人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

創作童話『戦場のミッフィーちゃんと仲間たち』より抜粋5話

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 キティ亭潜入という突拍子もないミッフィーの提案にアギーもバーバラもウインもメラニーも黙っていましたが、別に無視を決め込んでいたのではなく本来無口なのがうさぎの性質だったからでした。植物は話しかけるとよく育つ、と言われますが、うさぎほどの高等生物になると今さら何事にも動じないのです。だからといって感受性に乏しいわけではなく、嘆き悲しむ人びとの声が右の耳から入ってくれば、それはそのまま左の耳から抜けて行くのでした。だってうさぎの耳は長いんだもの。
 それにこの話題はたぶん730回くらい繰り返してきたはずだし、とアギーは365日を2倍にかけ算して推定してみました。その倍はあったんじゃない?とメラニー。そうか、なら1460回、でも4年ならうるう年もあるし、と計算したところで、アギーはメラニーに頭の中を読まないでよ、と抗議しなければと気づきました。でもメラニーはいけしゃあしゃあとした顔で、頭の中なんか読まないわよ、というだけなのもわかっています。褐色の毛色のメラニーは南の国からやってきた少女で、あらかじめミッフィーとペンフレンドになり、ミッフィーの仲介でアギーやウインやバーバラとも手紙のやりとりをして、一家をあげて移住してきた時にはもう友だちを作ってあるという用意周到な性格でした。しかもメラニーの手元には全員の黒歴史が直筆の手紙で握られているのです。
 だからメラニーは全員のキャラクターを把握しつくしていましたし、誰が何をどう考えているか、または何も考えていないかなどは手に取るようなものでした。またメラニーはうさぎらしからぬ驚異的な記憶力をそなえており、体内電波時計とでも言うべき絶対的な時刻感覚の持ち主でした。メラニーがあの時計、1分23秒進んでいるわよ、と言えば本当に時計は1分23秒進んでいるのです。
 そして、いつもならミッフィーの提案はみんなが黙っているうちに何となくうやむやになってしまうのですが、初めて自発的な意見が他ならぬメラニーから出たので、アギーたちは椅子から転げ落ちそうになりました。
 私は反対よ、とメラニーははっきり言いました。なら偵察以外に何があるの?とムッとするミッフィーに、メラニーはきっぱり言いました。偵察なんて手温いわ、確実にダメージを与えて潰す、それしかないじゃない。みんなもそう思っているんでしょう?ここは戦場よ。
 これは魔法の言葉でした。うさぎたちは戦慄しました。


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 ではまずこれに乗ってみてください、とミッフィーちゃんの前に置かれたのは、人間ならば小学校低学年向けだろうと思われる自転車でした。ミッフィーちゃんはつま先立ちしてサドルになんとかつかまりましたが、足をかけてよじ登り、またぐことはできません。無理みたいですね、ではこれはどうでしょう。
 今度は一輪車でした。これなら高さを調節できますからね、と腰の高さ程度に座高を調節してもらい、でも私、一輪車なんて乗ったことないんですけど。そんなの気になさらずにいいんです、乗れなければ乗れないのも大事なことですから、と係官を名乗る女性は言い、ミッフィーちゃんをうながしました。なるほど、要するにデータを取りたいわけね、と合点はいきましたが、ミッフィーちゃんだってそんなふうに、まるで実験どうぶつのように扱われるのは、いくら子うさぎとはいえあまり気分の良いものではありません。
 乗りなさい、と係官の女性の口調が変わりました。しぶしぶミッフィーちゃんは、やあっ、と一輪車に乗ってみました。うまくまたげず、横むきですが、まるでパズルの破片がはまるように一輪車のサドルの上でミッフィーちゃんは微動だにしませんでした。カメラらしきシャッター音がしました。何で私、こんなことやらされているのかしら、と初めてミッフィーちゃんは思いました。
 では進んでみてください、と係官は言いますが、ミッフィーちゃんには一輪車の進め方が、わかりません。だいいち、足がペダルを踏んでいないのです。係官はミッフィーちゃんの困惑を察したか、体重を移動させてごらんなさい、と言ってきました。ミッフィーちゃんはそうしようとしましたが、体重どころかからだ全体がスライドしてしまい、サドルからころげ落ちてしまいました。
 痛ったーい、とミッフィーちゃんは大げさに声を上げました。ですが女性係官は意に介さず、では三輪車に乗ってください、三輪車なら乗れますよね?とミッフィーちゃんにだめ押ししました。三輪車ならミッフィーちゃんも乗ったことがあります。女性は三輪車を横に置きました。ミッフィーちゃんは横に置かれた三輪車をまたげませんでした。
 ではこれならどうでしょう、と係官は三輪車を真正面に向けました。乗れます。次に三輪車を後ろ向きにしてみました。乗れます。そうでしょう、と係官はうなずきました。これではっきり確認が取れました。あなたは、いつも平面のうさぎなのです。


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 こんにちわぁ、あそびに来たよ、とハローキティの店にマイメロディが入ってきました。ミミィやキャシーたちはストゥールから腰を浮かしかけ、カウンターの中にいたデイジーもハッと椅子から立ち上がりましたが、お客さんではなくただの友だちとわかると落胆して、また腰をおろしました。どうしたの、元気ないよ、とマイメロディ、そういえばキティちゃんは?これは言うべきか隠しておくべきか、とミミィたちは顔を見合わせましたが、果たしてどこまで噂がひろがっているかは想像もつきません。マイメロ風情が知っていてとぼけているとは思えませんが、もし自分たちが何も知らないそぶりをして、後からマイメロがよそで聞いたらどう思われてしまうでしょうか?相当な薄情ものたちか、さもなくばうすのろか、せいぜい良く言って仲間割れと思われるのがおちです。たしかにミミィはこねこ、デイジーとキャシーはうさぎですからその程度のうつわしかありませんが、マイメロディなどはメンヘル、いやメルヘンランドから来たうさぎ型ぬいぐるみ妖精で、未来の世界のネコ型ロボットよりいかがわしい存在ではありませんか。その時、ミミィたち3人の頭に同時に釣り糸みたいなものがひらめき、自分以外のふたりも同じことを考えているのを3人の誰もが気がつきました。
 ねえ、とミミィはまむし酒をおちょこでマイメロに渡すと、最近マイメロは忙しいか(マイメロはいつものんびりしていると知っての質問ですから、これは誘導というものです)、困った人がいたら助けになれるか(これも誘導)、とどのつまりはお願いマイメロディ、うちのお店で働いてくれない?とキャシーとデイジーと3人がかりでマイメロを取り囲みました。うーん、うーん、うーん、とマイメロは3人をかわるがわる見回しながらさすがに即答には困った様子で、何しろ風呂に沈められるかどうかという願ってもない話ですから一も二もなく飛びついても良さそうなものですが、キティちゃんが今お休みしているからなのかナ?と案外痛いところを突かれて、このぬいぐるみのくせに妙なせんさくしやがって、とキティ屋一堂。
 休んでいるわけじゃないのよ、とデイジーはお姉さんの威厳で言いました、何ていうか……マイメロはいつもかぶっている赤ずきんがなくなっちゃったらどうする?マイメロおおかみさんに食べられちゃう、とカマトトのマイメロは言いました。人の前でずきんを脱げる?だいたいそういうことなのよ。


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 聞き捨てならないデイジーの発言に、チャブ屋ミッフィーズの空気にはにわかに殺気が立ちこめました。ある種のタイプの女性には公衆便所という古典的な差別的かつ女性蔑視的悪罵がありますが(男性に対してはそれに相当する蔑称がない分余計に差別的でもあります)、今このお店にいるどの女性も単に職業的に性的奉仕活動に従事しているだけで、それはスパイとともに最古の職業とされているほどです。ただし多くの国ではそれは文化的(宗教的・倫理的・思想的)に、また経済的に(徴税対象としての労働の実態が把握困難なため)公的には法的禁止が施行されており、それでも完全には防止できないため性的サーヴィスを隠蔽した形式の公式営業形態は許容せざるを得ない、というのが近代国家でのこの業種のあり方でした。まわりくどくてめんどくさいことですが、もぐら叩きのようなゲームと考えればどんな職業にも社会悪としての側面があります。それを思えばこのお店など可愛いもので、今さらデイジー貞操観念など言い出した真意を勘ぐれば、売れていないお店の女の子が売れているお店に嫌がらせを言いに来た、以外に考えられません。
 ただしミッフィーのお店のみんながデイジーたちの正体に気づいていたか、それはデイジーたちが名乗らなかったと同じくメラニーやウインたちもしらばっくれたか、あるいは気づいていないのかおたがいに事なかれ風にふるまっていましたから、何とも言えないことでした。すぐ顔に出る性格のアギーやバーバラですらポーカーフェイスのすまし顔でしたが、これはもっぱらデイジーが性を売り物の職業について抽象的な外郭から中傷した(デイジーにとっては自嘲的な誹謗でもありましたから、余計にそれはまわりくどい表現となったという事情もありますが)ためでもあり、要するにピンとこなかっただけかもしれません。
 その頃ぼくたち、つまりチェブラーシカとわにのゲーナは路上でコイントスをすると、コインは地面に落ちて道端の下水溝の中に落ちて行ってしまいました。しまった、コイントスなんかするんじゃなかったな、とわにのゲーナは言うと(わにだからって下水まで入るのは勘弁してほしいからな)、今日はどっちの店でやみ酒を仕入れるか別のやり方で決めることにしました。ゲーナの口の中にぼくが頭を入れる、気づいて通行人が踏まなければいつもとは別の店に行く。気づかれずに踏まれればぼく、チェブラーシカは噛まれて死にます。


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 野営地でキャンプ難民生活をしていたムーミン谷の一行は外食ばかりではお金がかかって仕方ないのに気づいていました。それは野原家が引率するふたば幼稚園ひまわり組でもジョースターさんたちスターダストクルセダーズでも、また林間学校中のパインクレスト小学生たちも同じでしたので、結論から言えば全員が集まって炊き出しをすればいいんじゃないか、というのが手っ取り早い解決策になります。幸い無許可で使用できそうな敷地・建物ともに校舎並みの広さの廃屋がこの休戦地ではあちこちにありました。彼らはたがいに異なる次元に存在している幻覚のようなものでしたから、誰も集団の全体を把握できる立場にはいませんでしたが、認識しあえる集団を組み合せていけば全員がとりあえず意志の疎通可能ではあり、それに彼らはとうに「そこにはいない誰か」などという存在には慣れっこになっていたのです。10人集まったはずが11人いてもそれが現実なら受け入れないわけにはいきません。
 ムーミンママ、野原みさえ、マーシー(パインクレスト小代表はもめたようですが)、ジョースターさんはとりあえず基本的な食材から検討を始めまました。ぼく、チェブラーシカはあいまいな国境を越えれば日帰りの町に家があるので、こうしたことには一切無関係でも良かったのですが、それはちゃんと商売に結びついた理由があったのです。
 玉子、白砂糖、バター、小麦粉、牛乳、まずこれだけは必要だろうな、とジョースターさんが言いました。塩・胡椒といったところも当然だが。もちろん玉子、バター、小麦粉、牛乳とすでにアレルゲンまたは宗教上の忌避に抵触するものもすでに含まれているが、ヒンドゥー教でも牛乳とバターは教義上の菜食主義には触れないものとされている。食の制約に意味づけするのは一種のトレンドで、これら基本食材は人類4000年の歴史から自然に考案されたものだ。ただ問題は、とジョースターさんは首をひねりました、このあたりには飲み屋はあっても食品店はまるでないことだな。しかもわれわれはヴィザの制約でこのテリトリー以外に出入りすることができん。
 あの、とぼく、チェブラーシカはおずおずと話に割り込みました。ぼくは元々隣町の住民で、旅行者じゃないから行き来も自由なんです。よければ隣町のお店から代理のお買い物をしてくることもできますよ。
 こうしてぼくは割の良いピンハネ商売をまたひとつ、増やしたのです。


(初出2015年/全80回より抜粋・お借りした画像は本編と関係ありません)