人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

集成版『戦場のミッフィーちゃんと仲間たち』第五章

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 第五章。
 この町でうっかりすると失ってしまうのは、ハローキティのリボンに限ったことではありませんでした。怪奇現象に法則性を求めても仕方ないことですが、社会のルールでは重要なものほど法的な所有権が厳重化されているものです。たとえば親権など。離婚する親Aと親Bが子どもの両腕を左右から引っ張りました。子どもが痛がって泣き出したので親Bは子どもの手を放しました。子どもは最後まで手を放さなかった親Aのものになるのが社会のルールというものです。かように法は親どうしが別れることになれば片方の親は法的に親子ですらなくなるような処置すら行いますし、遵法義務が国民の総意であれば国家と剥き身で対立した個人には何の権限もありません。大事なものほど失われやすいのは、当然その値打ちが高いからに他ならず、誰かが失う分誰かが得をするのが世界の均衡というものなのです。
 ミッフィーちゃんのお店は、再びハローキティの店ができる前のような活況を取り戻していました。これはどういうことかしら、とアーヒェは思いました、まるでうちしかお店がなかった頃みたいに賑わっているということは、キティさんのお店に何かあったんじゃないかしら。そうね、きっとそうだわ、とニナが鏡台をピシッと閉めながら言ったので、アーヒェはまた頭の中を読まれたんじゃないかとゾッとしました。しかしこの場合のニナは必ずしもそうではないらしく、無口なウィレマインもぼんやり屋のバルバラも、何よりニナ自身がもともとアーヒェと同じことを考えていたようでした。社長室(正確には師団長室ですが)にいるミッフィーことナインチェを除き、全員が顔を見合わせました。よりそれを細かくいえば、アーヒェがニナをびっくりして見つめ、それに気づいたウィレマインがアーヒェを見つめ、その気配にニナがアーヒェとウィレマインを見渡し、それから三人がバルバラを見つめてバルバラもハッとして顔を上げ、そうして全員が顔を見合わせることになったのでした。
 気になるわね、と簡潔にウィレマインが言いました。また偵察に行く?とニナ、でも前みたいならともかく、今はお店が忙しすぎるわ。実際そうでした。開店前に皮を剥いておかなければならないじゃがいもだって、あの頃と今では比較になりません。お客さんに訊く?バレたらヤバいわ、それより、とニナ、ボリスに行ってもらってみたらどうかしら?もちろんナインチェには内緒でね。


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 ボリスはくも男のボリスと呼ばれていました。くも男ボリスとはジョー・クールと同じくらい謎めいて、生麦生ゴミ生ミミィと同じくらい語呂が良いからでもありますが、ボリスはくもが糸の上を歩くように物音もたてず獲物に近づき、捕食することができるのです。もちろん捕食とは比喩的な意味で、ボリスは文明化されたくまでしたから(うさぎと同じ水準を文明化と呼べればですが)、この場合探偵・諜報活動ならうってつけというような意味合いでした。その上ボリスはくまのぶんざいで、くまにしては、くまにもかかわらず、くまのくせに地味な野郎だったのです。
 メラニーたちは月遅れの「ゼクシィ」を回し読みしていましたが、何かそれにはハローキティのお店に感じたのと同じ印象がありました。単純にその「ゼクシィ」がハローキティのお店のマガジンラックから盗んできたものだったからかもしれません。もちろん万引きは犯罪ですが、ハローキティの店のようなチャブ屋で置いてあった雑誌を持ってくるのは犯罪に当たるのでしょうか?チャブ屋ならばミッフィーたちのディヴィジョンだって同じです。チャブ屋Bにあった雑誌がチャブ屋Aに移動した、というだけのことにすぎません。そしてどちらのディヴィジョンも同じ戦地の施設なのですから、大きく戦地全体から見ても、また小さく雑誌自身の立場から見ても、あちらのお店にあったものがこちらのお店に来たところで役割的には何ら変わりないのです。
 私も見ていい?とウインが珍しく興味を示したので、メラニーは作り笑顔を浮かべながらどうぞ、と雑誌を手渡しました。しかし動作がぎこちなかったので手から手に渡されるあいだに雑誌のページがばさり、と開いてしまいました。挟まれていたらしい一枚の紙片がひらひらと床に落ちました。紙きれは、サングラスをかけ黄色い長袖のトレーナーを着て、歯を見せた笑顔を浮かべている、立ち姿の犬が写ったサービス判の写真でした。垂れた両耳はその犬がビーグル犬である素性を証していました。トレーナーの胸には黒い文字の楷書で、

J O E
C O O L
 
 と大書きされていました。うさぎたちに困惑の空気が流れました。どうやらこれはキャンパス・ボーイを気取った姿のようですが、水商売のお店に置かれた雑誌に挟みこむような写真ではありません。挟んだのは当然ナンパ目的の本人でしょう。何か勘違いしてるんだわ、とアギーは思いました。


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 こんにちわぁ、あそびに来たよ、とマイメロディが入ってきました。ミミィやキャシーたちはストゥールから腰を浮かしかけ、カウンターの中にいたデイジーもハッと椅子から立ち上がりましたが、お客さんではなくただの友だちとわかると落胆して、また腰をおろしました。どうしたの、元気ないよ、とマイメロディ、そういえばキティちゃんは?これは言うべきか隠しておくべきか、とミミィたちは顔を見合わせましたが、果たしてどこまで噂がひろがっているかは想像もつきません。マイメロ風情が知っていてとぼけているとは思えませんが、もし自分たちが何も知らないそぶりをして、後からマイメロがよそで聞いたらどう思われてしまうでしょうか?相当な薄情ものたちか、さもなくばうすのろか、せいぜい良く言って仲間割れと思われるのがおちです。たしかにミミィはこねこ、デイジーとキャシーはうさぎですからその程度のうつわしかありませんが、マイメロディなどはメンヘル、いやメルヘンランドから来たうさぎ型ぬいぐるみ妖精で、未来の世界のネコ型ロボットよりいかがわしい存在ではありませんか。その時、ミミィたち3人の頭に同時に釣り糸みたいなものがひらめき、自分以外のふたりも同じことを考えているのを3人の誰もが気がつきました。
 ねえ、とミミィはまむし酒をおちょこでマイメロに渡すと、最近マイメロは忙しいか(マイメロはいつものんびりしていると知っての質問ですから、これは誘導というものです)、困った人がいたら助けになれるか(これも誘導)、とどのつまりはお願いマイメロディ、うちのお店で働いてくれない?とキャシーとデイジーと3人がかりでマイメロを取り囲みました。うーん、うーん、うーん、とマイメロは3人をかわるがわる見回しながらさすがに即答には困った様子で、何しろ風呂に沈められるかどうかという願ってもない話ですから一も二もなく飛びついても良さそうなものですが、キティちゃんが今お休みしているからなのかナ?と案外痛いところを突かれて、このぬいぐるみのくせに妙なせんさくしやがって、とキティ屋一堂。
 休んでいるわけじゃないのよ、とデイジーはお姉さんの威厳で言いました、何ていうか……マイメロはいつもかぶっている赤ずきんがなくなっちゃったらどうする?マイメロおおかみさんに食べられちゃう、とカマトトのマイメロは言いました。人の前でずきんを脱げる?だいたいそういうことなのよ。


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 何かにつけて忙しいがくちぐせの人ほど本当にやりたいことを見失っているものです。人に限らずミッフィーたちのようなうさぎたちにも同じことが言えますが、うさぎの場合はやりたいことなど始めからない生涯ですし、人以外の生き物は生きている以外に目的はない実存主義的存在ですから、忙しいなどと言い出すのは人間がそうなる以上に異常な状態で、いったい私たちは何のためにこんな忙しい思いをしているんだろう、という不服がミッフィーちゃんたちのお店ではくすぶりつつありました。たしかハローキティのお店にお客さんを持っていかれる前にはこのくらいの繁盛は普通のことで、ただしその頃はミッフィーのお店以外に遊び場はありませんでしたから、みんながそれを普通のことだと思っていました。ライヴァル店の出現に客足が遠のいたり戻ってきたりを繰り返してきて、初めて忙しいとか閑古鳥とかいう意識がめばえてきたのです。ミッフィーたちこうさぎにとっては、それは明らかに認識の限界を超えた種としてのデカダンスでした。
 それとともに、ハローキティと消えたリボンの一件以来、これまであった均衡が急激に崩れ始めていることに、ぼんやりのんきなバーバラでさえもが気づかないではいられませんでした。ウインはますます無口になり、メラニーすらも用心深げな様子なのがアギーの不安をかきたてずにはいられませんでした。単に私は心配性なだけかもしれない(とアギーは思いました)、でも、誰もがあえて具体的には触れないこのもやもやした感じはどうすればいいのだろう。こうした夜の職業につきもので、お店で働く全員が各種の大量の服薬で心身を維持していましたが、それも以前にはなかったことでした。もしこれがハローキティの消えたリボンのせいで、キティのお店の子たちがリボンを見つけられないでいるならば、手を貸さないでは自分たちまでおかしくなってしまうのではなかろうかと思われました。しかしお店が繁盛していること自体はけっこうなことなので、誰もが言い出せない雰囲気だったのは事実です。ボリスに偵察させたところで、根本的な解決にはならないのは誰もが感じていました。おたがいの店のボス抜きで、結託して解決に当たる以外に事態の改善は望めないと、おそらくハローキティの(キティ以外の)お店の子たちも思っているはずです。架け橋としてはボリスでは役に立たない。どうにか上手く交渉できる人材が必要です。


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 偽ムーミンの一行がすれ違うと、ポルナレフは今何かヤバい気配を感じなかったか?と仲間を振り返りました。うむ、とジョースターさん。ええ、でも特殊な戦意は感じませんでした、と花京院が応えると、アヴドゥルもうなずいて、何か自然現象のようなものかもしれないな、と言いました、イギーの様子を見るがいい。イギーも何かに気づいた様子でしたが、特に身構えたそぶりは見せません。それもまあ順当な話で、偽ムーミンたちとジョータローたちはおたがいに不可視の、異なる次元の存在だからでした。ジョータローたちほどのスタンド使いだからこそ多少の気配を感じとったものの、まったく干渉不可能ならば危険性があろうはずはありません。そんなことよりわれわれには使命がある、とジョースターさんは帽子をグッと押さえました。そうだ、こうしているところじゃあないじゃあねえか、とポルナレフ。やれやれだぜ、とジョータローは言いました。
 偽ムーミン一行、とはいえ率先しているのは大人たちでしたが、とにかくムーミン谷の田舎者たちは休戦地とはいえ戦場などを訪れたのは初めてでしたから、興奮を抑えながらも浮き足立っていました。テレビで観るほど派手じゃないんだね、とムーミンパパが無難な感想を口にすると、そうでもないぞ、あれを見たまえ、とヘムレンさんやジャコウネズミ博士、ヘムル署長らが破壊と殺戮の痕跡に気を惹き、スナフキンはため息をつき、スノークムーミンパパはのぼせあがり、女性たちは子どもたちからその景色を隠しました。社会勉強にしてもこんなに生々しい現場は刺激が強すぎます。
 チェブラーシカは荷台を曳いたわにのゲーナと、今日も国際手配中のシャパクリャクおばあさんに頼まれたやみ酒を仕入れにやって来ました。ずっとミッフィーのお店で買ってきたけれど、初めてハローキティのお店で仕入れてみようか、と試すつもりで来たのです。ミッフィーのお店では3倍に水で割ったお酒を3倍の値段でつかまされていましたが、キティのお店ができる前からの取引先だったのでやみ酒の売り買いとはそういうものだ、とシャパクリャクおばあさんからも文句は言われませんでした。でも考えてみれば、ハローキティのお店で持ち帰り酒が売ってもらえるならミッフィーのお店より悪い、ということはなさそうで、もし駄目でも今まで通りミッフィーのお店で買えばいいだけのことです。こうしてチェブラーシカは何も知らずに


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 それじゃあ次のモンダイだゾ、と野原しんのすけは言いました、織田信長明智光秀に討たれたおシリは?おシリじゃないだろしんのすけ、と風間くん。そうだよしんちゃん、とマサオくん。お城……とボーちゃん。そうともゆう、としんちゃんはとぼけてみせると、ネネちゃんならきっと知ってるゾ。ネネちゃんは当然そんなの知りませんでしたが、答えられないのも癪なので風雲たけし城、と答えました。男の子たちはぎょっとして後ずさりをして、ひょっとしてネネちゃん昭和生まれの人?みんなと同じ5歳よ!とネネちゃんは答えましたが、1992年にもネネちゃんは5歳だったのです。
 そこに変な直立歩行のカバを含む妖怪めいた団体が通り過ぎていくと、こんどはたぬきのぬいぐるみのような生き物が荷車を曳いたわにと一緒にシュールおままごとをしている(いつもはリアルおままごとなのですが)しんのすけたちの方に近づいてきました。とはいえ、目標はしんのすけではなく、しんのすけたちのいる場所を通り過ぎすぎたどこかなのは間違いないようです。オラたちがここで会ったのは、だいたい有名な人たちばかりのようだから、としんのすけは声をひそめました、きっとあれも有名なのに違いないゾ。
 ハローキティのお店はこのあたりにあるはずなんだけどね、とチェブラーシカ、困ったなあ、どこまでが廃墟でどこにお店があるのか、よくわからないや。地の利で言えば先発のミッフィーの店の方が良い場所を押さえているわけだな、とわにのゲーナ、後発で地の利も悪い、その割に先発店に迫る繁盛ぶりとは、なかなかやり手なんだろうな。まだチェブラーシカたちはリボンをなくした後のキティーズ・ディヴィジョンの凋落ぶりを知らなかったのです。それにぼくたちは持ち帰りでやみ酒を仕入れてくるだけだし、何の心配もいらないや、とチェブラーシカたちは考えていました。本来なら事実その通りだだったでしょう。チェブラーシカもわにのゲーナもお色気に惑わされるような歳ではありません。たとえそれがエクスタシーとともに生命エネルギーを落命ぎりぎりまで吸収されてしまうようなものですら、チェブラーシカとゲーナにはロシアの大地に根を張った強力な耐性がありました。
 しかし最初の取引というものは緊張が伴うことです。いいかいゲーナ、と、チェブラーシカは相棒に声をかけました。そうでもしなければチェブラーシカ自身が思い切れなかなったのです。


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 私って不幸だわ、とハローキティはぼやきました、人生は一度きりだっていうのにどうしてこんなまずいお茶を飲まなきゃならないの?また始まった、とデイジーたちはげんなりしましたが、好きほうだい言わせておくしかありません。誰が淹れたの?ミミィ、ミミィ!まともなお茶を淹れなおしてきてちょうだい。やっぱり私に来たか、とミミィは思いました。やっぱりミミィに行ったわ、とデイジー姉妹は思いました。ミミィならともかく、これがキャシーやデイジーにまでおよぶとキティのメランコリーも容易に引き返せないほど重傷、ということになります。不幸なのは私たちの方だわ、とデイジーたちは思わずにはいられませんでした。こんな地の果てみたいなところまでハローキティにつきあわされてきたあげく、幼稚なわがままにまで相手をしないわけにはいかないとは、腐れ縁どころかとんだとばっちりです。
 私って不幸だわ、とハローキティは今度は自分に言い聞かせるように言うと、左耳にリボンを結んでいた頃はあんなに自信に満ちていて、世界は自分の思い通りのものみたいだったのに、とますます悲嘆の念に駆られるのを感じました。あれは単なる錯覚だったのでしょうか?もし錯覚だとしたらあのリボンにはなんというキティちゃんにおよぼす強大な力があり、錯覚でないとしたらあのリボンはどれほどキティちゃんから力を引き出していてくれていたことでしょう。ところがハローキティのリボンは謎のように消えてしまったのです。まさしく謎、他に呼びようもないことでした。
 ミミィが台所で紅茶の支度をしていると、キャシーたちもやってきました。やばいよ、入っちゃってるよ、とデイジー、あんなんじゃマイメロの話、切り出せないよ。紅茶にラム酒でも入れる?とキャシー。いや、お酒はなおさらやばいでしょ、とデイジー、それより今はあの私って不幸だわから気を逸らさなきゃ。
 双子の妹ならわからない?と訊かれて、ミミィはうちは特殊だから、と困ったように答えました。特殊って?私は正確には普通に言う双子じゃないの。じゃあ何なの、と長いつきあいなのにそんなの初耳のデイジー姉妹は訊きました。バックアップみたいなもの、と言ったらいいかしら。もちろんさらにバックアップもいるけど、双子以上は不自然でしょ?
 デイジーとキャシーは慄然としました。バックアップ!?もしもそんなことが本当なのなら、私たちだってやろうとすれば……


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 恒星磁場とは、恒星の内部にある、伝導性を持つプラズマの運動によって形成される磁場のことを言います。プラズマの運動は対流にともなって形成されます。この対流とは、物質の物理的運動を含む、エネルギーの移動の形態のひとつです。局所的な磁場はプラズマに大きな力をおよぼし、密度の類を見ない増大とともに圧力を極めて効果的に引きあげます。その結果、磁化された領域は残りのプラズマに応じて、その恒星の光球に達するまで膨れ上がります。これが光球面の恒星黒点やコロナループに関連した現象を生むのです。
 それが今、ミッフィーちゃんのディヴィジョン#1とハローキティのディヴィジョン#2が営業中のこの戦場に起こっていることでした。戦場といっても休戦地ですが、それも恒星磁場になぞらえられる現象を引き起こしている鍵なのです。簡単に言えばプラズマの流れとはお客さんの出入りを指していると置き換えれば、その変動が二つの恒星にどんな磁場を発生させているのかおわかりいただけますでしょうか。
 天文学なご講義ありがとうございました、とスノーク、つまりわれわれもそのプラズマXのうちに含まれる、いやすでに含まれてしまっているということなんですね。私はちょっとのん気すぎていたようです。
 いやそれも当然さ、とジャコウネズミ博士、私たちだってヘムレンさんと検討を重ねなければたどり着かなかった結論だからね。ついでに言えばこれは天文学的と言うよりは地質学的な考察とする方がより実態に即していることになるだろう。もっとも考察自体は何ら事態の解決にはならん。しかし本来この戦場で保たれていた均衡状態があの二軒の店の間では崩れ始めていることは確かだ。これをそのまま放置しておくとどうなるか?
 どっちかの店が潰れるんじゃないですかね、とスティンキー。きみはどろぼうだからあっさりそう言うが、とヘムル署長の警棒の一撃でぱっくり頭蓋を叩き割られたスティンキーに(いつものことだからすぐ回復するのです)ヘムレンさんは、歴史的に見てみると、店が一軒しかなかった状態というのは極めて危険なことなのだ。つまりそれは、ここが休戦地ではなく本当の戦地だった時代以来のことになる。可塑的に考えれば、どちらかの店が潰れるというのは戦争の再開の予兆を示しているとも言えることなのだよ。つまり私たちはやばいところにうっかり来てしまい、役割まで背負わされてしまったことになる。


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 股旅が一本道を歩いてくると道をふさいでいる一頭の馬がいました。馬の眼は鋭く、股旅と馬の間にはまたたく間に殺気が走りました。どかんときる、と股旅。お前にワシはきれんよ、と馬、なぜならワシはきーきーきるきるきれないだーら、と馬、おそれいったか。おそれいらん、と股旅、なぜならオレはおーおーおそれおそれおそれいらないだーら。
 そういう風に昔の勇者は闘ったものじゃ、とジョースターさんは言いました。なるほど、勉強になります、といつでもわかりの良い風間くん。なにそれ、ちっともわからないわよ、バカじゃない?といつでも傍若無人なネネちゃん。やれやれ、女の子はどこの国の子もおなじじゃな、男のロマンを知らん、とジョースターさんが言うのは、同じ話をチャーリー・ブラウンたちパインクレスト小学校の子どもたちにも先にしており、チャーリーやライナスらは武士道の神秘におそれいったにもかかわらず、ルーシーやサリーからは大ブーイングをくらったからです。マーシーだけは日ごろからスヌーピー流のヒロイズムの理解者ですから黙って真剣に聴いていましたが、理解できたかといえば心もとない話としか言えません。
 ジョースターさんは何やっているんだい、とポルナレフはカウンター席で足もとのイギーにビーフジャーキーをやりながら(前もって塩抜きを頼んでおいたのです)こぼしましたが、ジョースターさんの行動にも意味があるのだ、とアヴドゥルが説明しました。無防備かつ無垢で中立的な子どもほど自分たちでは知らないうちに重要な秘密に立ち会っているものなのだ。それに耳を貸すのが東洋の知恵というものだ。そういうものかねえ、とポルナレフは、そういやおれたちのチームは東洋人の方が多いんだな、と今さらながら気づきました。おれやジョースターさんだって家系をさかのぼれば純血種とは限らないかもしれねえし、本当に純血種なのはイギーだけ、ってことか。
 お客さんたち、料理できましたからテーブルでどうぞ、とうながされて、ジョータローたちはテーブルに移りました。人数分のピザ、ブイヤベース、パエリアがテーブルに並びました。イギーの分を追加注文せねばならないですね、と花京院。どうしてだい?犬や猫はシーフードを食べると腰が抜ける、と日本の言い伝えにあるんです。だって猫は魚が好物じゃないのかい?そうともいう、としんのすけが突然ポルナレフの膝の間から現れました。またお前か。


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 チェブラーシカとわにのゲーナは裏口に回るよう指図されました。ぼくたちこのお店は初めてだしね、お酒の持ち帰りもたいていは断られても仕方がないことだもの、それに子どもだし。チェブラーシカとゲーナは素直にお店の裏口にまわりました。あたりにはチェブラーシカたちの姿を隠すようなものもなく、お店には彼ら以外お客さんはいませんでしたから、なんのためにわざわざ裏口まで回ったものやら無意味としかいえません。空にはチェブラーシカたちの知らない星ぼしがまたたいていました。名前なら小学校で教わったんだけどなあ、とチェブラーシカはくちょう座のデネブ、わし座のアルタイル、こと座のベガ。それは何だい、とわにのゲーナ。夏の大三角だよ、とチェブラーシカ、でもどれがそうなんだろう?夜空の空気が透明すぎて、ぼくにはわからないや。確かにそうだな、とわにのゲーナ、スターが多すぎるとどれもただの星くずに見える。
 あれが天井なら雨漏りがひどいだろうな、とわにのゲーナは言いました、改革前の昔を思い出すよ、もっともおれはわにだから雨漏りがしていても眠れるが。ぼくは困るよ、とチェブラーシカ。おれの口の中に入って寝ればいい、とわにのゲーナ。うっかり喰っちまいやしないか保証はできないが、おれはわにだからその辺は自己責任としてくれ。
 改革前が話の引き合いに出てきたのはひさしぶりでしたので、チェブラーシカたちの話題はひさしぶりに旧体制と新体制の比較になりました。なるべく公平に見て、とわにのゲーナ、昔も悪いところばかりじゃなかったよ。健全であればナショナリズムも悪いことじゃない。もし旧体制下でナショナリズムの確認がなかったら、改革はもっとグローバリズムに呑み込まれてしまうような性質のものだったかもしれない。それに、おれたちのかつての政府は本格的な国際戦争と内戦はかろうじて回避してきた。これもスラブ民族ナショナリズムがあったからおれたちは無理はできないとわかっていたんだ。それを思えば、おれたちが一種の文化的鎖国をしていた50年間にはそれなりの必然があり、効用もあったと言える。
 あ、誰か出てきたよ、とチェブラーシカがゲーナのチョッキのすそを引っ張りました。チェブラーシカはコートのフードを立てて顔を隠しました。やみ酒を買いに来る時はいつもシャパクリャクおばあさんに、右手を人間の手にしてもらっているのも確認しました。
 第五章完。


(五部作『偽ムーミン谷のレストラン』第三部・初出2015年4月~8月、全八章・80回完結)
(お借りした画像と本文は全然関係ありません)