人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

集成版『戦場のミッフィーちゃんと仲間たち』第一章

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 第一章。
 まったくあの女ったら!とミッフィーちゃんはアイスピックをふるいながらバーバラにこぼしました。あいつらなんかみんな私たちの商売を真似てるだけじゃないの。おかげでうちの店も閑古鳥つづきじゃ、上がったりもいいところだわ。ねえアギー?とミッフィーは親友にふりました。そうねナインチェ、とアギーはおろおろして答えました。ミッフィーはナインチェと呼ばないと怒るのですが、アギーをアーヒェとは呼ばないのです。もっとも仕事場では別で、ナインチェミッフィーですしアーヒェはアギー、バーバラも本名はバルバラと言いました。これをいわゆる源氏名と言います。
 いや、より正しくはコードネームと言うべきでしょう。以前はともかく、現在の彼女たちは公務員、さらに言えば軍務に服しているのですから。そこにのれんをかき分けて、ウインとメラニーもやってきました。やれやれ、安月給でもお給料が安定しているのはいいけれど、タイムカードにはどうも慣れないわね。順番に決めて誰かが全員分を押すことにしない?だめよ、掌紋認証つきカードなのよ。あ、そうか、と5人の少女たちは笑いました。実はこの話題は毎日誰かが口にするのですが、うさぎなのですぐ忘れてしまうのです。バーバラだけはくまでしたが、友だちが全員うさぎなので本人もくまなのを忘れていました。ちなみにウインの本名はウィレマインといいましたが、これでは誰でも縮めて呼びたくなります。
 男なんて少しでも若い子になびきやがって、とまだミッフィーちゃんは愚痴っていました。そお?あの子いくつだっけ?とメラニーはさっさと着替えながら訊きました。さあ、1974年生まれっていうけど、と代わりにアギーが答えました。てことはアラフォーね、それであんたは?1955年生まれの5歳、とミッフィー。そのわりには老けてるわね、とメラニーがからかうと(ナインチェをからかえるのはペンフレンドだった頃の恥ずかしい手紙を握っているメラニーことニナだけなのです)、ミッフィーの×の口が*になりました。
 しかし怒りを親友にぶつけるのは八つ当たりと自制するくらいの理性はミッフィーちゃんにもありました。あのメスねこ!どうにかできないかしらねえ!萌えの元祖はこっちじゃない?とミッフィーちゃんは殴り込みにでも行きかねない様子です。まあ戦争は兵隊さんたちに任せて、とメラニーがなだめました、ほっとこうよ、ハローキティたちなんかさ。


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 決めた、とミッフィーちゃんは唐突に言いました。こんなに不入りじゃ全員お店に出ていなくていいでしょ、交代であいつらのお店を偵察してこない?うさぎの思いつきですから彼女自身、深い考えがあっての提案ではありませんでしたが、この発案は全員を震撼させました。大胆なメラニーはフッと笑い、気弱なアギーはぶるぶると震え、のん気なバーバラは目をぱちくりし、クールなウインは無表情でした。
 ミッフィーちゃん本人はといえば、言いだした本人が真っ先に忘れてしまうのがうさぎの井戸端会議です。すでに考えは今日のお仕事は網タイツでも履いてみようかしら、それとも店のみんなでバニーガールの服でも着てみようかな、と衣装選びに思いをめぐらせていました。うさぎ(バーバラはくまですが)のバニーガール!でも向こうの店ではねこの店のくせにネコ耳をつけて接客しているとも聞いています。だったら自分たちのバニー姿もまんざら試さない価値はないとも言えません。
 バニーガールもいいね、そのうちね、とメラニーが冷静に受け答えしたので、とっくにてんでばらばらのことを考えていた少女たちは、一瞬きつねにつままれました。どうして、とウイン。ナインチェの思いつきもいいけどね、とメラニー、一応私たちも軍務じゃない?こういうのは上に通しておかないと。それに勤務中に急場でもないのに持ち場を離れると、バレたら軍規違反なるかもよ。やるなら合法的かつ計画的にやらなきゃ。
 それじゃ抜き打ち偵察にならないじゃない?とウインがミッフィーに代わって(口先はミッフィーは拙いのです)訊きました。私たちが事前に届け出していたら、業種も管轄も同じなんだからバレバレよ。
 あの、とおずおずとアギーが言いました、自然ならいいのよね。そうねえ、とメラニー。なら非番の日に、バーバラにボリスと見に行ってもらうのはどうかしら。私たちで彼氏がいるのはバーバラだけだし。
 あたし?とバーバラ。あんなねこ臭いお店、気乗りしないなあ。ボリスはうすのろだから、ボラれてもヘロヘロしているでしょうけど。行くのはいいわよ、でも時間給出してね。それで何を見てくればいいの?
 商売繁盛の秘訣、それと重要なのは客層ね。このままじゃうちの店は先細りになる一方よ。うちの客が向こうに流れたのか、客層そのものが全然違うのか。マーケットリサーチしてきてほしいのよ。
 ……無駄じゃないかなあ、とバーバラは思いました。


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 ハローキティのお店はジョイ・ディヴィジョン(慰安特区)♯2でした。なぜ♯2かというと、先にミッフィーちゃんのお店があったからです。現状ではこの戦地は平穏でしたが、協定通りの境界を挟んだ両側には当然ながら民間人も昔から住みついており、国境を越えた商取引は今さら取り締まるすべもないようなものでした。国境付近に住む民間人にとって国境線とは、町々を勝手に東西または南北に分断しているただの行政区分にしかすぎず、元来この地域の住民は民族的にも文化的にも同一のコミュニティに属していたのです。
 終戦からもう半世紀以上が経ち、それまではたらい回しのように植民地とされていたこの領土は新たな移民が極端に制限されるようになったため、事実上侵略戦争の時代よりも以前の、素朴な単一民族国家の姿を回復していました。独立国化を目指す動きもなかったわけではありません。それが実現しなかったのは、この地域が半分ずつ異なる大国の管理下に戦後の復興をなし、別々の行政機関を持ち、統一の動きがあれば両陣営を牛耳る大国から戒厳令が敷かれて臨戦態勢に入ってしまうからでした。
 必ずしもこの領土はは両大国にとって軍事的な重要拠点ではなく、先の大戦で属国問題が生じるまではただの辺境の植民地にすぎなかったのです。ですが植民地制が崩壊し、隣接国と併合される段になってまったく異なる政治体制の国に分断されたため、国際的な政治機関からも当事者間の課題として棚上げにされたままなのでした。ミッフィーちゃんたちが慰安特区♯1にスカウトされたのはまさに政治的対立が激化しつつある頃で、皮肉にも臨戦態勢が長引く間に本国の経済成長は目覚ましく、民間での遊興が禁じられている駐屯地在住の兵卒相手にミッフィーちゃんの店は大繁盛しました。
 全世界的にエネルギー資源の価格高騰で恐慌があった74年に、駐屯地の規模はかえって強化されました。局地的開戦の危機が高まったからでもあり、そこで♯2たるハローキティのお店がミッフィーちゃんの縄張りに堂々と開設されたのです。老舗のミッフィーちゃんのお店は古株の将校たちには贔屓にされていましたが、平均2年で兵役を済ます兵卒たちがキティちゃんのお店に流れているのは明らかでした。
 だから、とミッフィーちゃんはいきり立ちました、このまま新顔にでかい顔されちゃ私たちの面目丸つぶれじゃない?ここら辺で何とかしないと、先が危ないわよ!


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 突拍子もないミッフィーちゃんの提案にアギーもバーバラもウインもメラニーも黙っていましたが、別に無視を決め込んでいたのではなく本来無口なのがうさぎの性質だったからでした。植物は話しかけるとよく育つ、と言われますが、うさぎほどの高等生物になると今さら何事にも動じないのです。だからといって感受性に乏しいわけではなく、嘆き悲しむ人びとの声が右の耳から入ってくれば、それはそのまま左の耳から抜けて行くのでした。だってうさぎの耳は長いんだもの。
 それにこの話題はたぶん730回くらい繰り返してきたはずだし、とアギーは365日を2倍にかけ算して推定してみました。その倍はあったんじゃない?とメラニー。そうか、なら1460回、でも4年ならうるう年もあるし、と計算したところで、アギーはメラニーに頭の中を読まないでよ、と抗議しなければと気づきました。でもメラニーはいけしゃあしゃあとした顔で、頭の中なんか読まないわよ、というだけなのもわかっています。褐色の毛色のメラニーは南の国からやってきた少女で、あらかじめミッフィーとペンフレンドになり、ミッフィーの仲介でアギーやウインやバーバラとも手紙のやりとりをして、一家をあげて移住してきた時にはもう友だちを作ってあるという用意周到な性格でした。しかもメラニーの手元には全員の黒歴史が直筆の手紙で握られているのです。
 だからメラニーは全員のキャラクターを把握しつくしていましたし、誰が何をどう考えているか、または何も考えていないかなどは手に取るようなものでした。またメラニーはうさぎらしからぬ驚異的な記憶力をそなえており、体内電波時計とでも言うべき絶対的な時刻感覚の持ち主でした。メラニーがあの時計、1分23秒進んでいるわよ、と言えば本当に時計は1分23秒進んでいるのです。
 そして、いつもならミッフィーの提案はみんなが黙っているうちに何となくうやむやになってしまうのですが、初めて自発的な意見が他ならぬメラニーから出たので、アギーたちは椅子から転げ落ちそうになりました。
 私は反対よ、とメラニーははっきり言いました。なら偵察以外に何があるの?とムッとするミッフィーに、メラニーはきっぱり言いました。偵察なんて手温いわ、確実にダメージを与えて潰す、それしかないじゃない。みんなもそう思っているんでしょう?ここは戦場よ。
 これは魔法の言葉でした。うさぎたちは戦慄しました。


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 うーん、とミッフィーちゃんはにやりと笑いました、金の臭いがプンプンするぜ。彼女の唐突な発言は今に始まったことではありませんが、例によって大胆なメラニーはフッと笑い、気弱なアギーはぶるぶると震え、のん気なバーバラは目をぱちくりし、クールなウインは無表情でした。うさぎたちは基本的にはみんな色白でしたが(南国生まれのメラニーと本当はくまのバーバラ以外は)、色白だからといって心まで白いとは限りません。口の悪いメラニーなどは色黒ながら気性はさっぱりした方でした。実はみんなが気づいているのは、ミッフィーの外見に似合わない腹黒さでもありました。
 そんなにハローキティの店の繁盛ぶりが気になるのかなあ、とみんなはキティちゃんの機嫌を測りそこねるものがありました。アギーやメラニーたちにとっては、お客さんが盛況よりもそこそこやっていければいいので、多少のチップはありますが軍務ですからお給料は繁盛していようがヒマだろうが大差ないのです。しかしこのディヴィジョンではミッフィーが名目上指揮官なので、彼女にとっては面子のかかった事態なのだろう、と推測できる程度のことではありました。でもお店の流行りすたりなんて運じゃない?と、ここで冒頭のミッフィーちゃんの唐突な発言が飛び出てきたのでした。大胆なメラニーはフッと笑い、気弱なアギーはぶるぶると震え、のん気なバーバラは目をぱちくりし、クールなウインは無表情でした。
 運は自分でつかんでこそ実力と言いますが、運の中でも実力だけでは測れないのが金運と異性運というものです。運とは成功と幸福を意味するならば、お金や異性関係に富んでいることが単純に幸運と言えるでしょうか?じゃんじゃんウハウハとお金がもうかり、よりどりみどりにもてまくるのも悪い気持はしないものですが、金と性の過剰は精神的な荒廃と常に隣り合わせにあります。
 あんた何か言った?とメラニーはみんなを順ぐりに見つめました。どうしたの、とアギー。誰かいま、説教臭いこと考えてなかった?バーバラはぽかんとした表情で、ウインはいつも通り顔色ひとつ変えず、べつに、と言いました。この女けっこうくせ者だわ、私に説教臭いことを吹き込んでミッフィーをたしなめさせる算段だったに違いない。
 その手は食わないわよ、とメラニーは身構えました。自分自身が信じてもいないことを考えられる二重思考ができるのは、メラニーとウインだけでした。


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 クソったれ!とハローキティことキティ・ホワイトはドレッシング・ルームに戻るなり悪態をつきました。ミミィ・ホワイトは入れ替わりに接客に出るところでしたが、双子の姉のアバズレぶりを恥じる一方で、外見も耳のリボンが右か左かでしか見分けがつかないほどですから、多少は大げさなくらいにキャラクターの差をアピールする方がいいのかな、と思いました。私たちも生まれて40年を越えたんだもの、いつまで経っても見分けのつかない双子の姉妹じゃ恥ずかしいような気がするわ。
 じゃあ行くわね、と服の肩ひもを直しながらミミィが振り返ると、双子の姉は脱衣カゴを持って踊っていました。何してるのキティ?とミミィが呆気にとられて裏声をひっくり返すと、わかんないの?とハローキティ。ドジョウすくいよ。ドジョウすくい?お客におそわったのよ、さっき私下品なこと言ったでしょ?ああいう風にかましておいて、すぐさまこうやってカゴのたぐいを持って踊るんですって。はあ……それで、どうなるの?相手のMPが下がるんだってさ、効き目ありそうでしょ?
 ハローミミィはこの姉は何て馬鹿なんだろう、とさきほど少し感心したのが騙されて悔しい気分でしたが、交替するのにMP下げないでよ、と言いました。あ、下がった?どのくらい?としつこく訊いてくる姉に、わかんないわよ私元々MPないから、とミミィはぶっきらぼうに答えました。えっ、ないの?私の妹なのに?そういうのはきっと全部あんたに取られて生まれてきちゃったのよ、と、ハローミミィは苦々しく返しました。
 寂しいこと言うのね、自信のない女は客がつかないわよ、とハローキティ。じゃあ相手を逆にしてやってみる?いつの間にか親友のキャリーも休憩に戻って、姉妹のやりとりをぽかんとして眺めています。
 いいわよ、とハローキティ。私何て言えばいいの?と困惑するミミィ。イカの金玉!ってのはどう?ミミィは仕方なくイカの金玉!と叫ぶと、脱衣カゴを持って姉がしていたように踊りだしました。あんたたちどうしちゃったの!?と驚愕するキャリーに説明する気力もなく、どおMP下がった?とミミィは尋ねました。ううん全然。
 あの、そろそろ出ないとまずくない?とキャリーがミミィを促しました。繁盛も良いけれど、あっちの店とほどよく客が分かれればいいのにね、とキャリー。あんなうさぎばかりの店なんか問題外じゃん!とハローキティは自信たっぷりでした。


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 キャシーはハローキティを親友とはいえあまり増長してほしくないと思っていましたが、兵隊の位で言うとキティ・ホワイトは師団長でキャシーは一兵卒ですから出過ぎた口はきけません。でも向こうの人たちがうさぎなら私たちだってねこよねえ、とキャシーはキティの双子の妹ミミィや自分の姉のデイジーと化粧室で反省することがありました。ミミィとキティは双子ですから間違えると大変なことになりますが、幸いにリボンが右耳か左耳かの違い以上にはっきりとした違いがありました。いつでも態度がでかいのがキティで、いつでも態度がちいさいのがミミィです。
 双子についてはいろいろな俗説があり、俗説というくらいですから実証的根拠はありませんが、この姉妹については生まれつきキティの独占的なまでの存在感にミミィはなすすべもなかった、と言うべきでしょう。またミミィもキティの影のような存在であることに甘んじていましたから、本人たちが納得づくのことに他人が文句は言えません。
 ごめんなさい、とミミィがおどおどと謝る時、それがミミィ自身のことではなくキティの身勝手から生じたトラブルなのはもはや決まりごとのようになっていました。あなたが謝ることないのよミミィ、とデイジーとキャシー姉妹はいつでも慰労するのですが、キティは自分のわがままから起こった問題を自分でなんとかするタマではありません。きっとあと何年もすれば、とデイジーは考えていました、したい放題で生きているキティに較べてミミィはひとまわり以上も老けてしまっているに違いない。おそらく生まれたばかりの頃は、キティとミミィは区別もつかない双子の赤ん坊こねこだったのに、姉に当たるこねこをキティ、妹をミミィと名づけた時から双子は別々の運命のレールに分かれてしまったのです。
 その意味では、キティの最大の被害者は他の誰よりも妹のミミィでした。しかもミミィには同僚の誰にも言えない秘密がありました。もっとも近い血縁者としてミミィは経理事務を任されていましたが、キティを師団長とする慰問師団#2に支払われる報酬は公平に給与に分配されておらず、半分をキティがピンハネして、全員で分けるのは残り半分からでしかなかったのです。でもキティの指示通りにその独裁的な給与システムに従っていたのはミミィ自身でもありました。いつか吊し上げをくらうとしたら、状況はむしろ承認していたミミィに不利になると思われました。


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 やれやれだぜ、とジョータローは言いました。本当にここでいいのか、とアヴドゥル。適当でいいじゃろ、とジョースターさんがうなずくと、ヤッホー酒だぜ、とポルナレフ。それより食事でしょうポルナレフさん、と花京院が言うよりも早く、イギーはポルナレフの足もとから店の中に小走りに入り込んでいました。おいバカ犬ちょっと待て!とポルナレフが止めるのと、誇り高きイギーがポン、と蹴飛ばされるのはほぼ同時でした。
 ペットのお連れはお断りよ、とミッフィーちゃんは言いました。ええーっ、と気弱なアギーはぶるぶると震え、大胆なメラニーはフッと笑い、のん気なバーバラは目をぱちくりし、クールなウインは無表情でした。だがしかし、とアヴドゥルがいかぶるのをジョースターさんは制して、あっけにとられて転がっているイギーを抱き上げてポルナレフに渡すと、見かけに欺かれてはいかん、この自信は強力なスタンド使いかもしれんぞ、と小声でささやきました。花京院はジョータローを横目でちらりと見ましたが、ジョータローのスタープラチナが発動していないところを見るとまだ臨戦態勢には早いと思われました。
 やあ済まねえなあ、とポルナレフは腰を低くすると、犬の分は持ち帰りにするからさ、店の前で待たせていていいかなあ?これは露骨な嘘でした。イギーには首輪も紐もつけていなかったからです。こういう時のために一応持ち歩いてはいましたが、素直につながれるイギーではありませんから、イギーの分を先に受け取ったら、店先から見えない程度の近くの曲がり角に持って行って食べさせておけばいい、とポルナレフは考えていました。だったらいいだろ、とポルナレフは繰り返しました、犬の分はちゃんと持ち帰るからさ。
 冗談じゃないわよ、とミッフィーは言いました、犬に食わせる料理がここの店にはあるって言うわけ?またしてもの発言に大胆なメラニーはフッと笑い、気弱なアギーはぶるぶると震え、のん気なバーバラは目をぱちくりし、クールなウインは無表情でした。あんたらもスタンド使いか、とジョースターさんはハーミットパープルを発動寸前に身がまえました。
 いらっしゃいませ、とミミィとキャシーが店のカウンターに出てきました。ご一緒のお客さまですか、とミミィはミッフィーたちとジョータローたちを見回しました。いや、こいつもいいかな。どうぞ。奮然として誇り高きイギーはテーブルの下の席につきました。


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 チッ、っとミッフィーちゃんは舌打ちをしました。もうちょっとであの客たちも追い返せそうだったのにねえ?そんなことしてどうすんのよ、と大胆なメラニーはせせら笑い、気弱なアギーはまたもやぶるぶると震え、鈍いバーバラはやはりぽかんとして、クールなウインはやはり無表情でした。でもそれじゃこのお店に迷惑じゃない?とアギー、それに私たちに得にはならないわ。なるわよ、とミッフィー、バーバラの彼氏にテイクアウトオンリーの店番してもらってるから、この店に入れなきゃ仕方ないからうちのお店でカレーピザでも買っていくわよ。あんたそういう小さな目的で来たんじゃないでしょ、とメラニー吹き出しました。あれ、そうだっけ?そうよねアギー?
 何で私に振るのよー、とアギーは泣きたい気持になりウインに助け舟を求める眼差しを投げかけ、目も合いましたが、ウインはわれ関せずという様子で持参したニンジンをかじっていました。お客さま、お持ち込みはご遠慮願います、とメラニーが真面目くさってウインを諭すと、水、とウインが言うのでミッフィーが笑いながらバーバラにセルフサービスの水を汲ませに行かせました。くまの方が押しが強いので、事前にトラブルを回避できるからです。
 ミッフィーたちは店の入り口近くのテーブルを囲んで、入ってくる客には片っ端から因縁をつけていましたが、ミッフィーたちのうっぷん晴らしにはなってもいまひとつ決定的な営業妨害にはなっていないようでした。つっけんどんに追い返すようなことを言っても、どの客もそれほど躊躇なくカウンターに直進してさっさと注文を済ませてしまうので、店の評判を下げる目的に届いているかもわかりません。
 つまりそれって、とアギーは気づきました、私たちがこのお店の女の子じゃなくて、このお店のテーブルを借りて客引きをしている街の商売女にしか見えていない、ってことじゃないかしら。だから無視されてるんで、それってこの店の女の子より下に見られてるってことよね、とメラニー。何でまた心の中を読むのよ!とアギーは内心で抗議しましたが、そんなことを言っている場合ではないとも気づきました。メラニーの言う通りなら、自分たちのお店はもう勝負する前から負けていることになるからです。それはあまりにみじめったらしいどころか、60年も続いた老舗ののれんに泥を塗り、ついには店を畳むことになりかねない事態を予兆すらもしていました。


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 ずいぶん柄の悪い外人部隊だナ、としんのすけは言いました。かすかべ防衛隊の仲間は慌ててしんのすけを囲んでいっせいに世間話を始めてごまかしました。あんな怖そうな人たちに聞こえたらどうするんだよ、しんのすけ、と風間くん。怖そうな人たちとは、もちろんカウンターに座ったジョータローたちの一行です。たとえ正義の味方でもこれほど威圧感を放っていれば、普通の感覚では怖そうな人たち、と見られても仕方ないでしょう。
 カウンターに座った、というのは文字通りで、平均身長りんご3こ分のハローキティたちに合わせて作られたカウンターの椅子はジョータローたちにとっては靴磨きの台ほどの高さもありませんから、カウンターに尻を乗せて背中向きで座る以外には腰を休めようがありませんでした。そうなるとキティやジョータロー、しんのすけたちでは縮尺が合わない点が問題になると思われますが、この場合広さや狭さは相対的なもので、りんごにも観賞用などを含めてさまざまな大きさがあり、また、ジョータローの握りこぶしに収まるりんごなら、3こ重ねれば普通の人間の膝の高さに届くでしょう。相対的とはそういうことで、あらゆる人種を想定して作られたこのディヴィジョンは一種の超ユークリッド的空間と言えるものでした。
 わしらはさぞ柄の悪い外人部隊に見えるじゃろうな、とジョースターさんが苦笑しました。遺憾ながらそのようです、とアヴドゥルが肯くと、花京院もつられてサングラスの下で苦笑しました。おれたちのどの辺が?とポルナレフが不服そうにつぶやくと、上半身裸の奴がおるじゃろ、とジョースターさん。イギーがクックッと犬ならではの笑い声を上げました。やれやれだぜ、とジョータローは言いました。
 幼稚園児に荒くれ者、とメラニー、どうも客筋に納得がいかないわね。てっきりうちの店とかぶっているのかと思ったら、どうもそうじゃないみたいじゃない?どういうこと?とアギーは首をひねりました。バーバラやウインに訊いてみなさいよ、とメラニー。アギーの口もとが×からあわあわと*になりました。アギーはバーバラやウインとは、ミッフィーメラニーを介した間接的なやりとりしか交わしたことがないのです。これは5人組のグループなどではどの社会でもよくある現象です。アギーは助けを求めてミッフィーに向き直りましたが、折しもカウンターにはハローキティ姉御が出てきたところでした。
 第一章完。


(五部作『偽ムーミン谷のレストラン』第三部・初出2015年4月~8月、全八章・80回完結)
(お借りした画像と本文は全然関係ありません)