●11月29日(木)
『淪落の女の日記』Tagebuch einer Verlorenen (監=G・W・パプスト、Union-Film'29.10.15)*109min, B/W, Silent; 日本公開昭和5年(1930年)4月(110分版) : https://youtu.be/Ogxge5Tezyo
[ 解説 ]「パンドラの箱」「死の銀嶺」につづくG・W・パブスト氏の監督作品で主演者は「パンドラの箱」と同じくルイズ・ブルックス嬢、原作はマルガレーテ・ベーメ女史の小説でルドルフ・レオンハルト氏が脚色の筆をとり、ハインツ・ランヅマン氏指揮のもとに「死の銀嶺」のゼップ・アルガイヤー氏が撮影を担任している。助演者は「懐かしの巴里」のフリッツ・ラスプ氏、「ヴィナス」のアンドレ・ロアンヌ氏、ヨゼフ・ロヴェンスキー氏、アーノルド・コルフ氏、エディット・マインハルト嬢等。(無声)
[ あらすじ ] 薬局店の一人娘ティミアン(ルイズ・ブルックス)の神聖な堅信礼の日に何が起ったか。薬局店経営者の父ヘニング(ヨゼフ・ロヴェンスキー)のために身重とさせられた家政婦エリーザベト(ジビレ・シュミッツ)は家を出て帰って来た時は既に屍となっていた。入れ替って雇われた新しい家政婦メータ(フランツィスカ・キンツ)の眼は陰険に光り、薬剤師助手メイネルト(フリッツ・ラスプ)の毒牙はその混乱に乗じてティミアンに迫った。一年後ティミアンが父なし児を生んだ時親族会議はその嬰児を産婆の許に預け彼女を感化院に送る。あとには家政婦のメータが主婦気取りで残った。感化院は無慈悲な院長夫妻(アンドルース・エンゲルマン、ヴァレスカ・ゲルト)の下、ひとを感化するよりは虐待する所だった。ティミアンは売春婦をしていたエリカ(エディット・マインハルト)とそこを脱出する。彼女が我が子を預けた産婆の家にかけつけた時、子供の亡骸を納めた棺が室から出て行った。彼女はそこでエリカの隠れ家を頼ってそこに身を落ちつけ生活のために春をひさぐ女となる。客の一人は彼女を「魂を失った女」だと言った。偶然訪れた父親は魂を失った我が娘を見て失望した。やがて父親が死んで多少の遺産はティミアンに渡されることとなったが彼女は寡婦として取り残されたメータとその哀れな子供等のためにそれを与えてしまう。彼女を恋していた伯爵家の甥(アンドレ・ロアンヌ)は当てにしていた遺産が来ないで自分達の夢が実現出来ないのを悲しみ自殺する。彼の死からティミアンはその伯父のオスドルフ伯(アーノルド・コルフ)に引とられることになる。運命的なめぐり合わせは伯爵夫人と言う肩書をつけられたティミアンをあの感化院に、多くの貴婦人と共に連れて行く。彼女は後援者の一人となったのである。だがそこの設備や方針に大きな欠陥のあることを身を以て経験している彼女は感化院の「祝福」なるものに痛烈な反抗を爆発させたのであった。
――本作は『喜びなき街』'25から続いた美術監督エルネ・メッツナーとのコラボレーションの最後の作品であり、メッツナーの自主製作監督短編「警察調書 暴行」'29(4月9日公開、犯罪奨励作品として上映禁止)に主人公を誘惑する娼婦役で作中唯一の女優として映画デビューしたジビレ・シュミッツ(1909-1955)がブルックスが感化院で親友になる作中2番目のヒロイン、エリカ役で出演しています。シュミッツはドライヤーの『吸血鬼』'32で吸血鬼に狙われる姉妹の姉役を演じ、主演作にはまだナチス政権成立前のカート・シオドマクの原作・脚本作『F.P.1』'32(カール・ハートル監督)がありますが、ナチス政権成立後も国外亡命せず国策映画(ナチス基準で合格した数少ない悩殺女優として重宝されたようです)に出演し続けたため戦後にはメジャーの映画界を追われ、独立プロ系映画でほそぼそと活動しましたが、アルコール依存症に陥り、完全に映画から離れて晩年3年間を過ごしたあと'55年に薬物自殺しました。ファスビンダーの『ヴェロニカ・フォスのあこがれ』'82はジビレ・シュミッツの晩年をモデルにした映画です。ファスビンダーは女性映画の監督兼俳優でもあり、政治感覚を批判され続けたインテリでしたから、政治音痴の女優シュミッツの陥ったジレンマをよく理解して共感あふれる率直な佳作に仕上げています。当然ファスビンダーは「警察調書 暴行」も本作も『吸血鬼』も観ている、というかこのくらいは映画人の基本教養ですが、シュミッツの晩年に思いめぐらせ映画化する、となるとファスビンダーという映画作家の特異性が出てくるので、ナチス政権下ではパプスト作品は頽廃芸術禁止条令で上映禁止映画でしたが、敗戦後のドイツでは東西問わずナチス政権下の作品は頽廃文化の産物と忌み嫌われたので、逆に戦後のシュミッツには全盛期の主演作が上映禁止映画にされると二転三転したので、本作の感化院の寮生、というより「女囚」から脱走して娼館の女になり、再び感化院へというシュミッツの役はノー・メイクに近い感化院での地味な制服のシュミッツ、娼館で華やかなメイクと服装のシュミッツ、再び感化院のシュミッツと鮮明にいでたちにも表されるので、鋭い眼光とあいまって戦後のロッセリーニやブレッソン、'50年代のベルイマン映画のヒロインすら連想させる現代性があります。まだ20歳のシュミッツはほとんど素人同然の演技が荒々しく、不良少女の迫力があります。ブルックスは店員に誘惑されて私生児を産み感化院送りになり、シュミッツとともに寮生たちの暴動まぎれに脱走して娼館に拾われ、親友ともども娼婦になり、やがて夫の自殺とともにその父親の老伯爵の保護下で感化院を再訪し、シュミッツと再会して院長や感化院支援婦人会に啖呵を切り、シュミッツの手を取って出ていくのですが、これはほぼ原作準拠らしく、原作は作者マルガレーテ・ベーメ(1867-1939)の実際の日記を下敷きにした日記体の自伝小説で('06刊)、'20年代末までの25年間で累計120万部の大ベスト&ロングセラーになったといいますが、パプストは結末を娼館の女将になって夜の世界で大成功するヒロイン、という脚本を指定したそうです。その脚本が検閲で不可とされたので現行の映画通りになったのですが、奇しくも帰る国のあったブルックスと、自分の生まれた国に留まりながら政治状況の二転三転で亡命者のような立場を強いられたシュミッツの、女優たち自身の運命を先取りしたような対照になり、これはパプストが『喜びなき街』でグレタ・ガルボとアスタ・ニールセンをWヒロインに、しかし別々のプロットで描いたよりも緊密に一本化したドラマ構成に成功したことにもつながりました。インパクトの強い『パンドラの箱』よりも本作にはじわじわと効いてくる毒があり、パプストの意図通りでない脚本改変があったとしてもテーマの深化ははっきりうかがえる作品になっている、と思えるのはブルックスに加えてシュミッツの存在感がものを言っていると感じられるからです。『吸血鬼』『ヴェロニカ・フォスのあこがれ』をご覧の方は、本作もご覧いただけたら幸いです。
●11月30日(金)
『日曜日の人々』Menschen am Sonntag (監=ロベルト・シオドマク/エドガー・G・ウルマー、Filmstudio=Stiftung Deutsche Kinemathek'30.2.4)*74min, B/W, Silent; 日本未公開 : https://youtu.be/1hg_vL6lQ6I
[ 解説 ] 低予算早撮り映画の天才、エドガー・G・ウルマー監督によるドラマ。世界恐慌直前のベルリンを舞台に、タクシー運転手とモデルの妻、レコード屋の店員、ワインの行商人、映画のエキストラという5人の、ある日曜日の姿をドキュメンタリータッチで描く。2014年4月4日DVD発売。【スタッフ&キャスト】監督=ロバート・シオドマク、エドガー・G・ウルマー/撮影=オイゲン・シュフタン/出演=ブリジッド・ボルヒェルト、ヴォルフガンク・ヴォン・ウォルターハウゼン
――たぶんこれだけでは誰も予想できない世界をこの映画は見せてくれます。よく引き合いに出される『伯林=大都会交響楽』や『カメラを持った男』、また本作に直接影響を受けたと思われるジャン・ヴィゴの「ニースについて」'31も実は本作に似ておらず、また悲劇の一日を描いたドイツの無字幕映画とも似ていません。二人の若い女性、一応青年の範囲に入る三人の男性の素人俳優が、実名と実際の職業で登場し、ある夏の日曜ピクニックに行くまでのいきさつと日曜当日が描かれ、人物たちには感情の近寄りや食い違いも生じますが、楽しい休日を楽しんで帰宅するまでが描かれます。最後のシーンは映画冒頭のベルリンの街並みに戻ります。 タイトル字幕「そして、月曜日」「……仕事に戻って」毎日の挽歌に戻って」「……四人」「……百万人」「……待っている」「……次の日曜日を」が人々の映像にシャッフルされて映画は終わります。本作をルノワールの『ピクニック』に比較するのは自然な連想ですが(『トニ』は素人俳優によるロケーション映画ですが、痴情悲劇なのでルノワール作品でも『牝犬』'32や『獣人』'38の系譜にあるでしょう)、『ピクニック』はシナリオ全編を撮影完了できずに製作中断し、10年経った戦後に撮影済みシーンだけで編集完成・公開してしまった(ルノワールは撮影済みシーン紛失のために残ったリールだけで編集完成・公開してしまった怪作ミステリー映画『十字路の夜』'32という前例もありましたが)本来は長編になるはずだった中編映画で、その偶然のために(『十字路の夜』同様)通常の劇映画のバランス感覚とは異なる名作になった面が多分にあります。『日曜日の人々』は画期的な傑作なので各国語版ウィキペディアなどには詳細なプロットの分析、キャラクター分析が解説されていますが、そうした研究に見合うだけの中味の詰まった作品であるとともに、素朴にベルリンの庶民の中のごく身近な人物たちの、誰もが過ごすような日曜の行楽を描いて喜劇でも悲劇でもない反ドラマ的な劇映画をどれだけ人生の実感を伝える映画が作れるか挑んで完璧な成功を収めた作品であり、分析的研究はあとからついてくるものです。この感覚が本作を特に青春を謳ったものではないのに青年の感性のみずみずしさのみなぎる映画にしていて、趣向として似ている先行作品にはチャップリンの中編『一日の行楽』'19が思い出されますし、ドラマが起こりそうで未然に自然に防がれるデリュックの『さすらいの女』'23がありましたが、チャップリン作品はコメディですしデリュック作品は限りなくドラマ要素を稀薄にしたメロドラマで、『日曜日の人々』ほどドキュメンタリー的側面の強い反ドラマ的劇映画は、最初から人生的側面を削いだ映像実験映画『伯林=大都会交響楽』や社会活動の諸側面に大胆な映画的視点で認識の革新を意図した『カメラを持った男』よりもっと人間くさく、登場人物を描く視点の暖かさで実験臭はほとんど感じさせない映画になっている。これは単なる日常映画でもなく人生のささやかな喜びの一日をきちんと描き、おそらくいつの時代の西洋文化圏のどの国の観客が観てもしみじみとした哀歓に心打たれ、それが映画各所で点景される子供から老人にいたる'29年のベルリンの400万人市民全体の庶民感情がまるごと観客の心に染みるものになっている。この素晴らしい映画でドイツのサイレント時代の映画をしめくくれたのは本当に喜ばしく、ラング、ムルナウ、パプストら大手腕の監督の代表作ですら『日曜日の人々』の登場によって実現した日常的充実によって旧来型の劇映画の枠組みにとどまる、とすら言えるのです。ルノワール、ヴィゴ、ネオレアリズモ、ブレッソン、ジャック・タチ、そしてヌーヴェル・ヴァーグ/ポスト・ヌーヴェル・ヴァーグまで『日曜日の人々』はすでに射程にとらえた作品であり、それは本作の作者たちにも予期しなかったと思われる。奇跡の作品と呼ぶに相応しいのは、まさにそこです。