人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

エルモ・ホープ Elmo Hope - ヒアズ・ホープ!&ハイ・ホープ!Here's Hope ! & High Hope ! (Celebrity, Beacon, 1962)

エルモ・ホープ - ヒアズ・ホープ!&ハイ・ホープ!(Beacon, Celebrity, 1962)

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エルモ・ホープ・トリオ Elmo Hope Trio - ヒアズ・ホープ!Here's Hope ! (Celebrity, 1962)
Recorded in New York, 1961
Released by Celebrity Records LP 209, 1962
Produced & Published by Joe Davis
All compositions by Elmo Hope

(Side 1)

A1. Hot Sauce - 3:32
A2. When the Groove Is Low - 4:59
A3. De-Dah : https://youtu.be/CPkK8c-BN0Y - 4:26

(Side 2)

B1. Abdullah - 3:45
B2. Freffie - 3:37
B3. Stars over Marakesh : https://youtu.be/-Q2amsyJVTk - 6:44

[ Elmo Hope Trio ]

Elmo Hope - piano
Paul Chambers - bass
Philly Joe Jones - drums

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エルモ・ホープ・トリオ Elmo Hope Trio - ハイ・ホープ!High Hope ! (Beacon, 1962)
Recorded in New York, 1961
Released by Beacon Records LP 401, 1962
Produced & Published by Joe Davis
All compositions by Elmo Hope

(Side 1)

A1. Chips - 4:56
A2. Moe's Bluff : https://youtu.be/JJKrC24bHTA - 4:19
A3. Happy Hour - 4:03

(Side 2)

B1. Mo Is On - 4:28
B2. Maybe So - 4:37
B3. Crazy : https://youtu.be/KaT0sfakGTI - 4:15

[ Elmo Hope Trio ]

Elmo Hope - piano
Paul Chambers - bass (Side 1)
Philly Joe Jones - drums (Side 1)
Butch Warren - bass (Side 2)
Granville T. Hogan - drums (Side 2)

(Original Beacon "High Hope !" LP Liner Cover & Side 1 Label)

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 ニューヨーク出身の不遇ピアニスト、エルモ・ホープ(1923-1967)は1957年には前年に組合から謹慎処分を受けて仕事を求めてロサンゼルスに渡りましたが、ロサンゼルスでも1957年10月~1959年8月までに5回のレコーディング・セッションしか仕事にありつけず、LP3枚半(うち自己名義1作)を残したのみで行き詰まり、当地で再婚した12歳年下の夫人の出産、乳児の成長を待ってようやく1961年にニューヨークに戻りました。組合の謹慎期間が5年間だったのもありますが、1961年には'40年代からR&Bやゴスペルのレコードを出していたBeacon Records、Celebrity Records、Granville Records社長のジョー・デイヴィスの下でビーコンとセレブリティ用に1枚ずつのアルバムをトリオ編成で録音することになります。ホープが前科者で執行猶予期間ぎりぎりだったため録音年月日は意図的に隠蔽され、慎重を期して発売は翌1962年になりました。1961年にごく一部のプレス分のみ出回った、との説もありますが、何しろR&Bの小インディー・レーベルですから正確な記録が残っておらず、またジャケット写真も同一時の撮影が明らかなように実質何日かかって録音されたか、別テイクやアルバム未収録曲の録音もあったかも定かではないのです。プレス枚数は当時の最小ロットだった300枚にも満たないのではないかと言われ、またジャズのレーベルからのリリースではなかったためにまったく注目されず、『ハイ・ホープ!』はLP再発されるまで1985年まで廃盤になり、『ヒアズ・ホープ!』の再発売は初CD化でもある1992年までかかりました。しかもこの2枚はどちらもAB面3曲ずつの6曲ずつ収録なのはともかく10インチLP並みのAB面合わせて27分あまりしかなく、カップリングされた2イン1CDでも全12曲トータル54分しかありません。2作ともこのセピア色の使い回し写真のジャケットは一周回って「このジャケットなら中身はいいぞ」と辛酸なめたリスナーの琴線に触れるものですが、良く言って無欲、悪く言えば売る気のまるで感じられないジャケットと収録時間の短さになったのは、もともとSPレコードや10インチLPしか作ってこなかったR&Bの、しかも社長一人で三つもレーベルを経営しているこの会社ならではであり、さらに問題となるのは2作ともジャケットに「Featuring Elmo Hope Plays His Original Composition」と全曲オリジナル曲なのが謳ってありますが、レコードには「All Songs by Elmo Hope (Joe Davis Music) - ASCAP」と全曲の著作権登録をビーコン&セレブリティ社長ジョー・デイヴィスの会社名義で新曲として登録していることです。

 この2作はセレブリティからの『ヒアズ・ホープ!』が全6曲ポール・チェンバース(ベース)、フィリー・ジョー・ジョーンズ(ドラムス)で、ビーコンからの『ハイ・ホープ!』が全6曲中A面3曲チェンバースとフィリー・ジョー、B面3曲がブッチ・ウォレン(ベース)、G・T・ホーガン(ドラムス)であることから、発売の前後は明確ではありませんが(『ハイ・ホープ!』の方が1961年リリース説もありますが)、旧知のフィリー・ジョーとチェンバースとのトリオで9曲を録音し、どうせならあと3曲足して6曲ずつ2枚に分けようとウォレン、ホーガンとのトリオで3曲追加録音されたと推定されています。そしてセレブリティ&ビーコン社長のジョー・デイヴィスは自分の会社名義で新曲として著作権登録したのですが、実は収録の全12曲がすでにホープのレコーディングに残された旧作の再レコーディングで、いわば新録音によるホープ・オリジナル曲のベスト盤のようなものでした。その出典は一応最近のロサンゼルス時代の新曲は避けて、ホープのジャズ・デビューになったブルー・ノート・レコーズでの1953年録音・1954年録音曲の大半をトリオ編成で再レコーディングしています。
(1)*Lou Donaldson & Clifford Brother Quintet "New Faces, New Sounds" (Blue Note BLP 5030, 1954) : Recorded June 9, 1953
『Here's Hope !』A3「De-Dah」
『High Hope !』
(2)*Elmo Hope Trio "New Faces, New Sounds" (Blue Note BLP 5029, 1954) : Recorded June 18, 1953
『Here's Hope !』B2「Freffie」, B3「Stars over Marakesh」
『High Hope !』A3「Happy Hour」, B1「Mo Is On」,
(3)*Elmo Hope Quintet "Elmo Hope Quintet Volume. 2" (Blue Note BLP 5044, 1954) : Recorded May 9, 1954
『Here's Hope !』A1「Hot Sauce」, A2「When the Groove Is Low (Originally Titled "Abdullah")」, B1「Abdullah (Originally Titled "Low Tide")」,
『High Hope !』A1「Chips」, B2「Maybe So」, B3「Crazy」
(4)*Lou Donaldson Sextet "Lou Donaldson Sextet Volume. 2" (Blue Note BLP 5055, 1955) : Recorded August 22, 1954
『High Hope !』A2「Moe's Bluff」

 ブルー・ノートでの4枚はすべて10インチLPでしたが、(1)では全6曲中4曲、(2)では全9曲(うちスタンダード1曲オリジナル盤未収録)中7曲(うち1曲「Carvin' The Rock」がクインテット編成の1からのトリオ編成での再演)、(3)では全6曲中全6曲、(4)では全4曲中1曲の新作オリジナル曲を披露していましたから、ブルー・ノートでは4回のセッション(うち2回はホープ自作名義)でホープは25曲を録音、20曲(うち1曲のみクインテットとトリオでの重複再演なので実際は19曲)ものオリジナル曲を残してきたことになります。しかしインディーのブルー・ノートでは著作権登録はミュージシャン自身に任せていたらしく(サヴォイやプレスティッジはオリジナル曲著作権ごと買い取りでした)、ブルー・ノートにとっては良心的な措置で著作権アーセナルに任せていたのですが、ビーコン&セレブリティ社長のジョー・デイヴィスはホープ著作権登録を済ませていないのに目をつけてホープのブルー・ノート時代のオリジナル曲19曲中12曲を再録音させ、自分の「Joe Davis Music」社に新曲として著作権登録してしまったのです。ブルー・ノートでのホープの録音はドナルドソン&ブラウン・クインテット、ドナルドソン・セクステットが12インチLPで再発売されていただけでホープ自身のトリオの(2)とクインテットの(3)は12インチLP・リイシューされずに廃盤になっていましたから、ジャズの熱心なリスナーにとっては稀少廃盤からの再演、普段R&Bを聴いているビーコン&セレブリティのリスナーにとってはまったくの新曲集として本作をリリースするのは二重にも三重にもお得な企画(旧録音のブルー・ノート盤の売り上げからも楽曲印税が入ってくる!)でした。追加録音3曲のウォレン、ホーガンもハード・バップの中堅実力派ジャズマンですし、旧友フィリー・ジョーとチェンバースは泣く子も黙るマイルス・デイヴィスの最強ドラマー&ベーシストです。これらのジャズマンがホープ5年ぶりのニューヨーク・カムバックじゃないか、ロサンゼルスでも4年間パッとしなかったそうじゃないかとおそらく飲み代程度のギャラでレコーディングを引き受けたと思うとジャズマン同士の友情に泣けてきます。メンバーたちはブルー・ノート時代のホープのアルバムを聴き返してきて、じゃ張り切って行くかと再録音に臨んだのでしょう。録音段階ではセレブリティの『ヒアズ・ホープ!』、ビーコンの『ハイ・ホープ!』に振り分けられるとも考えずブルー・ノート盤よりも気合の入った演奏をと存分に力を奮ったはずです。

 その結果本作は、ホープのロサンゼルス時代の名盤『エルモ・ホープ・トリオ』よりもさらに力強く、自信に満ちて、しかも負け犬キャリアをたどってきたホープの負け犬の遠吠えのようなテンションが実力以上の力を発揮させたような傑作二部作になりました。ここで聴かれる曲はブルー・ノート時代のオリジナル曲の再演ばかりですが、その後の結果的に尻すぼみになったようなプレスティッジ時代、糠に釘を打つように何をやっても空振りになったロサンゼルス時代から一転して、これまでのホープには聴けなかったほどの強靭かつ歯切れの良いピアノ・トリオ演奏が聴けます。チェンバースのベース、フィリー・ジョーのドラムスに対しても一歩も引かないほどで、旧作の再演なのがまったく弱点になっておらず、ここで初めて思い通りの演奏ができたかのように溌剌としたピアノが聴けます。先輩のセロニアス・モンクや幼なじみの学友バド・パウエルとは遠く引き離されてきたホープがここではモンクやパウエルにもひけをとらない強靭なスタイルを初めて実現してみせたので、ロサンゼルス時代の名盤『エルモ・ホープ・トリオ』もどこか食い足りないホープの軽さをウエスト・コーストの名手たちと組んで上手く生かしたところに良さがありましたが、逆に解せばベースのジミー・ボンド、ドラムスのフランク・バトラーがホープから力みのないプレイを引き出したとも言えるアルバムでした。『ヒアズ・ホープ!』『ハイ・ホープ!』のホープは本来ホープが目指していただろう硬派なビ・バップ・ピアノに紆余曲折してようやくたどり着いた達成であり、フィリー・ジョー&チェンバース組との録音とウォレン&ホーガン組との録音で落差がないのがこの硬派路線をホープ自身がはっきり主導した証しになっています。R&Bのレーベル制作のジャズのピアノ・トリオ作という事情もあるからか低予算だったに違いないにもかかわらず録音はクリアで十分な迫力があり、ニューヨーク復帰第1弾にして会心作と呼べるだけの傑作に仕上がっています。ただしこの2枚は合わせて1作と見ないとホープ・スタンダードの総決算の意図をなさない難点があり、また前述してきたような制作事情からただでさえ不遇ピアニストだったホープのアルバム中でも当初から見向きもされなかったどころか、リリースされていたことすら長い間気づかれなかったアルバムでもあります。ホープの全アルバムを聴くとこの2作がいかにホープの楽歴でピークをなしているかが沁みてくるのですが、同時にこれはもっとも注目されず聴いている人も少ないアルバムなので、結局成功作なのか失敗作なのかわからないような微妙な位置にあります。ホープの場合はこれほどの傑作を作っても決定的な評価には結びつかなかったので、ホープのキャリアとアルバムについて詳細に調べれば調べるほどおそらく他のレーベルでこの趣向のアルバムを作ったとしても時代錯誤のレッテルを貼られておおむね無視されるのがせいぜいだったのではないか、と思えてもくるのです。この生前葬のようなアルバムのあとホープは1961年中にさらに2作を作り、1962年には麻薬逮捕で収監され、2963年には服役仲間だったジャズマンと『Sounds From Rikers Island』(ライカーズ島はニューヨークの麻薬犯更正施設のある島です)を作り、その後は細々と散発的なライヴで生計を立てます。ピアノ・トリオによる1966年3月8日録音の5曲、5月9日録音の10曲はホープ最後の録音になり、今度は正真正銘の生前葬的録音になったばかりかホープ没後の1977年までリリースされないお蔵入りアルバムになり、健康を害していたホープは1967年5月19日に逝去しますが、その直後のジョン・コルトレーンの急逝(7月17日)に隠れてまったく注目されませんでした。なお今回の『ヒアズ・ホープ!』『ハイ・ホープ!』に全曲のリンクを貼れなかったのは大いに無念で、つまりこの2作はそれほど人気がない、ということです。リンクを引けた4曲はいずれも快演ですから、せめてものサンプルとしてよすがをしのんでいただけたら幸いです。