人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

レニー・トリスターノ Lennie Tristano - ビカミング Becoming (Atlantic, 1962)

レニー・トリスターノ Lennie Tristano - ビカミング Becoming (Lennie Tristano) (Atlantic, 1962) : https://youtu.be/aUzrFtH0RBI - 4:34

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Recorded at Tristano's own studio, New York City, 1961
Released by Atlantic Records as the album "The New Tristano", Atlantic 1357, February 1962
[ Personnel ]
Lennie Tristano - unaccompanied solo piano

 この曲もレニー・トリスターノ(1919-1978)の自作名義ですが、実際にはトリスターノがジャズ・ピアニストとしてシカゴで出発した'40年代前半からたびたび演奏していた生涯の愛奏曲、スタンダード王コール・ポーター作詞作曲の'29年のミュージカル提供曲「恋とは何でしょう(What Is This Thing Called Love?)」のコード進行に乗せたインプロヴィゼーションです。同曲は凝ったコード進行から黒人ジャズのビ・バップでも人気曲で、黒人ビ・バップ・ピアニストのタッド・ダメロンによる改作「ホット・ハウス(Hot House)」はディジー・ガレスピーチャーリー・パーカークインテットの定番曲としてビ・バップを代表する曲になっていました。ビ・バップと同時期にトリスターノは白人ジャズの立場から「恋とは何でしょう」にアプローチしており、トリスターノにとって初のLP録音になった弟子のアルトサックス奏者リー・コニッツのアルバムでも「Subconscious Lee」として同曲の改作を録音していました。トリスターノ自身の名義のフルアルバムは生前に『Tristano』(Atlantic, 1956)、『The New Tristano』(Atlantic, 1962)、『メエルストルムの渦(Descent into the Maelstrom)』(East West, 1976)しかなく、『The New Tristano』のあとトリスターノは新録音の発表を辞めてしまい'66年を最後に人前でのライヴも一切行わなくなっていたので、日本のジャズ・レーベルのイースト・ウェストが創設され国内外のジャズマンに新作発表を依頼した時にトリスターノから送られてきたのは新録音ではなく'51年~'66年の未発表録音のコンピレーションで、次作は新録音を提供するとトリスターノはレーベルと約束していましたが実現の前にトリスターノが逝去したため日本盤オリジナルの同未発表録音集が生前最後に発表されたトリスターノのアルバムになりました。実は初期の未発表ライヴから『The New Tristano』以後の新作アルバムまでが多数トリスターノ自身によって没後発表のためまとめられていたのが判明したのは'80年代以降のことで、「ビカミング」をオープニング曲にした『The New Tristano』は結局アルバム・タイトルが皮肉になったトリスターノの生前発表の新録音集としては最後の現役引退宣言アルバムだったことになります。

 トリスターノの愛弟子リー・コニッツとのクインテットの「サブコンシャス・リー」、コニッツのスタイルからヒントを得てスタイルを確立したアルトサックス奏者アート・ペッパーの「恋とは何でしょう」、トリスターノが後継者に指名したビル・エヴァンスの「恋とは何でしょう」と聴き較べてもトリスターノのソロ・ピアノによる「ビカミング」は尋常ならざる演奏で、トリスターノは白人ジャズのクール・スタイルの創始者ですが、いわゆるジャズの都会的ムード、心地良いリラクゼーション、わかりやすい格好良さや乗りとはまったく無縁にゴツゴツした無愛想な演奏で、それでいて完全にトリスターノ自身の強固な独自のスタイルを自信を持って築き上げた人です。商業主義的ジャズとの妥協は一切拒絶したためSP盤フォーマット(シングル)が主流だった'40年代のうちには多数の録音がありましたが、'50年を境目にしたLPフォーム('54年までは10インチ盤で、'55年以降は12インチ盤に移行)の時代にはすでに過去のアーティストとされていたピアニストでした。難解で高踏的かつ愛嬌のかけらもない演奏をするジャズマンだったのでニューヨーク・デビューからまだ話題性の高かった'40年代が過ぎるとジャズ・クラブからも嫌われ、トリスターノのスタイルを白人ジャズ全般にに広める役割を果たした最大の愛弟子コニッツとも何度も衝突をくり返すことになります。

 トリスターノ/コニッツ・クインテットの「サブコンシャス・リー」、アート・ペッパー・カルテットの「恋とは何でしょう」、ビル・エヴァンス・トリオの「恋とは何でしょう」とトリスターノの「ビカミング」をぜひお聴き較べになってください。リスナーのためでもトリスターノ自身のためでもない、もはや誰に聴かせるでもない絶対零度インプロヴィゼーションがここにあり、以後トリスターノは自分が何の反響も確かめ得ない、没後発表のためだけのアルバム作り(『メエルストルムの渦』は日本の新設レーベルの求めに応じたサンプラー的コンピレーションだったのでしょう)だけで生涯を全うするのです。


Lennie Tristano / Lee Konitz Quintet - Subconscious Lee (Tristano, Konitz) (from the album "Subconscious Lee", Prestige Records PRLP 7004, 1955) : https://youtu.be/RK4U0Q3LbWE - 2:49

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Recorded in New York City January 11, 1949
[ Lennie Tristano / Lee Konitz Quintet ]
Lennie Tristano – piano, Lee Konitz - alto saxophone, Billy Bauer - guitar, Arnold Fishkin - bass, Shelly Manne - drums


Art Pepper Quartet - What Is This Thing Called Love? (Cole Porter) (from the album "Modern Art", Intro Records ILP-606, 1957) : https://youtu.be/B2NBLxFkDas - 6:00

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Recorded at Radio Recorder in Los Angeles, California, December 28, 1956
[ Art Pepper Quartet ]
Art Pepper - alto saxophone, Russ Freeman - piano, Ben Tucker - bass, Chuck Flores - drums

Bill Evans Trio - What Is This Thing Called Love? (Cole Porter) (from the album "Portrait In Jazz", Riverside Records RLP 12-315, 1960) : https://youtu.be/mSr52pyHBDQ - 4:35

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Recorded in New York City, December 28, 1959
[ Bill Evans Trio ]
Bill Evans - piano, Scott LaFaro - bass, Paul Motian - drums