人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

映画日記2019年5月13~15日/蔵原惟繕(1927-2002)と日活映画の'57~'67年(5)

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 昭和29年('54年)に戦後ようやく製作再開を果たした日活(明治45年='12年設立)がメジャー5社(松竹・東宝大映東映・新東宝)に並ぶ業績を上げるようになったのは昭和31年('56年)の『太陽の季節』と石原裕次郎主演作『狂った果実』に始まる太陽族映画のヒットがきっかけで、つづく日活の栄枯盛衰は前回の前書きに述べた通りです。ほぼ5年あまり東映に次ぐ業界2位の業績を上げていた実績も昭和39年('64年)以降は悪化の一途をたどり、昭和41年('66年)には実質的には業界最下位の経営状態に転落します。次々と所有物件を売却しながら会社上層部の分裂・混乱も激しくなる中で戦後全盛期の日活を支えた監督たちが最後の力作を残したのが昭和42年('67年)であり、この年を最後に翌年日活は大きな路線変更を図り、専属監督やスタッフ、俳優が一斉にフリーになる、または馘首される事態になるので、石原裕次郎がスターの座を確立した昭和32年('57年)を起点としても昭和42年を日活映画は一旦区切りを迎えたと見てよく、その後日活は純愛映画路線、ニュー・アクション路線と記憶に残る作品を生み出しながらも全盛期の業績は取り戻せず前代未聞のメジャー映画社によるロマン・ポルノ路線を打ち出して成人映画ジャンルで名作・傑作の数々を放つのですが、'50年代~'60年代作品同様'70年代~'80年代の日活映画もほとんどがプログラム・ピクチャーなので顧みられる機会が少なく、またプログラム・ピクチャーとしての性質から1作単位よりもジャンル映画の性格が強いためまとまった数を観ていないと特色がつかめないということも起こってくる。それほど昔のものではない自国の映画なのに現存する絶対的すら少ない昭和10年('35年)までのサイレント時代の日本映画と大差ないくらい限られた作品しか容易に観られないので、'50年代以降の戦後日本映画ですらまだ本格的な評価は定まっておらずその途上にあると言えます。日活は他社と較べても極端に自社のカタログの価値に冷淡な映画会社なので系統立った映像ソフト化も粗略であり、そんな調子ですから日活映画の隠れた名作の数々すらも今後も一部のマニアの間でしか観られず忘れ去られていくのかもしれませんが、それだけに隠花植物のような隠微な魅力がおそらく公開時よりも増していると思える面が昭和42年度の日活作品にはあり、今回の3作で日活戦後全盛期の作品紹介はひと区切りになりますがこの3作は必見の価値のある断末魔的作品です。なお歴史的意義を鑑み、今回もご紹介する日活映画については初公開時のキネマ旬報の紹介文を引用させていただきました。

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●5月13日(月)
野村孝(1927-2015)『拳銃(コルト)は俺のパスポート』(日活'67.2.4)*85min, B&W : https://youtu.be/jhT40e6VYvM (Full Movie)

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 2本立て用に急遽代用作品として企画され脚本執筆期間4日・撮影期間20日で完成されたという本作は公開後数年間のうちに日活アクション映画史上の画期的傑作とマニアの間で評価が定着し、主演の宍戸錠も主演作中最高の1本、これが主演デビュー作だったらと発言するほど本作を愛好し、ビデオ時代には国内リリースされるもDVD化は米Criterion社盤のボックスセット『Nikkatsu Noir』2009が世界初で2012年に日活からようやく国内初DVD化されるもキネマ旬報あらすじに転載された公開時の日活のプレスシートにある展開の間違いが訂正されずそのままパッケージに載っており、また本作はめったに再上映されずテレビ放映もされなかったためホームビデオ普及前の'70年代に本作に論及した批評家がキネマ旬報あらすじのプレスシート由来の間違いを踏襲したためいまだに各種映画感想サイトや通販ショップのユーザー評では間違いをそのまま引き写した評が出回っている幸運なんだか不運なのかわからない作品で、この件ひとつ取ってもプログラム・ピクチャーに対する日本の映画ジャーナリズムのずさんさ、日活の自社カタログのあつかいの粗略さがわかります。日本盤DVDがリリースされてからは本作は日本語版ウィキペディアでも裕次郎主演作、鈴木清順監督作の代表作と並んでもっとも詳細に解説項目が設けられた'60年代日本映画、日活アクション映画の最重要作と目されるようになり、ウィキペディアでは上記の従来の本作の紹介の間違いも特記して訂正しています。もっとも従来、渡辺武信や西脇英夫ら'50年代~'70年代の日本のアクション映画について労作の論考を残してきた評者がついキネマ旬報の紹介を踏襲した勘違いをしてきたのも同時代に膨大な新作を観てきた評者だからこそと言えるので、本作と類似した設定でプレスシート由来の間違い通りに展開する映画も無数にあり、むしろ展開としてはその方が多いので記憶に混同が起こりキネマ旬報のバックナンバーで確認して勘違いの方に行ってしまったと思われ、西脇氏なども名著『日本のアクション映画(アウトローの挽歌)』で相棒の惨死、死体に群がる蠅の強烈なイメージを書いていますが相棒というより弟分のジェリー藤尾は捕らわ拷問こそされますが宍戸錠に密航船(ダルマ船)に救出されますし(その代わり宍戸はジェリーを気絶させた間に敵との交換条件で出航する密航船から降り、最後の対決に向かいます)、蠅は宍戸自身のアイディアで真冬の撮影だったのにスタッフが日活の社内食堂から集めてきたそうですが、群がるのは死体にではなく宍戸が最後の対決の場で罠を仕掛けるために掘った穴で掘り起こした土の中(冬眠中?)から出てくるのです。本作は同一原作が原題名(『逃亡者』)のまま古川卓巳監督(長門裕之主演)で昭和34年('59年)に初映画化されたもののリメイクに当たるそうですが、ヴェテラン山田信夫と新鋭の永原秀一の共同脚本で原作とも前回の映画化ともまったく違う、ほとんどオリジナル脚本と言えるものになっているそうで、原作未読・『逃亡者』未見ですが、古川卓巳監督・長門裕之主演(箱根が舞台で、『必死の逃亡者』'55の設定を踏襲した内容だそうです)で本作のような映画になるとは思えません。Criterion社盤DVDの解説でも本作は同年の鈴木清順の『殺しの烙印』とジョン・ブアマンの『殺しの分け前 ポイント・ブランク』に匹敵する作品と評価されており、またイタリア製西部劇の影響(音楽もエンリコ・モリコーネ調)には誰もが気づくことで、これはアメリカではスパゲッティ・ウェスタンと呼ばれますが'60年代のイタリア製西部劇をマカロニ・ウェスタンと呼んだのは日本の映画観客の方が先です。またジャン・ピエール・メルヴィルに似たタッチもあり、メルヴィルの『サムライ』'67とやはりメルヴィル張りの森一生の『ある殺し屋』'67が本作と同年作ですが、『サムライ』以前のメルヴィル作品を参照しているとしても'67年初頭でこの作風は斬新で、古川卓巳の『拳銃残酷物語』'64で萌芽を見せていた宍戸錠主演によるハードボイルド路線でついに決定打が出た観がある。野村孝はほぼ同年生まれの中平康蔵原惟繕舛田利雄らと較べてもアクション映画(裕次郎主演作『夜霧のブルース』'63)以外に歌謡ロマンス映画(『いつでも夢を』'63)や青春映画と手練れながら決定的な代表作に当たらない、会社企画に順応していた監督でしたが(なので路線変更後の日活にもロマン・ポルノ発足の'72年まで残留することになります)、本作は宍戸錠ならず野村監督にも会心の1作だったでしょうし、'60年代日本映画中でも世界に誇り得る作品が当時の日活でももっとも低予算かつ圧縮された製作環境から生まれたのも記憶されていいことで、それが決して拙速には陥ってはいないわけです。2本立てのメイン作品だった高橋英樹主演作『新・男の紋章 若親分誕生』(監督・井田深)が今日ほとんど顧みられないのに併映用作品の本作が燦然と日本のアクション映画史に輝き、同年6月効果の『殺しの烙印』、9月公開の『みな殺しの拳銃』(本作の助監督である長谷部安春が監督)の3作は昭和42年の宍戸錠主演三部作として語り継がれる作品になっている。本作も初公開時のキネマ旬報の紹介を引いておきましょう。
[ 解説 ] 藤原審爾の原作『逃亡者』を、「帰らざる波止場」の山田信夫と永原秀一が共同で脚色し、「暗黒航路」の野村孝が監督したアクションもの。撮影はコンビの峰重義。
[ あらすじ ] 大田原組と島津組は横浜を根城に勢力を争っていた。殺し屋の上村(宍戸錠)が相棒の塩崎(ジェリー藤尾)と共に横浜に現われたのは、大田原(佐々木孝丸)から頼まれて島津(嵐寛寿郎)を暗殺するためである。綿密な計画と確かな腕を持つ上村は、ある日、マンションの屋上からライフルで島津を射殺した。上村は直ちに凶器を始末し、塩崎と車に乗ると、羽田空港に向った。高飛びするためである。しかし島津組も黙ってはいず、二人は脱出寸前のところで捕われてしまった。だが、塩崎の機転で逃亡に成功した上村は、大田原の秘書金子(本郷淳)の指示で、大田原組傘下の津川組に逃げ込んだ。ところが、それと知った島津組二代目(杉良太郎)が上村たちのいる渚館を取り囲んだため、脱出は不可能となった。そんな時、上村は渚館のウェイトレス美奈(小林千登勢)と知り合ったが、美奈は水上生活者からはいあがった薄幸の女で、上村は彼女の暗い面影に惹かれていった。美奈がダルマ船に食事の配達に行くことを知った上村は、ダルマ船で脱出することを計画し、船長(山田禅二)を口説き落した。しかし、その頃、塩崎は津川(内田朝雄)に殺されていた。大田原は上村たちが厄介になり、島津組と手を組んだのだった。島津組はその代償に、マフィア団との密輸交渉権を大田原に譲った。塩崎の死と大田原の裏切りを知った上村は怒り狂い、必死にとめようとする美奈を振り切って、三組の待つ埋立地に向った。上村は手製の時限爆弾を手に持っていた。ちょうど夜が明けようとする時刻、殺し屋や大田原、島津組二代目、津川を乗せたベンツが、上村に向って疾走してきた。しかし、上村ははねとばされながらも、強磁力の時限爆弾を投げつけた。そして数秒後、ベンツはふっ飛んだが、上村は、朝日が昇りはじめた埋立地を、虚し気に去っていった。
 ――本作は弟分にジェリー藤尾がいるものの宍戸錠が単独行動する場面がほとんど、またはほとんど他人と宍戸が会話するシーンがなく、モノローグも最小限に切り詰められています。心情を語るモノローグは一切なく敵は何人がかりで来るか、拳銃で殺れるのは何人が限度で散弾銃なら何人まで足止めできるかと方策を練るモノローグだけで、最初の無言の暗殺同様宍戸は無言で敵のボスの庭園の防弾仕様のベンツの防弾実験を双眼鏡で偵察します。本作の宍戸は最後の対決の前に敵の幹部の江角英明から逃げているダルマ船界隈の女給の小林千登勢を弟分のジェリーとともに東南アジアへの密輸船に逃がしているので、対決に勝っても負けてもたった一人の友も唯一心を通わせた女も海の彼方にいて二度と会えることはないわけです。これほど孤独な主人公はないので、最後の対決は刺客をボスごと全滅させることだけに向けられる。クライマックス15分は主人公が黙々と時限爆弾を組み立てる作業から対決の場で地面に黙々と棺大の穴を掘る作業へと無言で進み、一味が攻めてきてから主人公が反撃し、裏切った親分連中と幹部が乗った防弾仕様のベンツからカービン銃の乱射を受けながら主人公がベンツを誘導し穴の中に滑りこんで強力磁石に装着した時限爆弾を瞬間車の車体の底に投げつける。通りすぎた車は数メートル先で爆発炎上します。主人公の無言の時限爆弾製作、穴を掘った下準備の意味がこのクライマックスで初めて観客に明らかになります。硝煙の中で穴から上がってきた主人公はベンツの中の一味の全滅を確かめて脚を引きずりながら去っていくのですが、主人公を待つ唯一の友も女もいないのは先に述べた通りです。ハードボイルド作品としても本作の宍戸錠のキャラクターは際立っていて、小林千登勢が可憐なヒロイン役で華を添えているのでまるっきりロマンス要素の欠けた作品ではありませんが、捕らわれたジェリーを見捨てても二人で出航しようとする女の嘘を見抜き敵との取り引きでジェリーの釈放・乗船と引き換えに対決のため船を降りているので(ジェリーを気絶させ小林に託し、船はすぐ出航して起き出したジェリーは海洋上の甲板で絶叫する)、敵を壊滅させた主人公はただ友と女を守り抜き生き延びた成果を得たきりで映画冒頭で登場した時よりさらに孤独な人物になっている。しかも主人公はみずからの意志で孤独に戦うことを選んでいくので、愛や友情の成就を自分自身への報酬ともしません。目的の遂行だけが主人公の行動原理なので同年の宍戸錠主演のハードボイルド三部作でも『殺しの烙印』にはあるエロスやブラックユーモア、『皆殺しの拳銃』の生の燃焼感すら本作は拒絶しており、太陽族映画の延長上のアクション映画とも違う日本版西部劇調の「無国籍アクション」路線(欧米の映画批評でも日本映画への批評に「Mukokuseki」は一般用語として使われています)が内実ともに頂点に達した作品と認められる。ちなみにタイトルが「拳銃」と書いて「コルト」と読ませるのに主人公愛用の銃はベレッタなのを始め本作の銃器類考証はガンマニアが見ると辻褄の合わないところも多々あるそうですが、小道具の不備より執筆期間4日の脚本で、ダルマ船労働者相手のレストラン兼宿屋・渚館女将役の武智豊子、最初の暗殺の相手となる嵐寛寿郎、その暗殺に使われるマンション管理人の親父役の中村是好、追っ手の殺し屋の草薙幸二郎、さらに敵の若頭に新人時代の杉良太郎と、よくまあ多彩なキャラクターを盛りこんだのを賞賛する方が本作への正当な評価と思えます。

●5月14日(火)
蔵原惟繕(1927-2002)『愛の渇き』(日活'67.2.18)*99min, B&W/Color : https://youtu.be/_erDeoFRISY (Fragment) : キネマ旬報昭和42年日本映画ベストテン7位

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 三島由紀夫の生前に映画化されてキネマ旬報の年間ベストテン入りしたのは市川崑の『炎上』'58(4位)と本作の2作きりのようですが、三島は日本映画の水準が国際的にも上位なのを大いに認めていて日本文学の水準などよりよほど高いと看破しており、そもそも三島は舞台(音楽・演劇)・映画への尊敬は文学よりも高いような人でした。劇作家としても多作だった三島の戯曲中もっとも大衆的人気を博したのは江戸川乱歩原作の『黒蜥蜴』の戯曲化で'62年・'68年に三島の戯曲原作とクレジットされて映画化されたあとテレビ・ラジオドラマに無数に改作されているので、作者を意識せず口承化するほど作品が一人歩きしたのは映画誌のベストテンなどよりよほど冥利に尽きると思われます。ましてや三島は頭のよすぎる技巧家でしたから小説には作り物すぎるという批判がついて回っていた弱みがある。本作の原作は前年の本格的デビュー長編『仮面の告白』'49に続く第2の本格的長編で、『仮面の告白』は擬自伝的作品の体裁でしたから本格的なフィクションを指向した長編としては初の試みになった作品ですが、まだ25歳の青くささが感受性と想像力のバランスを保っていて発表時好評だった佳作で、三島より7歳年長ながらやはり早熟な小説家だったカーソン・マッカラーズの第2長編『黄金の眼に映るもの』'41を連想させる陰鬱な抑鬱感に富んだ心理小説です。マッカラーズ、三島とも異性婚していた同性愛者という共通点があり、さらにマッカラーズはリューマチと卒中から30代以降は半身不随の健康状態で何度も自殺未遂をくり返し、アルコール依存症のまま50歳で早逝しています。生涯に4冊の長編小説、1編の戯曲、1冊の短編集と1冊の詩集というのは主流文学の小説家としては標準的なので、欧米諸国の文学では主流文学の小説家は詩人と同様に生涯で数冊~十数冊の著作というペースが当たり前で、年間数冊を書き百冊以上を書くのは通俗小説家と見なされます。三島由紀夫は文学作品と娯楽小説を平行して書きましたが日本では欧米型の文学者のあり方ではジャーナリズムの要求に応えられなかったからで、マッカラーズはアメリカの女性作家ですが三島も欧米の小説家であれば生涯10冊前後の力作に尽力していたかもしれない。その場合でも『愛の渇き』は『仮面の告白』に続く第2作として書かれていたでしょうが、マッカラーズ作品未紹介の当時性差と年齢差こそあれ鮮烈なデビュー長編につづく第2作にマッカラーズの『黄金の眼に映るもの』、三島の『愛の渇き』が類似した指向性の作風を示しているのは面白く、マッカラーズ(1917年生まれ)の逝去は'67年9月ですが、『黄金の眼に映るもの』が邦題『禁じられた情事の森』としてジョン・ヒューストンによりエリザベス・テイラーマーロン・ブランド主演で映画化・公開されたのも同年で(アメリカ公開10月、日本公開12月)、同作はヒューストンの前作『天地創造』'66につづいて黛敏郎が音楽を担当しています。2月公開の本作『愛の渇き』も蔵原惟繕作品にレギュラー参加している黛敏郎が音楽担当なので、映画好きで新婚旅行先でも映画館に足を運び主演映画『からっ風野郎』'60(大映・監督=増村保造)まであり、『ゴジラ』シリーズと「ウルトラマン」と『もーれつア太郎』『あしたのジョー』は見逃さなかったという三島が『禁じられた情事の森』を観なかったとは思えず、まるで20代の頃の自分が書いたような原作(当時まだ未訳)に映画化されたばかりの自作『愛の渇き』を思い出さなかったはずはない。米Criterion社盤蔵原惟繕作品DVDボックスの本作の解説は蔵原による浅丘ルリ子主演作品として『執炎』'64の主題を継ぎ同年の日活作品では鈴木清順の『殺しの烙印』と偶然両監督のキャリアの総括作となったものとし、同年の日本映画でも吉田喜重の『情炎』、大島渚の『日本春歌考』、今村昌平の『人間蒸発』に並ぶ尖鋭的アート・フィルムとしています。川島雄三今村昌平作品以外(鈴木清順中平康さえも)で'50年代末~'60年代の日活映画がキネマ旬報ベストテン入りすることはなかったのですが本作は非常に批評家には好評で蔵原惟繕作品では初のベストテン入り作品になりましたが、昔のキネマ旬報ベストテンは『銀座の恋の物語』や『東京流れ者』はおろか『憎いあんちくしょう』や『野獣の青春』でもベストテン入りさせない敷居の高いコンテストで、同年のベストテン1位『上意討ち 拝領妻始末』は名作ですがそれなら『拳銃は俺のパスポート』だって甲乙つけ難く同点1位でもおかしくない。しかし日活のプログラム・ピクチャーはプログラム・ピクチャーというだけで選外なので、現在のように映画単位で製作委員会が組まれメジャー会社は実質的にインディー映画を配給しているだけ、という日本の映画界の状態からは考えられないような身分制度がありました。このプログラム・ピクチャーへのアパルトヘイトは'70年代には崩壊するのですが、本作は文芸映画としての企画だったのでベストテン選出の対象にもなり、並べてしまうと『情炎』や『日本春歌考』の方がずっと優れた映画だと思いますが本作は本作の行き方で成功している。『情炎』や『日本春歌考』はどんな映画か即座に説明できるような代物ではない難物ですが、その点『愛の渇き』は原作由来の図式性をうまく生かして焦点の明確な仕上がりにしているので、技法の感覚的集中力が日活監督蔵原惟繕の流儀とも思えますし、大島渚吉田喜重が試みた多焦点的な前衛性と映画の性格を分けているとも言えます。本作も初公開時のキネマ旬報の紹介を引いておきましょう。
[ 解説 ] 三島由紀夫の同名小説を藤田繁夫と「夜明けのうた」の蔵原惟繕が共同で脚色、蔵原惟繕が監督した女性ドラマ。撮影もコンビの間宮義雄。
[ あらすじ ] 松本悦子(浅丘ルリ子)は夫良輔の死後も杉本家に住み、いつか義父の弥吉(中村伸郎)とも関係をもっていた。杉本家は阪神間の大きな土地に農場をもち、広い邸宅の中には、元実業家の弥吉、長男で大学でギリシャ語を教える謙輔(山内明、楠侑子)夫妻、2人の子連れ未亡人の次女の浅子(小園蓉子)、園丁の三郎(石立鉄男)、女中の美代(紅千登世)、そして悦子が、家庭のぬるま湯の中で、精神の飢えを内にひめながら暮していた。その中でも悦子は弥吉との関係を断ちがたく、その心は愛に渇ききってしまっていた、その悦子がある日ふと心を動かしたのは園丁の三郎であった。若くひきしまった身体粗野なたくましさは、悦子のいる世界とは異質であるが、何か彼女の渇いた心を満たす湧水のようであった。買物のついでに三郎に靴下を買いあたえた悦子は、三郎に深く魅かれていった。また三郎もそんな妖艶さをひめた悦子に心まどわされるのであった。だが悦子は女の直感で女中の美代が三郎と恋仲であることを見破った。美代は三郎の子供をみごもっていた。表面静かに見える杉本家にとってこれは重大事であった。とりわけ悦子には、美代が三郎の子供を妊ごもったことに、深い嫉妬を覚えていた。胎児を始末させた悦子を恨みながら美代は郷里へ帰った。美代から愛を奪った悦子。だが三郎も家族も何もなかったように働いている。その頃、弥吉は農園を売り悦子を東京に連れてゆく計画をたてていた。その東京行がせまった頃、悦子は三郎に会った。その頃邸では、財産をとられた謙輔夫妻を中心に、人間の空虚なうめきが狂い泣いていた。三郎と会った悦子は自分の心の渇きを訴えたが三郎の強い抱擁がただ男の暴力だと知った悦子は、三郎をつき放した。弥吉が血相を変えてかけつけた。鍬をふりあげた弥吉の手をとった悦子は自から、三郎の肩に下した。絶命した三郎の始末を済ませた悦子は、弥吉に別れを告げると自分を始末するため去っていった。
 ――いかにも性的抑圧下の旧家のヒロインの見事な破滅ドラマだなあ、とテーマへの緊張感の持続と集中力に関心する一方、つい半月前に観直した革命直後のソヴィエト映画『聖ペテルグルグの最後』'27(プドフキン)や『武器庫』'28(ドヴジェンコ)の体制と真っ向から対立を辞さない志の高さを思うとやはり本作のヒロインのドラマは個人的なスケールにとどまって、原作が意図しただろう古典悲劇的な人間の根源的な宿命観まではやはり原作同様届いていないと思える。三島の原作も図式性を超えた訴求力のあるマッカラーズ作品にはおよばないものです。封建主義的な家長制度のブルジョワ家庭内での姦通状態に置かれたヒロインが抑圧に耐えかねて自滅的な破滅にいたる本作のドラマは、原作小説も三島の初期傑作として広く外国語訳されている通りそれなりに普遍的な内容ではありますし、浅丘ルリ子演じるヒロインの傲慢さと性的な脆さもよく描かれていて、ヒロインを視点人物に一貫させながらも突き放した話法で描く腕前は『俺は待ってるぜ』から『ある脅迫』『狂熱の季節』、『銀座の恋の物語』『憎いあンちくしょう』や『黒い太陽』とそれぞれ趣向の異なった映画でも貫かれてきたので、本作はその集大成的作品たる風格がある……と言えそうでいて、微妙に隔靴掻痒なところがある。大ロングで浅丘と園丁の石立鉄男(!)を映し、固定ショットのまま会話を字幕挿入したり、また浅丘一人きりのシーンも多いので時間経過と出来事を字幕挿入で示すのはまだしも、ナレーションで浅丘の葛藤を語るのは文芸映画としても不必要か苦肉の策に見えます。アート・フィルム的映像ではヨーロッパ映画のような手法を取っていて完成度は高いのですが、『狂熱の季節』『憎いあンちくしょう』や『黒い太陽』のような挑発性や爆発力は後退していて、これも完成度と引き換えに抑制された作品になったと思える。一家全員の食卓で出戻り未亡人の次女役の小園蓉子の小学生くらいの子ども二人(姉娘と弟)にも細かい演技をつけてあり、徹底した演技指導や場面の照応が伏線となりカタストロフに進む計算は映画全体・登場人物全員におよんでいるのでこの手抜きのない演出には舌を巻くしかないのですが、文芸映画としての仕上がりに万全をつくすのが本作の目標で、これもテレビドラマではできない過激さこそあれ(おそらく当時の映倫審査では成人指定されたと思われます)映画として限界を逸脱した過剰さにはいたらず、ほど良くまとまった作品にとどまるように思えます。ただし本作ほどの出来ばえの映画が普通に見えるのも贅沢なので、戦後日本の'60年代までの文芸映画でも本作は最高水準の作品には違いなく、蔵原惟繕は松竹助監督から日活に移籍し監督デビューした人ですが、松竹で監督になっていたら本作のような文芸映画で巧みな腕を振るっていたのではないかと想像させられる作品でもあります。

●5月15日(水)
鈴木清順(1923-2017)『殺しの烙印』(日活'67.6.15)*91min, B&W : https://youtu.be/_Jv4ctdCX-U (Full Movie)

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 鈴木清順監督第40作の本作が監督馘首にまで発展する問題作となり、のちには鈴木清順の日活時代の最後の作品にして代表的傑作と目されるようになったのはご周知の通りですし、それだけ際立った魅力と特異な内容の作品なのはご覧の方は誰しもご存知でしょう。海外での評価も絶大な本作ですが、『野獣の青春』『春婦伝』『肉体の門』『東京流れ者』『けんかえれじい』など十分人を食った鈴木清順の名作を観てくると本作は本質的にちょっと異質なのではないかと思える印象があり、上記の作品やもっと初期の『あの護送車を狙え』や『探偵事務所23』をその時期ごとの代表作としても『殺しの烙印』を代表作と見ると他の作品と断然してはいないかという気がしてくる。本作の脚本の具流八郎とは鈴木清順を慕う若い映画人8人(メンバーは流動的)の共同ペンネームですが、本作は元日活助監督から若松孝二の独立プロでピンク映画を撮っていた大和屋竺(1937-1993)が書いた脚本にメンバーがアイディアを加えて成立したオリジナル・シナリオによるそうで、大和屋自身の監督・脚本による傑作『裏切りの季節』'66、『荒野のダッチワイフ』'67に似すぎている。鈴木清順よりも大和屋竺の映画なんじゃないかと思えてくるので、ピンク映画の製作規模や環境では追いつかない内容を大和屋が敬愛する鈴木清順に託して出来上がったのが本作なのではないかと考えられます。『裏切りの季節』『荒野のダッチワイフ』は続く『毛の生えた拳銃』'68とともに大和屋竺の傑作で、以降大和屋はほぼ脚本家専念に転身し『愛欲の罠』'73しか監督作を残しませんが、立ち上げから没年までテレビアニメ「ルパン三世」のメイン脚本家だったのも原点には本作前後の監督・脚本作があったからで、本作をご覧になって大和屋竺自身の監督・脚本作、特に『裏切りの季節』『荒野のダッチワイフ』を未見の方はさらなる楽しみが待っています。ただしそのあと『殺しの烙印』を観直すとあまりに大和屋色の強さが目につき、鈴木清順の代表作とするのはちょっと違うなと思えてくる。ちなみに本作は客足の落ちる梅雨時公開のため西村昭五郎監督のエロティック作品『花を食う蟲』との2本立て成人指定公開だったそうで、同監督はのちにロマンポルノ路線の日活のヒットメーカーとなる監督です。また現行DVDは無修正ですが初公開時はヌードシーンのたび画面の半分が自主規制どころではない黒ベタだったそうで、このベタには意図的なギャグもあったそうです。いずれにせよ必見の本作にこれ以上の感想も野暮でしょうから、大和屋竺監督作品の(全編でないのが残念ながら)抜粋紹介と公開時のキネマ旬報の紹介を引くにとどめます。
[ 解説 ] 新人の具流八郎がシナリオを執筆し、「けんかえれじい」の鈴木清順が監督したアクションもの。撮影は「続東京流れ者 海は真赤な恋の色」の永塚一栄。
[ あらすじ ] プロの殺し屋としてNo.3にランクされている花田(宍戸錠)は、五百万円の報酬である組織の幹部を護送する途中、No.2とNo.4らの一味に襲撃された。花田の相棒春日(南廣)は倒れたが、組織の男の拳銃の腕前はすばらしいもので、危うく危機を脱した花田は、その男を無事目的地に送り届けた。仕事を終えたあとの花田は緊張感から解放されたためか、妻の真美(小川万里子)と野獣のように抱き合うのだった。ある日、花田は薮原(玉川伊佐男)から殺しの依頼を受けた。しかも、四人を殺して欲しいというのだ。花田は自分の持つ最高のテクニックを用いて、次々と指名の人間を消していった。しかし、最後の一人である外国人を殺すのに手間どり、結局失敗してしまった。殺し屋に失敗は許されない。組織は女殺し屋美沙子(真理アンヌ)を差向けてきた。家に逃げ帰った花田に妻の真美が拳銃を向けた。真美も殺し屋だったのだ。九死に一生を得た花田は美沙子のアパートに転げこんだ。そんな花田を美沙子は射つことが出来なかった。その夜、二人は殺し屋の宿命におびえながらお互いを求めあった。やがて花田殺しに失敗した美沙子は組織に捕われ、彼女を救いに行った花田は組織の連中と対決したが、そこに現われたのは、かつて花田が護送した男大類(南原宏治)だった。大類こそ、幻の殺し屋といわれるNo.1なのだ。大類は対決の場所として後楽園ジムを指定した。花田は腕は大類の方が一枚上であることを悟り、捨身戦法で対決しようと覚悟した。それが効を奏し、大類は花田に倒されたが、花田も大類の一弾を受けていた。ジムの中によろめき立っている花田の前に美沙子が現われたが、すでにその見分けのつかない花田は彼女を射った。そして花田も、「No.1は誰だ!」と絶叫してその場に崩れ落ちていった。

大和屋竺『裏切りの季節』『毛の生えた拳銃』DVD予告編 : https://youtu.be/TfYUoNIurSA
大和屋竺『荒野のダッチワイフ』オープニング・タイトル : https://youtu.be/dqmB79my8-A