人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

集成版『荒野のチャーリー・ブラウン』第四章

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 第四章。リラン・ヴァン=ペルト。
・リラン! 
 無理に呼び起された不快から、反抗的に、ちょっとの間目を見開いて睨むように兄の顔を見あげたが、すぐまたぐたりとして、ズキンズキンと痛むこめかみを枕へあてた。ぼくは、腹が立ってならなかったのだ。
 ライナスはしかし、急き立ててぼくの名を呼び続けようとはしなかった。もうぼくが目を醒したのだと知ると、熟睡のあとの無感覚な頭の状態から、ハッキリした意識をとり戻し得るだけの余裕を、十分に与えてやるという風にしばらく黙っていた。
・起きろよ
 突然にまた兄の鋭い声がした。脅かされたように、ぼくは枕から顔を放して、兄の顔を見守った。二言三言眠り足らない自分を言い訳しようとでもする言葉が、ハッキリした形にならないまま鈍い頭の中で渦を巻いていた。
・いま……何時なの?
 が、しかし、兄はそれには答えなかつた。ぼくはちょっと照れて机の上の置時計を見た。
・二時間位しか、眠りやしない……。
 ぼくは半分寝床から体を這い出しながら、口を尖らせながら、呟くように言った。そういうぼくを、兄は非難しようとさえしなかった。
 ともかく起きろ。起きて、着替えてキチンとしろ、大変なことになったんだ。
 こう、妙に沈んだ声で言うのだった。ぼくはかすかな不安を覚えながら、節々の痛む体を無理に起して寝床から放れた。……ランドセルのまま、毛布も持ったままの、学校へ行きがけらしい兄の姿をもう一度よく見守って、何か言おうとしていると、
・ルーシーが悪いんだ
 と、兄は怒ってでもいるような恐い顔をして、押っ被せるような強い口調で言った。姉さんが?姉さんには昨日会ったんだけれども……。昨夜ひと晩で急にヒドく悪くなったんだ。肺炎だというんだが、もう駄目らしい。今日午前中持つかどうか……。
 キッパリと、あまり強い調子で言うのでちょっとの間ぼくは、兄の言葉に反問することが出来ずにいた。
・そんなことはありはしない。そんなことってありはしない……
 しばらくして、ぼくは兄を責めでもするように、ワクワクしながら呟いた。
・医者が、もう駄目だと言うの?
 ああ、そう言うんだ、と兄は力のない声で、おれは、これから電報を打ちに行くんだ。それから、もう一度医者に酸素吸入を頼んでくるつもりでいるが、お前にも頼みがあるんだ。
 私は返事をしなかつた。着物を着替えたらすぐ駆けつけてみようと思っていたのだ。
 ……広小路へ行ってね、イボタの虫ってものを買って来てもらいたいんだ。
・イボタの虫って……
 おれもよく知らないんだがね、と、兄は言いにくそうな調子で、売薬だがね、好く効く薬なんだそうだ。母さんがぜひ買って来いと言うんだから、買って行けよ。


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 うさんくさいと思っているんだろう?とライナスは弟のベッドに腰かけながら言いました。悠長にしているひまはありませんが、リランは着替えが遅いのです。ルーシーなどはあんたは服着たまま寝ればいいのよ!と日頃からカリカリしていたくらいでした。まあルーシーはいつでもカリカリしている姉ですが。
 リランは答えませんでしたが、それは無愛想からではなく、兄に言われるまでもなくそんな売薬の効き目など信用できず、ましてや医師の見立てでも今日の午前中持つか持たないかという病人に、兄の提案通り吸入でまだ苦痛を和らげてあげる程度ならともかく、言わば臨終間もない病状に気休めみたいなものをあつらえてどうにかなるものか、という呆れた気持からでした。だいたい名称からして呼吸器系の疾患に効く薬とは思えません。何とかの虫、のたぐいというくらいですから、たぶん古くからある伝承薬なのでしょう。
 たぶん古くからある伝承薬のたぐいだとは思うけどね、とライナスが言ったのでリランはギクッとしましたが、うん、とうなずくと、でも本草学を馬鹿にしちゃいけないぜ。近世までの医学は解剖学と薬学だが、薬学はつまり植物学だったんだから。植物学とはつまり自然科学で、自然科学とはあるがままの生態系環境を知ることだ。もし政治的にも軍事的にも経済的にも宗教的にも何の権限も持たない王様を王と定めた国があるなら、たぶん象徴的な意味で自然科学をお修めになるに違いない。
 それはそうかもしれないけれど、とリランは見当たらない靴下の片方を探しながら、だったら兄さんが、と喉もとまで出ましたが、ライナスはあちこち電報を打つやら吸入の依頼に行くやらで先にすることがある、と言うに決まっています。だからリランに頼むのだ、と言うでしょう。ライナス自身がそんな虫の薬などあてにしてはいないのです。なのにリランに頼むのは母さんの指図を代行してほしいからで、これだって虫のいい話です。
 ですが役割を交替してリランが電報を打つのは兄弟の順位表からして変ですし、ライナスが手配するなら反対はしませんが、リラン自身はこの期に及んでの吸入には大して積極的にはなれませんでした。それに……リランには懸念もありました。リランはライナスに尋ねました。
・チャーリーやスヌーピーたちも呼ぶの?


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 ライナスは答えず、相変わらずリランのベッドに腰を下ろしたまま毛布をぶら下げていましたが、不自然な沈黙にはさすがにこらえかねたのか左手の手指の先を一本一本見較べると、やはりいつもの親指を舐めることに決めたようでした。この親指はライナスの指しゃぶり癖のためにこれまでに何度も姉ルーシーの怒りを買い、切り落とされたことも一度や二度では利きませんが、そのたびに再生してくるのはライナスのキャラクター属性と指しゃぶりが切り離せないからで、ルーシーが何度あの手この手で隠滅しても戻ってくる毛布と並んで一種の不滅性を備えていました。
 ライナスの場合は指しゃぶりのために左手の親指があり、それがライナスとともに生まれてきたものなのは疑うべくもありません。では毛布はといえば、これはライナスにとって胎盤の代用を勤めていることはパインクレストの世界では誰にとっても明らかでした。チャーリー・ブラウンが草野球に執着し、そのチームが常に連敗記録を更新しているのが社会的挫折の象徴であるのと同様に、チャーリーをめぐる小学生たちは何らかのシンボルであることを義務づけられているような世界、それがこのパインクレストです。シュローダーは芸術家であり、ピッグペンは失業者、フランクリンはやがてこの国初の黒人大統領になるでしょう。
 だったらぼくは何になるんだろう、とリラン・ヴァン=ペルトはわざとのろのろと着替えをしながらひとりごちました。ルーシーの弟でライナスの弟、姉や兄が果たしてきた役割からすれば、たぶんぼくはオマケのような存在でしかない。戸籍上ではぼくの名前はRerunとなっている。「またかよ!」とルーシーが言ってライナスがつけたという名前だ。ぼくはオーヴァーオールさえ着ていなければ兄と見分けがつかない。チャーリーがスヌーピーを譲ってくれないかと思っている。たまにチャーリーのチームでレフトを勤める。ぼくは1973年に最初から現在の年齢で生まれた。それまでは存在しなかった。だけど自分の存在に気づいた時には、ぼくはすでにそれまでの記憶を持っていた。
・植えつけられた記憶だ。
 たぶんぼくの存在はルーシーが姉貴ぶりますます増長すべく、ライナスが格好のつかない兄たるべく考案されたものなのだろう。だが今、ルーシーは臨終の床にあるといい、ライナスは妙に落ちつき払っている。
・罠のにおいがする。


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 ライナスは弟の質問を聞き流しながら、ルーシーとのあいだの永年の確執がなんとなく押し流されて行くのを感じていました。姉とライナスはともに1952年生まれの6か月違いの姉弟でしたが、ライナスはお母さんから生まれたのではなくルーシーがいるからこの世に呼び出されてきたようなもので、それはリランが彼らの弟として現れた時に否定のしようもなく突きつけられたこの世界の成り立ちでした。実際、リランの登場によってライナスはずいぶん楽な気持になったものです。こうも自分とうり二つの容貌の弟がいると、ライナスは指しゃぶりの癖も愛着尽くしがたい毛布もこれまでならなくてもいい場面まで公然とさらけ出せるようになりました。そうでもしないと、ライナスがライナスたるアイデンティティが稀薄になってしまうからです。
 その点では、ぼくはこいつに感謝してもいいわけだ、とライナスは着替えののろいリランを寛大なまなざしで眺めながら思いました。おまえが出てきてから、ぼくはずっと肩が軽くなった。そう内心で話しかけながら、しかしリランにとってルーシーやぼくの弟であることは決して面白いことではないだろうな、と思いました。彼が生まれたのは1973年とライナスたちよりだいぶ遅く、ルーシーとライナスがとげていた精神的成長に生まれながらに釣りあう設定年齢と精神年齢に生まれついたのです。それは楽なことではないはずでした。ルーシーとライナスはうまれてから10年をかけてキャラクターに磨きをかけてきて、いわばそれが彼らの幼年期だったのに、リランには姉や兄のような幼年期は与えられなかったのです。
 ぼくがいかにもこしらえものめいた、ともすれば機械人形的キャラクターと自分でも感じるのは、たぶんそのせいだ、とリランはライナスが思いめぐらしている続きを引き継ぎました。彼らは普段はもっと簡潔なフォーマットに生活しているので、自分以外の人物の心の中などお見通しが前提でボケ・ツッコミを分担したり滑ってみせたりしているのです。ただし彼らの中にもひとりだけ例外がいました。それはムーミン谷におけるムーミンと同じで、世界の中心にある虚無であり、虚無であることでそれぞれの世界全体のショック・オブザーヴァーの役目を果たしているのに、本人たちには自分が中心人物という自覚がないことまで一緒でした。
 チャーリー・ブラウン、とリランは呟きました。彼を失っても、ぼくたちは存在し得るのだろうか?


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 たとえば、とリランは前後逆に着てしまったオーヴァーオールから袖を抜きながら思いました、ぼくが生まれて、より正確に言えば現れてきてから、ぼくはルーシーやライナスに彼らの性癖を正当化するための引き合いにされてきた。ケーキの大きい方は私のね、だって二人も弟がいるんだから当然でしょ!……いやこれじゃルーシーの言い分にも一理あるような例になってしまう。指しゃぶりならついこの間までリランだってしていたじゃないか!まさかリランまで今でも隠れて指しゃぶりしているんじゃないでしょうね!……これならはっきり濡れ衣だと言える。ぼくは存在してからこのかた、指しゃぶりなどしたことはないのだ。
 ただし、とリランは背筋に冷たいものを覚えながら沈着に考えました、彼らは嘘は言っていないということもぼくにはわかっている。ルーシーにもライナスにもぼくが幼児らしいわがままを言ったり、指しゃぶりをしたりしているのを見てきた記憶がある。正しくは、ぼくがヴァン=ペルト家の次男、ルーシーとライナスの弟として出現した時にその記憶が発生した。ぼくにはそれがわかる。なぜなら、ぼくも自分がこの世界に現れた時、ルーシーやライナスと共有する記憶がすでにあったからだ。だからぼくが最初から分別のついた児童であったとしても、客観的に実際の幼年期を証したてる方法はない。あったとしてもそれはルーシーやライナスの知っているぼくではないということになる。
 こうして考えていることも、たぶんライナスにはお見通しのはずだ。ヴァン=ペルト家の三姉弟はひとつのグループをなしているのだから。それはチャーリーとサリーのブラウン兄妹よりも(なぜならチャーリーはスヌーピーとの絆のほうがより強いから)、パインクレスト小学校のモブキャラたちよりも強いサークルを結んでいるに違いない。ライナスもぼくもルーシーの弟であることからは逃れられない。そう思っていた。
 だからルーシーが間もなく臨終を迎えようとしているなどぼくら弟たちにとっては晴天の霹靂で、もしぼくたちがルーシーの従属的キャラクターならば、彼女の臨終はぼくら弟たちも巻き込んだ消滅に結びつくかもしれない。兄はぼくより10年あまり長くルーシーの弟を務めているから、ぼくよりはこの世界の成り立ちに精通しているはずだ。だがルーシーなしに兄とぼくとが永らえる可能性が、果たしてあるものだろうか?


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 しかしひょっとしたら、とリランは思いました、おれはかつがれているのかもしれないぞ。今朝は最初からナイナスの態度は唐突で、しかももったいぶっていた。
 リランは無理に呼び起されて不快になり、反抗的に一瞬にらむようにライナスの顔を見あげましたが、すぐまた寝不足で痛むこめかみを枕へあてて顔をそむけたのです。リランは腹を立てていました。
・起きろよ
 と、突然またライナスの鋭い声がしたので、ようやくリランは枕から顔を放して、兄に顔を向けました。
・いま……何時なの?
 しかし、兄は答えませんでした。リランはすこし照れて机の上の置時計を見ました。
・二時間くらいしか眠ていない……
 リランは半分寝床から体を這い出し、口を尖らせて、呟くように言いました。ですが兄は非難しようとする様子もありません。
・ともかく起きろ。大変なことになったんだ
 こう、妙に沈んだ声で言うのでした。リランはかすかな不安を覚えながら、節々の痛む体を無理に起して寝床から放れると、
・ルーシーが悪いんだ
 と、ライナスは怒ったようにたたみかけるような口調で言いました。姉さんが?とリランは虚を突かれました。ルーシーには昨日会ったんだけれども……。するとライナスがいうには、昨夜ひと晩で急にひどく悪くなったんだ。肺炎だというんだが、もう駄目らしい。今日午前中持つかどうか……。
 きっぱりと、あまり強い調子で言うのでとっさにリランは、ライナスの言葉に反問できませんでした。そんなわけはない、そんなわけはない……。しばらくして、リランはライナスを責めて呟くように、
・医者が、もう駄目だと言うの?
 ああ、そう言うんだ、とライナスは力のない声で、おれは、これからあちこちに電報を打ちに行くんだ。それから、もう一度医者に酸素吸入を頼んでくるつもりでいるが、お前にも頼みがあるんだ。
 リランは返事をしませんでした。。着替えたらすぐに出ようと思っていたのです。
 広小路へ行ってね、とライナスは言いました。イボタの虫ってものを買って来てもらいたいんだ。
・イボタの虫って……
 おれもよく知らないんだがね、と、ライナスは言いにくそうな調子で、売薬だがね、好く効く薬なんだそうだ。母さんがぜひ買って来いと言うんだから、買って行けよ。
・……イボタの虫?
 やっぱりかつがれているのではないだろうか、とリランは思いました。ルーシーの急病も、きっと嘘だ。


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 なんだか安いサイコ・サスペンスみたいね、と桜田ネネちゃんは言いました。サイコ・サスペンスってなあに?と素直に質問するのは佐藤マサオくんです。なんだいキミたち、サイコ・サスペンスもわからないのかい?と得意げに言うのは風間トオルくんですが、本人だってわかったものではありません。オラ知ってるゾ、サスペンスサイコー!と野原しんのすけは踊り出そうとしましたが、ボーちゃん(名字不明)が、サイコ……サスペンス、とは、と的確な説明を始める気配でしたのでもっと大きい笑いを取るために様子をうかがっていました。もっともしんのすけはお尻さえ出せればユーモアと心得ているような幼児でしたから、だれがなにを言い、話がどう転がろうと断固としてお尻だけは出すのですし、注意を引きどんな反応でさえ向けられればしんのすけには満足なのでした。
・そういうこと?
 唯一しんのすけに堪えるのは無反応なので、その意味ではしんちゃんほど御しやすい幼児はないとも言えます。要するに単純なかまってちゃんと見做せばそれだけで、この超うざいイノセンス野原しんのすけを世界一有名な春日部市民(未成年も市民なら)にしていました。世界とはスペイン語圏やポルトガル語圏、イタリア語圏、フランス語圏、中文語圏、などなどです。対象年齢を下げればプレスリーよりも知名度が高いのではないでしょうか。なぜプレスリーかは、しんちゃんのような無垢さを体現する世界的アイドルはエルヴィスの他に思い当たらないからです。ただしこれは全宇宙500億万人のエルヴィス・ファンに物議をもたらすご意見でしょう。それよりもトオルくん、ネネちゃん、マサオくんとボーちゃんがそろえばかすかべ防衛隊ですが、彼らが集まって審議しているのはどうやらライナスとリランのことでした。
 最初からどうも怪しいと思っていたのよ、とネネちゃんは男児たちのリアクションを無視して、同じことばっかりぐるぐるむし返しているじゃない?つまりこれってこういうことよ。ライナスとリランは同じ男の子なの。
 (しんのすけ)ネネちゃんそれどういうこと?(風間くん)なるほど、そういうわけか。(マサオくん)えっ、なに、こわいよー(泣)。(ボーちゃん)多重人格障害……。
 それよ、私が言いたいの、とネネちゃんは女王様ポーズで、つまりどちらか、または二人ともが実際は想像の中にしかいないのよ。
 まさか、とリランは思いました。


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 ネネちゃんの言うことは難しくて、オラちっともわかんないゾ、としんのすけは言いました。おいおい、しんのすけ、と風間くん。ぼくもわかんないや、とマサオくんがいうと、ボーちゃんがボー、とマサオくんの肩を叩きました。しかし話を手っ取り早く先に進めるためには、欽定訳聖典の出番が必要です。すなわち神のお言葉に耳を傾けなければなりません。
 彼ら5人のプロフィールーー

・風間 トオル(かざま トオル)
 幼稚園児ながら英語やさまざまな知識を知っている。しんのすけ曰く大親友かつ「お互いのホクロの数まで知り尽くした関係」。しかし、本人は嫌がっている。後述の魔法少女もえPなどの少女向けアニメのファンであるが、皆には隠し通している。少しプライドが高い。
桜田 ネネ(さくらだ ネネ)
 5歳児とは思えないほどおませな女の子。自分が設定を考えるリアルおままごとが大好きだが、しんのすけ達からは不評である。
・佐藤 マサオ(さとう マサオ)
 坊主頭とまるい顔から「おにぎり(君)」というあだ名を付けられてしまった。臆病で泣き虫だが、その一方で漫画が得意である。
・ボーちゃん
 名前の通り『ボー』っとした男の子。相槌を打つ時や返事、感情を表すときなどに自ら「ボー」という。
また、珍しい石などを多くコレクションしている。たまに冴えた一言を言う。

 オラが抜けているゾ、としんちゃんはふくれっ面をしました。お前のはちょっと長いんだよ、と風間が聖典をめくりながら、あ、短いのもあった。えー、やだオラ。それにしなさいよ、とネネちゃんが断固として口を挟みます。じゃ、いいけどさ、としんのすけ

野原しんのすけ
 本作の主人公。アクション幼稚園(アニメではふたば幼稚園)に通う幼稚園児。

 それだけ?そうだよ、だってそう書いてあるんだもの。ここはアクション幼稚園だったの?アニメってどゆこと?……納得できないゾ、オラ長い紹介がほしいゾ!
 そうですわしん様、と酢乙女あいちゃんが割って入りました。

・酢乙女 あい(すおとめ あい)
 ひまわり組の園児。しんのすけの事を溺愛しており、しん様と呼んでいる。お弁当を作ってあげるなどの家庭的な一面を見せるも、中身は全て高級料理店のシェフが作っている。

 なによあんた、とネネちゃん、私たちの話に口を出さないでよ。しん様のことで私をのけ者にはできませんわ、とあいちゃん。いわゆる女の戦いです。


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・三人のオベロンと悪しき精霊たち
 という話をしよう、とムーミンパパはパイプをくゆらしました。少々長くなるかもしれないが、これはずいぶん示唆的な要素を含んだ物語でもある。まあ聞きたまえ。
 ……幽暗の王国には、無量の貴重な物がある。地上におけるよりも、更に多くの愛がある。地上におけるよりも、さらに多くの舞踏がある。そして地上におけるよりも、さらに多くの宝がある。太初、大塊は恐らく人間の望みを満たすために造られたものであった。けれども、今は老来して滅落の底に沈んでいる。われらが他界の宝を盗もうとしたにせよ、それが何の不思議であろう。
 私の友人の一人がある時、スリイヴ・リーグに近い村にいた事がある。ある日その男がカシエル・ノアと呼ぶ砦の辺を散歩していると、一人の男が砦へ来て地を掘り始めた。憔悴した顔をして、髪には櫛の目も入っていない。衣服はぼろぼろに裂けて下がっている。私の友人は、傍に仕事をしていた農夫に向つて、あの男は誰だと訊ねた。あれは三代目のオベロンです、と農夫が答えた。
 それから五六日経って、こういう話を聞いた。多くの宝が異教の行われた昔からこの砦の中に埋めてある。そして悪い精霊(フェアリー)の一群がその宝を守っている。けれどもいつか一度、その宝はオベロンの一家に見出されてその物になるはずになっている。が、そうなるまでには三人のオベロン家の者が、その宝を見出して、そして死ななければならない。二人はすでにそうした。第一のオベロンは掘って掘って、ついに宝の入れてある石棺を一目見た。けれどもたちまち、大きな、毛深い犬のようなものが山を下りて来て、彼をずたずたに引裂いてしまった。宝は翌朝、再び深く土中に隠れてまたと人目にかからないようになってしまった。それから第二のオベロンが来て、また掘りに掘った。とうとう櫃を見つけたので、蓋をあげて中の黄金が光っているのまで見た。けれども次の瞬間に何か恐しい物を見たので、発狂するとそのまま狂い死に死んでしまった。そこで宝もまた土の下へ沈んでしまったのである。第三のオベロンは今掘っている。彼は、自分が宝を見出す刹那に何か恐しい死に方をするということを信じている。けれどもまた呪いがその時に破れて、それから永久にオベロン家の者が昔に変らぬ富貴になるということも信じている。
 次回第四章完。


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 ……近隣の農夫の一人はかつてその宝を見た。その農夫は草の中に兎の脛骨の落ちているのを見つけた。取り上げてみると穴が空いている。その穴を覗いて見ると、地下に山積してある黄金が見えた。そこで、急いで家へ鋤を取りに帰ったが、また砦へ来てみると、今度はどうしてもさっきそれを見た場所を見つける事が出来なかった。
 ムーミンパパは黙りこみました。それで終わり?ん、そうだが。それじゃオチがないじゃん、と偽ムーミンは思いましたが、大人(スノークが大人と呼べればですが)の話に口を挟むとロクなことにならないのでここはおとなしく様子を見ることにしました。
 スノークは2回にまたがったムーミンパパの長広舌にだんだんぼんやりしてしまいましたが、偽ムーミンの明らかに不満げな表情からするとどうやら尻切れとんぼな話だったに違いない、くらいには見当をつけ、
・それは意味深ですな……
 と額に手をあてました。動物学的には前肢を、と言うべきですが、ムーミン谷の住民は多くは二足歩行しており、あるいは、二足歩行の事実をもって住民である資格を認知されており、どちらにしても彼らはトロールですから手でも前肢でもどうでもいいのです。とにかく「意味深ですな」というのはムーミン谷社会の知識階級では「それは興味深い」や「たいへん貴重なご意見」同様「だからどうした?」という意味でした。または「それが何だ?」でもかまいません。ムーミン谷のように高度な知的レヴェルに到達した社会では言葉は、
・文字通りの賛意表明、もあれば、
・適当な相づち、の場合もあり、
・まったくの反語、の場合もあるのです。これはその社会が不信と責任回避から成り立っていることを示すもので、デカダンスすら追い越した状態といえて、本質的に腐敗が人間性に浸透するとこうなるのですが、トロールには人間性はないので責められるいわれもないのです。
 なるほど、とライナスはヒントをつかんだように思いました。なあリラン、とライナスは立ち上がると、『ウィリアム・ウィルソン』は教科書で読んだよね。二人の男が殺し合い、じつは相手は自分自身だったって話さ。
 ライナス、何を言いたいんだい、とリランは驚いて着替える手が止まりました。訊くまでもないことにリランは全身を身構えました。
 つまりさ、とライナス、ぼくらかのどちらかが死ぬとこの世界はどうなるか、試してみる価値があるんじゃないかってことさ。
 第四章完。


(五部作『偽ムーミン谷のレストラン』第二部・初出2014~15年、原題『ピーナッツ畑でつかまえて』全八章・80回完結)
(お借りした画像は本文と全然関係ありません)