人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

マグマ Magma - 呪われし地球人たちへ Mekanik Destruktiw Kommandoh [ MDK ] (Vertigo, 1973)

マグマ - 呪われし地球人たちへ (Vertigo, 1973)

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マグマ Magma - 呪われし地球人たちへ Mekanik Destruktiw Kommandoh [ MDK ] (Vertigo, 1973) Full Album : https://www.youtube.com/playlist?list=PLpWxjThc5WAd1RROIyWRTVHvhtX_RdXu6
Recorded at the Manor Studios, England and at Aquarium Studios, Paris.
Third movement of Theusz Hamtaahk.
Gatefold sleeve.
Includes a lyrics insert.
Released by Disques Vertigo 6499 729, France & A&M Records AMLH 64397, UK&US, 1973

(Side A)

A1. 呪われし人種、地球人 Hortz Fur Dehn Stekehn West - 9:36
A2. 永遠(とわ)の黙示あらば Ima Suri Dondai - 4:30
A3. 惑星コバイア Kobaia Is de Hundin - 3:34

(Side B)

B1. 賛美歌 Da Zeuhl Wortz Mekanik - 7:48
B2. 救世主ネベヤ・グダッド Nebehr Gudahtt - 6:02
B3. 地球文明の崩壊 Mekanik Kommandoh - 4:10
B4. 森羅万象の聖霊クロイン・クォアマーン Kreuhn Kohrmahn Iss Deh Hundin - 3:13
All songs by Christian Vander
Produced by Giorgio Gomelsky

[ Magma ]

Klaus Blasquiz - vocals, percussion
Stella Vander - vocals
Muriel Streisfield - vocals
Evelyne Razymovski - vocals
Michele Saulnier - vocals
Doris Reinhardt - vocals
Rene Garber - bass clarinet, vocals
Teddy Lasry - brass, flute
Jean-Luc Manderlier - piano, organ
Benoit Widemann - keyboards
Claude Olmos - guitar
Jannick Top - bass
Christian Vander - drums, vocals, organ, percussion

(Original A&M "Mekanik Destruktiw Kommandoh" LP Liner Cover)

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 このブログの音楽紹介ではジャズとロックを交互に取り上げていますが、米英以外のヨーロッパ圏でロック三大国とも言える独伊仏(ベルリン、ヴェネツィア、カンヌが世界三大映画祭なのと同じで、この三国が文化輸出入国としての長い伝統があります)のうちドイツのロックはクラウトロックとして実験性が注目され、イタリアのロックはプログレッシヴ・ロックのリスナーに熱心な支持を集めているのに較べ、フランスのロックは愛好家が少なく、北欧やネーデルランド諸国のロックより聴かれていないかもしれません。フランスのロックの特徴は独特のドメスティック性で、それを言えばドイツやイタリアのロックにも同様の地方色があります。ただしドイツやイタリアがいかにもドイツ臭く、またイタリア臭いロックをやっても外国人リスナーに向かって開いた普遍性を目指しているように聴こえるのに対して、フランス産ロックはドメスティックどころかナショナリズムというか、自国のリスナーに届く以上の音楽性を目指していないように見えるバンドが多いのです。'70年代のフランスのロックで英米諸国からも注目された数少ないバンドの筆頭はゴングですが、もともとイギリス系オーストラリア人のデイヴィッド・アレンさん率いるゴングが英語ロックかつ英仏男女子供混合バンドで、インターナショナルというよりデラシネ(無国籍、国籍喪失者)的音楽性になったのはともかく、ゴングのような成り立ちのバンドもアレンさんが先駆者で、しかも国際都市パリという条件がなければゴングのような先例のないバンドは成立しなかったでしょう。ベルリンやローマでは国内市場の狭さからもっと国外にも向けた音楽性が求められるので、そうなるとゴングのフランスならではの無国籍性も他国のリスナーにとってはやっぱり特殊な音楽になってきます。

 ゴングと並ぶフランス'70年代ロックの大物アンジュやカトリーヌ・リベロ+アルプとなるとフランス語ヴォーカルで、それを生かすための演劇的サウンドが聴きどころになっています。またエルドンやワパスーのようにインストルメンタルに徹したバンドもありましたが、曲想や音色、アルバム単位の構想がやはりフランスらしさを感じさせます。構成から音楽を発想していく方法を垂直的とすれば、フランスはベルリオーズ、フランク、フォレ、ドビュッシーなどクラシックでも曲想の後から構成がついて来る水平的な発想で、和声的というより旋律的な音楽性を指向しています。それを意識的に使い分けたのはラヴェルが初めてだったでしょう。ところで、今回はついにゴング、アンジュ、リベロ+アルプと並ぶフランス'70年代ロックの四天王的存在と呼べるマグマをご紹介することになりました。しかしフランスの'70年代ロックの流れの中でマグマを位置づけるとどうご説明したらいいか、とりあえず一旦解散するまでの'70年代マグマのアルバム・リストを掲載します。マグマは架空の惑星コバイア語でアルバム・タイトルや曲名、歌詞をつづっているので、ウムラウト記号(母音、稀に子音)のアクセント記号は文字化けするためにすべて外しました。ご了承ください。しかもマグマの活動は後述の理由でさらに複雑なことになっています。'70年代マグマは実質1978年の『アターク』が最終作で、1981年の『レトロスペクティヴ』はアルバム未収録曲を中心としたマグマ10年の歴史の回顧コンサート盤、84年の『メルシー』も実質的にリーダーのクリスチャン・ヴァンデ(ヴァンダー、ヴァンデールとも表記されるが、短いのを採ります)のソロ作で、フランス語と英語で歌われ、ソウル・ミュージック色の強いアルバムです。
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[Magma Original Album Discography]
1970 :『コバイア - マグマ誕生』Magma (reissued as Kobaia)
1971 :『2 - 摂氏1001℃』1001゚Centigrades
1972 : The Unnamables (studio album released under the alias 'Univeria Zekt')
1973 :『呪われし地球人たちへ』Mekanik Destruktiw Kommandoh
1974 :『トリスタンとイゾルデ - 地球の終焉』Wurdah Itah (originally released as a Christian Vander album)
1974 :『コーンタルコス』Kohntarkosz
1975 :『ライヴ!』Live/Hhai
1976 :『未来からの鼓動 - ウドゥ・ヴドゥ』Udu Wudu
1977 :『幻の音像』Inedits
1978 :『ウルゴンとゴルゴ - アターク』Attahk
1981 :『レトロスペクティヴI & II』Retrospektiw (Parts I+II)
1981 :『レトロスペクティヴIII』Retrospektiw (Part III)
1984 :『メルシー』Merci
1986 :『神話と伝説 - 第一章 -』Mythes et Legendes Vol. I (compilation)

 ついでに復活後のマグマからも主要作品を上げておきます。ヴァンデは1992年にヴォーカル、ピアノ、パーカッションだけでマグマの曲を再演し、1973年に同様の手法で録音されていた発掘アルバムとともにAKTシリーズ(3以降は過去のマグマのライヴ、ヴァンデのソロ作などAKT18まで出ています)をリリース後、マグマの再評価は急速に進み、再結成を望む声が高まりました。『アターク』や『メルシー』ではファンク~ソウルに向かっていたこともあったマグマですが、'70年代には作曲が完成していた三楽章の『トゥーザムターク』完全版を2001年には完成させ、ヴァンデ以外のメンバーは若手に一新されましたが、『K.A.』『エメント・レ』『フェリシテ・トス』では、再び『呪われし地球人たちへ』や『コーンタルコス』の時代の作風に戻った上に、パワーアップさえしています。若手メンバーとの違和感もまったくありません。AKTシリーズのIII以降は発掘ライヴとソロ作なので省略すると、新作アルバムと未発表曲の編集盤は以下の通りです。

[Magma Reunion and Selected Archive Discography]
1992 :『マグマ / Les Voix』Akt I: Les Voix de Magma (from August 2, 1992 at Douarnenez)
1992 :『ヴァンデ、トップ、ブラスキス&ガルべ / Sons Document 1973』Akt II: Sons: Document 1973 (recorded in 1973 at Le Manor, featuring a scaled-back line-up of Christian Vander, Klaus Blasquiz, Jannick Top and Rene Garber)
1997 :『金毘羅 - マグマ・エッセンシャル・コレクション』Kompila (Sampler Compilation)
1998 :『シンプルズ(EPコレクション)』Simples (Compilation 1971-74 Singles)
2001 :『トゥーザムターク・トリロジー - トリアノン・ライヴ2000』Trilogie Theusz Hamtaahk (Concert du Trianon), CD + DVD
2004 :『K.A - コンタルコス・アンテリア』 K.A. (Kohntarkosz Anteria)
2009 :『エメンテト・レ』Emehntehtt-Re (CD + DVD)
2009 :『ライブ・イン・トーキョー』Live in Tokyo 2005
2012 :『フェリシテ・トス』Felicite Thosz
2014 :『リア・サヒルターク - 孤高のコバイア人の末路』Riah Sahiltaahk
2014 :『ズーン・ウォル・ウンザイ - ライヴ1974』Zuhn Wohl Unsai - Live in Bremen
2015 :『シュラグ・タンズ - 鞭打ちの舞踏曲』Slag Tanz
2019 :『ゼス (全宇宙を統べる者) -その日、万物は無へと還る-』Zess

 他にもインディー・レーベルがラジオ出演ライヴを放送局から権利を借りてリリースしたライヴ、元メンバーがインディー・レーベルを立ち上げてリリースしたライヴなどきりがないほどリリースされています。マグマのアルバムは2枚組、3枚組もざらにありますから1作2作と数える方がいいのですが、LPからの買い替えも含めてCDで持っているものを数えてみたら集めたつもりもないのにぴったり30作ありました。学生時代からの長いつきあいになります。しかし、最初に買ったマグマのLPは中古のアメリカ盤『コーンタルコス』でしたが、レコードを買ってこんなに後悔したことはないというほどひどい目にあったと思いました。同じ頃最初に買ったゴングの中古輸入LP『エンジェルス・エッグ』もそうで、生理的な不快感を催すほど気持ち悪い音楽なのでこんなのどこが良いんだろうと思ったものです。あまりに悔しいので克己心が湧くたびにマグマとゴングを1枚、また1枚と中古盤を追って聴いているうちに不快感がいつか快感になってしまい、今ならマグマとゴングから1枚代表作かつ名作を上げるなら『コーンタルコス』と『エンジェルス・エッグ』だろうとうそぶけますが、学生の頃買って10年以上かかってようやくしみじみ良さがわかりましたから悟りの遅いものでした。どちらも良さがわかる頃にはほぼ全アルバムを買い揃えてしまうという恐ろしいバンドです。ゴングとマグマはフランス最高のバンドだと言われているので挑戦する人も多いだけあり中古盤では捨て値で手に入りましたが、聴いても聴いても聴くたび生理的に気持ち悪くなり、マグマのコーラスやアレンさんのヴォーカルなど聴くだけで不快指数が上がるので中古盤店に売ってしまう人も多いでしょう。それがいつの間にか痛快で気持ち良く、乗り乗りの音楽に聴こえるようになったのには我ながら耳を疑う体験でした。フランス最高のバンドという評価も腑に落ちました。自分の趣味嗜好だけを尺度としていては気づけない音楽もある証拠で、根比べのように次々と買っては我慢して聴いていたマグマとゴングのコレクションが結果的には宝の山になったのです。

 この『呪われし地球人たち』は次作『コーンタルコス』と並んで、'70年代に英米仏を始めとする欧米諸国で同時発売(フランス本国ではヴァーティゴ、英米諸国ではA&Mより)され、日本盤も発売されたマグマ初のインターナショナル作品で、作風もデビュー作と第2作のジャズ・ロック色の強いサウンドから、管楽器・ピアノともに打楽器的な使用法で全編を異様なコーラスが歌いきるマグマ独自の音楽の最初の成功作になりました。デビュー作からリーダーのヴァンデにはマグマの歌詞のテーマは架空の惑星コバイアの伝承神話を歌う、というアイディアがあり、フランス語歌詞にヴァンデ考案の「コバイア語」を混ぜていましたが、このアルバム(歌詞カードつき)でついにヴァンデは歌詞全編を完全にコバイア語にする、という勝負に出ます。コーラスの手法はカール・オルフ(1895~1982)の『カルミナ・ブラーナ』1937(1959年レコード初録音)に負うところが多いでしょう。偶然の同時代現象ですが、日本の芸能山城組はマグマと同時期に類似した発想でブルガリアやケチャのコーラスとドラムスのアンサンブルを試行していました。また、宇宙のメッセージを歌うコミューン的バンドというコンセプトはサン・ラ(1914~1992)&ヒズ・アーケストラが先鞭をつけており、スライ&ザ・ファミリー・ストーンやPファンク(パーラメントファンカデリック)らの黒人ファンク・バンドがスペース・コミューン・ファンクを踏襲していました。自称土星人のサン・ラは完全な土星語歌詞までは書きませんでしたが、サン・ラによる曲名や固有名詞などのさまざまな造語は明らかにコバイア語の語彙に転用されています。さらに宇宙からのメッセージというコンセプトはゴングの「Radio Gnome Invisible」三部作(1973~1974)でも用いられており、Pファンクのデビューと解散(1970~1981)もアメリカの黒人ロック・シーンでマグマやゴングと呼応する動き(Pファンクの場合もっと密接にジェームス・ブラウンとサン・ラからの直接的な影響がありましたが)と見ることができます。

 これほど極端に異端な音楽性のロックの場合はすぐに楽しめる人もいれば七年殺しのようにじわじわ効いてくる場合もあるでしょう。本作は7曲に分かれていますが実際は曲間はなくAB面通して全1曲のコンセプト・アルバムでもあります。反復リズムに読経のようなコーラスが全編でつづくためリスナーを一種のトランス状態に陥らせるので、'70年代には異端きわまりなく、テクノやハウス、トランスが一般化した'90年代までこれをロックとして聴くリスナーにはまるで腸捻転を起こした「ガダ・ダ・ビダ」のように聴こえたのです。発表当時英米では狂気じみた重低音ロックのマグマは快活で開放的なゴング以上に賛否両論で、批判的な批評の場合には星一つにも値しない最悪のヘヴィ・メタルと酷評を受けましたが、現在はかつてのイタリアのアレアに並ぶ異色のジャズ・ロック、現役最長寿バンドとしては国際的最重要バンドとしてキング・クリムゾンに匹敵する評価を受けています。マグマとマグマ・ファミリーの音楽性を指してズールーという細分化ジャンルさえ考案されました。ジャーナリズムらしい無責任な日和見主義の見本とも言えますが、マグマの場合はもともと浸透するまで30年あまりかかったのも仕方のないような音楽性だったとも思えます。

(旧稿を改題・手直ししました)