人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

ピーナッツ畑でつかまえて(36)

 しかしひょっとしたら、とリランは思いました、おれはかつがれているのかもしれないぞ。今朝は最初からナイナスの態度は唐突で、しかももったいぶっていた。
 リランは無理に呼び起されて不快になり、反抗的に一瞬にらむようにライナスの顔を見あげましたが、すぐまた寝不足で痛むこめかみを枕へあてて顔をそむけたのです。リランは腹を立てていました。
・起きろよ
 と、突然またライナスの鋭い声がしたので、ようやくリランは枕から顔を放して、兄に顔を向けました。
・いま……何時なの?
 しかし、兄は答えませんでした。リランはすこし照れて机の上の置時計を見ました。
・二時間くらいしか眠ていない……
 リランは半分寝床から体を這い出し、口を尖らせて、呟くように言いました。ですが兄は非難しようとする様子もありません。
・ともかく起きろ。大変なことになったんだ
 こう、妙に沈んだ声で言うのでした。リランはかすかな不安を覚えながら、節々の痛む体を無理に起して寝床から放れると、
・ルーシーが悪いんだ
 と、ライナスは怒ったようにたたみかけるような口調で言いました。姉さんが?とリランは虚を突かれました。ルーシーには昨日会ったんだけれども……。するとライナスがいうには、昨夜ひと晩で急にひどく悪くなったんだ。肺炎だというんだが、もう駄目らしい。今日午前中持つかどうか……。
 きっぱりと、あまり強い調子で言うのでとっさにリランは、ライナスの言葉に反問できませんでした。そんなわけはない、そんなわけはない……。しばらくして、リランはライナスを責めて呟くように、
・医者が、もう駄目だと言うの?
 ああ、そう言うんだ、とライナスは力のない声で、おれは、これからあちこちに電報を打ちに行くんだ。それから、もう一度医者に酸素吸入を頼んでくるつもりでいるが、お前にも頼みがあるんだ。
 リランは返事をしませんでした。。着替えたらすぐに出ようと思っていたのです。
 広小路へ行ってね、とライナスは言いました。イボタの虫ってものを買って来てもらいたいんだ。
・イボタの虫って……
 おれもよく知らないんだがね、と、ライナスは言いにくそうな調子で、売薬だがね、好く効く薬なんだそうだ。母さんがぜひ買って来いと言うんだから、買って行けよ。
・……イボタの虫?
 やっぱりかつがれているのではないだろうか、とリランは思いました。ルーシーの急病も、きっと嘘だ。