人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

映画日記2019年2月17日・18日/小林正樹(1916-1996)監督作品(9)

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 小林正樹の映画についての唯一の単行書文献は生前1冊もなければ、没後も20年あまりを経て生誕100年の2016年にようやく刊行された生前のロング・インタビュー、全作品データと論評、資料を集成した小笠原清・梶山弘子編『映画監督 小林正樹』(岩波書店平成28年12月刊)しかありませんが、同書は600ページを超える大冊に文庫本並みの細かい文字組みで通常の書籍の3冊分あまりの内容が一冊に編まれており、巻頭のスチール写真集に次ぐ本文第一部をなす小林正樹晩年(逝去3年前)のロング・インタビューだけでも生い立ちから戦争経験、助監督時代から本人による全監督作品の解説と製作裏話、実現できなかった企画や最後の監督作以後までを語った、分量・内容ともにそれだけでも1冊分に相当するもので、戦後に限らず日本映画に興味がある映画好きの読者には必読の一冊になっています。手軽に文庫や新書版で刊行されているガイドブックでもあれば小林正樹監督作品ももっと身近になるでしょうがこういった大冊の一冊本でしか刊行されないのは限られた読者しか期待できないという出版社の判断でしょうし、質量ともに単行本3冊あまりの内容に匹敵する大冊とはいえ7,000円を超える価格ではこれから観ようという観客のためのガイドブックというより小林正樹監督作品はほとんど観たのでより詳しく作品の背景について知りたい読者しか相手にしていない刊行形態なのが残念で、ロング・インタビューだけでも再構成して新書版で出し直してくれればまだしもですが、おそらくそういう企画も経た上で小林正樹についての本は高価になるとはいえ少部数で一冊本の網羅的な内容で刊行するのがせいぜいというのが現行の出版事情なのでしょう。おそらく300部~500部以下と推定される販売部数の購入は公共図書館がほとんどなのではないかと思うと、本の内容自体は日本映画の基本文献の一冊と言えるほど充実したものだけに、個人購入するには高価すぎ図書館で借りて読むには浩瀚かつ本来手元に置いて再三調べ直すような辞典的性格も高いので、せめてDVD並みの価格で刊行されていれば、いっそDVD-ROM版を安価に同時発売でもしてくれればと、せっかくの刊行なのに価格の点で手軽にお薦めできないのは残念です。特に『人間の条件』以来国際的評価を得てからの小林正樹作品は風格も増し各段に表現の幅を広げており、封切り当時のように映画館ですぐパンフレットを買うこともできず各メディアでの反響を知ることもできない現代の観客には古い文献を漁るか『映画監督 小林正樹』のような概括的なデータや資料、批評の集成が大きく鑑賞の助けになるだけに、現在ではウィキペディアや各種映画サイトも参照できますがそれらも必ずしも満遍なく各作品をカヴァーしているとは言えないので、せめて簡便な全作品解説でもあればもう少し小林正樹監督作品も現代の観客に身近になるだろうにと残念に思われます。そうした事情も踏まえ、戦後監督である小林正樹監督作品はキネマ旬報に公開当時の新作日本映画紹介がありますから、時代相を反映した歴史的文献として、今回も感想文中に引用紹介させていただくことにします。

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●2月17日(日)
『からみ合い』(文芸プロ=にんじんくらぶ=松竹'62)*108min, B/W・昭和37年2月17日公開

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 小林正樹監督作品には主人公の一人がジャズ・ドラマーだった『美わしき歳月』でジャズが全編に流れている映画もありましたが、本作は観始めてすぐにぐっとジャズはジャズでも陰鬱でミステリアスなムードの楽曲が流れているのに気づきます。冒頭のクレジットでこれまでの小林正樹監督作品すべての音楽を手がけてきた木下忠司から音楽が武満徹に変わったのはおや、と思いますが、木下忠司も優れた映画音楽家でしたが本作は録音の西崎英雄とも綿密に音響を計算したという武満徹の音楽が効いていて、バップ系では全然なくむしろ当時サード・ストリームと呼ばれていたような冷たい現代音楽的なジャズですが、『人間の条件』の直後だけにやや軽い映画にしたいという意図で『あなた買います』の路線を継ぐ陰謀サスペンス映画を狙ったという本作は小林正樹監督作品の例に洩れず賛否両論ながら、下世話この上ない遺産相続をめぐる騙しあい出し抜きあいの醜悪な人間ドラマを快調なテンポで見せていて、珍しく混みいった題材を1時間48分と手頃にまとめており、いかにも'60年代初頭らしい悪人映画のエンタテインメント作品になっています。川又昂の撮影、戸田重昌の美術と大島渚の映画のようなスタッフを起用しているのも和製ヌーヴェル・ヴァーグ的なスタイルとまでは言わずとも本作は『人間の条件』以前では『あなた買います』ですら残っていた理想主義的要素や登場人物への共感などもすべて突き放した映画を作る、という思い切りの良さがあり、『人間の条件』ではあれだけ極限状態の人間の尊厳を体現していた仲代達矢宮口精二川津祐介が本作の役柄では『人間の条件』の感動を返せと泣けてくるほど情けない登場人物を演じていますが、映画そのものが『太陽がいっぱい』'60や(本作よりあとですが)『わらの女』'64のような犯罪映画なので、本作で孤独と引き換えに遺産相続戦の勝者となるのはただ一人だけで、ミステリー映画としたら種を明かすのはマナー違反ですが、本作の場合は冒頭から銀座のビル街を背景に歩くサングラスの岸恵子が逆光気味にスタイリッシュなショットでとらえられ、「やあ、二年ぶりですな。どこのモデルさんか、映画スターかと思いましたよ」と宮口精二にすぐそばの喫茶店に誘われ仕方なく窓際の席に腰を下ろし「嫌な男……散歩の邪魔をして……」と岸恵子のヒロインが2年前を回想する形式ですから、2年前に会社社長秘書をしていたヒロインが見違えるほど裕福になったのは回想で展開される末期癌の社長の遺産相続の勝者になるまでをあらかじめ種明かしした構成なので、映画はそこにいたる欲と色の醜悪なドラマをたどっていくことになります。『あなた買います』ではプロ野球スカウトが争う大学野球の有望選手をめぐり、映画の後半に貪欲で抜け目ない有望選手の恩師兼保護者(伊藤雄之助)が死期間近になり、有望選手(大木実)は恩師を見捨て、そこで有望選手の恩師に契約の望みを託していた球団スカウト(佐田啓二)の前に貪欲で抜け目ないだけだった男が死期を前にして思いもがけない人間的尊厳や悲哀、誠実さを見出すという展開がありました。今回の『からみ合い』では回想の始まりから余命いくばくもない末期癌の会社社長(山村聡)が自宅の書斎の中2階のバーで秘書の岸恵子の制止を聞かずウイスキーを飲み、盛大に吐血して緊急手術に搬送されますが、慌てて人を呼んだ岸恵子に駆けつけてきた社長夫人(渡辺美佐子)が一面に散った血を見て「あなた、この人に何をしたの!」と一喝し、秘書の岸恵子は「……生まれながらの社長夫人……」と内心つぶやきます。本作では『あなた買います』の伊藤雄之助佐田啓二のように欲得づくの人間関係から真の人間性が芽ばえてくる具合に描かれる人物は一切登場しません。死に瀕した社長、またヒロインでさえもです。しかし生半可に登場人物がエゴイズムと愛や孤独の中で揺れていた『泉』や『黒い河』よりも本作は色欲や物欲・金銭欲に徹底した分狙いの決まった仕上がりになっており、身も蓋もありませんがその線上で嫌な人物ばかりのリアリズム映画にぴたっと着地した成功作と見なせます。本作も公開時のキネマ旬報の紹介を引いておきましょう。
[ スタッフ ] 監督 : 小林正樹 / 脚色 : 稲垣公一 / 原作 : 南条範夫 / 製作 : 若槻繁・小林正樹 / 撮影 : 川又昂 / 美術 : 戸田重昌 / 録音 : 西崎英雄 / 照明 : 青松明 / 編集 : 浦岡敬一 / スチル : 梶原高男
[ 解説 ] 南条範夫の同名推理小説の映画化。「人間の条件 完結篇」のコンビ、稲垣公一と小林正樹がそれぞれ脚色、監督を担当、撮影は「背徳のメス」の川又昂。
[ 出演 ] 山村聡 : 河原専造 / 渡辺美佐子 : 妻里枝 / 千秋実 : 藤井純一 / 岸恵子 : 宮川やす子 / 宮口精二 : 吉田禎蔵 / 仲代達矢 : 古川菊夫 / 滝沢修 : 倉山杏一郎 / 信欣三 : 石母田 / 鶴丸睦彦 : 志村 / 浜村純 : 神尾 / 槙芙佐子 : 神尾美代子 / 川口敦子 : 神尾真弓 / 芳村真理 : 神尾マリ(まり子) / 鷹理恵子 : ルミ / 利根司郎 : ヌードスタジオ・マスター / 大杉莞児 : 受付の男 / 三井弘次 : 客の男 / 安部徹 : 刑事A / 永井玄哉 : 刑事B / 水木涼子 : 谷医院看護婦 / 千石規子 : 飯田さよ / 菅井きん : 下駄屋お内儀 / 本橋和子 : 沼田質屋のお内儀 / 北龍二 : 成宗圭吾 / 北原文枝 : 成宗ふみ / 川津祐介 : 成宗定夫 / 蜷川幸雄 : 定夫の友人A / 瀬川克弘 : 定夫の友人B / 佐藤慶 : 海岸の私服刑事
[ あらすじ ] 東都精密工業社長河原専造は癌を患い切開手術を行った。その結果、後三カ月しか生きられないことを知った専造は、三億に及ぶ私有財産を、以前に関係あった女達の子供に分割することにした。妻里枝、秘書課長藤井、秘書やす子、顧問弁護士吉田と、その部下の古川が専造の前に呼び集められた。妻里枝に三分の一、残りの三分の二が行方不明の子供三人に渡されることになった。捜索期限は一カ月、呆然とする人びとにすぐ役割がふり当てられた。藤井には川越にいる七つの子が、弁護士吉田にはある温泉街に流れて行った二十になる女の子、やす子は成宗圭吾という役人に再婚していった男の子を探すのだ。――ある温泉街のヌード・スタジオで古川は、専造の落し子の一人神尾マリを見出した。古川はみるからに荒んだ生活のしみこんだマリを、札びらを切って関係を結び、ある契約をマリと結んだ。川越へ行った藤井は、産婆のさよからその子がすでに死んでいることをつきとめある子供を連れて来た。やす子が探し出した定夫は、養父母にとっては手におえない青年だった。二十歳の青春を怠惰と無為に過す与太青年となっていた。――皆がそれぞれ子供を連れて河原邸に帰って来た。やす子は暴風雨の晩、河原に挑まれて体の関係を持った。それ以来、幾たびか体の関係がもたれた。やす子には、安ホテルで逢う体だけの関係の男があった。その男はやす子に子供ができたと知って身を退いた。やす子はその子供を専造の子供にしたてようと考えた。それには、専造とずっと関係を続けてゆくのだ。やす子は専造に子供ができたことを打明けた。死期の迫っている専造は狂喜した。三分の一は無条件に生れる子供のためとしてくれた。愈々財産相続の日がやって来た。その日――藤井の連れて来たゆき子。このゆき子は里枝と藤井が七年前に生んだ子供であると吉田弁護士が発表した。里枝は財産詐称の罪で三分の一を外された。そして真弓のツラの皮を脱いだのは警察だった。マリの上京直前姉が死んだ。自殺だったが実際は殺されたのだ。姉の名前は真弓。死亡届の名前が偽造されたのだ。財産の相続者は誰もなくなったわけである。やす子の生れ来る子供を除いては。やがて専造は死んだ。財産はやす子の子供へ全部渡されることになった。
 ――キネマ旬報のあらすじには特に日本映画・外国映画問わず多いのですが、配給会社の宣伝部資料をそのまま引き写したものか実際の映画と叙述の順序、細部のエピソードや外国映画の場合は姻戚関係の誤訳やスペルミスをそのまま日本語表記に移したものが多く、興味深いのはウィリアム・A・ウェルマンの画期的ギャング映画『民衆の敵』'31のように実際の映画の結末からさらに大きなクライマックスがキネマ旬報のあらすじには記載されており、現行の海外文献を調べてもそんなクライマックスのあるヴァージョンの公開はされていなかったようなので本国作成の宣伝用資料にだけ原作由来か決定稿、または映画完成以前のシナリオの二重のクライマックスが記され、その翻訳がキネマ旬報のあらすじに掲載された、かえってアメリカ本国では映画完成後に本式な宣伝用資料が配布され公開されたので二重のクライマックスの記録が残されなかったと思われます。この『からみ合い』の場合は秘書のやす子に別の若い情人(平幹二朗)があり妊娠したのはその情人との子なのが暗示されるのは事件がすべて終わった回想の結末近くで、「子供なんて堕ろせよ」「生むわよ」とやす子はお役目ご苦労とばかりに情人と別れます。映画は東都精工の社長河原専造(山村聰)の末期の胃がんが判明し、余命数か月と知った河原は三億円に上る資産を、過去に生ませた三人の隠し子を捜し出した上で相続割合を決めると言い出します。若い妻里枝(渡辺美佐子)、秘書課長の藤井(千秋実)、顧問弁護士の吉田(宮口精二)と吉田の助手・古川(仲代達矢)、そして秘書の宮川やす子(岸恵子)が隠し子の探索に乗り出しますが、藤井は河原の隠し子の死亡を知ると河原の妻の里枝との間で子供をもうけて孤児院に入れており、その女児のゆき子を死んだ隠し子の代わりとして年齢を偽造し戸籍を改竄してまで連れてきます。孤児院育ちの7歳のゆき子は「育ちのせいか他人の顔色をよく見る、良い子だった」と回想するやす子の声で観客に紹介されます。弁護士吉田は隠し子に遺そうとしている遺産で財団法人を作らせ幹部になろうと狙っており、古川はヌードスタジオのモデルのマリ(芳村真理)と共謀して彼女と金を山分けにしようと目論みます。マリはそのために河原の実娘である姉の真弓(川口敦子)を自殺に見せかけて毒殺します。そしてヒロインの秘書やす子は養家で愚連隊(蜷川幸雄ら)の一員になった定夫(川津祐介)を捜し出しますが、自分に迫る定夫をやり過ごすためにバーに入り定夫がバーの客(田中邦衛)と喧嘩する隙に逃げ出します。しかしある晩やす子は河原に関係を強要され、なし崩しに愛人となってしまいます。遺言を発表しようと一堂が集まった場で河原は不良の定夫を追放し、さらに刑事たちが踏みこんできて義姉の真弓になりかわったマリを義姉の毒殺容疑で逮捕し、助手の古川の共謀を知った吉田は古川を追い出します。遺言作成は延期され、藤井と里枝夫人が連れてきたゆき子が戸籍偽造と確証した吉田は財団法人計画のためにやす子を共謀者に誘って戸籍偽造の証拠証書を託し、その晩やす子は河原に妊娠を打ち明け喜んだ河原は早速やす子に流産死産問わず1/3、里枝夫人に1/3、ゆき子に1/3の遺言状を作成して3日後に急死します。新聞の紙面にマリの義姉毒殺事件と大会社社長の河原の訃報が同時に載ります。遺言状の執行に際して顧問弁護士の吉田は藤井と里枝夫人によるゆき子の戸籍偽造を暴露し里枝夫人とゆき子の相続権は剥奪されますが、里枝夫人とゆき子の分を財団法人にという策謀は吉田から預かった書類は社長秘書として預かっただけで内容は知らなかった、としらを切るやす子によって否認され、遺産のすべてはやす子が相続することになります。そしてやす子は妊娠した子の実際の父親であろう情人と最後の情事で別れます。映画は再び冒頭の銀座の喫茶店に戻り、吉田は子供は、と訊いてきて、やす子は1歳足らずで亡くしました、と答え、なおも話を持ちかけようとする吉田から笑顔で立ち、喫茶店を出ると高級車に乗りこみ去っていき、画面の右下に完の文字が重なって映画は終わります。人物たちの思惑を先に明かしながらまとめられているキネマ旬報のあらすじよりも実際の進行は執拗で先の見えない構成を取っているのは上に映画に即してまとめ直した通りです。本作はイギリスのアカデミー賞国連賞を受賞していますが、映画全体の乾いた感触、まったく情感を排した皮肉な犯罪悲喜劇、先に悪人映画と書きましたがここに描かれた心の欠落した欲望だけの人間たちは欲望に正直という意味では即物的に率直なだけなので、正確には罪の意識すら欠如しているために義姉を毒殺するマリさえも悪人ですらないと言えるので、イギリス的なシニカルな人間観には親和性があるのかもしれません。原作小説自体が浅ましい人間ドラマを描いて文学性など顧慮していないと思われるだけ小林正樹の監督作でも本作は文学性皆無な作風に異色な存在感があり、スタイリッシュな都会的映像も含めて例外的な作風であるところに面白みがあります。こうした作品もあと数作作っていたらこの方面での発展もあったのではないかと思われる作品です。

●2月18日(月)
切腹』(松竹京都'62)*133min, B/W・昭和37年9月16日公開

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 本作『切腹』への小林正樹監督の自負は相当なもので、晩年のインタビューでも他の作品を措いて「代表作です」と断言し、もっと高評価だった作品について訊かれる際も『切腹』の方がいいのに、とつけ加えるほどで、それほど映画監督として最高の達成を極めたのは『切腹』に尽きる、という思いが最晩年まであったようです。松竹で師事した木下惠介もあまりに残酷な内容という評判から公開後10年してようやく観たそうですが、'88年(最後の小林正樹監督作品になった『食卓のない家』'85以後)に行われた小林正樹監督作品特集上映会の記念講演の速記録で『切腹』を絶讃し小林正樹監督作品の最高傑作と賞揚しており、また『人間の条件』で始まった小林正樹への国際的評価は本作と次作『怪談』'65の2作連続カンヌ国際映画祭審査員賞の受賞で定着したのが、この2作と次の三船敏郎プロデュース・主演作『上意討ち 拝領妻始末』'67の3作が海外盤DVDでも日本映画の古典視されて定番作品になっていることからもうかがえます。それはこの3作がいずれも時代劇であり、特に『切腹』は小林正樹が初めて手がけた時代劇でした。海外での評価は黒澤明の『羅生門』'50、衣笠貞之助の『地獄門』'52、溝口健二の'52年~'54年の『西鶴一代女』『雨月物語』『山椒大夫』などもそうだったように時代劇の方が文化的興味から注目を集めやすかったのは確かなようで、『切腹』も題材自体が異様な興味をそそった面は大きいでしょう。しかし九州のローカル作家の原作に目をつけて脚本化したヴェテラン脚本家・橋本忍(1918-2018)の慧眼は脚本の仕上がりともども素晴らしいもので、橋本は『羅生門』を始め黒澤明お抱えの脚本家として『生きる』『七人の侍』から'60年の『悪い奴ほどよく眠る』まで絶頂期の黒澤作品を支えており、黒澤の下を離れてからは『白い巨塔』や『日本のいちばん長い日』、'70年代の『砂の器』『八甲田山』『八つ墓村』まで大ヒット作品を送り出した戦後映画の立役者の一人です。本作の時代背景は寛永七年(1630年)、徳川家康の江戸開幕が慶長八年(1603年)で歌舞伎の興隆も江戸開幕と同時期、芭蕉西鶴近松らの上方文化全盛時代が1670年代~1720年代、江戸の庶民文化に主導権が移ったのは50年あまりの移行期を経て1770年代ですから、江戸時代と言ってもほとんど前時代を引きずっていた頃です。豊臣家の滅亡が1615年、藤原家当主の逝去により藤原家が没落したのが1619年、前後しますがキリスト教禁止令が1613年、島原の乱が1637~38年、そうした時代を背景にした『切腹』は徳川幕府の大名制推進によって仕える家が没落し失業した浪人武士の増加と貧窮生活、高利貸しからの借金さえも行き詰まるとなれば、貧窮浪人は切腹の請願によって大名家からのわずかな慰労金授与に頼るしかない世相が背景になっています。映画は奥座敷に据えて武具・具足を飾った赤備えの鎧像の長いショットから不気味に幕を開け、「井伊家家伝書覚書」と書かれた筆書きの肉筆和本のページが開かれ、徳川家の贔屓によって大大名家となった彦根藩井伊家に没落した広島藩福島家の元家臣の老浪人が訪ねてくるところからドラマは始まります。本作もキネマ旬報の公開当時の紹介を引いておきます。
[ スタッフ ] 監督 : 小林正樹 / 脚色 : 橋本忍 / 原作 : 滝口康彦 / 製作 : 細谷辰雄 / 撮影 : 宮島義勇 / 美術 : 大角純一・戸田重昌 / 音楽 : 武満徹 / 録音 : 西崎英雄 / 照明 : 蒲原正次郎 / 編集 : 相良久
[ 解説 ] サンデー毎日大衆文芸賞入選作として、昭和三十三年十月号の同誌上に発表された滝口康彦原作「異聞浪人記」より「八百万石に挑む男」の橋本忍が脚色、「からみ合い」の小林正樹が監督した異色時代劇。撮影は「お吟さま(1962)」の宮島義男。
[ 出演 ] 仲代達矢 : 津雲半四郎 / 岩下志麻 : 津雲美保 / 石浜朗 : 千々岩求女 / 稲葉義男 : 千々岩陣内 / 三國連太郎 : 斎藤勘解由 / 三島雅夫 : 稲葉丹後 / 丹波哲郎 : 沢潟彦九郎 / 中谷一郎 : 矢崎隼人 / 青木義朗 : 川辺右馬介 / 井川比佐志 : 井伊家使番A / 小林昭二 : 井伊家使番B / 武内亨 : 井伊家使番C / 天津七三郎 : 小姓 / 安住譲 : 新免一郎 / 佐藤慶 : 福島正勝 / 松村達雄 : 清兵衛 / 林孝一 : 代診 / 富田仲次郎 : 人足組頭 / 五味勝雄 : 槍大将
[ あらすじ ] 寛永七年十月、井伊家上屋敷に津雲半四郎と名乗る浪人が訪れた。「切腹のためにお庭拝借……」との申し出を受けた家老斎藤勘解由は、春先、同じ用件で来た千々岩求女なる者の話をした。窮迫した浪人者が切腹すると称してなにがしかの金品を得て帰る最近の流行を苦々しく思っていた勘解由が、切腹の場をしつらえてやると求女は「一両日待ってくれ」と狼狽したばかりか、刀は竹光を差しているていたらくで舌かみ切って無惨な最後をとげたと――。静かに聞き終った半四郎が語りだした。求女とは半四郎の娘美保の婿で、主君に殉死した親友の忘れ形見でもあった。孫も生れささやかながら幸せな日が続いていた矢先、美保が胸を病み孫が高熱を出した。赤貧洗うが如き浪人生活で薬を買う金もなく、思い余った求女が先ほどの行動となったのだ。そんな求女にせめて待たねばならぬ理由ぐらい聞いてやるいたわりはなかったのか。武士の面目などとは表面だけを飾るもの……。半四郎は厳しく詰め寄った。そして、井伊家の武男の家風を誇って威丈高の勘解由に、半四郎はやおら懐中より髷を三つ取り出した。沢潟彦九郎、矢崎隼人、川辺右馬之介、髪についた名の三人は求女に切腹を強要した者たちで、さきほど半四郎が介錯を頼んだ際、病気と称して現れなかった井伊家きっての剣客たちである。隼人、右馬之介はたった一太刀、神道無念一流の達人彦九郎だけは数合刀を合わせたものの、十七年ぶりに刀を抜いた半四郎の敵ではなかった。高々とあざけり笑う半四郎に家臣達が殺倒した。荒れ狂う半四郎は井伊家先代の鎧兜を蹴倒し、数人を斬り倒して種ヶ島に打取られた。半四郎は切腹、自刃した彦九郎や斬殺された者はいづれも病死という勘解由の処置で、井伊家の武勇は以前にもまして江戸中に響き老中よりも賞讃の言葉があった。
 ――本作は彦根藩井伊家江戸屋敷を舞台に、浪人となった若い広島藩福島家元家臣(石浜朗)の切腹を巡って物語が展開しますが、井伊家家老の斎藤勘解由(三國連太郎)と切腹のために庭を借りに来たという老浪人・津雲半四郎(仲代達矢)二人の会話劇が大半を占めるかたちで、前半は若い浪人の竹光による切腹を説明する井伊家家老・勘解由の回想形式、そして老浪人の津島半四郎は切腹の介添人に井伊家の家臣3人を具体的に指名しますが3人いずれも病欠という報告が返ってきます。それでは、と後半は切腹前に身の上話を申し上げたい、という老浪人の回想形式になり、実はその若い浪人は同郷の老浪人自身の娘婿で、福島家が徳川家に嫌われ信州に追いやられ元家臣たちは浪人となって食いつめながらも何とか立て、老浪人は娘(岩下志麻)を亡友の息子(石浜朗)の婿に迎え孫を授かりますが、ある日赤ん坊も娘も病に倒れてしまう。火急に金策してくると言って出て行った婿は死体となって井伊家の家臣3人に届けられてくる。もちろん婿は切腹懇願名目の求職か借金に行ったのですが、井伊家家老の勘解由はそれを見透かしながら刀も売ってしまって竹光しか差していない若い浪人に望み通り切腹するがよい、と若い浪人の事情も聞かず竹光で切腹させ、竹光の切腹の苦痛に耐えかねた浪人は介添を待たず舌を噛んで自死してしまった。井伊家の家臣たち3人は家老の勘解由の計らいを誇り哄笑しながら遺体を置いて去り、娘は泣き崩れ赤ん坊は2日後、あとを追うように娘も病死した。そこまで語った老浪人は家老・勘解由からあくまで切腹を行わせたのは適切な処置であったろうという主張に、武士である前に人間ではないのかと反論し、指名した介添人で娘婿の遺体を届けに来て哄笑していった井伊家臣下の剣自慢の沢潟彦九郎(丹波哲郎)、矢崎隼人(中谷一郎)、川辺右馬之介(青木義朗)の不在を再び問うと、土産をお持ち申した、と結んだ紐に名前を書いた矢崎と川辺の髷を懐から出して白浜に放り投げ、命までは取っておらん、と再び回想体で辻斬りで三日前に一刀で矢崎と川辺から髷を奪い、噂を聞き腕も立つ沢潟彦九郎殿とは決戦になり少々てこずったが、と18年ぶりの剣ながら実戦経験のある自分と「所詮畳の上の剣」の沢潟では、と一笑に伏すと沢潟の名前を結んだ髷も投げ、髷が伸びるまで病気と偽り隠れるのが井伊家の武士道か、と哄笑し、ついに仇討ちの意志を明確にして自分も死ぬが一人でも多く道連れにいたすぞ、と家老・勘解由の指示で召しとれ、と命令され刀を抜いて立ち上がった家臣たちを半四郎は次々となで斬りにしていきます。家老・勘解由は座敷に引きこんで苦々しくその喧騒を聞きます。奥座敷まで追い詰められた半四郎は自分も半死半生の傷を負いながらなおも応戦して斬りに斬り、赤備えの飾り鎧像を抱きかかえてぶち壊し、もんどりうって廊下に転がり出て駆けつけた鉄砲隊に対峙して自刃し、倒れかかる半四郎に鉄砲隊が一斉発砲します。部下から報告を受けた家老の勘解由は臣下の部下の死者はすべて病死に扱い、負傷者は直ちに手当てし病気として極力死者は出すな、と指示し、さらに髷を奪われた矢崎と川辺は蟄居、沢潟彦九郎は自刃と報告を受け矢崎と川辺も切腹、のち三名とも病死とせよ、と命じます。冒頭の井伊家家伝書の覚書が映り、キネマ旬報のあらすじ通り「これにて井伊家の武勇は以前にもまして江戸中に響き老中よりも賞讃の言葉あり」と和本のページが閉じられて、映画は終わります。石浜朗小林正樹の監督第1作『息子の青春』から『まごころ』『この広い空のどこかに』と成長著しかった良い青年俳優ですが、『人間の条件・第一部』の主人公の助手を勤めて同胞と任務の板挟みになり高圧線鉄条網で焼死する中国人青年、そして本作の食いつめた若い妻子持ちの浪人で井伊家の温情にすがるしかなくなるも口実が切腹しかないため口実通りに売り払った真剣の代わりに提げていた竹光で切腹を強要させられる役と、要になる役を痛切に演じています。三國連太郎の高圧的な井伊家家老・勘解由が適役なのはさすがとして仲代達矢も実年齢より20歳以上老けた50代の老浪人の役を見事にこなしており、本作は井伊家の江戸屋敷の中庭の白浜で行われる対話劇なので、回想体のシーン以外の現在形のドラマでは浪人の半四郎は白浜中央に座ったまま、三方を家臣たちが廊下に囲み、半四郎の正面に扇子を持った家老の勘解由と側近、と家老勘解由以外は不動の姿勢ですから、一種の変型法廷劇にもなっている。大島渚に一連のこの趣向の作品系列があり、結婚式が列席者の過去の告発舞台になる『日本の夜と霧』'60、島原の乱で立てこもったキリシタン陣営を描いた『天草四郎時貞』'62、実際の強姦致死事件の在日朝鮮人少年犯罪をモデルに取調室の模様を描いた『絞死刑』'68などがそうですし、また今井正の『青い山脈』'49も後編の『続青い山脈』'49はほとんど学園法廷劇といっていい作りでした。しかしいずれも『切腹』ほど極端に制限された状況で描かれてはいませんし、『切腹』では回想体でフラッシュ・バックされるシーンが多用されていても圧倒的に印象に残るのは中庭の白浜での三國連太郎仲代達矢の対峙であり図太く執拗な腹芸合戦です。老け役のはまった割にはクライマックスの仲代達矢はいきなり強すぎはしないかと唐突でもありますが、その前に真剣を使ったという丹波哲郎沢潟彦九郎との決闘で、江戸開幕から30年近く立ち内戦状況も収まって20年近く経ち、実戦経験のある仲代達矢の半四郎は腰だめで腕を引いて構え、丹波哲郎沢潟彦九郎の方は上段の構えで剣道の姿勢ですから、井伊家の家臣の中の剣豪である彦九郎ですら実践的な実戦経験を踏まえた剣法ではないのが描かれているので、クライマックスの半四郎は井伊家家臣たちとはプロとアマチュアどころではない差がある上に半四郎の方は死を覚悟で果たしあっているので不自然ではありません。また浪人を竹光で切腹させたことから始まる本件一切が不祥事になることを井伊家家老の勘解由は武士の建前で押し通す処置で公的な報告にまとめたので、老浪人の半四郎の報復は打撃は井伊家の幕府への立場に危機を与え、井伊家の形骸化した武家としての地位を喝破し嘲笑ったとしても、痛み分けならば生き残った方が勝ちで死んだ方は武士らしく死んだとしても犬死にには違いないとも思わされます。しかし三島由紀夫はエッセイ「残酷美について」(昭和38年10月)で本作を論じてこの点の辛い作家としては絶讃に近い讃辞を捧げ、桜や紅葉に死や血潮を感じる日本人の民族的美観がそれを近代的な視点から批判的に描こうとしている映画監督の意図を越えて湧き上がってくる作品として、ギリシャ悲劇の運命性と関連づけて肯定的に高く評価するヨーロッパの批評家の評価に共感し、エッセイの後半ではアメリカ映画『何がジェーンに起こったか?』と比較して後者の不徹底を批判し、エッセイの末尾では「『切腹』は本質的にヒューマニズムを必要としない作品である。『ジェーン』は商業的にヒューマニズムの必要を説く作品である。われわれは躊躇なく前者を芸術と呼ぶが、その本質に目をつぶつたふりをしてゐるのは愚かしい」と、本作を積極的な残酷美として讃美しています。映画を語って評者自身について語っているような批評で、三島由紀夫自身が本作の浪人・津島半四郎を模倣するような最期を遂げたと思うと『切腹』の極端なパトスの危険性も感じずにはいられません。