(61)
第七章。
マイメロからの報告は毎回ハローキティのお店の仲間たちを落胆させました。どうせマイメロだから、と過大な期待は持たないようにしても藁にもすがりたい気持の時にはせめて希望のかけらだけでももたらしてはくれないか、と思うのが人情というものですが、その都度来るのは空しい知らせだけなのです。マイメロがハローキティのお店に出入りしたり外で会うなり、マイメロを訪ねて行ったりするのはバレるとまずいから潜入スパイ中は絶対不可なので、報告や連絡は電子メールを使って行われていましたが、マイメロはメールを打てないのでデイジーたちは音声入力のやり方を教えました。ところがマイメロが音声入力するとメールが絵文字と顔文字だらけになって読みづらいことこの上ないうえに、その上内容空疎となると(マイメロに限っては絶対あり得ないことですが)馬鹿にされているんじゃないだろうか、という気までしてくるのでした。
ハローキティはというと、実はマイメロ潜入スパイ計画はデイジーたち従業員の独断専行で、キティに先に打診などしたら私よりあの子を目立たせたいの!と自己愛が目覚めて逆ギレされかねません。そうなったら説得はまず不可能だし、どうせ今ハローキティは魂が抜けたように気を落としてしまっていますから、妙に刺激せずに放っておくに限ります。幸いマイメロディは教えた通りにミッフィーの店でアルバイトを打診させると、ねこの手も借りたいくらいだから(私が行く?とミミィ。あんたじゃ駄目でしょ、とデイジー)と不審がられもせずにあっさり採用されました。
まただわ、とキャシー。マイメロのメールはいつもだけど、今日のは特にひどいわ。顔文字と絵文字だけで何かの暗号文みたいになってる。いったん音声にしてみて単語や構文を再構成しないと意味もとれないわ。小学生の遊びじゃないんだから、とキャシーはぶつぶつこぼしながら鉛筆でメモをとっていましたが、ちょっと重要なことかもしれないわ、とミミィたちに呼びかけました。
あのお店の従業員のうちアギー、ウイン、メラニーはうさぎでメラニーはアフロ系、それからバーバラというくまで、時たまバーバラのヒモのボリスというくまが手伝ってる。ふむふむ、とデイジー。ところがマイメロはまだ一度もミッフィーを見たことがない。他の従業員は出入りしている、師団長室にこもったきりらしいのよ。なんだかこれ、秘密の臭いがプンプンしない?
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秘密の臭いがプンプンするところにはカネの臭いもプンプンするのが世のことわりというものです。ミッフィーのディヴィジョンはハローキティより20年あまり先立って設備されたものですから、年季の分だけ棒給も高いとも、基本給自体は新旧に隔てはなく勤続年数手当がついている程度ではないかとも思われました。ここでは公共施設として売り上げよりは利用者数が目安になっていると考えられますが、二軒目であるキティのディヴィジョンが設立された時点ですでにその需要は認められているのですから、客足が偏りを見せたところでミミィたちはそれほど心配することはないはずなのです。ついこの間まではハローキティの店だけでミッフィーの店の常連客までもさばいていて、それでもミッフィーの店は施設として営業を続けていたではありませんか。
流行りすたりとはどこの世界にもあって、そのほとんどは根拠も原因も法則性もないものです。今自分たちが流行りに見離されているにしても、明日のことはわかりません。ミミィやデイジー、キャシーたちはそう思うことにしました。しかし師団長室に引きこもって陰々滅々に運命を呪っているハローキティについては、どうしてやることもできません。お店が急に不景気になったのは何もハローキティに責任がある、と糾弾する気はデイジーたちにはほとんどありませんでした。ほとんど、というのは消えたリボンの件以来キティがすぐさま職場放棄して閉じこもっているからで、マダムみずからがそんな具合では職場の志気も下がる一方です。せめて今はスパイに差し向けたマイメロディからの情報を待ち、なぜ自分たちの常連客はおろか一見さんたちまでもミッフィーの店ばかりに取られてしまうのか、対策を練るくらいしか突破口はなさそうでした。
一方、スパイとも知らずにマイメロディをアルバイトに雇ったミッフィーのお店は、天然ボケのかたまりのようなマイメロを新たな看板娘にいよいよ大盛況でした。あんた何でこんな忙しい店に来る気になったの、とメラニーが尋ねると、マイメロは悪びれもせず、キティちゃんのお店の人にどうしてこっちのお店が大繁盛しているか、アルバイトに化けて調べて来い、って頼まれたの、と悪びれもしません。そう、とメラニー、それで何かわかった?ううん、全然。キティのお店の人に言わないなら教えてあげようか、とメラニーが言うと、うん絶対言わない、とマイメロは答えました。
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乳母車が波打ちぎわに横転していました。岩場には海の生物はおらず、どろどろのオイルが浜辺に打ち寄せていました。水槽がでかくなると当然、水圧も上がっていくからね、とメラニー、水槽も数十cmの厚さのガラスを使わなけりゃならない。もっともそれは水族館の話で、ガラスは透明度は高いし浸食性には強いけれど、他人に見せる必要なんかなければもっと安い素材で強度の高い隔壁は作れる。浸食性については、もろくなってきたらその都度もろい箇所を補修すればいい。そうやってきたない海ときれいな海の境界は引かれてきた。私たちの商売はそういう種類のものよ、とメラニーはマイメロディに説明すると、こんな遠まわしな説明じゃどんなに言っても意味をなさないんだろうな、と思いました。
マイメロは真面目な顔で聞いているようでしたが、基本的に愛玩動物は無表情なので黙ってさえいれば真面目に見えるのです。マイメロは愛玩動物ですらなく愛玩動物を模した無生物でしたから、真面目さもいっそう真剣に見えました。また、マイメロは無生物である分、生存条件に限界を持たざるをえない生き物一般よりも各段に一貫性には無責任でいられましたから、真面目に聞いているのは何ひとつ真面目に聞いていないのと大差のないことでした。唐突にメラニーにバカじゃないの?と返事を返してもマイメロとしては普通の反応にすぎませんし、通常言われる意味ではマイメロディは思考しない、というか、思考力自体がマイメロの本質に備わっていないのです。
ところであんた、とメラニーは化粧室で言いました、お店とはいえ室内なんだからね、ずきんくらい取りなさいよ。みんな……つまりアギーやバーバラ、ウインはびくっとして動きを止めました。実はマイメロのずきんはバイトの面接直後から話題、というか問題になっていたのです。あれはどうなんでしょうね、うちの店にはこれという服装規定はないけどね。髪が落ちないようにと言うなら衛生的な理由もあるし……バイトだからってそれは止めなさい、と言うのはパワハラにならない?
そんなふうに店の仲間たちでもマイメロのずきんについては不文律になっていたのです。しかしついにメラニーが言ってしまいました。言うとしたらメラニーだろうな、という期待感と不安感がミッフィー・ディヴィジョンの誰にもあり(ミッフィーを除く、メラニー本人を含む)ついにそれが実行された、というだけでもあります。
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チェブラーシカがわにのゲーナとハローキティの店でやみ酒を仕入れて外に出ると、通りを吹き抜ける風が頬に当たりました。風はしわくちゃの新聞紙を通りに吹き寄せていましたが、通りかかった野良犬がちょっと新聞紙の臭いを嗅ぐと、すぐに興味をなくして曲がり角に消えていきました。食い物を包んでいた新聞紙なんだな、とゲーナが言いました、おれは水の中しか鼻が利かないからわからないんだが。ぼくだってわからないよ、とチェブラーシカ、じかに鼻に持ってくれば少しは臭いも嗅げるかもしれないけど。大方ベーコンとかニシンの干物とか、だいたい燻製や乾物の類だろう、とゲーナ。シャパクリャクばあさんが知ったらそんなものまで仕入れてこさせられるかな、もっとも酒ほどボロ儲けになる闇市商売は、他にもないことはないがリスクが高すぎるからな。他のって?とチェブラーシカ。大人になればわかる、とゲーナ、それにあんまりあれこれ手を広げすぎると、商売がたきを作りかねない。酒のつまみ程度が関の山だろう。だったらぼくはビーフジャーキーがいいな、とチェブラーシカ、子どもだからお酒は飲めないけれど、ビーフジャーキーならいくらでも食べられるよ。
結局おれたちはシャパクリャクばあさんの手下はやっているが、自分たちで商売となるとなかなか踏ん切りはつかないものだな、とわにのゲーナ。彼が思い描いていたのはミッフィー屋やキティ屋のような中途半端なものではなく、本物の女衒商売でした。つまり本当にアダルト対象のお店です。これだけはどこへ行っても需要があるはずなんだが、とゲーナには不思議でならないのでした。本当にそれだけに特化した店がとっくにあってもいいはずだ。それが存在しないということは、つまりそれを求める客もいないということか?
しかしゲーナが観察したところ、二階に通じる怪しい階段があるのはどちらの店も同じでした。結局チャブ屋じゃないか。だがチャブ屋として儲かっているとはどうしても思えないような客ばかり出入りしているようにしか見えないのです。何か秘密があるはずだ、とゲーナは思いましたが、自分から探るより自然に向こうから内情を明かしてくるのを待つ方が得策でしょう。そのくらい、ゲーナは過去に痛い目にあってきもした慎重なわにでした。ですがゲーナにも、そろそろ何かに勝負を賭けてみたいところで、そうでなくてもこのままなのには、少々飽きてきていたのです。
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ところで問題なのは、とヘムレンさんは後ろ手を組み、われわれは子ども向けのキャラクターだからうかつに酒盛りなど出来ない、ということだ。一堂驚愕。そうだったんですか、とスノーク。まあ一応、この場合の子どもとは0歳から150歳の子どもまで、と範囲は広くなるのだが、とヘムレンさん、この言い方は気持ち悪くはないかね?つまり子どもとは気の持ちようだとは、子どもの類型化と偽善的な性善説がプンプン臭うではないか。
世の中には悪意に満ちて性根がねじくれ、卑しい品性の子どもも大勢います(とスノークは言いました)、自分がそういう子どもだったと認めないではいられない大人も相当数いるでしょう。明けても暮れても大殺界、これじゃ人生毎日日曜というろくでもない余生を生きているのは、結局生きていないのも同じだと感じる人も多いでしょう。ですが、だからこそ、ファンタジーとしてわれわれムーミン谷の住民は存在するのではないでしょうか?
きみの存在は確かにファンタジーだろうさ、とムーミンパパはパイプに葉を詰めながらせせら笑いました。ムッとするスノーク。それは私もきみもだよ、とジャコウネズミ博士がとりなしました。まあファンタジーとは言えないのは、とヘムル署長もスティンキーの右手とつないだ左手首の手錠を指して、ムーミン谷にも法はある、ということかな、必ずしも正義とは言わないが。正義ですか、とムーミンパパ、そんな言葉も聞いたことはありますが、この目で見たことはありませんな。
じゃあ、あなたはうちのミッフィーのことを探りに来たわけね、とメラニー。マイメロはこくん、とうなずきました。いいわよ、会わせてあげるわ。その代わり、私たちがハローキティの店について知りたいことも教えてくれなくちゃ。
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この休戦地でもまた、大地には太陽が北から差していました。それは運命的なこととすら思えました。チャーリーは南に長く延びる影を見てもう正午が近いのに気づき、これから日没までにどれだけ歩けるか考えていました。この荒地は乾ききって日差しを遮るものもないので、気温がピークに達する午後2時~4時頃には摂氏40度を越える高さになります。ですが日没後の冷え込みも激しく、摂氏で言えば零下20度にはなるので、凍え死なない方法は唯一地面に穴を掘って埋もれて眠ることでした。土中なら、灼熱の日中に照らされてそこそこの暖かさが保たれているのです。それは日中でも言えることで、夜間に冷えた土中の方が大気にさらされるよりも涼しいのですが、それではチャーリーはいつまでたっても土に埋もれていなければなりません。幸い湿度が極端に低いため摂氏40度は体感温度ではさほどに感じずには済みますので、凍える夜よりはなんとか活動できました。夜、星空の明かりは人工の光のない荒野では景色をフィルムのネガのように照らしていました。それはチャーリー・ブラウンから時間の感覚を奪い、起きるとチャーリーは自分が一晩眠っていたのか、それとも何日も意識を失っていたのかわからなくなる気がするのでした。
チャーリー・ブラウンに起こっていることと似た危機が、誰の身にも起こっていました。はっ、と偽ムーミンはようやく、このままムーミンを放置して自分と入れ替わったままにしておくとそのまま元に戻れなくなる可能性に気づいて、激しく動揺しました。可能性はいくつかあり、自分がこのままムーミンを演じつづけなければならない場合もあれば、ムーミンを失えば偽ムーミンは何者でもなくなる可能性もあると考えられました。しかも偽ムーミンにはどちらにも既視感があったのです。つまりそれはこれまでも何度となく偽ムーミンがムーミンに取って代わるなり、ムーミンの消滅ともども偽ムーミンの消滅があり、その都度ムーミンと偽ムーミンは新たな存在に更新されてきた痕跡とも思えました。おそらくムーミンにはその記憶はなく、偽ムーミンは偽者だからこそかすかに上書きされた記憶を残していたのでしょう。または、自分の存在はその役割のためなのではないか、と偽ムーミンは唖然としました。
それはミッフィーちゃん、またはハローキティによるシナリオだったかもしれません。この休戦地ならどちらもあり得ることでした。
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やっぱり大事なのは貞操観念よね、と飲むだけではあまりにヒマなので、デイジーがいかにも唐突に言い出しました。それって例えばどんな?とダイキリをデイジーのカウンター席に置きながら、メラニー。項でも目でも属種でも、まあ多少の違いはあるでしょうけど、とデイジー。ハローキティとハローミミィはねこだし、こちらのお店のあなたたちは(くまもいるけど)私やキャシーと同じうさぎよね。でもあなたはアフロ系のうさぎだし、私たちはアーリア系のうさぎ。それでも貞操観念というのは人種や文化を超えて絶対的なラインがあるんじゃないかと思うのよ。ねえキティ、とデイジーがいきなりミミィに振ったので、ミミィはようやくミッフィーのお店に入る前に耳のリボンを右耳から左耳に結び直させられた意味を察しました。これは敵をだますにはまず味方からという、いかにもデイジーらしい作戦です。
留守のあいだのお店はダニエルにお願いするとしても、こんなにライヴァル店の私たちがぞろぞろ押しかけて大丈夫かしら、とミミィは心配したのですが、たかだか3人だけじゃない、しかも私とキャシーはうさぎだし、とデイジーに丸めこまれて、ハローキティの店の3人はミッフィーのお店にやって来たのです。お店に入る直前に、デイジーはキャシーに持たせた金属バットをギュッと握ると、金属バットは魔力をおびて色鮮やかにでこぼこな武具に変型しました。これで身を守るくらいの役には立つの?とミミィが訊くと、マイメロが出てきて私たちと知りあいのような口をききそうだったらぶっ飛ばすのよ、とデイジー。
幸いマイメロは日ごろの働きが認められて、裏口でひたすらじゃがいもの皮剥きを命じられていました。ミッフィーのお店にとってはマイメロの冷遇はマイナスで、元祖カマトト萌えキャラのマイメロディは「お・ね・が・い?」ひとつでお客さんにどんな高いオーダーでもばしばし追加させられるのです。ちなみにお店の最低料金は水割り1杯2500円で、歌舞伎町のキャバクラよりはまだ良心的といったところでした。そんなマイメロを接客に出さないのは、ミッフィーが調子を取り戻した今、ひとつのお店に女王さまはふたりはいらないという従業員一同の暗黙の判断からでした。こういう女社会のルールは合理性とは別物なので、部外者が口を挟むものではありません。また、マイメロを秘密の切り札にしておくのも営業方針としては悪くありません。
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聞き捨てならないデイジーの発言に、チャブ屋ミッフィーズの空気にはにわかに殺気が立ちこめました。ある種のタイプの女性には公衆便所という古典的な差別的かつ女性蔑視的悪罵がありますが(男性に対してはそれに相当する蔑称がない分余計に差別的でもあります)、今このお店にいるどの女性も単に職業的に性的奉仕活動に従事しているだけで、それはスパイとともに最古の職業とされているほどです。ただし多くの国ではそれは文化的(宗教的・倫理的・思想的)に、また経済的に(徴税対象としての労働の実態が把握困難なため)公的には法的禁止が施行されており、それでも完全には防止できないため性的サーヴィスを隠蔽した形式の公式営業形態は許容せざるを得ない、というのが近代国家でのこの業種のあり方でした。まわりくどくてめんどくさいことですが、もぐら叩きのようなゲームと考えればどんな職業にも社会悪としての側面があります。それを思えばこのお店など可愛いもので、今さらデイジーが貞操観念など言い出した真意を勘ぐれば、売れていないお店の女の子が売れているお店に嫌がらせを言いに来た、以外に考えられません。
ただしミッフィーのお店のみんながデイジーたちの正体に気づいていたか、それはデイジーたちが名乗らなかったと同じくメラニーやウインたちもしらばっくれたか、あるいは気づいていないのかおたがいに事なかれ風にふるまっていましたから、何とも言えないことでした。すぐ顔に出る性格のアギーやバーバラですらポーカーフェイスのすまし顔でしたが、これはもっぱらデイジーが性を売り物の職業について抽象的な外郭から中傷した(デイジーにとっては自嘲的な誹謗でもありましたから、余計にそれはまわりくどい表現となったという事情もありますが)ためでもあり、要するにピンとこなかっただけかもしれません。
その頃ぼくたち、つまりチェブラーシカとわにのゲーナは路上でコイントスをすると、コインは地面に落ちて道端の下水溝の中に落ちて行ってしまいました。しまった、コイントスなんかするんじゃなかったな、とわにのゲーナは言うと(わにだからって下水まで入るのは勘弁してほしいからな)、今日はどっちの店でやみ酒を仕入れるか別のやり方で決めることにしました。ゲーナの口の中にぼくが頭を入れる、気づいて通行人が踏まなければいつもとは別の店、気づかずに踏まれればぼく、チェブラーシカは死にます。
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野営地でキャンプ難民生活をしていたムーミン谷の一行は外食ばかりではお金がかかって仕方ないのに気づいていました。それは野原家が引率するふたば幼稚園ひまわり組でもジョースターさんたちスターダストクルセダーズでも、また林間学校中のパインクレスト小学生たちも同じでしたので、結論から言えば全員が集まって炊き出しをすればいいんじゃないか、というのが手っ取り早い解決策になります。幸い無許可で使用できそうな敷地・建物ともに校舎並みの広さの廃屋がこの休戦地ではあちこちにありました。彼らはたがいに異なる次元に存在している幻覚のようなものでしたから、誰も集団の全体を把握できている立場にはいませんでしたが、認識しあえる集団を組み合せていけば全員がとりあえず意志の疎通可能ではあり、それに彼らは「そこにはいない誰か」などという存在には慣れっこになっていたのです。10人集まったはずが11人いてもそれが現実なら受け入れないわけにはいきません。
ムーミンママ、野原みさえ、マーシー(パインクレスト小代表はもめたようですが)、ジョースターさんはとりあえず基本的な食材から検討を始めまました。ぼく、チェブラーシカはあいまいな国境を越えれば日帰りの町に家があるので、こうしたことには一切無関係でも良かったのですが、それはちゃんと商売に結びついた理由があったのです。
玉子、白砂糖、バター、小麦粉、牛乳、まずこれだけは必要だろうな、とジョースターさんが言いました。塩・胡椒といったところも当然だが。もちろん玉子、バター、小麦粉、牛乳とすでにアレルゲンまたは宗教上の忌避に抵触するものもすでに含まれているが、ヒンドゥー教でも牛乳とバターは教義上の菜食主義には触れないものとされている。食の制約に意味づけするのは一種のトレンドで、これら基本食材は人類4000年の歴史から自然に考案されたものだ。ただ問題は、とジョースターさんは首をひねりました、このあたりには飲み屋はあっても食品店はまるでないことだな。しかもわれわれはヴィザの制約でこのテリトリー以外に出入りすることができん。
あの、とぼく、チェブラーシカはおずおずと話に割り込みました。ぼくは元々隣町の住民で、旅行者じゃないから行き来も自由なんです。よければ隣町のお店から代理のお買い物をしてくることもできますよ。
こうしてぼくは割の良いピンハネ商売をまたひとつ、増やしたのです。
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ミッフィー屋ジュークボックス常備CD。『バッハ/トッカータとフーガ集』『ベスト・オブ・マディ・ウォータース』『モーツァルト/レクイエム』『ハウリン・ウルフ/モーニン・イン・ザ・ムーンライト』『ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ集』『ボビー・ブランド/トゥ・ステップス・フロム・ザ・ブルース』『シューベルト歌曲集』『ジョン・リー・フッカー/トラヴェリン』『シューマン/ピアノ協奏曲イ短調』『ロッキン・ウィズ・ジミー・リード』『ベルリオーズ/幻想交響曲』『ジョニー・ギター・ワトソン/スペース・ギター・マスター』『ヴァーグナー/トリスタンとイゾルデ』『レイ・チャールズ/ハホワット・アイ・セイ』『ブラームス/交響曲第一番』『プロフェッサー・ロングヘア/ノー・バッツ、ノー・メイブス』『ブルックナー/交響曲第九番』 『ビリー・ホリデイ/レディ・バード』 『マーラー/大地の歌』『サム・クック/ライヴ・アット・コパ』『ヤナーチェク/シンフォニエッタ』『ヒアズ・リトル・リチャード』『シベリウス/交響詩タピオラ』『ロックン・ローリン・ウィズ・ファッツ・ドミノ』『ムソルグスキー/展覧会の絵』『チャック・ベリー/ベリー・イズ・オン・トップ』『リムスキー=コルサコフ/シェヘラザード』『ボ・ディドリー/ハヴ・ギター・ウィル・トラヴェル』『チャイコフスキー/交響曲第六番ロ短調・悲愴』『ジェームズ・ブラウン/シンク!』『セザール・フランク/ヴァイオリン・ソナタ』『エルヴィス・プレスリー』『フォレ/レクイエム』『エディ・コクラン12ヒッツ』『ドビュッシー/牧神の午後への前奏曲』『カール・パーキンス/ダンス・アルバム』『ラヴェル/死せる王女のための孔雀舞』『ロイ・オービソン/ロンリー・アンド・ブルー』『サティ/ピアノ曲集』『エタ・ジェイムス/アト・ラスト!』『バルトーク/弦楽器と打楽器とチェレスタのための音楽』『チェット・ベイカー・シングス』『シェーンベルク/浄夜』『メアリー・ウェルズ/バイバイ・ベイビー』『スクリャービン/法悦の詩』 『マイルス・デイヴィス/カインド・オブ・ブルー』 『ストラヴィンスキー/春の祭典』『アイヴス/交響曲第四番』 『 B.B.キング/マイ・カインド・オブ・ブルース』 『メシアン/世の終わりのための四重奏曲』。『佐村河内守/交響曲第一番《HIROSHIMA》』=〓〓。
第七章完。
(五部作『偽ムーミン谷のレストラン』第三部・初出2015年4月~8月、全八章・80回完結)
(お借りした画像と本文は全然関係ありません)