以前観た版はどうだったかフィルムの質まで気にしながら観なかったのでわかりません。本作は当時の映画としては長い、2時間弱ありますが、「『スタア誕生』決定稿」とシナリオの表紙に判が押され、ページが開いて「シーン1」と映画が開始してからハリウッド上京まで10分、パーティーでのウェイトレスのバイトがきっかけの大スターのノーマンとの出会いまで20分、ロマンス進行とデビューまで45分、ノーマン主演作のヒロイン抜擢で試写会が大成功するのが50分目、電撃結婚が55分目とつるべ落としのように進みます。新婚旅行中からマスコミの報道がアル中で悪名高く落ち目のスターあつかいのノーマンと新人スターで話題沸騰大人気のヴィッキーの対比が強調され、70分目にはノーマンは俳優契約を失います。長いこと観直していないとこんなに駆け足の映画だったっけと意外やら感心するやらあきれるやらで、マネジメント事務所社長がアドルフ・マンジューなのもすっかり忘れていたというか、マンジューについては初見時から気づいていなかったような気がします。ヒロインのアカデミー賞主演女優賞受賞が75分目。ヒロインの受賞スピーチ直後に酔った夫が乱入してきて「こんなくだらない賞!ぼくも昔もらったが毎年誰かがもらうんだ!ぼくにはとっておきの賞をくれ、最低男優賞を3つ!その資格はあるだろ!」とぶち壊す場面がすぐ続きます。ノーマンを立ち直らせようとする辺りからはノーマンの世話役とヒロインの相談役でマンジューは出ずっぱりになるので覚えがなかったのは昔の見方が稚なかったな、と反省しますが、本作ほどキザを抑えたマンジューはめったにないのでこういうマンジューもいいなと感心。ノーマン役のマーチ、サイレント時代(『第七天国』『サンライズ』!)からの演技派ゲイナーもいいですが、役柄からしてあと5歳若ければなあというのが、額にしわが寄る顔なんですよね。演技で若々しくはできても肌は年齢相応なのが隠せないものです。ラスト・カットを映像で見せずシナリオのページで読ませて(拍手の音声と高鳴る音楽に「観衆の拍手喝采、微笑むエスター、その頬に涙が伝う。フェイド・アウト」)観客の想像にゆだねて締めるのもなかなかの味のある趣向です。
カラー作品の効用は本作では実はけっこう線は太いですが大味で都合の良いプロットを気にさせない具合に働いており、これがB/Wだったらリアリズムの基準がぐっとシビアになり、もっと細やかなキャラクター描写が必要になったと思われるのです。大味とはいえこのプロットは細かなエピソードの積み重ねのあるストーリーを必要とするので、人物もそこそこ多ければシーンの数はかなり多く、キャラクター描写に割くような余分なエピソードは冗長になります。プロットを直接支えるエピソードだけでストーリーを構成するとなると人物は最初から一筆描きで印象を与え、ストーリーの中で徐々にその印象が補強されたり変化したりしていく具合に効率を図らなければなりません。アメリカ映画のどこが(総合的には)世界一かというと、映画に限らず20世紀文化自体がアメリカ主導でアメリカ発の文化がほぼ全世界を制覇したのですが、その第一の特徴はと言えば経済性が基準になっていることで、贅を尽くしたもので圧倒もすれば非常に簡素なものでコスト・パフォーマンスの高さを突きつめもしますが、映画について言えば話法の効率化が非常に重視される。アイディアにしてもマテリアルにしてもお金をかけた所はきっちり元を取り、時は金なりですから時間分十分なサーヴィスが提供されるのを観客も期待しますし、それを満たした映画を提供しないと映画社も生き残れない。小津安二郎がルビッチとともにもっとも影響されたと発言しているウェルマン作品は今では散佚して観ることのできない『つばさ』以前の洒落た都会映画のウェルマンでしょうが、『人生の乞食』のウォーレス・ビアリーのキャラクターは小津の『出来ごころ』'33以降の喜八(坂本武)ものの原型とも言え、ウェルマン作品の無駄のないテンポはサイレント時代の小津の教本だったのも興味深いことです。小津がトーキーにサイレント作品とは異なる時間感覚の可能性を見つけたのに対しウェルマンは現在観られる『つばさ』『人生の乞食』ではすでにトーキー以降と同じテンポ感になっていて、もともと場面場面をこってり描くより細かく場面を割っていくタイプで、場面単位ではけっこうあっさりした演出で進めていく。その辺が映画に濃厚な場面を求める現代の観客には昔の映画、単純、軽いと見られるかもしれません。本作のように描き方次第ではドロドロのメロドラマにもできる題材だとなおさらです。しかし本作が一定以上古びようがないのもそのドロドロがないからで、ドロドロを避けられたのもリアリティの次元ではB/Wよりも虚構の次元でドラマを描けもするカラー作品の幸徳で、これをB/Wにしたらワイルダーの『サンセット大通り』'50、マンキウィッツの『イヴの総て』'50、そしてワイラーの『黄昏』'51のようにシビアで痛々しくなりすぎて本作のような哀切ながら後味のすっきりした作品にはならなかったと思われます。有名作だしリメイクの圧倒的好評で何となく本作は未見の方もいらっしゃると思いますが、パブリック・ドメイン版の廉価版DVDならワンコイン価格で手軽に買える名作で、これは名高い映画なのもどなたにも納得のいく作品です。ウェルマンの代表作というと本作ではなく他に上げたいと思いますが、それはそれ、これはこれです。
●5月16日(水)
『翼の人々』Men with Wings (パラマウント'38)*101min, Technicolor; 日本公開昭和15年(1940年)2月7日・キネマ旬報ベストテン9位
○解説(キネマ旬報近着外国映画紹介より)「スタア誕生」のウィリアム・A・ウェルマンが制作・監督した総テクニカラーの空のエピックで、「真実の告白」「スイング」のフレッド・カクカレイと「ホノルル航空隊」「セニョリタ」のレイ・ミランド及び「誘拐魔」のルイズ・キャンベルが主役を演じる。脚本は「スタア誕生」の原作・脚色に参興したロバート・カースンが執筆し、撮影は「スタア誕生」「沙漠の花園」のハワード・グリーンが担当した。助演者は「スタア誕生」「シカゴ」のアンディ・デヴァイン、「新天地」「真実の告白」のボーター・ホール、「北海の子」「百万ドル大放送」のリン・オヴァマン、「激怒」のウォルター・エイベル、「運河のそよ風」のキティーケリー、「セイルムの娘」のヴァジニア・ワイドラー、ドナルド・オコナー、ビリー・クック等である。
○あらすじ(同上) 1903年12月、米国北カロライナ州キティー・ホークの田舎で、ライト兄弟が人類の夢を実現して初めて空中を飛行した。田舎新聞の記者ニック・ランスン(ウォルター・エイベル)はその記事を書いたが、かえって主筆ハイラム(ポーター・ホール)とその相棒ハンク(リン・オヴァーマン)に笑われたので、直ちに辞職して飛行機の制作に没頭した。彼の飛行機は見事に飛んだが、不幸にも墜落して尊い犠牲となる。彼の娘ペギー(ヴァージニア・ワイドラー)は父の血を受けて幼い時から飛行機に興味を持ち、友達の少年パットことパトリック(ドナルド・オコナー)とスコット(ビリー・クック)がその仲間だった。1914年欧州大戦開始の年、3人が苦心して制作した飛行機は当時のスピード記録を破り、パトリック(フレッド・マクマレイ)とスコット(レイ・ミランド)は飛行場で働くことになった。やがてパトリックは義勇軍として出征し、空中戦で幾多の功績をあげ、スコットはワシントンで陸軍技師として飛行機の設計にあたった。母(キティー・ケリー)を失ったペギー(ルイズ・キャンベル)は電話交換手となってフランスの戦線へ行き、パリでパトリックと結婚した。スコットも彼女を愛していたが、2人のために心から幸福を祈った。休戦と共にパトリックは米国へ帰ったが戦争の経験が忘れられず、ペギーが女の子を生んだ日にモロッコの戦線へ義勇軍として出発した。スコットは郵便飛行の開拓に身を捧げながら寂しく留守を守るペギーを慰めていた。足に負傷して帰国したパトリックはスコットの忠告を入れてフォーコナー飛行機制作会社の社長となったが、空への憧れを忘れ得ず、1927年大西洋横断飛行の懸賞に応募したが海中に不時着し、危うくスコットと助手のジョウ(アンディ・デヴァイン)に救われた。機器に頼る飛行術が発達したいまでは、パトリックのように勘と腕力に頼る飛行機は役立たなかったのである。彼が2人に救われた日に、リンドバークが大西洋へ向けて出発したのであった。1929年米国を襲った不況はフォーコナー飛行会社を破産させ、パトリックは再び活路を求めて外国へ行った。それから長い間、スコットは会社を甦生させるため爆撃機の政策を研究し、ペギーやジョウの外にハイラムやハンクの助けを得てついに完成した。彼の苦心は実を結んでその爆撃機は米国陸軍の軍用機として採用された。がパトリックの行方は沓として知れなかった。1938年のフォーコナー会社の爆撃機完成5周年記念の祝賀会当日、パトリックが外国で墜落惨死した電報が届いた。涙を隠して席にでたペギーとスコットは、今日の会社の隆盛こそ、その生みの親たるパトリックに捧げる最大の贈物であると語った。
そうか、ライト兄弟の最初の動力有人飛行機の成功飛距離は38メートルだったのか、グライダーや凧でも数百メートルは飛ぶくらいで、それじゃ新聞記事にもならんよなと映画もなかなか雑学ネタになります。子供時代の主人公たち(当然子役)が高さ12メートルまで女の子(飛行機マニアの新聞記者の娘)を乗せた凧を飛ばすシーンが続き、次に新聞記者が自作飛行機を試乗するが墜落炎上して火だるまになって出てくるシーンもあり、ライト兄弟に始まる有人飛行機の歴史物語とは『つばさ』の監督も(会社企画かもしれませんが)なかなか良い所に目をつけたもので、『つばさ』と違って本作は民間人が飛行機を自作する目線から興味が始まっているところに血が通っています。次のシーンで早くも青年になった主人公のパトリック(フレッド・マクマレイ)とスコット(レイ・ミランド)、幼い頃自作飛行機に失敗した新聞記者の父を亡くしたペギー(ルイズ・キャンベル)の清潔な青春性がまばゆく、キャンベルと恋人になったマクマレイが内緒で第一次大戦に出征していくのを雨のプラットフォームに駆けつけて見送る冒頭30分目までで本作は名作だと確信が湧いてきます。何より『スタア誕生』の翌年の作品なのにカラー映像が自然かつ解像度が高く美しく、'50~'60年代の映画の鮮明な画質に匹敵するのが嬉しく、きちんと保管されたマスター・プリントならば'38年のテクニカラー映画でもこれほど見事な画質が保てる見本のようなDVDで、デジタル・トランスファーされたからにはさらに画質が向上することはあっても劣化することはないでしょう。本作の色彩設計は航空映画だけあって空の青さを基準にしており、それが全編セット撮影の『スタア誕生』にはない自然な発色のフィルム選択と、航空映画ならではのロケの多用による開放感につながって、セット撮影もロケ部分との色調の統一があり、ことごとく良い結果になっています。また空軍シーンも『つばさ』のようなアクロバティックな航空撮影ではなく空戦描写も含めて自然で、見世物的でないリアリティがあります。人情劇としても幼なじみの親友同士がひとりの女性を愛し、ヒロインは冒険家肌の主人公に恋して結婚しますが大戦の終わりとともに冒険を求めて娘を生んだばかりの妻を残してモロッコの外人部隊に行ってしまうような男で、もう一人は新聞社社長の甥で郵便飛行に従事し、影に日向にヒロインを支え独身を貫いているような誠実真面目な男です。モロッコから帰還した主人公は郵便飛行士の親友の助力で航空会社を創設しますが軍用機の性能で十分とする主人公は確実な安全性や操縦性にまるで顧慮せず、親友の助言にも耳を貸さずついに事故を起こして親友と助手に救助される。救助艇が飛び立ち振り向くと海中に自分の愛機が沈んでいき、前を見ると親友の機体には軍用機とは比較にならない精密計器が並んでいる。ようやく飛行場に着くと「もう一機来るから止まっていてくれ」すると着いた機体のへさきには「Spirit of St. Louis」つまりリンドバーグの大西洋横断飛行成功です。「1929」主人公の航空会社は破産し、主人公は中国戦線に行ってしまう。親友は伯父の新聞社をスポンサーにつけて優れた軍用機の開発に成功し主人公の妻が社長を代行する会社を再興させますが、一方主人公は戦地で戦死して遺族への訃報より先に新聞社にニュースが入り、親友がヒロインに訃報を伝える。会社の再興と政府との契約成立を祝う祝賀会が開かれ重役として自分が紹介された後親友はヒロインを紹介し、ヒロインは人生すべてを飛行機に捧げた夫の名を表彰する、と思わず映画の頭から締めくくりまで紹介する淀川長治氏の座談のようになってしまいましたが、いやいやこれは立派な映画です。ウェルマンの映画は筆者はたいてい好きですが、初見ではすごく面白かったのに観直すと案外あっけないのが本作に限ってはそんなことはなく、主人公と親友、幼なじみのヒロインという設定もよくあり現実的には主人公はろくでもない奴ですが映画ならありです。
時期的にも本作の'38年というと国威発揚ムードをぎりぎりかわしており、軍用機の需要で会社再建というのも戦争(というよりは空軍パイロット)好きの夫に戦死されたヒロインにとってはずいぶん皮肉でもあるはずですが、本作についてはそうした見方はうがちすぎで、ヒロインはより操縦性と安全性の高い軍用機の提供が夫の遺志にかなうと信じていると取る方が素直な見方でしょう。本作が9位に選ばれた昭和15年度('40年)のキネマ旬報ベストテン外国映画部門は以下の通りです。
1.『民族の祭典』(レニ・リーフェンシュタール)
2.『駅馬車』(ジョン・フォード)
3.『最後の一兵まで』(カール・リッター)
4.『コンドル』(ハワード・ホークス)
5.『美の祭典』(レニ・リーフェンシュタール)
6.『スタンレー探検記』(ヘンリー・キング)
7.『カッスル夫妻』(ヘンリー・C・ポッター)
8.『ゴールデン・ボーイ』(ルーベン・マムーリアン)
9.『翼の人々』(ウィリアム・A・ウェルマン)
10.『幻の馬車』(ジュリアン・デュヴィヴィエ)
昭和16年・17年度は戦争のため外国映画上映規制に伴い日本映画のみのベストテン、昭和18年、19年、20年度は戦局によりベストテンは行われませんでした。上記ベストテンを見ると『駅馬車』『コンドル』『翼の人々』(6, 7, 8位もアメリカ映画ですが)など健康で理想主義的なアメリカ大衆映画が大東亜戦争まっただ中、昭和16年12月には太平洋戦争という時局にあって日本の映画観客の良心を感じます(それでも1, 5位は『民族の祭典』『美の祭典』ですが)。『駅馬車』『コンドル』『翼の人々』が最後に観た外国映画になって敗戦までに亡くなった日本人も大勢いるということです。傑作中の傑作『駅馬車』『コンドル』にはおよばないにせよ、誠実な佳作の本作をベストテン9位につけた(キネマ旬報は批評家投票ですが)日本の映画観客の声には切実な思いを感じます。